53 英雄ジョン・ドゥー
「ぜぇ、ぜぇ…………」
「コラードくん、大丈夫?」
生きた心地がしないという言葉はこの為にあったのか……コラードは、自分の足が地面に着いていることにこれほど感謝したことはなかった。
僅か一分間ほどの飛行。怖くても途中で降りることが出来ないジェットコースターと同様、いやそれ以上であった。何せ安全を担保する仕掛けなど皆無である。色々と漏らさなかっただけで褒めて欲しいくらいだ。
グレナーダ湖近くに整備中の魔法試射場はほぼ仕上がっており、現在は外周の壁があと少しで完成するという段階だった。マギルカ副所長に書いてもらった書状を現場監督らしき人物に見せ、リオンたちは一足早く試射場の中に入ることが出来た。
試射場自体は非常に簡素なものだ。長辺二キロメートル、短辺三百メートルの長方形に区切られた草原。邪魔な木を伐採し、適当な場所に標的となる木の杭と廃棄予定の金属鎧があるだけの場所。一応、雨の日でも訓練出来るように、魔法を放つ起点となる場所にはL字状に屋根が設けられている。あとは休憩のための木のベンチがいくつかあるだけだ。
背後の少し離れた場所には、今は使われていない貴族の別邸がある。そこが受講生たちの寝泊まりする宿舎になる。その宿舎と試射場全体を囲むように木製の壁が作られている。これは何も知らない者が勝手に立ち入らないようにするだけの簡易的なものだ。中で放った魔法を防ぐとか、そういう目的はない。そもそも、リオンの放つ魔法は「不壊の大岩」すら破壊してしまうから、壁を石材で作っても意味がないのである。
ここへ来た目的は、コラードに魔法を放ってもらうことだ。
今更ながら、リオンはこの世界で普通に使われている、普通の攻撃魔法をほとんど使ったことがない。
シャロンの提案にあったように、まずは普通の攻撃魔法をブラッシュアップしようと考えている。射程距離を伸ばし威力と連射性を高める。それを無詠唱で行使可能になれば、魔法士団の攻撃力はかなり底上げ出来るだろう。
その為には、当たり前の話だがリオンがそれらを使えなければならない。だから「魔法の天才」であるコラードに、普通の攻撃魔法を教えてもらうつもりだった。もちろんコラードには出発前に話をしている。
「リオン様もご存知と思いますが、王国魔法士団で使われる攻撃魔法はほぼ六つです」
リオンは当然ご存知ではなかった。逆に六つしかないことに驚いた。
炎系魔法の<フレイム・ランス>、<フレイム・ジャベリン>。
氷系魔法の<アイシクル・ランス>、<アイシクル・ジャベリン>。
土系魔法の<ストーン・ランス>、<ストーン・ジャベリン>。
これら六つである。
「風系はないんだ」
「一応、<エアバースト>や<ウインドスラッシュ>があるんですけど、使う人はほとんどいませんね。攻撃としては使い勝手がいまいちで」
「きゅー!?」
アスワドが「心外だわ!?」とでも言いたいのか、抗議の鳴き声を上げた。
「うんうん。アスワドの<ダウンバースト>や<ウインドスラッシュ>は凄く強いよね」
「きゅっ!」
リオンはアスワドの放つそれらの威力を知っている。首元を撫でながら彼女を宥めるが、あれはグリフォンだからこその威力なのだろうとも思った。
実際にはカラミティ・グリフォンならではの威力なのだが。
とにかく、魔法士団では三属性のランス系とジャベリン系が使われるそうだ。ちなみにランスとジャベリン、どちらも「槍」なのだが、この世界ではランスの上位版がジャベリンらしい。
「う~ん……炎はそれ自体に質量がないから、殺傷力としては少し劣る感じかな?」
「そうですね。魔物を怯ませるのが一番多い使い方だと思います」
「じゃあストーンかアイシクルがいいかなぁ。どっちが得意?」
「どっちもいけますよ? 敢えて言うならアイシクルの方が好きですかね。砕けた後、細かい粒子がキラキラするのが綺麗なので」
リオンはそんなことを言うコラードを二度見した。突然乙女チックだったので。
「じゃ、じゃあ<アイシクル・ジャベリン>を見せてもらおうかな? 魔力が枯渇する前に教えてね?」
「え……?」
普通の攻撃魔法を教えて欲しいとは言われたが、何発撃てとは言われていなかったコラード。魔力が枯渇する程撃てと言うのか……?
