56 散々な茶会
応接室の東に面したほぼ全面ガラスの窓は、外側から大きな衝撃を加えられて爆散した。細かいガラス片が凶器となって応接室にいる者たちに襲い掛かる。
「<コンプレックス・シールド>!」
リオンはガラス窓と並行に、なるべく応接室の幅一杯と天井までをカバーするように障壁を張った。窓のすぐ傍に立っていた護衛を除き、室内にいる者たちを飛んでくるガラスから守ることが出来た。
「リオン!?」
「ルーシア、カルロ様とミリス様の護衛を! シャロン、外の様子を確認して!」
「分かりましたわ!」
「承知いたしました」
破られた窓から黒づくめの者たちが侵入してくる。頭巾を被り、首元から鼻の上まで黒い布で覆われているので、こちらから見えるのは目の部分とそれぞれの体格、そして武器くらいだ。
大柄な男は、リオンが見たこともない大剣を携えている。殆ど同じ背格好の三人は、短剣、弓、ナイフ。体型から女性と思われる二人は素手。
「リオン様。玄関の外ではアーチルが戦闘中、テージルが屋敷の者たちを別の部屋に集めています。裏手にも襲撃者がいるようで、そちらは護衛が応戦中です」
庭にも護衛がいた筈だが戦闘音がしない。窓際にいた護衛もピクリとも動かない。
下手に動かないのが賢明か……皇子と王女は自分の近くが一番安全かもしれない。他の者たちは一か所に集めてシャロンとテージルに任せるか。
「シャロン、屋敷の人たちを集めて、テージルと一緒に守ってくれる?」
「リオン様……」
「危なくなったら叫ぶから」
「……守りを固めたらすぐに戻ります」
庭から室内に入ってきたのは六人だけ。そのまま庭に留まっている者が結構な数いる。
「ミリス様、外からの救援はすぐに来ると思いますか?」
「……いいえ。王城の近衛でも、ここまで来るのに三十分はかかるでしょう」
大剣の男が<コンプレックス・シールド>に斬り付けた後、不思議そうに目を細めた。他の五人は障壁を回り込もうと端へ移動するも、人が通れるような隙間がないことに気付き、再び真ん中付近に集結する。
このまま障壁を張り続けても、屋敷の別の部屋から回り込まれるだろう。
「リオナード殿、奴らの狙いは私かミリスだ」
「そうでしょうね。だからと言って僕たちを見過ごすことはないでしょう」
六人は<コンプレックス・シールド>に攻撃を加え続けていたが、突破が無理だと思ったのか女性二人を残して四人が庭に出た。
「ルーシア、障壁を。<リリース>、<リポルション>!」
<コンプレックス・シールド>を解除した直後、<リポルション>を前方に放った。
「障壁が解除されたわ!」
女の一人が庭に向かって大声を出した。四人が怒涛の勢いで戻り、一斉に攻撃を仕掛け――同じ勢いで庭に吹っ飛ばされた。
「ぐえっ!?」
「うおっ」
「うわっ!?」
庭で待機していた者たちを巻き込み、ゴロゴロと転がる侵入者たち。リオンは足元に落ちていた護衛の剣を拾い上げる。
「<アトラクト>!」
庭の真ん中、空中五メートル辺りに<アトラクト>を発動。作用する方向は指定せず、引き寄せる物を「人体」とだけ指定。庭にいる者全てを空中に引き寄せる。
しかし、室内に残っていた女二人がリオンとカルロ皇子を狙って動いた。一人は素早くリオンの後方に回り、背後から後頭部に向けて蹴りを放った。リオンは半身になり、蹴りを持っていた剣で受け止める。ガキンと音がして、女が脚甲を着けていたのが分かった。
この期に及んで女が怪我をしなかったことに安堵するリオン。だが、ルーシアの姿が目に入った瞬間、彼の顔が怒りに歪んだ。
もう一人の女が、カルロ皇子とミリス王女を背後に庇うルーシアを攻撃していた。半分以上は<コンプレックス・シールド>で防いでいるが、素早く位置を変えて別の方向と角度から攻撃してくる女に対処が間に合っていない。ルーシアは持ち前の反射神経で顔などの打撃は回避しているが、肌の見えている腕が赤紫色に腫れあがっていた。
