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64 暴走

 午前三時より少し前、リーゼが森の精霊から教えてもらったという高台に到着した。


「えーと……儂の<視力強化>でもギリギリじゃ。あの辺りじゃが、リオン、分かるか?」


 高台は東側が崖になっていて、端から二十メートルほどは木が全く生えていない。足元は土ではなく岩盤のようだ。その端近くに立つリーゼが腕を伸ばした先に、リオンも目を凝らす。


「<テレスコープ(望遠鏡)>、<ナイト・ビジョン>、<サーモグラフィ>」


 木々が邪魔で見えないなら、見えるようにすればいいじゃない。ということで、アスワドの背に乗っている間に思い付いたのが<サーモグラフィ>だ。物体が放出する赤外線は温度に応じて量が変わり、温度が高いほど放出する赤外線が多くなる。その量を計測し、温度に応じた色分けを施した「熱分布図」として表示するのがサーモグラフィである。

 秋も深まってきたこの季節、夜の森は寒いくらいだ。恐らく気温は摂氏十度を下回っている。風が吹けば、体感温度は五度以下だ。

 骨鬼族が人間とは異なる種族と言っても、見た目は角以外変わらない。まさか変温動物ということはあるまい。


「おぉ~。やっぱりちゃんと体温があるな」

「何じゃ?」

「あ、いえ。周りより温度が高い物体が見えるような魔法を作ったんですよ」

「何じゃと!? ……いや、今更か。リオンじゃもんな」


 現在リオンは、<テレスコープ>の倍率十倍で見える光景に、<ナイト・ビジョン>と<サーモグラフィ>を重ねている。それでも木々が邪魔で見えない部分は当然あるのだが、木から体の一部でも出ていれば<サーモグラフィ>で捉えることが出来る。


「さっきは、小屋の中に十五人おった」

「外に十六人ってことですね」


 リーゼの魔力探知なら、建造物の中にいる人物の魔力さえ探知できるようだ。ただこれは魔法ではないらしい。魔法なら教えてもらえば自分にも使えたかもしれないのに、とリオンは悔しがる。


 再度拠点を見て、ゆっくりと数えていった。確かに十六人いる。


「中にいる十五人はどうしましょう?」

「外で騒ぎが起きれば出てくるじゃろう。それに全員が戦闘員とは限らん。非戦闘員もいるやもしれん」

「確かに……見極めが難しそうですね」

「儂の予想では、非戦闘員はポータルを使って逃げると思うんじゃ。それは逃がせば良い。こちらの攻撃に気付いて反撃しようとする者は戦闘員と考えて良いじゃろう」


 威嚇射撃で全員が逃げてくれないだろうか? この期に及んでリオンはそんなことを考えてしまう。


「あの一人一人が、王都を攻撃した時のことを考えよ」

「……そうですよね」


 まるでリオンの弱気を見透かしたように、リーゼが喝を入れる。リオンは最も間近で骨鬼族の攻撃を見たのだ。一本指ひとりの火球であの威力だった。もし拠点にいる三十一人が、一斉に王都を攻撃したら……。


 気持ちを切り替えるために、リオンは深呼吸をした。二度、三度と繰り返して覚悟を決める。


「いきます」









*****









 過日、王都でリオンと対峙した骨鬼族の男は、名をレーシュラといった。

 レーシュラは骨鬼族の南部領域侵攻の先鋒として、この三年間活動してきた。


 古代文明の遺物である「ポータル」は、現在は失われた魔法である「転移」を現実のものとしたが、「使いやすい」とは言い難い代物だった。

 まず、その起動と待機状態の維持に相当な魔力を要する。これに関しては強大な魔物の魔石で賄われている。そして実際に転移する場合には、その二倍相当の魔力が必要だった。転移の際に消費される魔力は、転移者自身の魔力で賄わなくてはならない。いくら優れた骨鬼族と言っても、それだけの魔力を有する者は少なかった。

