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58 魔法試射場

 阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出した<カイエン・ボール>事件の後、リオンは大人しく過ごした。

 密閉空間で、自分を含めた仲間がいる場所では使えないことが分かったと前向きに考えるリオンだったが、ルーシアからお説教を食らって大いに反省した。その後の五日間は講義に集中した。


 そして遂に、グレナーダ湖の魔法試射場が完成した。明日からはそちらで講義を行うことになる。


 <リポルション>を生み出した後、色々と悩んだりしていたリオンだったが、並行してある物を業者に発注していた。

 魔法試射場は端的に言って遠い。受講生たちが泊まり込む程度には遠いのである。今はまだ学院が休校であるが、授業が再開されたら、リオンは終業後に毎日そこへ通わなくてはならない。

 当初はアスワドに乗せてもらい飛んで行くつもりであった。リオンとシャロンの二人くらいならアスワドも負担ではないだろうから。

 だが、ルーシア、彼女の侍女であるメリダ、それにコラードと、合計五人にもなると話が変わる。馬車だと片道一時間半ほどかかるので現実的ではない。


「じゃーん! そこで考えたのがコレ!」


 リオンが、今朝納品されたその「物体」を手で示しながら、シャロンとコラードに披露する。


「リオン様? これは……車輪のない馬車の客車に見えますが」

「その通り! これは客車です!」

「いやいや、これでどうやって移動するんですか!」

「ふっふっふ。ここを見たまえ!」


 リオンは屋根に取り付けられた「棒」を指差した。棒と言っても丸太くらいの太さがある。


「「…………?」」


 シャロンとコラードは揃って首を傾げた。


「ま、まぁ、そんな顔になるよね。うん、見てもらった方が早いかな。アスワド!」

「きゅー!」


 リオンの呼び掛けで、庭にいたアスワドがふわりと飛んできた。


「まさか……これをアスワドに持たせて飛ぶのですか?」

「シャロン、ご明察! ただ、アスワドがいくらグリフォンだと言っても、これに人が乗ればかなりの重量になる。それを持って飛ぶのは大変だし、何より危険だよね? だから、この客車自体に<リポルション>を掛けるんだ」


 通常の馬車の客車から車輪を外して底部を平らにした後各部を補強し、アスワドが前足で掴めるように太い棒を取り付けただけだが、リオンはこれを「フライングキャビン」と名付けた。

 <リポルション>は反発力を発生させる魔法だ。最初は地面と、次に大気と反発するようにイメージすれば、このキャビンは浮遊する。ミニチュアの箱を使って検証済みである。浮遊した後は高度を維持するようにイメージするだけで、魔力の消費もごく僅かであると分かっている。


 これに風魔法まで併用すればキャビンだけで飛べそうなものだが、ことはそう簡単ではなかった。空中での姿勢制御が出鱈目に難しいのだ。天地がひっくり返ったり、キャビンごと回転したりするのはまだマシで、思ってもいない方向に吹っ飛んで行ったりもする。

 これに対して、浮遊だけなら問題なく姿勢を維持出来る。だから、キャビンを魔法で浮かせてそれをアスワドに運んでもらうという方法に落ち着いた。


「ということで、今から試運転です!」

「試運転……てことは、これで飛ぶのは初めてってことですか!?」

「うん、そうだよ?」

「いやいやいや、危ないですって!」

「大丈夫、大丈夫。落ちないから」


 コラードが全力で拒否の構えを見せるが、シャロンに引き摺られて無理矢理押し込められた。


「ご主人様のことを信じられなくて従者と言えますか?」

「言いたいことは分かりますけど、俺は自分の命が大事なんですよ!」


 シャロンがギロリとコラードを睨むと、彼は口を閉じた。前世の価値観に強く影響されているコラードは「なんてブラックな勤め先なんだ」と内心で盛大な溜息を吐く。そんな二人のやり取りを苦笑いしながら見ていたリオンがキャビンに乗り込んだ。


「コラードくん、本当に大丈夫だから。万が一アスワドが手を放しても落下はしないんだ。<リポルション>の強度を徐々に弱めればゆっくり着陸出来るし」


 そもそも、危険があると判断したらルーシアを乗せようなどと思わない。


「この大きさのキャビンが結構な速度で飛んだ時、風圧の影響や揺れ、騒音とか、他にも問題がないか試したいんだ」


 そう言ってリオンは窓から顔を出し、アスワドに「お願いね!」と声を掛けた。


「きゅ!」


 ふぁさっと音がして僅かな振動を感じた。アスワドの前足が棒をがっちり掴んだことが伝わる。


「<リポルション>」


 まるでエレベーターが上昇を開始したように、想像よりもずっと少ない衝撃でキャビンが浮く。木が軋む音すらしないのは、さすがに王都の馬車職人の作だ。補強を入れるべき箇所についてはリオンも相当知恵を絞った。