「<リポルション>、<アイシクル・ジャベリン>」
横に回り込み、リオンの右脇腹に拳を打ち込もうとしていた女を<リポルション>で吹き飛ばし、ルーシアを襲う女に<アイシクル・ジャベリン>を放つ。女はバク転で氷柱を回避した。
「<ラピッドファイア>」
普通、魔法は一詠唱につき一発しか撃てない。リオンが詠唱を必要としないことは女――姉妹の姉の方、メイリス――も気付いていたようだが、まさか「連射」出来るとは考えていなかった。
バク転から着地してすぐさまリオンに飛び掛かろうとし、追撃の氷柱が飛んでくるのをギリギリで躱す。しかし追撃はそれで終わりではなかった。空中で次々に生成される氷柱に、メイリスは文字通り背筋が凍りそうになる。本能的に外、つまり庭に向かって死に物狂いで走り出した。
メイリスを追うように、リオンの氷柱が応接室の床に何本も突き刺さる。
あの女はルーシアを殺そうとしていた。ルーシアに怪我を負わせた。
リオンにとって、それは許せることではなかった。人を傷付けることへの忌避感を大きく上回るくらい、女に怒りを覚えた。
リオンに蹴りを放ち、<リポルション>で庭の方へ吹っ飛ばされた女――妹のケイシアは、<アトラクト>の効果範囲からギリギリ外れており、氷柱から逃れる姉を呆然と見ていた。あんな風に一人の魔法士が<アイシクル・ジャベリン>を連射するところなど見たことがない。しかも、庭で仲間たちが空中に引き寄せられている魔法、これを同時に発動しながら、だ。
「何なんだ、お前はっ!?」
止まない氷柱の飛来。遂にその一本が姉の背中を捉えそうになった時、ケイシアは叫びながら前に出て氷柱に横蹴りを放った。
「くっ!?」
並の魔法士が撃った<アイシクル・ジャベリン>なら粉々に砕ける筈なのに、僅かに軌道がずれただけ。追撃の氷柱が嵐のように襲い掛かる。逃げ場がない。姉妹は本能的にそれが分かり、お互いの体を強く抱きしめた。
「リオン!」
「「リオン様!」」
ルーシアとシャロン、それにアーチルの声でリオンは我に返る。咄嗟に<アイシクル・ジャベリン>を解除すれば、姉妹を貫く寸前だった十数本の氷柱が一瞬で微細な氷の粒子に変わり、光を受けてキラキラ輝きながら床に降り積もった。
「<エアバースト>」
抱き合った姉妹を風で庭に押し出すと、氷の粒子も外に舞う。二人とも空中に引き寄せられて、結局<アトラクト>により三十六名が団子状に固まっていた。
「くそっ、何だこれは!」
団子の外側には、応接室に踏み込んできた六名が貼り付いている。三つ子の一人――コルンが腰の後ろへ手を回し、毒の塗られた投げナイフを手にした。この拘束する力が一瞬でも緩めば、標的の皇子に投擲するつもりなのだ。
「<リリース>、<アトラクト>、<エアバースト>!」
空中の<アトラクト>を解除、地面に<アトラクト>を発動、上から下へ向けて突風を発動。結果、三十六名は五メートルの高さから地面に叩きつけられる。ナイフを投げる準備をしていたコルンだったが、その隙がない。
「ぐはっ!?」
「ぼえぇ!」
「ごふぅ」
「うがっ!?」
団子の一番下付近にいた者は、落下の衝撃に加えて上の者たちの体重に押し潰された。
「<アトラクト>」
そしてまた地上五メートルに引き寄せられる。さっきと少し位置を変えたことで、下の者が横に来るように調整した。
「<リリース>、<アトラクト>、<エアバースト>」
再び地面へと叩きつける。物理的に戦えなくするのと、心を折るのを同時に行っているのだ。
ルーシアを傷付けられた怒りは、そう簡単に消えはしない。それでも「殺したくない」という気持ちが復活している。リオンは別に彼らを虐めて楽しんでいるわけではない。他の攻撃手段は殺傷力が高過ぎるから、仕方なくやっているだけだ。
