59 僕の役割だから
魔法研究所の地下で行っていたのと同じく、リオンは<コンプレックス・シールド>の実演と解説から講義を始める。
これまでと違うのは、障壁を習得した者に対して攻撃魔法の講義を行うことだ。
「それでは、<コンプレックス・シールド>習得済みの方はこちらに集まってください。あ、騎士団員の方は除きます」
王国騎士団から講義を受けに来ている者は、各小隊で「盾役」を務める者だ。小隊の防御力向上が目的なので、攻撃魔法の講義は不要である。攻撃魔法の行使は魔法士団の仕事だ。
L字状に作られた庇の下、距離の長い的に面した所でリオンが初めて攻撃魔法について講義する。
「まず皆さんには、障壁と同じくこれまでの常識を捨ててもらいます」
言うは易く行うは難し。常識というのは、脳に刷り込まれているから常識なのだ。だから言葉だけでは効果がほとんどない。自分の目で見て体感してもらい、それを何度も繰り返すことが必要である。
「では……貴方、<アイシクル・ジャベリン>を撃ってもらえますか?」
*****
リオンの講義を受講する者の中には、彼に反感や対抗心を抱いている者も少なからずいた。魔法士団では二十名から成る小隊ごとに講義を受けることになっていて、これは希望者を募って受講させている騎士団とは違い、魔法士団としての任務の一環である。
いくら任務とは言え、精鋭が集う魔法士団員が十二歳にも満たない少年から教えを請うなど、プライドの高い人間にとっては許し難いことだ。
魔法士団に八年前から所属しているカーチノスは、<コンプレックス・シールド(もどき)>を習得してもなお、リオンのことを「少し魔法が得意な子供」と侮っていた。
彼は貴族なのだから、きっと幼少の頃から魔法の英才教育を受けていたに違いない。カーチノスは平民出身で、家庭は決して裕福とは言えなかった。平民に門戸が開かれている「魔法士養成所」に十四歳で入り、六年間必死に努力して、ようやく魔法士団に入団出来たのである。もし自分がリオンと同じように十分な教育を受けていれば、同等以上に魔法が使えた筈だと考えていた。
<コンプレックス・シールド>の防御力の高さは認めても良い。障壁を強固なものにするという発想と、それを現実化する才能は認めざるを得ない。だが魔法士の本職は攻撃魔法なのだ。防御だけ出来ても話にならない。
つい先ほど、ベルトラム王から「王国の民を守る為精進せよ」と訓示を受けたのも忘れて、カーチノスはメラメラと対抗心を燃やしていた。「少し魔法が得意な子供」が、現場で八年間戦ってきた魔法士を舐めるなよ、と。
「では……貴方、<アイシクル・ジャベリン>を撃ってもらえますか?」
睨み付けるような視線に気付いたのか、リオンがカーチノスを指名した。思わず口元が綻ぶ。本物の攻撃魔法を見せてやろうじゃないか。
「いいですよ。我が魔力を糧に先鋭なる氷柱を成し、疾く奔りて的を貫け! <アイシクル・ジャベリン>!」
カーチノスは肩幅に足を開き、両掌を三十メートル先の的へ向けて堂々と詠唱を行った。
直径五センチメートル、長さ一メートルの鋭い氷柱が空中に出現し、矢のような速さで的へ飛び、バキンと破砕音を響かせて粉々に砕ける。
「ありがとうございます。お手本のような<アイシクル・ジャベリン>ですね!」
そうだろう、そうだろう! にっこりと礼を告げて褒めるリオンに対し、カーチノスは無言で胸を張った。
「それでは、皆さんに習得していただく<アイシクル・ジャベリン>をご覧いただきましょう。いいですか、あの遠くの的を見ていてくださいね? <アイシクル・ジャベリン>」
リオンの顔の前、一メートルくらいの空中に氷柱が出現した。心なしか、カーチノスの氷柱より透明度が高く見える。それが目に見えない程の速度で射出され、次の瞬間にはキンと甲高い音が耳に届いた。
見学していた魔法士団員全員が、リオンの氷柱を見失っていた。リオンが「あの遠くの的」と言ったので、三十メートル先の的ではなく、百メートル先に小さく見える金属鎧を見ていたのだ。しかし、音はそれより遠くから聞こえた気がする。
「おい……」
「嘘だろ……」
「あんなに遠くの的に?」
「あれ、貫いてるよな?」
受講生の間でざわめきが広がる。カーチノスも<視力強化>を使って更に遠く、三百メートル先の的を見た。金属鎧の胸部分に拳大の穴が開き、その先の地面に氷柱が突き刺さっているのが見えた。
カーチノスは、それを現実と捉えることが出来なかった。何もかも、魔法の常識から逸脱しているからだ。それは彼が知っている<アイシクル・ジャベリン>ではなかった。
「……どんなトリックを使った?」
カーチノスが、リオンを責めるような調子で低い声を出した。
