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6 魔法の深淵?

 ルーシア・レッドランを見送った翌日。走り込みを終えたリオンは、いつもの騎士団訓練場ではなく、魔法士団の訓練場を訪れた。

 昨日ルーシアが帰った後は、気持ちがふわふわしたり寂しくて少し塞ぎ込んだりと不安定で、新しい障壁の開発どころではなかった。肉体年齢に精神年齢が引っ張られるというのは転生モノでは定番とも言える。そんなことを知らないリオンは、中身大人なのに揺らぎ過ぎでは? と首を傾げたが、一晩眠っていつもの調子を取り戻して安心した次第である。


 リオンが魔法士団の訓練場に来ることはあまりない。障壁魔法大好き少年(中身中年)なのに、他の魔法には興味がないのか? と聞かれれば決してそんなことはない。むしろ興味津々である。それなのに、なぜあまり訪れないのか。


「うおーっ!! リオン様がいらっしゃったぞ!」

「リオン様! 今日こそ私の魔法で障壁を打ち破ってみせます!」

「リオン様見てください! ほら、私の障壁もだいぶ硬くなったんですよ?」

「今日こそ土魔法を覚えて頂きますよ、リオン様!」

「いや、風魔法だ!」

「バカ、攻撃と言ったら火魔法だろうが!」

「何だと!?」

「やんのか!?」


 リオンの想像する「魔法士団」とはちょっと、いやかなり違ったのである。もっと理知的な集団で、常日頃から魔法について研究している人たちだと思っていたのだが、騒々しい脳筋の集まりだった。

 魔法の優劣はいかに正確に素早く詠唱を終えるかで決まると彼らは教えられている。だから滑舌よく迅速に詠唱できるように、彼らは日々肺活量と喉と口周りを鍛えているのだ。具体的には常に大声で罵り合っているだけだった。たまに気が向いたら訓練場にある的に魔法を飛ばしているらしいが、リオンはあまり見たことがない。


 そんな魔法士団員にとって、リオンの障壁魔法は大層興味深いものらしい。

 彼らの知る「障壁」は剣の一撃で砕け散る。ファイアランスやストーンランスなら貫通することもある。それなのにリオンの障壁は生半可な攻撃では割れないのだから、誰が最初に障壁を突破できるか賭けているのだ。


 障壁が破られるとリオンは漏れなく怪我を負うから、二重の意味で不謹慎である。


「リオンく~ん! 久しぶりじゃない?」

「ブルーネスト副団長。なかなか顔を出せず申し訳ありません」


 真っ青な髪が特徴的な細身の男性が親しげに話し掛けてくる。

 ライカ・ブルーネスト、二十六歳。兄クオンの婚約者、レイラ・ブルーネストの従兄弟に当たる人物で、ブルーネスト侯爵家の分家の次男である。


「騎士団の方には毎日のように遊びに行ってるくせに」

「いや、遊んでいるわけでは」


 ライカがつんつんと肘でリオンの脇腹をつついてくる。


「聞いたよ? イデラさんがリオンくんの<マルチプル・シールド>を破ったって」

「あ、はい」

「私が最初に破りたかったのにぃ!」

「あ、すみません」

「いや副団長! 最初は俺が!」

「お前は引っ込んでろ、この魔力量バカが!」

「私の華麗なウインドスラッシュでリオン様の初めてを」

「いや、やっぱり俺のファイアランスが」

「そそり立つ俺のストーンパイルで」


 リオンとライカ副団長の周りに、団員たちがわらわらと集まって「我こそは!」とアピールを始める。若干危ない言い方をしている者もいるが、リオンは気にしないことにした。深く考えると負けのような気がして。


「うるさいよ、お前たち! はい、散って散って!」


 ライカ副団長が手をパンパン叩いてそう言うと、団員たちは名残惜しそうに離れていく。


「それで今日は? 私と勝負してくれるの?」

「い、いえ。ブルーネスト副団長に教えていただきたいことがありまして」

「もー、ライカって呼んでっていつも言ってるのにぃ」

「……ライカ副団長」

「うんうん! それで、何が知りたいのかな?」

「あの……ボール系、アロー系、ランス系の魔法って“飛ぶ”じゃないですか?」

「うん」

「どうして“飛ぶ”のでしょうか……?」

「うん…………うん?」


 またこの子はおかしなことを言い出した、とライカは思った。

 もう何年も前だが、「障壁魔法はどうして脆いのか?」と聞かれたことがあった。どうしても何も、障壁魔法とはそういうものだと知っていたライカは、「はて? そう言えばなぜ脆いのだろう?」と初めて疑問を持ったものだった。仮にも「障壁」と名が付いているのだから相応に攻撃を防いで然るべきだが、実際には名ばかりの役立たず。それからライカはリオンとは違う角度で障壁について考察した。結果、使用する魔力が微量であり、詠唱が短いことが原因だろうと結論づけた。リオンに尋ねられてから二日後にそう回答したのである。


 どうして魔法が“飛ぶ”のか? 此度の質問も「そういうものだから」という答えは求められていないだろう、とライカは瞬時に導き出す。


「……詠唱の、『疾く奔りて』で飛ぶのだと思うけれど」


 例えばファイアランスの詠唱は『我が魔力を糧に火槍を成し疾く奔りて的を穿て』である。この中で飛翔と関連するのは「疾く奔りて」だろうと当たりを付けた。


「ふむ…………ライカ副団長、ランス系の魔法を見せていただいてもよろしいですか?」


 もちろん、リオンが求める答えは全く違う。魔法的な解釈ではなく、物理的な原理が聞きたかったのだ。ただ、元々自分が求める答えが聞けるとは期待していなかったのでこれは想定内。魔法を見せてもらうことで、自分なりに答えを出したいと考えていた。


