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66 不幸中の幸い

このお話から第四章です。

 夜が明けて一度休息を取った後、リオンはひたすら歩き続けた。

 背嚢に携帯食料が少しあるし、水筒の水はまだ半分残っている。なくなっても魔法で水は出せる。ここがウルシア大森林のどの辺りなのか分からないが、南へ移動していればいつかは森の外に出られる筈。


 リオンは、リーゼから聞かされた「結界」については考えないようにしていた。いざとなったら<リポルション>で自分の体を浮かせて<エアバースト>で水平移動するつもりだ。そうすれば森の結界を飛び越えて移動出来るだろう。いや、もうそうするべきだろうか?


 そんなことを考えていたリオンだが、徐々に木々の間隔が広がり、その代わりに下草が膝上くらいまで伸びている地帯に入った。


「……いやまさかね。気のせい、気のせい……」


 障壁にしつこく突撃してくる、鋭い角が生えた兎のような魔物を淡々と殺しながら、リオンはそんなことをぼやく。さらに歩を進めると木がほとんど生えていないエリアに入り、下草が茶色く枯れて短くなり、随分と歩きやすくなった。ここまで来るとさすがに無視できなくなる。


「おかしい。何で潮の匂いがするんだ? グレンドラン大陸の南側にこんな森林地帯があったかな……?」


 随分前からリオンは「潮の香り」を感じていたが、理性がそれを無視しようとしていた。ウルシア大森林の南側に海などある筈がないからだ。

 リオンの暮らすユードレシア王国を含むグレンドラン大陸は、中央部にウルシア大森林が鎮座し、王国やブルスタッド帝国はその南側に位置する。もちろん、王国や帝国も南へ行けば海に突き当たるが、地政学の授業で学んだ限り、グレンドラン大陸の南部に森林地帯はなかった筈である。


 そこから更に真っ直ぐ歩き続けると、見たくないものが目に入った。


「湖、じゃないよなぁ……」


 塩水湖という可能性もないわけではなかったが、どう見ても海であった。


「いよいよここがどこか分からなくなってきた……お、あれは『道』かな?」


 海の手前は土と岩、僅かな草木といった荒地のようだが、その手前には平坦な道らしきものがあった。そこまで来て、リオンは途方に暮れてその場に座り込んだ。とにかく南へ進めば、いつかは森から出てどこかの国に辿り着く、そう信じて夜通し歩いてきたのだ。それが、国どころか海に辿り着いてしまった。道は左右、つまり東西方向に伸びているが、一体どちらへ行けば良いのか皆目見当がつかない。


「ふぅ~。こんな所で座っていても始まらないな」


 リオンが「純粋」な十一歳(間もなく十二歳)の少年なら泣き出していたかもしれない。だが(恐らく)中身がおっさんなので立ち直りも早かった。何せリオンを待っている人がいるのだから。


「<リポルション>」


 自分に弱めの<リポルション>を掛けてその場で軽く跳躍すると、リオンの体がゆっくり浮き上がった。海風で森の方へ押し流されそうになる度に<エアバースト>で位置を調整しつつ、左右に目を凝らす。「道」があるということは、それを使う人がいるということ。そしてその人が暮らす場所があるということだ。それを高い場所から探そうとしているのだった。


「違う。それじゃないのに……はぁ~」


 人が住んでいそうな場所を見付ける前に、魔物に襲われている人を見付けてしまった。


「<テレスコープ>……え!?」


 距離は東におよそ四百メートル、道と森の中間くらいの場所。<テレスコープ>で拡大して見たリオンは思わず驚きの声を上げた。

 人間の体に動物の耳と尻尾。前世のアニメで見た「獣人」の親子らしき二人組が見えたからだ。

 これまでリオンは所謂「獣人」を見たことがなかった。この世界にはいないのかな、と思っていたくらいだ。


 二人組は冒険者のような装備を身に着けていて、三十代に見える男性は長槍を、リオンと同じくらいの歳に見える女の子は二本の短剣を使っていた。

 そして、彼らを囲んでいる魔物は……。


「でっぷりした人型に豚の頭……オーク、だったっけ?」


 あの獣人男性が人間と変わらない身長だとしたら、オークはかなり大きい。二メートルは軽く超えている。そんな魔物が五体おり、棍棒を滅茶苦茶に振り回して二人を攻撃していた。


「おぉ……凄いな」


 リオンも剣による防御に関しては多少の自信を持っているが、五体のオークに囲まれた上であんな風に棍棒を振り回されたら、剣での防御は諦めるだろう。それを、二人は連携して見事に防ぎ、カウンターで攻撃を決めていた。

 男性が槍で棍棒を弾き、女の子が懐に潜り込んで短剣を振るう。それをかなりのスピードで、全てのオークに連続して行っていた。二人組に攻撃は当たらず、オークたちには着実に傷が増えている。