「うん、トリックに見えるかもしれませんね。では三連続で放ちます。三十メートル、百メートル、三百メートルと順番に撃ちますから、見逃さないよう注意していてください。<アイシクル・ジャベリン>、<アイシクル・ジャベリン>、<アイシクル・ジャベリン>」
一秒に満たない間隔で、キン、キン、キン、と三度甲高い音がする。音は次第に離れていった。今度は的から視線を外さなかったカーチノスは、口をあんぐりと開いたまま、驚きで目を見開く。
三つの金属鎧に氷柱が突き刺さり貫通したのが見えた。見えてしまった。
同じように<視力強化>で一部始終を見ていた受講生たちも、カーチノスと同じような顔になっている。
普段通りにこやかな顔のマギルカと、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねているジェイランの二人だけが浮いていた。
「それでは連射も見ていただきましょう。今度は全て三百メートルの的を撃ちます。よく見ていてくださいね? <アイシクル・ジャベリン><ラピッドファイア>」
一秒間に五発の割合で氷柱が打ち出される。見えたのは最初の五発が金属鎧を貫くところだけで、その後すぐに土煙で何も見えなくなった。リオンの言う「連射」は五秒ほど続き、唐突に止まった。
土煙が風に流され、ようやく的が見えてきた。いや、的は跡形もなくなっていた。ただ金属鎧を結び付けていた棒がそこに立っているだけで、その向こう側の地面が耕されたように凸凹になっていた。
シーン……と完全に沈黙する魔法士団員たち。「きゃっきゃっ」と何故か嬉しそうなマギルカとジェイランは、手を取り合って跳ねている。
「えーと、別に自慢したいわけじゃないですからね? 先に言っておきますけど、皆さんも同じことが出来るようになります。必ず、です」
困ったような口調から、最後は自信をもって断言するリオンに、憧れの眼差しを向ける受講生たち。
カーチノスは感情がぐちゃぐちゃになり、どんな顔をすれば良いのか分からなかった。
得意満面で放った<アイシクル・ジャベリン>は、リオンのそれと比べればまるで子供だましだ。嬉々として披露した自分が恥ずかしい。他の奴を指名してくれれば良かったのに、何故俺だったんだ?
六年間学び、八年間訓練と実戦を重ねてきた自分より、この少年の方が優れていると言うのか? だったら、俺の十四年は何だったんだ?
すると、リオンがカーチノスの前に来て頭を下げた。
「比較に使うような真似をしてすみませんでした。貴方の<アイシクル・ジャベリン>は素晴らしかったです」
「……世辞はよしてくれ」
「お世辞ではありません。きっとこれまで何千何万発と撃ってきたのでしょう。氷柱の構築速度を見れば分かります。ここでの講義は、貴方の<アイシクル・ジャベリン>を強化するものなんです。それも、今まで貴方が努力を怠らなかったから、他の人よりも強力な<アイシクル・ジャベリン>になるでしょうね」
リオンは素直にカーチノスを認めた。彼がこれまで重ねてきた努力を決して馬鹿にせず、無駄と言うこともない。それどころか、他の魔法士より強くなるとまで言う。
「……ありがとう、リオン、殿。それと……すまなかった」
「え? ……えぇ!?」
カーチノスの目から涙が溢れていた。
自分は何て卑屈になっていたのだろう。何故、彼の凄さを素直に認められなかったのだろう。
リオンの言葉で、彼が決して才能だけで認められたわけではないことが分かった。彼自身も、これまで何千何万と魔法を使ってきたのだ。恐らく、自分の十四年間よりも多く。
カーチノスはリオンに嫉妬していて、尊敬の念を抱くことが出来ずにいた。だが、目の前で文句なしの強力な魔法を見せられ、その上で自分のことを認めてくれたのだ。自分の半分も生きていない子供だとは到底思えなくなった。
カーチノスはローブの袖で乱暴に目を拭う。
「気にしないでくれ。これからもよろしく頼む」
「はい、こちらこそ!」
*****
デモンストレーションを終えたリオンは、その後氷柱を発現して受講生にじっくりと見せた。障壁とは違い実際に触れないよう注意し、手を近付けるだけに留めさせた。その上で、より硬い氷を作るイメージを伝えたところで、それぞれがこれまでより硬い氷柱作りに取り組み始め、リオンは庇の下にあるベンチに腰を下ろした。
「リオンちゃん。本当に、みんながあんな魔法を使えるようになるのかしら?」
そこへジェイランがやって来て、隣に座りながら話し掛けてくる。
「そうですね、僕は全員出来ると思ってますよ?」
「どうしてそう言い切れるの?」
「そう信じて教えるのが僕の役割だからです」
「まぁまぁ! 本当にあなたって子は!」
ジェイランがリオンに抱き着き、剃り残しのある頬を摺り寄せてくる。痛い。
