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63 ポータル

「コホン。それにしてもリオン、随分と早かったな」


 廊下で二十分ほど待たされた後、部屋に通されたリオンが見たのは、しっかりと服を着たリーゼと綺麗に整頓された室内だった。リーゼは先程のことを無かったことにしたいようなので、リオンは全力でそれに乗っかることにした。


「アスワドに乗せてもらいましたので」

「おお、そうじゃった。お主にはグリフォンの従魔がいるんじゃったな」


 早朝に出発し、昼前には到着したのである。事前に聞いた話では、護衛が到着するのに二十日前後かかると言うから、アスワドの飛行速度はやはり相当なものだと分かる。

 今アスワドは、宿の裏手にある厩舎で休んでもらっている。馬を使う宿泊客がたまたまいないようで、ゆったりと休めているようだ。


「いいのぉーグリフォンいいのぉー。儂も乗ってみたいのぉー」

「アスワドさえ良ければ僕は構いませんよ?」

「おお、そうか! 実は知り合いに飛べる者がおってな。会う度、これみよがしに自慢してくるんじゃ」

「そ、そうなんですね」


 リーゼが言っている「知り合い」とは、天魔族の長であるラーシアのことだ。彼女は別に飛べることを自慢していないのだが、リーゼはずっと羨ましかったらしい。


「後でアスワドに聞いてみましょうね?」

「おう! ……それで、他の兵はいつ到着するんじゃ?」

「恐らく二十日後くらいかと思います」


 二十日後と聞いて、腕組みして目を閉じ眉間に皺を寄せるリーゼ。


「……リオン。お主、ぶっちゃけどれくらいの距離から攻撃出来る?」

「最大で一・八キロメートルですが、現実的なのは一~一・二キロメートルでしょう」

「そんなに遠くから出来るのか!? びっくりじゃのぅ……」


 驚きで真ん丸に見開いた目を再び閉じ、リーゼは「う~む……」と唸る。リオンはリーゼが口を開くのを静かに待った。


「リオン。お主は『マギアム文明』って聞いたことあるか?」

「え? マギアム文明……いえ、聞いたことがないです」


 リオンは予想とは違う質問をされて戸惑ったが、ちゃんと記憶を浚ってから答えた。


「そりゃそうか。マギアム文明なんて知っている者はごく僅かじゃもんな……だいたい七千年前から五千年前、この星を席巻した文明なんじゃ」

「はぇ~……」

「超簡単に言うと、今よりも遥かに魔法が発展していた文明らしい」

「え、そうなんですか!? それが何で今は残ってないんでしょうか!?」

「お、おぅ……魔法のことになると急に食いつくのぅ」


 リーゼもマギアム文明について詳しいわけではないと言う。現在より魔法が発展していたという根拠は、過去に遺跡から発掘された魔導具らしい。それらは今の技術で再現出来ないものが多いそうだ。また現在実用化されている魔導具も、そういった遺跡からの発掘品の技術を元にしているものが多いらしい。


「それでじゃな、マギアム文明の時代には、多くの場所に『ポータル』と呼ばれる転移拠点が作られていたようなのじゃ」

「ここで転移拠点が出てくるんですね……なるほど、骨鬼族が転移に使っているのはその『ポータル』というわけですか」

「うむ。まだ使えるポータルを偶々見付けたのか、それともポータルを復活させる方法を見付けたのか、それは分からん。ただ、マギアム文明のポータルであることはほぼ間違いない」

「なぜそれが分かるんですか?」

「『不壊の大岩』じゃ」

「……魔法の的になっているアレですよね?」

「うむ。あれ、実はポータルを構成する材料の一部なんじゃよ」

「え……ええ!?」


 それって古代文明の貴重な遺物ってことでは!? そんな貴重な物に魔法をバンバン撃ってたのか! リオンはそのぞんざいな使われ方に驚くが、貴重な遺物を自分がぶっ壊したことは記憶から抜け落ちているようだ。