「取り敢えず、十秒おきに一発撃ってくれる?」
「あ、はい」
試射場の短辺側には、三十メートル、百メートル、三百メートルの位置にそれぞれ的を設置している。まずは三十メートル先の的に向けて、コラードが<アイシクル・ジャベリン>を放ち始めた。彼も無詠唱は既に出来ている。
空中に長さ一メートル、直径五センチメートルの先端が尖った氷柱が生成され、矢のような速さで飛翔し、的に当たって砕ける。
標的である金属鎧は、凹みこそすれ貫かれるようなことはない。相手が魔物であれば十分な威力かも知れないが、骨鬼族相手には全く力不足だろう。骨鬼族どころか、恐らくバジリスクの鱗にも弾かれるに違いない。
十発ほど放ったところでリオンは声をかけた。
「コラードくん、ありがとう。少し休んでて」
全てにおいて不足しているとリオンは感じたが、そもそも目的は通常魔法のブラッシュアップである。だから、この<アイシクル・ジャベリン>をどうにか強化しなくてはならない。それも、前世の知識に基づかない言葉で説明してこの世界の人に理解してもらい、その上で習得してもらうという条件で。
まずは氷柱自体の強度を上げる。リオンの基準で言えば、コラードの作り出した氷柱は大き過ぎる。生物を殺すのにそこまでの大きさは必要ない。だが、これが<アイシクル・ジャベリン>だと言うのなら、それに倣うほかない。
氷の硬さは、温度と凍らせるまでの時間で決まる。マイナス十℃で作った氷より、マイナス二十℃で作った氷の方が硬い。また、ゆっくり時間をかけて凍らせると氷の結晶が大きく、規則的に並ぶために硬くなる。不純物が含まれないことも要素の一つだが、これは魔法の氷だから問題ないだろう。
(より低い温度……より長い時間……)
前世の知識があるリオンとコラードには「絶対零度」という概念がある。理論上は分子運動が完全に停止する温度(量子力学上は完全停止ではない)だ。体感したことはなくても極低温であることは理解できる。
だが、この世界、特にウルシア大森林の南側にあるユードレシア王国には、極低温の環境が存在しない。リオンの出身地であるデルード領は国の最北端であるが、冬でも雪がちらつく程度。年に一度積もるかどうかというくらいだ。見たことも感じたこともない極低温を実感させるにはどうすれば良いか……?
(飛ばない氷柱を作るのは難しくないけど、触ったら凍傷になるよなぁ)
冷たいと感じる前に感覚が無くなり、下手をすれば指を欠損する事態になりかねない。それならば、絶対零度などという極低温ではなく、マイナス五十℃程度で直接触れさせずに近くで冷たさを感じてもらうか。
次は飛翔速度。速度が上がれば威力も上がるのは説明せずとも分かりやすいだろう。
(デルード領では、確か馬の何倍って説明したよなぁ)
<ストーンライフル>の説明で、弾丸発射の初速について「それは、馬の何倍くらいだい?」とライカ副団長に聞かれた。音速の二・五倍と言っても通じなかったのだ。
競走馬の最高速度は時速七十キロメートルを超えるらしい。音速の二・五倍は時速約三千キロメートル。軍馬の最高速度を時速約六十キロメートルと仮定して、馬の五十倍程度と伝えたのである。
<アイシクル・ジャベリン>にそこまでの速さは必要ないと思う。それでも矢よりは速度を出したい。弓の種類にもよるが、矢の初速は時速二百キロメートル程度。氷柱の大きさと重さを考慮すれば、矢の三倍も出せば十分ではなかろうか。
射程距離に関しては、ルーシアとシャロンに相談した上で、三百メートル程度が妥当だろうと結論付けていた。それでも今の魔法より十倍遠くまで届く。射程距離はイメージによるので、リオンにとっては問題ない。
そして、これら全てを人に説明する方法についても、既に二人と相談して決めていた。
「コラードくん、ちょっと見ててね。<アイシクル・ジャベリン>」
リオンの声に、ベンチで休んでいたコラードが顔を上げる。リオンの眼前に出現した氷柱は、自分のものと変わらないように見えた。