「勝負だね!」

「いや違います」


 ランス系魔法をリオンの<マルチプル・シールド>に向けて撃つのだと瞳を輝かせるライカと、食い気味に否定するリオン。自分に向けて放たれたらじっくり観察できないので。否定され、あからさまにしょんぼりするライカ、二十六歳である。


「……じゃあ私じゃなくても良くない?」

「ま、まぁそうですね」

「属性の希望はある?」

「えーと……土ですかね」

「土ね。おーい、カイネン! ちょっと来て!」


 ライカ副団長の呼び声に、離れた場所でリオンたちを窺っていた集団から一人の青年が走ってくる。先程「そそり立つ俺のストーンパイル」とか言っていた男性である。少年趣味の危険人物ではないと信じたいリオン。


「お呼びですか、副団長?」

「リオンくんにストーンランスを見せてあげて」

「勝負ですね!!」

「いや違う」

「違います」


 ライカとリオンから即座に勝負を否定され、がっくりと肩を落とすカイネン。どんだけ勝負したいんだよ……と脳筋思考に引くリオン。


「的に撃てばいいから。リオンくんはそれを観察する、でいいんだよね?」

「はい、それでお願いします」

「えー……」

「えーじゃない、訓練だと思いなさい」

「……はい」


 ということで、的のある場所まで少し移動する。的と言っても、縦二メートル、幅一メートル、奥行き一メートルの直方体に切り出された単なる岩である。どうやって切り出したのか、ここまでどのように運ばれたのかに意識が逸れそうになったリオンは、慌ててカイネンの方に集中する。


「リオン様、行きますよ? 我が魔力を糧に石槍を成し疾く奔りて的を穿て。<ストーンランス>!」


 空中に石の槍が生成され、二十メートル離れた的に真っ直ぐ飛んでいく。槍と言っても長さは三十センチほど。速度は目で追えるので、人の手で投擲したくらいだろうか。

 ……今更だが、やっぱり詠唱って恥ずかしいな、とリオンは思った。


「ふむふむ……もう一回お願いします」

「はい、我が魔力を糧に石槍を成し疾く奔りて的を穿て。<ストーンランス>!」


 最初とほぼ同じ大きさの石槍がほぼ同じ速さで的に向かって飛び、当たって砕け散る。


 物体が飛ぶ原理。それはエネルギーの変換である。

 例えば弓矢。弓が撓る弾性エネルギーが矢を飛ばす。

 例えば銃器。薬莢の火薬が薬室で爆発し、その圧力が弾頭を射出する。

 例えばミサイル。燃料を燃やして発生した高温ガスが圧力を発生させて飛ぶ。

 飛行機のジェットエンジンだって、空気を取り込んで圧縮し、燃料を燃やして高温高圧のガスを発生させ、それを後方へ噴射することで推進力を得る。

 爆発や燃焼はそれ自体がエネルギーである。力、と言い換えても良い。


「もう一度」

「はい、我が魔力を糧に――」

「もう一度」

「我が魔力を――」

「もう一度」

「我が――」


 リオンは思考の海に沈みながら、呪文のように「もう一度」を繰り返す。その瞳はカイネンに向けられているが彼とその魔法を見ているようで見ていない。己の内側に広がる世界を見ていた。


 魔法におけるエネルギーとは何か。言うまでもなく「魔力」である。ストーンランスが飛ぶのは、魔力が推進力に変換されているから。それは事実として受け入れざるを得ない。

 「石の槍」と、それが「飛ぶ」ことを分けて考えてはいけない。「石の槍が飛ぶ」。飛ぶことまで含めた一連のイメージなのだ。イメージを具現化するのが、魔力を対価とした魔法なのである。


 ここまでは良い。いや、本当は良くないがひとまず良いことにしよう。

 飛ぶことよりも分からないことがある。


 空中に生成した石槍は、なぜ重力に引かれて落ちない?


「もう一度」


 リオンの無情な言葉に、カイネンは光が疾うに消えた目で答える。


「は、はひ……我が魔力を糧に――」


 リオンは詠唱が始まると、カイネンに触れるほどの距離に近付いた。そして空中に生成された石槍に手を伸ばす。


 それを掴もうとして――リオンの手は何も掴めなかった。


「っ!?」


 <ストーンランス>は、これまでと同じように的へ飛び、これまでと同じように当たって砕けた。

 的である岩の周囲には、砕け散った<ストーンランス>の成れの果てが無数に散らかっている。リオンはそこまで走っていき、落ちている石礫に手を伸ばす。それはしっかりと実体を伴う石であった。


(生成された瞬間は実体がなかった……あれは恐らくエネルギー、或いは魔力。魔力だから重力の影響を受けない、のか? いや、単なるエネルギーだって重力の影響は受ける筈だ。じゃあ魔力はエネルギーではない……?)


 魔力とは魔法を具現化する燃料、エネルギーの一種だと考えていたリオンだが、どうやら自分が知っているエネルギーとは違うらしい、と新たな知見を得た。だからと言って魔力が何なのか、その答えはさっぱり分からないのだが。


 障壁を飛ばしたい、というアホの子が考えそうな動機で魔法士団訓練所を訪れたリオンだったが、意外にも、魔法の深淵の一端に触れることになった。ちなみに本人には一切その自覚はない。


 晴れ晴れとした顔で礼を述べるリオンと、魔力が底をついて屍のようになったカイネン、そのカイネンを見て息が出来なくなるほど笑うライカ副団長、リオンが可愛い顔をして容赦なくカイネンを甚振った(?)と慄く団員たち。魔法士団訓練所はカオスであった。

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