55 二人の槍使い
イスタシア共和国からユードレシア王国の王都グレンに送り込まれた暗殺部隊。
暗殺“部隊”と呼んでいるが、実際にそのような部隊が共和国にあるわけではない。国軍に所属する兵士の中で、時に暗殺任務を行う者たちを中心に編成された部隊である。
約百名が王都に潜伏しているわけだが、彼らは厳しい局面に立たされていた。
ブルスタッド帝国第三皇子の暗殺は、当初それほど困難な任務ではないと見做されていた。学院内での実行は現実的ではなかったが、週末の休み、皇子が滞在する屋敷へ移動する時を狙うのが安全かつ成功確率の高い案だと思われ、それに向けて準備していた。
ところが、である。魔人騒動で突如学院が休校となり、部隊の予想していない日時に皇子は滞在先へと戻ってしまった。その上、屋敷に籠って全く外出しないのだ。
屋敷自体を燃やしてしまおうかという案も出たが、高位貴族の屋敷には秘密の抜け道が用意されていることが多い。それが把握出来ないと皇子を確実に殺すことが出来ない。屋敷への襲撃は、皇子が屋敷のどこに居るか事前に分からないという点でやはり確実性に欠けるものだった。襲撃したは良いが皇子を逃がしたとなれば目も当てられない。
部隊長のアルシカは、五人の中隊長を招集して何度も協議を重ねた。本国からは暗殺の成否を問う書状が一日おきに届く。潜伏中の部隊員たちには日を追うごとに疲労が重なっていく。
そんな時に、一人の中隊長が呟きを漏らした。
『屋敷の人間を買収出来ないだろうか』
そうだ。内部の事情が分からないなら、分かる人間を抱き込めば良いのだ。
彼らは、暗殺は得意かもしれないが情報収集の専門家ではなかった。その為、そんな簡単なことを思い付くのにかなりの時間を要したのである。これは彼らを送り出したイスタシア共和国側のミスと言えよう。
早速部隊の中から見目に優れた男女数名が選ばれ、住み込みではなく、通いの侍女や使用人たちを標的として抱き込みにかかった。しかし予想通りと言うべきか、王家管理の屋敷に雇われるような者がそうやすやすと情報を明かすわけがない。
焦った部隊長は強硬手段に出た。通いの侍女の家族を人質にとったのである。
そうして手に入れた情報は、二日後に皇子が私的な茶会を催すことと、その場所であった。
屋敷の中でも、大きな窓ガラスに面した応接室。その日、皇子は確実にその場にいる。
ようやく彼ら暗殺部隊は、暗殺実行の目処が立ったのだ。
ここで彼らは重要な情報を得ていないことを見落としていた。それは茶会の出席者である。カルロ皇子はユードレシア王国第二王女と婚約関係にあるのだから、彼女が茶会に出席する可能性は少し考えれば分かること。もし彼女も殺してしまえば、この暗殺をユードレシア王国の仕業に見せかけるのが非常に困難になる。
それにも関わらず、実行はその日と決定された。部隊はそれだけ焦燥に駆られていたのである。
“暗殺”部隊ではあるが、暗殺も出来るというだけで、普通に戦って強い猛者ばかりが集められていた。
特筆すべき者は八名。まず、ケルン、ガルン、コルンの三つ子。彼ら三人は常に一緒に行動する。毒を塗布した短剣、弓矢、投げナイフを使い、軽い身のこなしを活かした怒涛の連携攻撃を得意としている。
大剣使いのユナドラ。身の丈以上ある大剣を、まるで小枝のように振り回す。敵兵を金属鎧ごと叩き切ったと噂されている。
ユナドラと同じパワータイプの兵士、レミルは巨大な槌を武器としている。その重量は百キログラムを超え、固く閉ざされた城門すら粉砕する“歩く破城槌”の異名を持つ。
魔法士もいる。通常魔法士は後方支援に徹し、前衛で戦うことはない。だが、メイリスとケイシアの姉妹は違った。水系と風系魔法を用いて近接戦闘を行うのだ。二人とも体術の達人であり、魔法を目くらましや牽制に使い、ここぞという時には攻撃にも使う。
そして部隊長のアルシカ。彼は“槍聖”の二つ名を持つ槍使い。大陸東方で彼の右に出る者はいないと言われている。
アルシカとレミル以外の六名は茶会が行われる応接室を直接強襲する。六名をサポートするのは三十名の部隊員。アルシカは二十名と共に屋敷の正面から突入して護衛を排除する。レミルは屋敷の裏手で逃走してくる者を処分する。こちらにも二十名が配置される。残り二十名強の部隊員は屋敷を取り囲み、正面と裏手以外から逃走を試みる者を排除、また王都の衛兵や騎士が駆け付けた時の時間稼ぎを担う。
基本的に、襲撃時屋敷にいる者は皆殺しの予定だ。部隊に所属する者はイスタシア共和国出身を示すような物は一切身に着けていないが、どこからそれが漏れるか分からない。目撃者は殺すに限る。