「とにかくじゃ。ポータルの機能を停止させるには魔導回路を一部でも切断するしかないのじゃが……リオンが来てくれたから『不壊の大岩』ごとブチ壊せるのう」

「えーと、遠距離攻撃うんぬんというのは?」

「ポータルの周囲を固めている骨鬼族がやっかいでの。それを引き付けてもらい、その隙に魔導回路を切るつもりだったのじゃ」

「う~ん……それってかなり危険なのでは?」

「うむ。じゃからマギルカを所長代理に推したのじゃ。儂が死ぬかもしれんかったから」

「リーゼ様……」


 悲壮な覚悟を見せられた気がして、リオンが泣きそうな顔になる。

 魔導回路がどういうものか知らないが、ポータルを守っている骨鬼族を遠距離攻撃で誘き出し、守りが薄くなった所にリーゼが突入して直接回路を切断するつもりだったらしい。リーゼは何でもないことのように言うが、一か八かの賭けに近い命懸けの作戦だったのだろう。


「そんな顔をするな。儂はもう十分……そこそこ……まぁ割と生き……いや、儂は永遠の乙女じゃ!」


 何が言いたいのかよく分からないが、恐らく年齢を誤魔化したかったのだろうと思ったリオンが残念な子を見る顔になった。乙女というか永遠の幼女である。


「リーゼ様。僕が来たことで作戦が変わるんですよね?」

「お、おぅ……お主、もう少し儂に興味持ってもいいんじゃないかの?」

「もちろん興味ありますよ? リーゼ様が使う魔法、あの植物の蔓みたいなやつを自由に操りますよね!? あれがどんな魔法なのか知りたいし、他にもどんな魔法を使うのか知りたいです!」

「…………この魔法バカめ」


 最後の呟きは、小さすぎてリオンの耳には届かなかった。


「よし、作戦じゃな!」

「はい、出来るだけ早く終わらせましょう」

「そうじゃな。お主、骨鬼族を殺す覚悟は出来ておるか?」


 それについては、昨日登城してからずっと考えていた。

 リオンは生き物を殺すことに対して、未だに忌避感を持っている。それ自体は悪いことではない。カルロ皇子の茶会を襲撃した者たちの一人、大槌使いのレミルも言っていたように、殺すことを楽しむような人間より遥かにマシだし、この世界でも生き物を殺すことに忌避感を持つ人は少なくない。

 ただ、殺したくないという「考え方」と、殺すことが出来ないという「不可能性」は別物である。事実、リオンに限らず多くの人間は「殺す力」を持っている。それを無暗に行使しないのは、倫理観や法が抑止するからだ。


 しかし、その抑止が効かない時がある。激しい怒りや深い憎しみに囚われた時だ。また、抑止すべきではない時もある。自分や大切な人の身が危険に晒された時だ。


 リオンは茶会襲撃の際、ルーシアを害した女性に殺意を持って魔法を放った。これは抑止が効かない、またすべきではない時の両方に該当するだろう。結果的に殺害に至らなかったが、もしあの女性を殺していたら、リオンは激しく後悔しただろうか? 罪悪感に押し潰されそうになっただろうか?

 リオン自身、きっとそうなっただろうと思う。そしてそれは、殺すことに忌避感を持つ自分には仕方のないことだとも。


 では骨鬼族に対してはどうか?


「覚悟はあります。骨鬼族を殺せば、きっと後悔したり罪悪感を抱くことになったりするでしょう。だけど、それが必要なことであるなら、それを抱えて生きていく覚悟をしました」