 あっという間に高度百メートルに達し、水平飛行が始まる。キャビンが斜めになったり、前後に揺れたりすることもない。


「思った以上に快適だね。どうかな、シャロン?」

「はい。これは馬車などと比べ物になりません」

「だよね。コラードくんはどう? ……コラードくん?」


 コラードはぎゅっと目を瞑り、前傾姿勢になって両手を組みながら、何やらブツブツ呟いていた。


「落ちませんように落ちませんように落ちませんように」


 眼下に巨大なグレナーダ湖が見えてくる。ここまで二分程度しかかかっていない。


「じゃあ戻ろうか。アスワド、家に戻ってくれる!?」

『きゅー!』


 少し大きめに声を出せば、外のアスワドにも聞こえたようだ。

 キャビンが風圧や風切り音の影響を受けないのは、アスワドが張っている前方の障壁によるものだろう。アスワドの背に乗せてもらって飛ぶ時にも感じたことだ。

 そしてあっという間に屋敷の庭へ戻ってきた。着陸の際も<リポルション>を徐々に弱めることで衝撃は最小限に抑えられた。


「落ちませんように落ちませんように落ちませんように」


 コラードはまだ神に祈っていた。


「コラードくん? もう着いたよ?」

「落ちませんように落ちませんように…………え?」

「離陸して、グレナーダ湖の近くまで飛んで、屋敷に戻って着陸したよ?」

「……うそん」


 シャロンからコラードに向かって冷気が迸った。コラードの背筋がピンと伸びる。


「コラードくんが気付かないくらい穏やかな乗り心地だったってことだね!」


 「フライングキャビン」の初飛行が成功して、リオンは大満足であった。









「きゃあ! 飛んでいますわ! 飛んでいますわよ、リオン!」


 翌朝。試射場へ向かうため、フライングキャビンにルーシアとメリダを加えた五人で乗り込むと、ルーシアはリオンの隣で窓にかぶりつき、景色を見ながらはしゃいだ声を上げた。いつも大人っぽいと思わせるルーシアだが、この時ばかりは歳相応の少女に見える。少しばかり頬を紅潮させた彼女の横顔が、リオンにはとても眩しく思えた。

 ちなみに、普段口数が少ないメリダは、キャビンに乗り込んでからひと言も発していない。心なしか顔色が青白い気がする。


「メリダさん、大丈夫ですか?」

「だだだ大丈夫でござございます」


 全然大丈夫そうではなかった。


「落下して地面に叩き付けられるようなことは絶対に起きないので、安心して下さい」


 リオンはメリダを安心させようとそんな台詞を吐く。


「……きゅぅ」


 すると、メリダはアスワドの鳴き声のような声を出して気絶した。キャビンが落下して地面に叩き付けられた所を想像してしまったのだ。


「メリダさん!?」

「メリダ!」

「気を失っただけです。問題ございません」

「俺も最初は生きた心地がしませんでしたからねぇ」


 シャロンが涼し気な顔で宣い、コラードが先輩面する。


「うぅ……メリダさんに悪いことしちゃったかな。コラードくん、君はずっと目を瞑ってたじゃない」

「うっ」


 そんなやり取りをしているうちに試射場の上空に達した。そこからゆっくりと垂直に降下して、衝撃もなく着陸する。そこは宿舎と試射場の間で、ちょうど宿舎から出てきた受講生たちが集まってきた。アスワドが棒から前足を離してキャビンの横へふわりと着地する。メリダはシャロンに起こされ、パチパチと瞬きをしていた。


「空から降りてきたよな!?」

「まさか飛んできたのか!?」

「これが飛ぶ? 嘘だろ!」

「リオン君! これが何なのか説明を求めます!」


 受講生に混じって、王立魔法研究所副所長のマギルカがいる。彼女はリーゼ所長がいない間、この魔法講義の監督を任されているため、時間の許す限り顔を出してくれているのだ。


「マギルカさん、皆さん、おはようございます」

「挨拶なんかいいんですよ、これが何か教えてください!」

「近い、マギルカさん近いですって!」


 距離感のおかしいマギルカは、顔がくっつかんばかりにリオンへと詰め寄る。すると二人の間にルーシアが体を捻じ込むまでがいつものお約束である。


「マギルカ様、講義の前にリオンが説明してくれますから、試射場へ移動しましょう」

「それもそうですね。じゃあ皆さん行きましょう」


 あっさりと引き下がるマギルカ。距離感はおかしいが聞き分けは良い人なのだ。

 試射場へ行こうとする一同だったが、そこへ騎馬の一団に守られた馬車が滑り込んできた。下馬した騎士たちが馬車を囲み、周囲へ油断のない視線を走らせる。騎士の一人が馬車の扉を開けると、そこから降りてきたのは――