「でも、本当にみんなが習得したら、凄いことになるわね」
「王国を守るためにはそうしなければなりません」
「……リオンちゃん、あなた知っているのね?」
「さて、何のことでしょう?」
魔法士団団長なのだから、ジェイランが骨鬼族の脅威について知っているのは当然だろう。だがそれをリオンが知っているというのは、リーゼから釘を刺された通り明かすべきではない。ルーシアには明かしてしまったが。
「これは独り言よ……リーゼちゃんから『ウルシア大森林の結界に異常は見当たらない』と報告が来たわ。奴らは恐らく大森林を通っていない、と。それで別の角度からの調査に切り替えているそうよ。もしかしたら、そのうちリオンちゃんの力を借りることになるかもしれないわね」
独り言にしては大き過ぎる声でジェイランが言う。
「リーゼさん、ご無事で何よりです」
「あれは殺したって死ぬようなタマじゃないわ! なんたってはっぴゃく……ゲフンゲフン! 今のは忘れてちょうだい」
「あ、はい」
八百歳かぁ……とてもそうは見えない。だって六~七歳にしか見えないんだもの。さすがは長命種のエルフだなぁ……。
忘れてちょうだいと言われながら、リオンはジェイランが言いかけたことを正確に読み取った上で少し慄いていた。
この後、<コンプレックス・シールド>の講義、<アイシクル・ジャベリン>の講義で何度も実演を繰り返し、受講生の質問に答え、実物を見せ、イメージ作りの大切さを何度も伝え、その日の講義を終えた。
「では皆さん、また明日」
「あー! リオン君、その飛ぶやつのこと聞いてないですよ!?」
「マギルカさん、すみません。また今度お会いした時に」
「絶対ですよ!?」
「はい」
マギルカは研究職だからフライングキャビンのことが気になって仕方がないのだが、彼女なりに忙しそうなリオンを気遣って問い質すのを止めていたのである。リオンは苦笑しながら約束してキャビンに乗り込んだ。
キャビンは向い合せで三人ずつ座れるようになっている。片側には、真ん中にリオン。彼を挟むようにルーシアとシャロンが座る。その向かい側には、何故かジェイランが真ん中に座り、その両隣にメリダとコラードが肩身を狭くして座っていた。
何故だろう、来る時は凄くゆったりしていたのに、ジェイラン様が増えただけで物凄く狭く感じるなぁ。とリオンは思っている。
「ジェイラン様は魔法士団の方ですよね?」
「そうしてもらえると助かるわぁ!」
「アスワド、魔法士団の場所は分かる?」
「きゅ!」
「じゃあそこに寄ってから家に帰ろうね」
「きゅー!」
「<リポルション>」
キャビンがふわりと上昇を始める。真ん中に座ったジェイランが首を伸ばして外の景色を見ていた。
外が見たいなら端に座れば良かったのに……何でこの人は真ん中に座ったんだろう?
「何ていい乗り心地なんでしょう! まるで飛んでいるようだわ!」
「ジェイラン様、飛んでるんです」
「そうだったわ! それにしても凄いスピードね。それでも全然揺れないなんて! まるで魔法だわ!」
「ジェイラン様、魔法なんです」
「そうでしょうね!」
ジェイランはあまり根掘り葉掘り聞いてこない。自分なりにどんな魔法が使われているのか解き明かしたいのかもしれない。
「あ、着いたみたいです」
「まぁ! あっという間ね!」
訓練所に隣接する魔法士団本部建物の前、少し広くなっている所に着陸した。アスワドが何故こんな場所を知っているのかは謎である。コラードが一旦キャビンから降り、ジェイランが降りやすくする。
「コラードちゃん、ありがとう。リオンちゃんもありがとうね!」
「はい、ジェイラン様! またお会いしましょう」
「またね~!」
ジェイランが乙女のように手を振っている中、キャビンは再び上昇し、北西に向かって飛び去った。
最近では、ルーシアがシルバーフェン邸で夕食を摂るのが当たり前になっている。今夜も一緒に食事を楽しみ、食後のお茶を飲んでいると家令のベリシスが来客を告げにきた。
「王城から派遣された治癒士の方です」
「おお! もう来てくださったんですね!」
さすがは陛下、仕事が早い! と思うリオンだったが、実際に手配したのは王城の文官である。だが国王の指示が発端なので間違いとも言えない。
リオンは急いで茶を飲み干し、ルーシアとシャロンと共に治癒士を待たせている応接室へ向かった。扉を開くと、中の人物が飛び上がるように立ち上がる。
「お待たせして申し訳ございません。リオナード・シルバーフェンと申します」
「ルーシア・レッドランですわ」
「シャロンと申します」
「ははははじめまして! ナ、ナオミ・ブラックフェンと申しましゅ!」
年の頃は二十歳前後。艶やかな黒い髪と黒い瞳の女性治癒士は、初っ端の挨拶で噛んだ。




