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54 皇子の茶会

 時間は少しだけ遡る。

 コラードと魔法試射場に行く前、王立魔法研究所の地下二階にて。


「今日は<コンプレックス・シールド>の前に、少し実験に付き合っていただけないでしょうか?」


 受講生を前に、リオンがそんな言葉を口にした。講義を監督する立場のマギルカ副所長は今朝もこの場に来ていて、その彼女から問われる。


「リオン君、どんな実験ですか?」

「えーと、新しい魔法の効果検証ですかね」

「新しい魔法!? どんな!? どんな魔法なんですか!?」

「近い近い! マギルカさん、近いです!」


 距離感のおかしいマギルカは、新しい魔法と聞いて顔がくっつかんばかりに詰め寄った。ルーシアがサッとリオンの前に体を滑り込ませ、マギルカを優しく押し止める。


「マギルカ様、見ていただいた方が早いと思いますわ」

「そ、そうですね。失礼しました」


 <リポルション(反発)>の実験はマギルカでやれば良かったかもしれない、とリオンは思った。


「えー、<リポルション>と言って『反発』の魔法です」

「「「「「反発?」」」」」

「実感していただいた方が早いでしょう。騎士団からおいでの方、僕の前で横一列に並んでもらえますか?」


 今日も王国騎士団から十二名の盾役が受講しに来ていた。その彼らがリオンから五メートルほど離れた所で横一列に並ぶ。


「ではいきますね。<リポルション>」

「「「「「お……おおぅ?」」」」」


 真ん中の四名が数歩後退り、その左右二名ずつが一歩、一番外側の左右二名ずつは少し体が揺れる程度。

 リオンの予想通り、反発力は平面の壁状に作用するのではなく、円弧を描くように作用している。


「見えない何かに押されたぞ!?」

「結構な力だった!」

「こっちはそうでもなかった。少し風に煽られたくらいか」


 騎士たちが感想を述べてくれるのがありがたい。


「じゃあ今度はこう……僕を囲むように、端の人は少し前に出てもらえますか?」

「こうでいいのか?」

「はい、大丈夫です。それで一斉に殴りかかってきてください」

「「「「「は?」」」」」

「本気で来てください。吹き飛ばされる可能性があるので受け身を忘れずに」


 ゴクリ、と誰かの喉が鳴る。騎士団で毎日鍛えている大の大人が、子供に寄ってたかって殴りかかる図。通常なら懲罰では済まされないだろう。だが相手は銀翼勲章の英雄。その彼が「吹き飛ばされるかも」と言うのだから、大の大人たちは覚悟を決めて身構えた。


「じゃあお願いします!」

「「「「「うおぉぉおおお!!」」」」」

「<リポルション>!」


 リオンに向かって突進した十二名は、見えない巨大な手に弾かれたように、ゴロゴロと後ろ向きに転がった。


「みなさん、大丈夫ですか!?」


 予想通りだったとは言え、絵面が酷い。怪我を心配したリオンが声を掛けるが、そこは日頃から鍛えている騎士たち。全員何事もなく立ち上がり、興奮した顔でリオンを見る。


「何だ今のは!?」

「さっきよりずっと強い力で押されたぞ!?」

「でも衝撃はそれほどなかったよな!?」


 負の質量を持つ物質は、加えられた力と逆方向に加速する特性を持つ。その力が強ければ強いほど反発する力も強くなるのでは、とリオンは予想していたのだが、その通りになった。