 更に、一度に転移出来るのは最大で二十名。そして一度転移を行うと、ポータル自体が魔力を貯め込む時間が十日ほど必要であった。


 このような事情で、南部領域に大軍を送り込むのは現実的ではなかった。そこで考えられたのが、人族を尖兵にすることだった。

 理性を狂わせて肉体をも変質させ、人族に敵意を持つように仕向ける魔法を特殊な魔法陣を使って魔石に刻み、それを薬液に溶かし込んで作られた水薬。これを人族に飲ませて骨鬼族の傀儡に仕立てようとしたのである。要するに、人族が「魔人」と呼んでいる異形を作り出していたのだ。


 だが、この試みはあまりうまく行っていない。肉体の変質に耐えられず、途中で絶命する者が半数以上。残り半数は変質に成功したが、命令を聞いて実行する程の知性が残らない。これは人族の脆弱性を考慮していなかったことが原因である。魔石に刻む魔法を大幅に改良しなければならない。


 現在、南部領域に散らばっていた同胞たちがこの拠点に集結し、いったん北部に撤退して研究を仕切り直そうという段階であった。明朝、二十名を北部に戻す計画となっている。


『レーシュラよ。このまま南部領域で研究を続ければ良いではないか!』

『こっちには良質な魔石が少ない。グルリス、あんたもそれは分かっている筈だ』


 グルリスと呼ばれた老婆は三本指で、序列はレーシュラより上。しかしグルリスは研究員であって戦闘員ではない。また直属の上官というわけでもないし、そもそもこの撤退の責任はグルリス主導で作り出された水薬にあると言える。だから彼女もそれ以上強くは言えなかった。


『森で大きめの魔物を狩れば良かろうに』

『あんたが自分で狩るか?』

『お前たちなら朝飯前だろうが!』

『だとしても、それは俺たちの仕事ではない』

『全く、融通が利かない男だよ』


 グルリスは、この快適な南部領域から離れたくないのだろう。その気持ちは分かる、とレーシュラは思った。ユードレシア王国の王都に一年以上潜伏していた彼女とは、何度か共に任務をこなしたこともあった。

 人族に紛れるには常に偽装魔法を使わなくてはならないのが面倒ではあるが、飯は美味いし寝床は快適。そして何より気候が暖かい。


『……南部領域を支配しても、俺たちには農耕の知識や技術がない。だからある程度、人族を生かして食料を作らせる必要がある、か。確かに上の言う通りだ。それに加えて、美味い料理を作る料理人も多少生かしておいて欲しいものだ』


 南部領域を支配する試みは始まったばかりだ。これから長い歳月をかけて、骨鬼族が確実に支配出来る道筋を作っていく予定である。

 レーシュラにとって、南部に巣食う人族はまるでぬるま湯に浸かっているようで腹立たしい存在でしかない。その価値は牛や馬と変わらない。自分たち骨鬼族のために生かしておく家畜だ。その気になればいつでも殺せるし、代わりはいくらでもいる。


 次にこちらへ来た時には、もう少し人族の数を減らして――


 レーシュラが物思いに耽っていたところ、「ビシャッ」と音がして誰かが倒れた。


『何だ?』


 バシュッ、バスン。続けて二人倒れる。


『攻撃だ! 攻撃されているぞ! 寝ている奴らをポータルに誘導しろ!』


 レーシュラの怒声に、呆けていた者たちが一斉に動き出す。数人が小屋を回って寝ている者を叩き起こし、ポータルから転移で逃がそうと試みる。その間にも戦闘員が次々と倒れていく。


『くそっ、どこから攻撃しているんだ!?』


 いくつか対消滅の白い光が発生する。対消滅は高度な魔法のため誰でも使えるわけではないし、魔法による攻撃を認識しなければならない。どこから攻撃されているか分からない状態では全方位に対消滅魔法を展開する必要があるが、そんなことをすれば骨鬼族といえどもあっという間に魔力が枯渇してしまう。あの対消滅の光は当てずっぽうで防げたものだろう、とレーシュラは考えた。

 彼はグルリスの姿を探した。口は悪いが、彼女は優秀な研究員。早くポータルから逃がさなくてはならない。


 ポータルに駆け込もうとする者を狙ったのか、天井部の大岩に当たった攻撃がそこを抉る。

 それは「隔壁」と呼ばれる大岩で、破壊不能の筈だ。これまで誰も破壊しようと思わなかったので実際の強度は不明だが、古代文明の遺物があんな簡単に抉れるものだろうか?