殲滅が目的なら、とっくに<ストーンガトリング>を放っている。もしそうすれば、庭は凄惨な血の海になっていただろう。細切れになった体があちこちに飛散した光景はトラウマ必至である。
「リオン様、裏手から来ます!」
地面に叩きつけること七回目。呻き声すら聞こえなくなった頃、シャロンが切迫した声で告げる。
「アーチルさん、こっちを見ててもらえますか?」
「うん。リオン様、顔に似合わずえげつないことするねぇ」
「殺さないだけマシです」
リオンはルーシアの傍に膝を突き、彼女の様子を確かめる。
「ルーシア、具合は?」
「大丈夫。不覚を取ってしまいましたわ」
「カルロ様とミリス様を守ったんだ、十分だよ。痛い思いをさせてごめん」
「リオンが怒ってくださいましたから、痛みも忘れました!」
「リオン様、来ます」
「分かった、シャロン。ルーシア、もう少しだけ待ってて」
轟音と共に、応接室の扉がこちらに向かって弾け飛んだ。
「おいおいおい……遅ぇと思ったら、何があったんだ?」
身の丈が軽く二メートルを超えた禿頭の男が、肩に巨大な槌を掲げたまま庭を見た。その男は、他の者と違って顔を晒している。大男――“歩く破城槌”ことレミルの視線は、庭の手前にいるアーチル、次いでリオン、その奥にいるカルロ皇子で止まる。
「はぁ~……まともに戦えそうなのは槍の兄ちゃんだけじゃねぇか。おい、アルシカはどうした? ……くそっ、喋れる奴もいねぇのか」
「アルシカっていうのは槍の人かな? だったら僕が倒しちゃったけど」
「なんだと……?」
アーチルが庭から目を離さないままで軽口を叩くと、レミルの声が一段低くなった。
「あ、ちなみにこの庭の人たちを倒したのは僕のご主人様だよ」
「……そのご主人様ってのはどこに行ったんだ?」
「フフッ。さて、どこだろうねぇ?」
次の瞬間、レミルが槌を大きく振りかぶった。
「<リポルション>、<コンプレックス・シールド>!」
ゴウ、と振り下ろされた槌は、見えない壁に当たったかのように弾かれ――ることなく、そのままの勢いで障壁に激突する。リオンは咄嗟に<コンプレックス・シールド>を五重に重ねた。槌撃は四つのシールドを突破し、五つ目のタリン層でようやく止まる。
「やっぱり魔導具か!」
槌が振り下ろされる直前に淡く光るのが見えたのだ。実物を目にしたのは初めてだが、魔導具の武器が存在することは文献で読んだ。その特徴は、魔力を流すと青白く光ることである。
<リポルション>の反発力を無効化した原理は分からないが、今重要なのはそれを解き明かすことではない。槌の攻撃には<リポルション>が効果を発揮せず、<コンプレックス・シールド>なら何とか止められるという事実だ。
「何だこりゃ? 障壁の魔導具か?」
一方で、攻撃を止められたレミルもわけが分からないという顔をしている。自分の武器が魔導具だから、それを止めたのも魔導具だろうと考えたのだった。
「退くという選択肢はありますか?」
リオンが冷静に尋ねる。
今の攻撃を受けて分かった。この男の攻撃は、バジリスクやアーチルの突きを凌駕する威力がある。一対一で防ぎ続けることは出来るかもしれないが、他にも仲間がいる可能性が高いし、庭の人間たちもいつ目覚めるか分からない。アーチルは怪我を負っているし、シャロンは武器を持って来ていない。当然ルーシアをこれ以上戦わせるわけにもいかない。
最善の選択肢、それは目の前の脅威を排除すること。そうしなければ、この場にいる全員を守り抜くのが難しい。リオンはそう判断した。
大男の後ろからぞろぞろと黒づくめの者たちが入って来る。十人以上はいる。
「おいおい、この人数相手に勝てるとでも?」
「僕には勝てる手段があります。退かなければあなたたちは全員死にますが、どうしますか?」
「はっ! 口ではいくらでも――」