 惜しむらくは、女の子の攻撃力が不足していることだろうか。攻撃は当たっているのにオークはなかなか倒れない。むしろ、傷を負わされたことで激昂しているように見える。


 リオンは空中に留まったまま<エアバースト>を使い、現場へ近付いて行った。今手出しをしないのは、それが「実戦訓練」に思えたからだ。槍の男性にはまだまだ余裕があるように見えるし、女の子にあれこれ指示を出しているようだった。訓練なら余計な手出しは無用であろう。


 一体いつから戦闘を続けているのだろうか? 上空からなので表情は見えにくいが、女の子の方が汗だくになっているのが分かった。それに、若干動きが悪くなってきた気がする。


「あぶなっ! <ストーンライ――」


 オークの懐に入る時、足の踏ん張りがきかずに体勢を崩した女の子へ、別のオークが棍棒を振り下ろす。リオンは思わず援護しようとしたが、それよりも前に男性の槍がオークの手首から先を斬り飛ばしていた。やはり男性は全然本気を出していなかったようだ。

 女の子がもう限界だと判断したのだろう、それまでとは別人のような身のこなしで、あっという間に五体のオークの首が落とされていた。


「すご…………ん?」


 槍の男性が女の子の頭を撫でて労い、並んで海沿いの道へ行こうとする途中、北の空から何かがこちらへ飛んでくるのが見えた。

 大きな鳥……いや、恐竜? 前世の知識があるリオンには、それがプテラノドンのように見えた。


「あれがこの世界のドラゴン……なわけないか。<ストーンライフル>」


 リオンのイメージするドラゴンに比べて、それは貧弱に見えた。<ストーンライフル>の五十口径石弾が頭部を貫通して致命傷となり、それは轟音と共に森へ墜落した。その墜落音で、獣人の二人組が森を振り返る。何だ何だ、と話している時に、女の子の方がふと空に浮かぶリオンに気付いて目が合った。


「あ、あはは……こんにちはー」


 リオンは精一杯の笑顔を作って女の子に手を振った。


おやっどん(お父さん)! 空に人がおっ(いる)!」

ない()言うちょっとよ(言っているんだ)わい(お前)は。そげんこっ(そんなこと)あるわけ……何よあいわ(何だあれは)! こらひったまげた(これは驚いた)!」


 二人の会話が耳に届いたが、リオンには何を言っているのかさっぱり分からない。分からないが、敵意はなさそうだと思い、ゆっくりと地面に降り立った。もちろん、念のため透明の<コンプレックス・シールド>は発動済みだ。


「お、おはんな(あなたは)かんさあ(神様)じゃっとな(ですか)? そいか(それか)天使様じゃろか(でしょうか)?」


 女の子の方が、おずおずと言った感じでリオンに話し掛ける。だがやはり、リオンには彼女の言葉が理解できない。


「すみません、言葉が分かりません! 僕はリオンといいます。僕の言葉は分かりますか!?」


 リオンは頼み込むような調子で二人に声を掛けた。実際、昨夜から今朝にかけて初めて出会った人(?)たちだ。ここがどこなのか、どうやったらユードレシア王国に帰れるのか、それをようやく聞くことが出来るのだ。リオンだって必死になる。


「わぁ……わっぜむぜか(凄く可愛い)おとこんこじゃぁ(男の子だぁ)……おやっどん(お父さん)こんこ(この子)が何言うちょっとか(言ってるか)分かっどかい(分かる)?」

「む、どしてん(恐らく)()言葉やち(だと)思ったどん(思うのだが)……あー、コホン。はい、言葉、分かります。私、エルテガ。娘、キリシュ、いいます。えー、あなたは、どこから来ましたか?」


 言葉が通じると分かって、リオンは歓喜の雄叫びを上げそうになったが何とか堪える。


「僕はユードレシア王国から来ました。あの……ここはどこですか?」

「「ゆーどれしあおーこく?」」


 父娘――エルトガとキリシュが、ポカンとした顔になって首を傾げた。


「えー。ゆーどれしあ? は分かりません。ここは『ポワンカ村』の近く、です」


 ユードレシア王国を知らない……? それにこの知らない言語。もしかしてここは――


「……ここは『エバンシア島』ですか?」

「エバンシア! ですです! エバンシアの南、ラルグリア王国、ポワンカ村!」


 リオンは膝から力が抜けそうになった。

 地政学の授業で習った。エバンシア島は、ユードレシア王国があるグレンドラン大陸の南東にある巨大な島国。そこにはメディスル、ドグラム、ラルグリアの三王国があり、ラルグリア王国は最も南に位置する。つまり、グレンドラン大陸から一番遠い国。


「ラルグリア……何てこった」

「リオンさん、どげんしたと(どうしたの)?」


 キリシュはエルテガにリオンの名前を確かめてから尋ねた。リオンを心配するような、気遣うような顔になっている。


「娘、どうしたの? 言ってます」

「あ、あぁ……僕はユードレシア王国に帰らないといけないんです。何としても、出来るだけ早く」

「帰る? ん~……とにかく村、行きましょう。(おさ)、もっと色々知ってる」


 他に頼れる人もいないので、リオンは素直にエルテガとキリシュの後に付いていった。歩きながら、たどたどしくはあるものの、エルテガが教えてくれたことによると、ここはエバンシア島でも最南端に位置するらしい。それを聞いてリオンはますます気分が沈んだ。


