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52 吐露

「うん、地味だよねぇ。でも、結構画期的だと思う」


 ルーシアは内心で首を傾げた。リオンの言葉と表情が合致していない気がしたからだ。

 彼がどんな魔法を生み出したかったのか定かではないが、途中まで、彼の表情は明るかった。その表情から鑑みるに、恐らく彼の考える魔法は成功したのだろう。

 それなのに、今は抱えきれない重荷を背負ったような顔をしている。いや、今にもそれに押し潰されそうな顔と言ってもいい。


「……リオン? 何か話したいことがあるんじゃありませんの?」


 ルーシアがそのように声を掛けると、リオンはハッとしたように顔を上げ、目を丸くしてから少し歪な笑みを見せた。


「うん……ルーシア。それにシャロン。二人に聞いて欲しいことがあるんだ。少しいいかな?」


 間もなく十二歳になる子供には全く相応しくない深刻な表情。そんなリオンの顔を見て、ルーシアの心臓はバクバクと音を立て始める。

 ま、まさか、婚約を解消するなんて話じゃないですわよね……。ほ、他に好きな人が出来たとか、わ、私のことが嫌いになったとか……。

 何の脈絡もなく、ルーシアはそんな心配をして目に涙を溜める。彼女が考える深刻な問題、それはリオンが自分の元から去ることだった。


 ルーシアの、少し吊り上がった黄緑色の瞳が潤み、今にも涙が溢れそうになったのを見て、リオンは大いに慌てた。


「ル、ルーシア!? あの、えと、ルーシアは何も悪くないよ!? えっと、聞いて欲しいのは魔法に関することなんだ!」


 シャロンがルーシアに寄り添い、ポケットから出したハンカチを彼女の目元に当てている。


「リオン様、その深刻そうなしかめっ面をどうにかなさってください」

「も、申し訳ございません」


 ルーシアを泣かせてしまった罪悪感とシャロンの迫力に、リオンは思わず丁寧な言葉で謝罪した。


「ルーシア様、大丈夫ですよ? リオン様は寝ても覚めてもルーシア様を恋い慕っておりますから」

「え、ええ。みっともない所をお見せしてごめんなさい」


 リオンはルーシアに誤解させたことを平謝りした。リオンは悩んでいただけでありルーシアが早とちりしただけなのだが、とにかく謝った。ルーシアが落ち着いたところで邸内に場を移し、応接室を借りる。ルーシアの侍女であるメリダもお茶の準備を終えたら退席してもらい、広い応接室に三人だけとなったところで、リオンは改まって口を開く。


「二人に聞いてもらいたいのは魔法のことなんだけど、その前に話しておきたいことがある。実は……僕には前世の記憶があるんだ。それも、こことは違う世界の記憶が」


 リオンは、コラードを除いてこれまで誰にも前世の記憶があることについて話していなかった。

 前世の記憶を持つ者というのは、不思議ではあるが絶無というわけではない。リオンの前世は恐らく日本人で、知人にもそういう人がいたし、話に聞くことも偶にあった。

 ただ、地球とは異なる世界の記憶、という話は聞いたことがなかった。だから自分のことを打ち明ければ、拒絶されるか、嫌悪されるか、精神的な病の心配をされるかではないかと思っていた。

 黙っていれば分からないことであるし、敢えて打ち明ける必要性もなかった。だから話さなかった。


 ただ先程行った魔法の検証で、この世界の魔法はかなり自由度が高いものだと確信した。それと同時に、それはとても危険であると感じた。

 想像力次第で自由に魔法を生み出せるとしたら……都市を火の海に変える。隕石を落とす。森を氷漬けにする。広範囲に数多の雷を落とす……もしそんな魔法が生み出されたら危険極まりないではないか。