レミルの頬に一筋の傷がつき、そこから血が垂れる。<ストーンライフル>の石弾が掠ったのだ。
「……てめぇ、何をした」
「見えなかったでしょう? 当たらなかったんじゃない、わざと外しただけです。僕は今の攻撃を、一秒間に六十六発撃てます。次は当てます」
黒づくめの者たちからは殺気が消えていた。本能が「死」の臭いを嗅ぎ取ったのだ。それはそうだろう、応接室の壁には知らない間に拳大の穴が開いている。それがレミルの頬を傷付けた攻撃なのだと直感で分かったのだ。
次はあれが自分に向けて撃たれる。見えない何かが自分の体に穴を開ける。
レミルもその危険性は分かった。魔導具か魔法か分からないが、とにかく見えない攻撃は駄目だ。避けるのも防ぐのも難しい。自分が耐えたとしても、裏手を任された部下がこの場に十三名残っている。彼らが先程の攻撃を凌げるとは到底思えない。彼らの生死は今まさにレミルの判断で決まるのだ。
「…………退くぞ」
苦虫を嚙み潰したような顔で、レミルがそう告げる。黒づくめの者たちはあからさまにほっとした空気を醸し出した。リオンから目を離さず、じりじりと後ろ向きに応接室から出ていく。廊下に出た途端、屋敷の裏へ向かって脱兎の如く走る音が次々と聞こえた。
レミルは槌をだらりと下げたままリオンに向き直った。
「お前が槍の兄ちゃんのご主人様か」
「まぁそうですね」
「何で殺さなかった? その気になれば警告なしで皆殺しに出来ただろう?」
「殺すのは最終手段です。止むを得ない場合はそうしますし、余裕がない時もそうします。今はたまたま選択する機会をあげたかっただけです」
「……甘ぇな」
「自分でもそう思います」
「だが嫌いじゃねぇ。強者の余裕って奴だな。殺し自体を楽しむような人間に比べたら万倍ましだぜ。……俺はレミルってんだ」
「……リオンです」
「リオンか、憶えたぜ。まぁ二度と会わねぇだろうけどな」
「ええ、そう願います」
レミルはそう言って、堂々とリオンに背を向けて自分が破壊した扉から出ていった。
リオンはしばらくその場に仁王立ちしていた。新手が来ないか油断なく待ち構える。だが戦闘音も、こちらに近付く足音も聞こえない。
「リオン様。侵入者は去ったようです」
「……はぁぁあああ~~~。良かったぁ……」
リオンはフラフラとルーシアの傍まで歩き、そのまま壁を背にして座り込んだ。
この場を無事に切り抜けた。激情に駆られて誰かを殺さずに済んだ。
もしかしたら、地面に叩き付けた者たちのうち何人かが死んだかもしれないが、そこは考えないようにした。
「つっ!?」
「おっと! 手癖が悪い奴がいるね!」
アーチルの声に、リオンはガバッと体を起こす。彼が誰かの手を槍で地面に縫い付けていた。すぐ傍にナイフが落ちている。
「リオン様、こっちは任せて。動いたら動けないようにしておくから」
「あ、お願いします」
別の部屋に隠れていたテージルと屋敷の侍女や使用人たちが、恐る恐る応接室の様子を見に来た。部屋の惨状と庭で固まっている人間の団子に息を呑んだが、それぞれが仕事を思い出して動き出す。
三人の侍女が薬箱を持って、ルーシアとカルロ皇子、ミリス王女の手当を始める。ルーシアの怪我が一番酷いが、骨は折れていないようだ。皇子と王女は薄汚れているものの、怪我はなかった。
……いや、一番酷い怪我を負っているのはアーチルだった。腹に巻いた包帯には赤い染みが広がって痛々しい。ただ本人が平気そうなので手当ては後回しにされていた。
「リオナード殿。また助けられた」
「私たちをお守りくださり感謝申し上げます」
「いえ、お二人を守ったのはルーシアです。感謝なら彼女に」
二人はルーシアにも丁寧に礼を述べた。ミリス王女など、ルーシアの手を取って涙ながらに功績を称える言葉を口にする。ルーシアの困った顔を見ながら、困った顔も可愛いと思うのは不謹慎だろうか、とリオンは考えるのだった。