「みなさん、怪我がなくて良かった。ご協力感謝します。次に魔法士の方で、<ウォーターボール>が使える方?」


 魔法士と研究所職員二十二名全員が手を挙げた。マギルカも手を挙げており、彼女を加えると二十三名だ。


「全員? えーと、どうしよう?」

「せっかくだから全員に体験させましょう!」

「いいんですか、マギルカさん……」

「一の経験は百の座学に勝りますから!」

「えぇ……」


 <リポルション>は魔法も反発する筈、その検証をしたいだけなのだが、万が一反発しなかった場合、リオンは二十三発の水球を食らうことになる。

 <ウォーターボール>は初歩の水魔法である。魔力量にもよるが、概ね水風船をぶつけられた程度の威力しかない。火事が起きた際、消火活動でよく使われる魔法だ。


 魔法士たち二十三名は、リオンに言われる前に騎士たち同様円弧を描くように彼を取り囲んだ。どんだけやる気なんだよ、とリオンは思う。


「「「「「我が魔力を糧に水球を成し奔りて的に当たれ。<ウォーターボール>!」」」」」

「リ、<リポルション>!」


 一斉に放たれた二十三個の水球。それはリオンから一・五メートルの距離で反転し、放った魔法士に向かって綺麗に飛んでいった。


「うおっ!?」

「きゃあー!?」

「こ、こっち来るな!」

「ヤバいヤバい」


 何が起こるかだいたい予想していた半数はサッと動いて水球を避けたが、残り半数には自分が放った水球が当たり、ローブを濡らした。


「あー、先に注意しておけば良かったですね……」

「いやいや、騎士たちの様子を見て予想していない方が間抜けなんですよ!」


 そんなことを言ってのけるマギルカは一切濡れていなかった。無事だった魔法士が二名一組になり、一人が<ファイア>を、もう一人が<ウインド>を使って濡れた魔法士たちを乾かしにかかる。


(もしかして……引き寄せる対象を指定出来たりするかな?)


 咄嗟の思い付きで実験するため、リオンは一人の濡れた魔法士を呼び寄せる。


「ちょっとそこに立っていてくださいね? <アトラクト>」


 ローブに染み込んだ水だけを引き寄せるイメージで魔法を放つ。すると、ローブから水滴が滲み出してリオンの前一・五メートルの場所に集まり、元の水球くらいの大きさになった。


「おおっ! ローブが乾きました!」

「良かったです」


 <アトラクト>を解除すると、水球は足元に落ちる。一連の様子を見ていた魔法士たちがリオンの前に列を作った。リオンは結局七名のローブを乾燥させたのだった。









 リオンが魔法試射場に行った翌日。今日はカルロ皇子の茶会の日である。リオンは朝から「無」になっていた。


「リオン様。もうすぐルーシア様がいらっしゃいます。お支度をしませんと」

「あ、うん」


 魔法の講義についてはお休みをいただいた。何だか連日休みや半休をいただいて居た堪れない気持ちのリオンである。


 貴族に社交が必要不可欠なことはリオンも理解している。デルード領の発展には周辺や王都の貴族と良好な関係を築いておくに越したことはない。だからと言って、隣国の第三皇子や自国の第二王女と親交を深める必要はあるだろうか?

 国の頂点付近に位置する二人は、政治の権謀術数に近い場所にいる。リオンにとって、貴族や王族のゴタゴタに巻き込まれるのは心底願い下げなのである。彼の望みは「大切な人と平穏に暮らす」なのだから。権力闘争とは可能な限り距離を置きたい。出来れば大陸の端と端くらいの距離を。


 前世でそういう機会があったのか定かではないが、気分は苦手な上司がいる飲み会に強制参加させられた時のそれである。断りたいのに断れない。そういうわけで、リオンは「無」になっていた。愛想よく乗り切ろう。それだけを考えている。


 普段着とは違う上質な服をシャロンや他の侍女によって着付けされる。濃いシルバーの上下は滑らかな絹。襟元には優美な襞が重なり、白い大輪の花が咲いているようだ。ループタイの留め具は銀製で、多面体にカットされた小さなスモーキークォーツが嵌っている。


 砂色の髪は、香油を使って後ろに撫でつけられる。鏡の中の自分を見ると、そこには背伸びして大人ぶっている少年の姿があった。端的に言って七五三のようだ。もうすぐ十二歳だけど。