 レーシュラが身を屈めてそんなことを考えていた時、声が掛かった。


『レーシュラ、あっちだ! 西側から攻撃されているよ! 距離およそ一リーグ、高さおよそ八パーセル!』


 敵の位置を教えてくれたのは、探していたグルリスだった。三本指の彼女は魔力探知能力が頗る高い。恐らく攻撃が始まってからずっと集中して敵を探していたのだろう。

 それにしても一リーグだと……? そんな遠距離から攻撃出来る奴なんているのか?


『……敵は二人、その近くに魔物が一匹だ! 早く何とか――』


 レーシュラの目の前でグルリスの頭が爆ぜた。首から上を失った体がドサリと倒れる。


『生きている奴はポータルに入っていろ! 敵は西から攻撃してきている!』


 このままでは全滅する。レーシュラは焦りを覚えた。ポータルを見ると、内部に十二~十三人は逃げ込めたようだ。転移にはもう少し時間がかかる。グルリスは失ったが、他の研究員まで失うのは避けなければならない。


『こちらから打って出る! 対消滅が使える者、何人か付いて来い!』


 グルリスによれば敵は僅か二人。魔物は従魔か、偶々近くにいるものだろう。

 戦闘員が六人集まった。全員顔見知りで強さはレーシュラと遜色ない。この七人なら、人族の街を火の海に沈めることも容易い。


『敵は二人、従魔が一匹。ここから西に一リーグ、高さ八パーセルの所にいる。正面に対消滅を展開し、高速飛翔する!』









*****









 骨鬼族をひとり殺す度、リオンは自分が擦り減っていくような気がした。

 相手が反撃出来ない距離から一方的に攻撃するというのは、まるで弱い者虐めのようだ。こんな風に骨鬼族を殺す自分は、彼らにどう見えるのだろう? 人間を魔人に変え、火球ひとつで街の一画を崩壊させる彼らと、遠距離から彼らを蹂躙する自分。一体彼らと自分の何が違うと言うのだろうか?


 彼らには彼らの正義があり、リオンにはリオンの正義がある。一方の正義は反対の立場にとっては悪になる。

 現代の地球だって、人類は同じホモサピエンスだというのに争いが絶えなかったのだ。同じ種族でさえそうなのだから、種族が異なる骨鬼族と人間のリオン、二者の価値観が異なるのは当然と言えば当然。

 リオンもそんなことは十分承知していた。だから我慢している。弱音を吐かず、淡々と殺している。自分が彼らにとって悪であろうとも、自分の大切な人たちを守るために殺すのだ。


 攻撃を始めてからずっと、リオンが辛そうな顔をしているので、リーゼは居た堪れない気持ちになった。可能なら自分が代わってやりたい。でもそれが出来ないから、側で見守るしかない。

 早く終われ、とリーゼは祈った。リオンにとっての苦行が少しでも早く終わってくれ、と。


「きゅー!!」

「む?」

「リーゼ様! 敵がこっちに向かってきます!」


 アスワドとリーゼは強大な魔力を感じ、リオンは<テレスコープ>越しに見えたことを告げる。向かってくる敵に<ストーンライフル>で攻撃するが、対消滅の光が発生するだけで倒すには至らない。

 迫る速度は驚くほど速い。あと数秒で敵の攻撃範囲に入ると思われた。


「リーゼ様はアスワドに乗って! アスワド、リーゼ様を乗せたら逃げて! <ストーンガトリング>!」


 指示を出しながら、リオンは敵に向けて<ストーンガトリング>を斉射した。対消滅が激しく反応し、目も眩むような白い光が弾ける。二人が被弾して墜落したがまだ五人いる。


(<ハイドロ・フレイム>)


 リオンは、水素の炎を無色のまま、壁のように自分と敵の間に設置した。


(<リポルション>)


 更に<ハイドロ・フレイム>の後方に<リポルション>を設置。


(<コンプレックス・シールド>)


 そして自分を囲むように<コンプレックス・シールド>を展開。そこで初めて、リーゼとアスワドが逃げたか確認するため振り返った。彼女たちは森の上空、西の方向に逃げたようで、もうかなり遠くに離れている。リオンは安堵の息を吐いた。


 東に向き直ると、骨鬼族の五人がまさに<ハイドロ・フレイム>に接触するところだった。リオンは片手で目を覆う。


――ゴゥ!!