「ジェイラン様!? と、へ、陛下!?」


 王国魔法士団団長、ジェイラン・パープルレイドとベルトラム・ラムダクス・ルースタイン・ユードレイシス国王その人だった。リオンたちはすかさず地面に片膝を突き、首を垂れる。


「良い、楽にせよ」


 国王の言葉で全員が一斉に立ち上がった。


「此度、グレナーダ湖魔法試射場が完成し、ここで魔法士や騎士が研鑽を積むことは真に喜ばしいことである。皆、王国の民を守る為精進せよ」

「「「「「はっ!」」」」」

「リオン、ルーシア嬢。少し良いか?」

「「はい」」


 国王から直々に訓示を受けた面々は、興奮冷めやらぬ様子で試射場へと向かう。先頭を行くマギルカは今にもスキップしそうである。

 リオンとルーシアは再び国王の前で跪いた。シャロンとコラード、メリダは少し下がった場所で同じように膝を突いている。


「立って顔を上げてくれ」


 王の言葉を受けて全員が立ち上がった。


「リオン、それにルーシア嬢。カルロ皇子と我が娘を守ってくれたこと、感謝する」

「勿体ないお言葉に存じます」

「そんなに固くなるな。非公式の場だからな」

「はい」

「ルーシア嬢は身を挺して二人を守ってくれた。アライオスもさぞ鼻が高いことであろう」

「当然のことをしたまでですわ!」


 リオンとルーシアが予想通りの返事しかしないので、ベルトラム王は少し不満そうである。その様子を見て、ジェイランが笑いを堪えるように俯いて肩を震わせた。


「ジェイラン? 何か言いたいことでもあるのか?」

「畏れながら陛下。リオンちゃんには他にも言うべきことがあるのでは?」

「ああ、そうだった。リオン、魔法士団と騎士団では其方の障壁魔法がかなり噂になっておるぞ? 習得した者が自慢しているらしい」

「え、えーと」

「其方の障壁は自慢したくなるほどだと言っているのだ」

「それはその、ありがとうございます?」


 褒めるなら回りくどい言い方じゃなくストレートに褒めて欲しい。リオンはそう思った。


「進捗も想定以上だ。その分は俸給に反映させるからな。それとは別に、やはりリオンとルーシア嬢には褒美を取らせたいと考えている」


 もしカルロ皇子が王国内で暗殺されていたら、ブルスタッド帝国との関係は間違いなく悪化していただろう。それに加えてミリス王女まで殺されていたら、国内貴族の関与を疑わざるを得なくなり、政情が不安定になったかもしれない。何より娘を失った国王は悲しみに打ちひしがれただろう。そういった事態を、リオンとルーシアが未然に防いだわけだ。


「リオン、何か希望はあるか?」

「それでしたら陛下。治癒魔法を学ぶことは出来ませんでしょうか?」


 これはチャンスとばかりに、リオンは希望を述べた。機会があれば国王にお願いしてみようと考えていたのだ。

 これにはベルトラム王も思わず口ごもった。金品や勲章、将来の叙爵などを褒美として考えていたのだ。まさか「学びの機会を得たい」と言われるとは予想していなかった。


「さっすがリオンちゃん! 治癒魔法まで習得したいなんて!」

「いえ、習得出来るかはやってみないと分かりませんが」

「あなたならきっと出来るわ!」


 ジェイランが大きな体をくねらせながら、感極まったように口を挟んだ。


「ふむ、そうだな……其方も忙しいであろうから、王立治癒魔法学院に通うのは現実的ではない……王城付きの治癒士を其方の屋敷に派遣してやろう」

「ありがとうございます!」


 国王は側に控えていた文官に早速指示を出す。


「ルーシア嬢、其方は何か希望はないか?」

「申し訳ございません、陛下。すぐには思い付きません」

「いや、別に構わん。何か思い付いたらいつでも申し出るが良い」

「ありがとう存じますわ!」

「二人とも大義であった。済まないが、私は城に戻らねばならん。今日の講義はジェイランが見学するから、そのつもりで頼む」


 国王はそう言って、護衛の一団を引き連れて馬車で帰っていった。


(ジェイラン様はいいのだろうか? どうやって帰るのかな?)


「リオンちゃん、ルーシアちゃん、今日はよろしくね! 帰りはアレに乗せて欲しいわ!」


 ジェイランが太い指で指し示したのは、言うまでもなくフライングキャビンだった。どうやら飛んでここまで来たのを見られたらしい。身長二メートルで嘘みたいに肩幅が広いジェイランが、子供のように目をキラキラさせている。


「あ、分かりました」


 リオンにジェイランの申し出を断る勇気はなかった。六人乗りだしまぁいいかと思い、リオンたちも試射場へと向かうのだった。

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