「ルーシア様がお越しになりました」


 家令のベリシスから告げられ、リオンは玄関まで出迎えに行った。丁度馬車からルーシアが降りてくる所だった。


「リオン、ごきげんよう!」


 それ自体が発光しているかのような、艶やかな赤髪の少女。ルーシアは花が綻ぶような笑顔をリオンに向けた。

 ネイビーのドレスは落ち着いた雰囲気で上品。胸元から裾まで幾重にも重なるドレープが優美な雰囲気を醸し出す。足元は髪と同じ色のハイヒール。いつもと同じルーシアの筈なのに、いつもと違う大人になりかけた少女の姿がそこにあった。


「ルーシア……綺麗だ」


 惚けたようなリオンの呟きが耳に届くと、ルーシアは顔を真っ赤にして俯いた。


「もう、リオンったら……リオンこそ、素敵ですわよ?」

「そ、そう? もう少し背が伸びたらちょっとはマシになると思うんだけど」

「リオンは自分が思っているよりずっと素敵ですわ」

「あ、ありがとう。ルーシアこそ本当に綺麗だよ。こんな姿が見れるなら、お茶会も悪くない」


 お互いを褒め合う二人に、周りの大人たちはこそばゆい気持ちになって落ち着かない。

 貴族子女は幼い時分から婚約者がいることも珍しくないのだが、それと本人同士の相性が良いかは別である。政略結婚という意味合いが大きいので、お互いが好きかどうかは二の次だ。しかしリオンとルーシアに限っては、誰が見てもお互いに惹かれ合っていて、それが微笑ましいやら喜ばしいやらで、大人たちは自然と温かい目で見守りたくなる。


「リオン様、ルーシア様。馬車の準備が調いました」

「ありがとうシャロン。では参りましょうか、お嬢様」


 リオンが気取って頭を下げながらルーシアに手を差し出すと、彼女は微笑みながらその手を取る。侍女たちはきゃあきゃあ叫び出したいのを懸命に堪えていた。


「さあリオン様、ルーシア様。乗って乗って!」

「アーチルさん、今日はきっちりした衣装ですね。テージルさんもドレスなんか着ちゃって」

「一応茶会だからね、主に恥をかかせるわけにはいかないのさ」


 馭者台のアーチルとテージルもドレスアップしている。彼らが護衛も兼ねているのは言うまでもない。リオンとルーシア、それにシャロンとメリダが乗り込むと、馬車はゆっくり動き出した。


 カルロ皇子が滞在しているのは、貴族区にいくつかある王家が管理する屋敷だ。王立魔法研究所と王立学院の中間くらいにある。シルバーフェン別邸からは王城を挟んで丁度反対側に位置していて、馬車でも一時間近くかかる。近付くにつれて憂鬱な気分になるが、リオンはその度にルーシアを見て幸福感を上げることで気分を持ち直す。


「ルーシアが一緒に来てくれて本当に良かった。僕一人だったらたぶん逃げ出してたね」

「まあ! そんなに嫌なんですの?」


 コロコロと笑うルーシアがリオンに心の平安を齎してくれる。

 やがて馬車は一際大きな屋敷の前で止まった。黒い鉄製の門扉の脇には鎧姿の護衛が控えており、アーチルと一言二言交わすと門を開けてくれた。そのまま馬車は門の内側へと進む。庭は美しく整備されており、秋も深まった季節なのにあちこちで花が咲いていた。正面には白亜の邸宅。三階建てで、真ん中には屋根が大きく突き出した馬車寄せが設けられている。精緻な彫刻が施された柱や窓枠が王城を彷彿させた。さすがは王家の屋敷とリオンは感嘆した。


 広く美しい庭、大きくて優美な邸宅。素直に凄いな、と思うリオンだが、ではここに住みたいかと問われれば「住みたくない」と即断するだろう。これは維持費がかかり過ぎる。少し想像しただけで眩暈がしそうである。


 そんなどうでも良いことを考えていると馬車が停まり、上品な黒の執事服を纏った三十代くらいの男性に出迎えられた。


「ようこそお越しくださいました、リオナード・シルバーフェン様、ルーシア・レッドラン様。カルロ皇子と共に帝国より参りました、アルテスと申します。以後お見知りおきを」