 そういった魔法を行使する者が、高潔な人格者ならまだ良い。だが魔法の得意不得意と性格の良し悪しに相関性はないだろう。

 簡潔に言うと、性格の悪い者が大きな力を得たら何をしでかすか分からない。それが怖いとリオンは思った。だから、最も信頼する二人に話を聞いてもらい、相談したかった。それには魔法の危険性を伝えなければならない。それを伝えるには、どうして自分がそういう考えに至ったかを説明する必要がある。その為には、異なる世界の前世の記憶についても明かさなければならなかった。


 だからリオンは苦渋に満ちた顔をしていて、それをルーシアが勘違いしたのである。

 だって、打ち明ければ二人を失うかもしれなかったから。


「前世の記憶? それもこことは違う世界……凄いですわ、リオン!」

「……え?」

「さすがリオン様。普通ではないのは分かっていましたが、これで納得です」

「えぇ……」


 何だかとっても嬉しそうなルーシアと、全て腑に落ちましたという顔のシャロン。

 違う、そうじゃない。いや、拒絶されたりしなかっただけ良かったのは間違いないのだが、悲壮な覚悟で打ち明けた割に、反応が軽すぎると言うか何と言うか……。


「えーと、気持ち悪いとか思わない?」

「どうしてですの? 前世がどうであれ、リオンはリオンですわ!」

「二つの世界を渡る男……リオン様、控えめに言って最高です」


 ルーシアの優しさが胸を打つ。シャロンについては、ちょっと何を言っているのか分からないが、少なくとも嫌いになったりはしていないらしい。


「……二人とも、ありがとう。僕、これを打ち明けたら二人が離れてしまうんじゃないかと心配で……」

「私は絶対にリオンから離れるつもりはありませんわ!」

「シャロンも同じでございます。リオン様からもう要らないと言われるまで、お側におります」

「ぅぅ……本当にありがとう」


 リオンは安堵で胸が詰まった。気持ちを落ち着けるため、数度深呼吸を繰り返す。


「すぅーはぁー……ふぅ。それで魔法についてなんだけど――」


 リオンが生み出した魔法。それらは前世の知識に基づいて作ったことを明かす。

 前世の世界には魔法がなく、代わりに科学が発達した世界だったこと。多くの頭の良い人たちが世界の理を解き明かそうと奮闘し、一部ではあるが解明されていたこと。リオンの記憶はそれらの上澄みに過ぎないが、そういった知識を基に魔法を考えてきたこと。

 ルーシアは目を輝かせながらリオンの話に聞き入り、シャロンは無表情ながら頬が少し紅潮していた。


「で、その世界では常識とされる法則があって――」


 リオンは重力について説明する。この世界にも重力はある。惑星の中心に向かって引っ張る力だ。空中で手放した物体が下に落ちるのは二人とも常識として知っているが、それを前の世界では「重力」と呼ぶのだと告げた。

 そして、これも前の世界の記憶になるが、重力は、信じられないくらい重い物体が存在すると発生する。


「それで超高密度物質、とにかくギュッと固めて固めて固め続けて、小さくでも物凄く重い物を魔法で作り出した。それが<UDM>で、ものを引き寄せる魔法なんだ」


 <UDM>は二人とも見たことがある。どんな魔法かは何となく知っていたが、その現象が生まれる原理は当然知らなかった。


「ところが……昨夜、その超高密度物質を生み出さなくても、物を引き寄せる魔法が使えてしまった。更に、それと逆に反発する魔法も。これは前の世界では絶対に起こり得ないことなんだ」

「つまり……どういうことですの?」

「僕はこれまで、魔法は前の世界の法則にある程度従う必要があると思っていた。でもそんな必要はないことが分かった。最初から分かっていたことだった……一番重要なのは『想像力』だってことを」