だが、射出速度が段違いだった。目で追うのは難しい。遠くから「キン!」と澄んだ音が聞こえた。魔法士団で身に付けた<視力強化>を使って的を確認する。
三十メートル……ない。百メートル……ない。まさか……三百メートル……一番遠い的である金属鎧に、氷柱が刺さっていた。そう、砕けることなく貫通していたのである。
「リ、リオン様!?」
「うん。コラードくんのお陰で上手く出来た」
「いやいやいや、これ本当に<アイシクル・ジャベリン>ですか!?」
「うん。氷柱の強度と射出速度を上げて、飛距離を伸ばしただけ」
「“だけ”って!? “だけ”って何です!?」
リオンはまず、飛ばない氷柱を作り出して見せる。
「今までよりずっと低い温度で、一年くらいかけてゆっくり凍らせた氷柱だよ」
「一年!?」
「そういうイメージで、ってこと」
「な、なるほど」
そしてリオンは語り始めた。
「この国の古い伝承で、伝説の槍使い『ジョン・ドゥー』っていう英雄がいたんだけど」
「名前からして怪しいんですが」
「まぁそこはスルーで。練習だから付き合ってよ」
「あ、はい」
英雄「ジョン」が得意としたのは投げ槍で、矢の三倍の速さで投げ、三百メートル先のバジリスクの鱗を貫いたと言う。
もちろん作り話だ。だが、そういう人物が過去に存在し、そういうことを成し遂げたと言う方がイメージしやすいのではないかと考えたのである。
「そこでもう一度。<アイシクル・ジャベリン>!」
また三百メートル先の金属鎧を氷柱が貫いた。
「どう? 出来そうな気がしない?」
「そう言われれば……うん、出来そうな気がしますね」
出来ると思うことが重要なのだ。自分が英雄「ジョン」になって、氷の槍で三百メートル先の強敵を貫くイメージ。それが出来れば、魔法は殆ど成功したも同然なのである。
「<アイシクル・ジャベリン>!」
しばらく目を瞑って頭の中で架空の「ジョン」を作り上げたコラードは、リオンと同じ三百メートル先の的に向かって魔法を放った。「キン!」と甲高い音がして、氷柱が金属鎧を貫通していた。
「すげぇ! 英雄ジョンさんすげぇ!!」
シャロンから、絶対零度もかくやと言う冷気がコラードに向けて放たれた。
「あ、いや、凄いのはリオン様です……」
「いや、凄いのはコラードくんだよ。一度で成功させるとは思わなかった」
「それはジョン……リオン様の教え方が上手いからに違いありません!」
「フフフ……じゃあこういうのはどう? 英雄『ジョン』が三十人に増えて空中で円を描くように並んでいる。その三十人が連続して次々に槍を投げるんだ」
リオンが手の平を的に向けると、氷柱が恐怖を感じさせるくらい連射された。金属鎧は跡形もなくなり、その向こう側にあった筈の木の壁に大穴が開いていた。
「ヤバっ!?」
「リオン様?」
「ごめんなさい調子に乗りました」
シャロンから冷気を向けられたリオンは、さっきの連射速度と同じくらいの速さで彼女に謝る。そしてアスワドに乗ってすぐに壁の向こう側を確認しに行った。幸い、そこで作業していた人はおらず、被害は壁だけで済んだ。もちろん、音を聞いてそこに駆け付けた現場監督に怒られた。
しょんぼりと肩を落として戻って来たリオンを、キラキラした瞳のコラードが迎える。
「リオン様! 凄いです!!」
「あー、連射……英雄『ジョン』を増やす時はあっちの的に向けようか」
そう言って、リオンは長辺側の的を指す。間違っても二キロメートルは飛ばないだろうから。
「分かりました! 俺もやってみます!」
コラードも、長辺側にある三百メートル先の的に向かって連射を試みる。やはり金属鎧は跡形もなくなり、的の先で土煙が上がった。
「すっげー! 三十人のジョンさん、マジすっげー!!」
コラードの脳内では、英雄「ジョン・ドゥー」がすっかり実在した人物として定着してしまったらしい。
この世界の言葉だけで説明して、実際に上手くいくことを確認できたリオンは満足気な笑みを浮かべた。
なお、長辺側の的の向こうをデコボコにしたせいで、リオンとコラードは現場監督に怒られた。二人は日が暮れる寸前まで整地に汗を流すのであった。