 手の平越しにも感じる対消滅の光。やはり前面だけを警戒していたようで、少し前に出ていた二人が無色の炎に巻かれて墜落した。他の三人は、二人が炎に巻かれたのを見て急上昇し、<ハイドロ・フレイム>の壁を超えてきた。

 月と星の明かりだけでも、もう表情が見て取れる距離だ。三人の顔は憤怒に歪んでいた。そのうちの一人は、リオンが王都で遭遇した男だ。


 三人が至近距離から火球を放つ。それは王都でリオンが見た火球と同じくらい巨大なものだ。直撃すればこの一帯が灰燼と化すだろう。

 残った三人が冷静だったなら、リオンが逃げようとしないことをおかしいと思った筈だ。だが拠点で、そしてここに来るまでの間、仲間を失った彼らは獲物を前にして冷静ではいられなかった。


 放たれた三つの巨大な火球は<リポルション>によってそれぞれ元の場所へ、つまりそれを放った骨鬼族たちへと跳ね返される。

 勝利を確信していた彼らは対消滅を解除していた。三人中二人が自分の放った火球に飲み込まれる。


 ただ一人、王都で会った長い黒髪の男だけが火球の回避に成功していた。


『雋エ讒倥���シ!?』


 男が驚愕に目を見開いている。恐らくリオンのことを思い出したのだろう。


「人間の領域に手出しは許しません!」

「お前のことは憶えている、矮小な人族! 家畜風情が同胞を何人も殺した罪、贖ってもらう!」

「なるほど、あなたは人族を家畜だと思っているわけですね。安心しました」

「安心?」

「ええ。僕もあなたたちを害虫だと思っていますから」


 瞬きより速く男がリオンに肉薄した。両手の先に青白い火球を浮かせ、それをリオンに直接叩き込もうとする。だが、敢えて透明にした<コンプレックス・シールド>によって、その攻撃は防がれた。


「……お前の障壁は厄介だ。先に仲間を殺す」

「<リポルション>、<コンプレックス・シールド>、<ハイドロ・フレイム>!」


 西に飛び去ったアスワドとリーゼを追いかける姿勢を見せた男の前に、リオンはすかさず<リポルション>を置く。勢いそのままに反発され、東方向に弾き飛ばされた男の六方を<コンプレックス・シールド>で囲んだ。その内側を水素で満たす。


 先程跳ね返した巨大な火球が二つ、放物線を描いて拠点へ飛んで行っているところだった。それを追いかけるように<コンプレックス・シールド>の六面体が物凄い勢いで飛ぶ。


 そして、地面に落ちたと同時にそれらが大爆発を起こした。


 巨大な火球が二つ。そこに圧縮された水素が放出され、想像を絶する威力となる。リオンは咄嗟に<コンプレックス・シールド>を十重で展開した。


 拠点の最奥にあったポータルに、炎と衝撃波が直撃する。中に退避して転移を待っていた者たちは、何も感じないまま焼失した。そしてポータル自体も、爆発の衝撃によって徐々に破壊される。


 リオンは、拠点から約一キロメートル離れた崖の上で衝撃波に耐えていた。草や葉、森の木々や岩、土塊が物凄い勢いで障壁に当たる。爆心地は崖より高い所まで土煙が上がり、そこの様子は見えない。


(リーゼ様とアスワドは無事か!?)


 リオンが彼女たちを心配したその時。土煙の中から天に向かって無数の稲光が走った。それが徐々に一本の光柱へと収束していく。


「……何だ?」


 光柱は青白い光へと変化し、目も開けていられない眩しさとなった。


(ポータルに何かが起こったのか!? 凄く嫌な予感がする……)


 次の瞬間、青白い光が波のように一帯へ迸った。その波に飲まれた瞬間、リオンは意識を失った。

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