襲撃後は分散して東西南北の門から王都を出る。どこかで合流するようなことはない。そのまま少人数に分かれて帰国の途に就くだけだ。
「ようやく帰れるな」
ただの皇子が、いくら護衛を連れているとは言え、百人の手練れ相手に生き残れる筈がない。これまで命があったのは単に襲撃の機会がなかっただけである。
暗殺決行を翌日に控え、部隊長のアルシカは既に仕事を終えた気になって、早く故郷に戻って一杯やりたいと考えていた。
*****
「あ~、茶会が終わるまで暇だねぇ」
「仕方ないわ。これも仕事だもの」
リオンたちを馬車から降ろしたアーチルとテージルは、馬車寄せから少しだけ離れた所に馬車を停め、馬から馬具を外して手綱だけ柵に結び、客車に入って寛いでいた。
本来、馭者や護衛が客車で寛ぐなどあってはならないのだが、雇い主(の息子)であるリオン本人が「暇な時はそうして欲しい」と言うのだ。だから二人は有難く快適な客車で寛がせてもらっている。
デルード領ではしばらくの間騎士団や魔法士団の訓練に参加していたが、王都への道中や王都へ来てから、二人とも仕事はリオンの送迎くらいしかやっていない。魔人が街中に出た時は「ようやく出番か!」とアーチルは昂ったものだが、戦う前にリオンが倒してしまった。
アーチルは戦闘狂というわけではないが、冒険者をやっていたくらいなので戦闘自体は好きだ。テージルは魔法士でありながら並みの騎士より身体能力が高いが、元々アーチルを慕ってパーティを組んでいただけで、彼女は戦闘自体別に好きではない。総じて、アーチルは現状を退屈だと思っていて、テージルは平穏だと思っている。
「……テージル。どうやら招かれていないお客さんが来たみたいだ」
「まったく……今日も平穏だって思ってたのに」
「たまには仕事しなきゃ!」
「そうね……お給金分は働かないと」
閉ざされていた鉄門の向こうで戦闘音がした。だがすぐに静かになる。アーチルは素早く客車の屋根に上がり、そこに括り付けてある自分の槍を手にした。テージルも客車を降り、アーチルの近くで待機する。二人はまだ客車の後ろに身を潜めて様子を窺っていた。
「テージル、リオン様に異常を伝えて」
「分かったわ」
テージルが屋敷の玄関をノックし、顔を出した使用人に事情を説明している時、鉄門が激しい音と共に吹き飛ばされた。
(魔法の気配がなかった。物理でぶっ飛ばしたな)
黒煙の中から、槍を持った黒づくめの男が姿を現す。その後ろに似たような恰好をした者が二十名ほど。
「久しぶりに暴れられそうだね」
アーチルは嬉々として客車の前へ躍り出た。槍持ち以外は四名がその場に残り、それ以外が屋敷の玄関に取りすがる。だが無理矢理開けようとしたところで、既に中へ入っていたテージルの<ウインドスラッシュ>により扉ごと切り刻まれた。屋敷の中から金属鎧の護衛が六名飛び出してきて、倒れた侵入者たちに止めを刺していく。
それを悠長に見てなどいられない。アーチルは、目の前の男が相当な使い手であると感じ取った。
「えーと、どこのどなた様?」
「…………」
「ま、答えてくれるとは思ってないけど。どうせカルロ皇子が目的でしょ? でも残念。今日じゃなければ襲撃は成功したかもだけどね」
「……お前が防ぐとでも?」
「お、喋った! いいや、僕じゃない。ご主人様がいるからね、今日は」
「お前の主人?」
「まぁ、あんたはご主人様とは会えないけどね」
次の瞬間、アーチルの魔力が膨れ上がった。槍の男、部隊長のアルシカは思わず身構える。部隊員の四名はアーチルを囲むように大きく散開した。
「あんた結構やりそうだけど……僕もまぁまぁ槍は得意なんだ」
アーチルの後方にいる二人から、同時にナイフが投擲された。それと同時にアルシカが踏み込んだ。
アーチルは振り向きもせずに槍の石突を使って二本のナイフを叩き落とし、アルシカの喉を狙った突きを半身になって躱す。そのまま体を回転させて打ち据えようとするが、これはアルシカの槍で弾かれた。
繰り出されるアルシカの連続突き。アーチルは槍に角度を付けてそれを受け流す。偶に飛んでくるナイフが鬱陶しい。意趣返しで、アーチルはナイフをアルシカに向けて弾き返す。
「くっ!?」
単に弾くのではなく、しっかりと急所を狙ったり、踏み込んでくる足を狙ったりしている。部隊員の援護がかえって邪魔であった。
ガシャーン! と、屋敷の奥の方でガラスの割れる音が響く。その音に、玄関周りに居た護衛たちが一斉に屋敷の奥へと向かった。