 ルーシアは聡い。シャロンも同様だ。だから二人は、リオンが危惧していることを察した。


「もし想像力だけでどんな魔法も生み出すことが出来ると広く知られたら……危険ということですわね?」

「そんな魔法を誰にでも使わせるのは危険、それにそのやり方をご存知のリオン様も危険ということになります」

「うん、まさにその通り」


 想像力だけで魔法が使える、やったぜ! 俺TUEEEE! と単純に喜べたらどれだけ良かっただろう。

 だが魔法は簡単に人を殺せてしまう。その相手がどんなに善良だろうが身分が高かろうが関係ない。善悪貴賤問わず問答無用で命を奪える力なのだ。


「今まで常識とされていた魔法でも簡単に人を殺せるけど、それより遥かに強力な魔法を簡単に生み出せるとなったら…………何が起こるか、僕には想像がつかない」


 デルード領魔法士団に<ストーンライフル>を教えたのは、今思えば早計だったかもしれない。ライカ副団長を始めとした魔法士団員らの顔を思い浮かべる。彼らがシルバーフェン伯爵家に叛意を抱くとは考え難いし考えたくもないけれど、絶対とは言い切れない。

 彼らが使えるようになった<ストーンライフル>の有効射程は約五百メートルだ。リオンの<ストーンライフル>、一・八キロメートルには遠く及ばないが、これまでの三十メートルと比べれば十六倍以上の遠距離から攻撃出来る。使い方によっては暗殺も容易だろう。


「でも、考え方によってはそれにリオンが気付いたのは僥倖ですわ」

「ルーシア様のおっしゃる通りかと」

「え、どういうこと?」

「リオンは王国特別魔法顧問という立場で魔法士団に魔法を教える立場。つまり、教える事柄はリオンの匙加減一つということですわ!」

「…………確かに」


 リオンは真面目……というか、少なくとも魔法に関しては物凄く真面目で真摯である。だからこそ、彼は自分の持てる知識と技術は余すことなく教えなくてはならないと考えていた。


「まず、想像力によって強力な魔法を生み出せる可能性については教える必要はないと思いますわ」

「リオン様が、教えても構わないと思える魔法だけを教えれば良いとシャロンは愚考します」

「む……」


 考えてみれば簡単なことだった。二人の言う通りである。

 ただし、目前に迫る脅威に対抗出来なくては話にならない。既存の魔法だけでは骨鬼族と戦うのが結局リオン一人になってしまう。それでは本末転倒だ。


「骨鬼族に対抗出来るだけの魔法か……」

「コッキゾク?」

「あ」


 王立魔法研究所の所長であり、見た目幼女のエルフであるリーゼから「他言無用」と言われていたのをすっかり忘れていたリオンである。なおシャロンはその場にいたのでセーフだ。


「あの、ルーシア? 今のは聞かなかったことに……」

「そこまで言ったのですから、何故秘密にしなくてはいけないのか説明するのが筋ではございませんこと?」

「ハイソウデスネ」


 リオンはリーゼから聞いた話をかいつまんでルーシアに聞かせた。


「……魔人騒動も、その骨鬼族の仕業ですの?」

「十中八九、そうらしい」

「そんな危険な種族が、この王国内に侵入していると」

「まぁ王国だけじゃないかもしれないけど。とにかく、最弱らしいあの“一本指”でさえ一撃で街の一画を崩壊させるくらいだ。あれが三十人もいれば王都は火の海にされる。王国が滅ぼされるのも時間の問題だろう。それで、それに対抗するために王国魔法士団を強化しないとならないんだよ」


 そうなのだ。何の為に魔法を教えているかと言えば、結局は王都を、この国を守る為である。現状、リオン一人で守れる範囲など高が知れているのだから。


「ということは、態と弱い魔法だけを教えても意味がないのですわね……」

「その塩梅が難しいよねぇ」


 弱過ぎると役に立たず、強過ぎると脅威になる。


「リオン様、それでしたらこういうのはどうでしょうか。第一に防御魔法。これは今やっていらっしゃることをそのまま継続です」

「うん」

「第二に――」


 シャロンの提案はこうだ。

 防御魔法、つまり<コンプレックス・シールド(もどき)>を習得させた後、第二段階として既存魔法の強化版を指導する。

 射程距離、威力、連射性を高めた既存魔法。それを無詠唱で行使出来るように教える。第三段階として、更に強力な魔法を教える者は認可制にする。


「認可制?」

「はい。国王陛下、王国魔法士団長、そしてリオン様。最低でもこの三人が問題ないと認めた人物にのみ、より強力な魔法を教えるのです。その際、誓約魔法で制限をかけるとより良いかと存じます」