 リオンの出した結論は、大切な人を守ることと引き換えに、後悔や罪悪感を受け入れるというものだった。

 自分の倫理観をすぐに変えることは出来ないし、変えるべきでもないと思う。結局、殺す覚悟というのは、その後に生じる負の感情を受容することだと考えたのだ。


「ふむ……お主にそんな覚悟をさせたこと、申し訳なく思う。だが、そんなに気負うことはないと思うぞ?」

「そうでしょうか?」

「やつらは害虫と同じじゃ。放っておけば人族を害する。お主だって、畑の作物を食い荒らす害虫を殺すのに痛痒は感じまい?」

「それはそうですけど……害虫にしては強過ぎませんかね?」

「……そうなんじゃよ。全く困ったもんじゃ!」


 そう言って、リーゼはからからと笑う。


「やつらを殺した後、泣きたくなったら儂の胸を貸してやるからな?」

「あ、そういうのはいいです」

「即行で断るじゃと!?」


 リーゼが愕然とした顔をするものだから、リオンは堪えきれずに笑ったしまった。いつの間にか肩の力が抜けているのに気付いた。


「では作戦を説明するぞ」









 月と満天の星が輝く夜空をアスワドが飛翔する。


「うほーっ!? 滅茶苦茶速いのー!」


 リオンの前で腰を掴まれているリーゼが歓声を上げた。

 フェルシカの町を出発して五分。今は北にあるウルシア大森林に向かっている。アスワドに乗るのが初めてのリーゼがいるので、ややゆっくりとした速度だ。見た目通りの子供っぽいはしゃぎぶりに、リオンの頬も自然と綻ぶ。

 リーゼによると、ポータルは森に入って少し行った場所にあるらしい。


「あの辺りから森に入るぞ」

「分かりました。アスワド、お願い」

「きゅー!」


 リーゼが指差したのは、一見何の変哲もない森の端に見える。だが彼女の話では、人為的に樹木を切り倒し、下草を払って人が通りやすくなっている場所があるらしい。リオンはリーゼが示した場所をイメージとしてアスワドに伝える。最近、声に出さなくても魔法の時と同じようにイメージするとアスワドに伝わることが分かってきたのだ。フライングキャビンの中からでも声が届いているのかと思っていたが、実情はイメージが伝わっているのだった。


 やがて草が膝の高さまで茂っている草原にアスワドが舞い降りた。先に降りたリオンはリーゼの脇の下に手を差し入れて降りるのを手伝う。


「ほれ、あの辺りが不自然に開かれておるじゃろう?」

「……暗くて全然見えませんが」

「<視力強化>を使わんか! 暗闇でも多少見えやすくなるじゃろうが」

「え、そうなんですか?」


 <視力強化>の魔法にそんな効果があるとは知らなかった。ただ、リオンが使う<視力強化>は狙撃銃のスコープをイメージしていて、暗視機能はない。


(暗視スコープは、微弱な光を『光電子増幅管』で電子に変えて、それが燐光体膜に投射されることで明るく見える仕組みだったと思う)


「<ナイト・ビジョン>」


 肉眼では捕らえられないような微弱な光を増幅するイメージを鮮明に思い描く。すると薄暗い部屋の中程度の明るさで見えるようになり、物の形が分かるようになった。

 この世界の魔法は「想像力次第」ということは分かっているが、前世の知識がイメージを強く補完してくれることも間違いないのだ。


「あ、あそこですね」

「うむ。じゃあこっちから行くぞ」

「あの道を通るのは論外ですもんね」


 リーゼ、リオン、アスワドは人為的に開かれた場所から離れて森に入る。作られた道を辿れば骨鬼族と鉢合わせする可能性があるからだ。

 ウルシア大森林と言っても木々が隙間なく立ち並んでいるわけではない。森の端であるこの辺りでは、木々の間隔も結構開いているから、アスワドが通るのもそれほど難しいわけではなかった。

 なるべく静かに、会話も最小限に歩くこと一時間半ほど。リオンの<ナイト・ビジョン>の視界が、数百メートル先に開けた場所があることを捉えた。リーゼが振り返って確認するので、リオンは頷いて答える。


 それまで以上に慎重になってそこへ近付くにつれ、声と気配が感じられるようになった。息をするのさえ憚るほど、そろりそろりと近付く。


「證�□縺ェ��」

「譁�唱險€縺�↑縲√%繧後′莉穂コ九↑繧薙□縺九i」


 二人の男性と思われる後ろ姿と会話が聞こえた。その内容は理解不能だが、リオンはその言語に僅かながら聞き覚えがあった。王都で骨鬼族と遭遇した時に聞いた言葉に似ている。そして男の一人が体の向きを変え、その額から指の骨のような角が突き出しているのが見えた。