アーチルはそれらを意に介さず、その僅かな時間を十全に活用した。彼は魔法が得意ではないが、血を吐くような訓練の末、身につけた魔法が一つだけある。<身体超強化>だ。
リオンをして、バジリスクと同等かそれ以上の威力があると言わしめたアーチルの槍撃は、<身体超強化>の魔法を使って放つ渾身の一撃である。
単なる<身体強化>は物心ついた時から自然と使えていた。常人と比較すればそれで充分強いのだが、アーチルは満足しなかった。より強くなるために魔力循環を極限まで高める訓練を何年にも渡って行い、その結果<身体超強化>を習得したのだった。
アルシカは決して気を抜いたわけではない。ただ「部隊長」である彼は、作戦全体の進捗を気にしなくてはならなかった。だからガラスが割れる音に一瞬だけ意識が逸れた。
相手が普通の兵士なら、いや相手がアーチルでなければ、その僅か一瞬で形勢が変わることはなかっただろう。
アルシカが意識を眼前に戻した時、既にアーチルの後方に居た二名の部隊員は地に伏せていた。次の瞬間、自分の横を突風が吹き抜けた感じがして、気付けば残り二名も倒れていた。
「さあ、これで気兼ねなくやり合える」
アーチルによって、目の前の襲撃者は久しぶりに手応えのある相手。しかも自分と同じ槍使いである。勝負を思い切り楽しみたいのに、チマチマとナイフを投げられれば鬱陶しくて気が散るというもの。だから先に排除した。
「貴様……何者だ」
「今はしがない護衛だよ」
アルシカも、出し惜しみ出来る相手ではないと悟った。<身体強化>を使い、一歩で間合いに踏み込み、三連突きを放つ。アーチルもそれを力で弾いて、お返しの三連突き。
それまでが児戯だったかのような、苛烈な打ち合いが始まった。本来、槍の間合いは剣のそれよりだいぶ離れているものだ。しかしこの二人に限っては、とても届かないと思われる遠距離から、槍を振る隙間もないと思われる近距離まで変幻自在だった。恐ろしい速度で近付き、離れ、槍の持ち方を長く、短くする。一瞬たりとも動きを止めない二人の攻防は、まるで小さな二つの竜巻がぶつかり合っているようだ。
屋敷の美しかった庭は無残な姿に変わりつつある。草花は切り裂かれ、そこに小さな血飛沫が点々と舞う。
アーチルも少しずつ傷を負っていた。頬を、手の甲を、脇腹を、太腿を、二の腕を、槍の穂先が舐めるように裂いていく。それはアルシカも同様。数秒ごとに傷が増えている。しかし二人とも致命傷は避け、決定的な瞬間が訪れるのを待っていた。それだけお互いの力が拮抗しているのだ。このまま消耗戦を続けてもいつかは勝負がつくが、アルシカにはそんな時間の余裕がなかった。暗殺後の逃走までを視野に入れているからだ。
その余裕の無さが勝負を分けた。
こめかみの傷から流れた血が左目に入る。それを絞り出すように、アルシカは左目を強く瞑った。
アーチルはそれを見逃さない。ほんの一瞬、目を瞑った瞬間に敵の左手側、死角になった場所から喉に向けて最速の突きを放つ。
「ごぷっ」
「くっ……」
それはアルシカが態と作って見せた隙だった。そこから攻撃が来ると予測し、予めそこに攻撃を放つ準備をしていたのだ。
だが、アーチルの動きはアルシカの予測を凌駕する速さだった。アーチルの槍は狙い通りアルシカの喉を貫き、アルシカの槍はアーチルの右脇腹に浅く刺さっていた。
喉から槍を抜くと、アルシカは力なく地面に座り込む。傷からは血がだくだくと溢れ、どう見ても致命傷だ。アーチルは自分の脇腹に刺さった槍を抜き、その上から手で強く押さえて止血を試みる。幸い傷は内臓には達していないようだ。
「まったく……体を動かすのは好きだけど、怪我するのは好きじゃないんだよねぇ」
アーチルは、ぶつぶつと文句を言いながら客車に戻る。座席の下から応急手当の薬や道具を詰めた箱を取り出し、自分の傷に消毒薬をかけ、一番深い脇腹の傷にガーゼを当ててきつめに包帯を巻いた。
「これじゃあリオン様の護衛って言うより皇子か王女の護衛じゃないか……」
リオンかルーシアを襲いたいなら、毎日のように魔法研究所を往復しているのだから、これまでいくらでも機会があった筈。場所から考えても、カルロ皇子かミリス王女を狙ったもので間違いない。主人やその婚約者を守るために命を懸けるのは吝かではないが、皇子や王女とは全く接点がない上に雇い主ではない。アーチルは怪我をしてまで男を撃退したのが何だか損した気分になってきた。
「はぁ~。まぁ、結果的にリオン様を守ることになったと思って納得するか……どれ、万が一もないだろうけど、ご主人様の様子でも見に行きますかね」