 リオンとルーシアは貴族子女と言っても爵位を持たない子供に過ぎない。大人の中にはそういった子供に慇懃無礼な態度や物言いで接する者も少なくないが、アルテスと名乗る男からはしっかりと敬意が感じられ、それだけで好感が持てた。

 そのアルテスに案内され屋敷の中を進む。邸宅の中は煌びやかさが意図的に抑えられ、上品に設えられている。美しい花が活けられた花瓶は無駄な装飾がないし、馬鹿でかい肖像画も見当たらず、調度品は一目で高価だと分かるが落ち着いた物で統一されていた。


 案内された先は、リオンの母であるカレンが好むような、床から天井まである大きなガラス窓から庭園が見渡せるサロンのような応接室。それほど広くはない。むしろシルバーフェンの別邸にもこれくらいの応接室はある。壁際には数名の侍女が控え、出入口と窓際では帯剣した護衛が目を光らせていた。


 中央のテーブルには席が四つ……四つ? 他にテーブルや椅子は見当たらない。その傍でカルロ皇子とミリス王女が立ち上がってリオンたちを迎えた。


(えーと、他の子息令嬢は後から来る……わけじゃなさそう。まさか四人だけとは!)


 仮にも帝国第三皇子が主催する茶会ならば、多くのゲストがいるだろうと勝手に思い込んでいたリオン。人数が多ければ二人とそれほど話すこともないだろうと高を括っていた。


(絶対逃げられないやつ!!)


 物理的には逃げられるだろうが、貴族的にはここまで来て逃げ出すわけにもいかない。リオンは少し引き攣った笑顔で挨拶を述べる。


「カルロ皇子殿下、ミリス王女殿下。本日はお招きいただきありがとうございます」

「お二人にお招きいただき、光栄の至りに存じますわ」


 内心動揺しているリオンとは違い、ルーシアは如才なく挨拶を口にした。


「よく来てくれたリオナード殿。それにルーシア嬢。学院同様敬称は不要だ。そう畏まらず寛いでくれ」


 そう言われて寛げる人なんていませんよ!?

 と思うリオンだが、何とか平静を保ってルーシアの椅子を引き、続いて自分も着席した。


「学院で私とミリスを守ってくれたこと、改めて感謝する」

「私からも、改めてお礼申し上げます」

「いやいやいやいや、お二人とも頭をお上げください! 当たり前のことをしただけですから!」


 目の前で皇子と王女から頭を下げられ、リオンは大いに慌てた。


「ルーシア嬢、彼はいつもこうなのか?」

「リオンは謙遜しているわけではなく、本当に大したことをしていないと思っているのですわ」


 そうしてルーシアは、頼まれてもいないのにイデアール砦で敵軍を撤退させたことを話した。


「敵の物資を悉く粉砕し、焦って吶喊してきた騎馬から放たれた矢も全て障壁で防ぎました。そして強力な魔法を放ち、地面に堀を作って見せたのです。敵軍はその威力に怖れをなし、撤退を余儀なくされたのですわ」

「なるほど……それで辺境伯軍の損耗がゼロだった、と」

「敵軍も、負傷者こそ出ましたが死者はいなかったと聞きましたわ」


 深い堀を埋め戻す苦労は掛けましたけどね、とリオンが苦笑いしながら補足した。


「父から少し聞きましたが、魔法の講義は順調でいらっしゃいますか?」


 ミリス王女から問われる。そりゃそうか、陛下から話は聞いているだろう。ここで下手に誤魔化しても意味はないな、とリオンは真実を口にする。


「今のところは順調です。障壁魔法はこれまで受講した全員が習得しています。攻撃魔法については試射場が完成してからになります」

「騎士団の方でも、その障壁が凄く話題になっているそうで――」


 ガシャーン! と、ガラス窓が割れる音でミリス王女の言葉が遮られた。


「<コンプレックス・シールド>!」

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