 リーゼがこちらを振り返り、右手の指を三本、左手の指を一本立てた。「付近に三十一人いる」という意味だ。彼女は魔力を探知する能力に優れているそうで、集中すればある程度の範囲にいる魔力を持つ生物を判別できるらしい。リオンはそれを物凄く羨ましい能力だと思っている。


 アスワドを後方に待機させ、リオンとリーゼは地を這うようにして可能な限り近付いていった。


 高低差がないため全体を見通すことは出来ないが、その拠点がどのようなものかは見えてきた。

 半径百メートルほどに木を伐採された円形の広場。その最奥にカタカナの「コ」の字を立てたように「不壊の大岩」を組んで作った造形物がある。内側に夥しい数の青白い線が走っており、それが不規則に明滅していた。


(あれが『ポータル』か)


 リオンのいる場所からは、ポータルの周囲で歩哨のように立つ男が六人見える。この広場には篝火のような光源が一切ない。恐らく彼らも何らかの魔法で暗視能力を使っているのだろう。

 広間には小さな木の家のようなものが八つある。今は就寝している者が多いのか、家の出入りはない。

 広場全体をゆっくり歩きながら警戒している者も八名ほど見える。またポータルの横、屋根だけの指揮所のような場所で、男と老婆が声を潜めて話しているのも見えた。


 老婆の額からは三本の角が突き出ている。そしてその老婆と話しているのは、リオンが王都で遭遇した長い黒髪の男だった。


(どうやって攻めるべきか……)


 リオンが考え始めた時、リーゼから服の裾をクイクイと引っ張られた。どうやら一度後退しようということらしい。来た時と同じように、慎重にその場から離れる。

 いつ見つかるか分からないという緊張感から、リオンはかなりの疲労を感じていた。途中でアスワドと合流し、小声なら絶対に届かないと確信出来る距離、拠点から約四百メートル離れた場所でひと息つく。


「ふぅ~。思ったより疲れるのぅ」

「そうですね……リーゼ様、どこか高所から狙えるような場所はないでしょうか?」

「うむ、しばし待つのじゃ」


 そう言うと、リーゼは一本の木に背中を預けて座り目を閉じた。手の平を上に向けて両手を広げると、蛍のような緑色に光る粒子が彼女の両手の周りを舞う。


(何だ? 魔法だろうか?)


 およそ二分間、リオンは邪魔をしてはいけない気がして黙って見守っていた。そこでようやくリーゼが目を開き、緑の粒子はそれに驚いたように散った。


「今のは森の精霊じゃ」

「精霊……」

「うむ。エルフの中でも精霊の力を借りられるのはごく少数。儂もそのうちの一人というわけじゃ」

「すごい……」

「そうじゃろ、そうじゃろ? 好きになっちゃったじゃろ?」

「いえ、元々リーゼ様のことは好きですよ? 人として」

「むぅ……」


 リーゼが拗ねたように頬を膨らませる。


「まぁ良い。西におよそ一キロメートル行ったところに高台があるそうじゃ。崖になっておって、高さは八十メートルほど。どうじゃ?」

「精霊が教えてくれたんですか!?」

「そうじゃ。それで、その高さで足りるか?」

「ちょっと待ってください」


 一・五メートルの高さに目のある人が見える水平線の距離は約四・四キロメートル先まで。だから八十メートルの高さがあれば、一キロメートル先は十分に見える。

 ただし、遮蔽物がなければという条件付きだ。

 この辺りの木々は樹高十メートルもない。せいぜい七~八メートルといったところ。それでも、広場の西際で木に近い場所にいる者は見通せない。


 そうは言っても、高低差のない場所から狙うより余程有利だろう。一キロメートル離れているというのも、反撃されないという意味で好都合だ。


「……他に条件の良い場所はないんですよね?」

「残念ながら」

「ではそこに行きましょう」


 リオンたちはそこから更に南西に向けて一時間ほど移動した。拠点から十分離れたと思えた所で、再びアスワドの背に乗り、狙撃ポイントとなる高台へ向かった。

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