おやっどん(お父さん)、リオンさんを助けっくいやい(助けてあげて)?」

そうすっつもいじゃ(そうするつもりだ)


 キリシュがリオンをチラチラと振り返りながら父に何か話している。


 リオンは知らなかったが、エルテガとキリシュは犬人族の中の「黒犬族」という種族で、彼らは情に厚く、特に子供を大切にする種族だった。途方に暮れた子供がいたら助けずにいられない、そんなお人好しばかりの種族なのだ。彼らに出会ったことは、まさに不幸中の幸いと言えるだろう。


まってか(そういえば)、リオンさんは魔法をつこん(使うの)?」

「ん? 魔法を使うかって? うん、使うよ」


 キリシュの言葉を落ち着いて聞くと、知っている単語が混ざっていることに気付いた。なるほど、これは全く異なる言語ではなく、方言のようなものか。そう思って聞くと、何となくニュアンスが分かる。


まっこて(本当に)すごかー(すごーい)! 私、魔法ってはいめっ(初めて)見た!」


 目をキラキラとさせてそんなことを口にするキリシュ。リオンもだんだんと彼女の言っていることが分かってきた気がする。アスワドの「きゅー!」で言っていることが何となく分かるのだから、理解できても不思議ではない……かもしれない。


「私たち獣人、魔法、使えない」

「そうなんですか!?」


 エルテガが補足してくれた。獣人族は人族より遥かに身体能力が優れているが、その代わりに魔法を使えるものはほとんどいないのだと言う。


(魔力は持っている感じだけどなぁ)


 シャロンが使っている<身体強化>のような魔法を無意識に使っているのかもしれない、とリオンは考える。


「エルテガさんは冒険者なんですか?」

「そう。冒険者で、商人」

「商人」

「はい。リオンさん、魔法使い?」

「いえ、僕は……いや、魔法使いみたいなものですね」


 学院生、と言いかけて止めた。一応「王国特別魔法顧問」という肩書があるから、魔法士――エルテガの言う「魔法使い」でも間違いではないだろう。

 ちなみに、エルテガとキリシュが何をしていたかと聞けば、「薬草、採ってた」と答えが帰ってきた。言われてみれば、父娘は二人とも籠を背負っていて、そこに草が半分ほど入っていた。それが薬草なのだろうが、薬草採取でオークに襲われるとはなかなかハードな土地である。


 出会った場所から十五分ほど歩けば「ポワンカ村」に着いた。丸太を立てて隙間なく並べた防壁に囲まれている。特に門番がいるわけでもなく、リオンは普通に村の中へ入ることが出来た。


「ほぉ~」


 簡素、と言っては失礼かもしれないが、簡素としか言いようのない平屋が立ち並んでいる。防壁よりも細い丸太を壁にした茅葺屋根の家。村の中には、エルテガとキリシュの二人と同じ黒髪(黒毛?)の老若男女が大勢いた。リオンを見ると二度見したり、驚いた顔になるが、その後は皆温かい目になる。異種族を排除しようといった剣呑な雰囲気は全くなかった。


「リオンさん、ここ、長の家。話してくる、少し待って」

「あ、はい」


 他の家と違いが分からない一軒の家の前で、エルテガからそう言われた。隣にはキリシュがにこにこしながら立っている。


「あの、キリシュさん」

「?」

「ありがとう」


 言葉が通じないかもしれないと思い、リオンは深く頭を下げた。


「ちょ、リオンさん!? ないしちょっとな(何してるんですか)!?」


 全く知らない場所で右も左も分からないリオンを、この父娘は疑いもせずに助けてくれた。それは簡単なことではない。


「ありがとう、分かる?」

「ありがと……あいがと? うん、わかっど(分かったよ)!」


 キリシュはリオンの言葉が理解できて、嬉しそうにその手を両手で握ってブンブンと上下に振った。


じゃっどん(でも)、気にすっこっはなかど(することはないよ)? あたいまえんこっ(当たり前のことを)しただけやっでな(だからね)!」


 キリシュの黒くて太い尻尾が、ゆらゆらと揺れている。お礼を言われて嬉しいのか、それとも誇らしいのか。或いはその両方かもしれない。


「リオンさん、長、話す。キリシュ、わい(お前)は風呂でん(にでも)入ってこんか(きなさい)


 その時、エルテガが家から出てきた。まだリオンの手を握っていたキリシュは、父の言葉で自分が汗だくだったことに気付き、顔を真っ赤にしてから物凄い勢いで走り去っていった。


「娘、すみません。リオンさん、こっち、どうぞ」

「あ、はい、ありがとうございます」


 エルテガに促され、リオンは長の家に入った。

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