「誓約魔法か……」


 誓約魔法については、リオンもその名を聞いたことがあるだけで実際目にしたことはない。噂を信じるなら、タトゥーのように直接体に魔法陣を刻むらしい。誓約した事柄に反すれば激痛に襲われ、下手をすれば命を落とすのだと言う。

 罪を犯した貴族などが稀にその対象となるそうだ。魔法陣を刻むのには非常に高度な技術と知識が必要らしく、ユードレシア王国ではただ一つの貴族家だけがその業を継承している。


 誓約について、例えば王族に害を為さないとか、上官の許可なく強力な魔法を使わないとか、そういった内容は国王や宰相、魔法士団長が決めれば良い。リオンがそこまでやる必要はない、とシャロンは言う。確かにその通りであろう。


「それならいっそ、魔法士団員全員に誓約魔法をかければ?」

「それは難しいでしょう。誓約魔法は双方の同意が必要ですし、数が多過ぎます。八千人の士団員に誓約魔法を施すのに何年かかるやら」


 誓約魔法の施術には、一人につき五日間ほどかかるらしい。それを八千人……休みなしで百年以上かかる。骨鬼族が百年も悠長に待ってくれるとは思えない。そもそも最初に誓約魔法を施された者は寿命で亡くなるし、リオンだって寿命が尽きて死んでいるだろう。


「シャロンの言う通りだね。そうすると、そこそこの魔法を広く浅く教えて、より強力で危険な魔法を誰に教えるかは偉い人に委ねる。うん、その方針が良さそうだ」


 ついさっきまでの陰鬱な気持ちが消え、リオンの心は軽くなった。


「ありがとう、二人とも」

「これくらい何と言うこともないですわ! 私はリオンの婚約者ですもの!」

「シャロンも、リオン様の侍女です。お役に立つのは当然でございます」

「それでもさ。二人に聞いてもらって本当に良かった」


 どうしようもないと思える悩みも、誰かに相談すると案外解決策が見えてくるものだ。もちろんそうではない問題もあるだろうが、少なくとも一人で抱え込むより、人に聞いてもらった方が良い場合が多い。

 リオンにとって、ルーシアとシャロンが側に居てくれることこそが僥倖であった。

 人の縁とは簡単に紡がれるものではない。長い期間を経て積み上げた信頼も、一瞬で崩れ去ることだってある。二人がリオンに信頼を寄せ好意を向けるのは、偏に彼が二人に対して誠実であり、大切にしているからに他ならない。









 翌日。午前中いつも通り魔法研究所で講義を行ったリオンは、マギルカに許可をもらって午後から別の場所へ向かった。それは現在急ピッチで整備が行われている、グレナーダ湖の魔法試射場である。同行者はシャロンとコラード、それにアスワドだ。


「コラードくん、何番目がいい?」

「はい?」

「三人でアスワドに乗るんだけど、前か真ん中か後ろ、どこがいい? おすすめは前だけど」

「そそそそれって飛ぶってことですよね!?」

「うん。前は景色がよく見えるよ?」

「いやいやいや、後ろ……いや、真ん中でお願いします!」

「そう? まぁそれならそれでいいけど」


 リオンにとってアスワドの背に乗せてもらい空を飛ぶのは最早日常と言っても過言ではないのだが、いくら前世の知識があると言っても、生身で飛んだことなどないコラードにとって、それは命懸けである。落ちたら死ぬのだから当然だ。


「じゃあしっかり掴まっててね」

「シャ、シャロンさん! 絶対離さないでくださいよ!?」

「……それはフリですか?」

「違います! 本気でお願いしますから!」


 真ん中に座ったコラードは、前に座るリオンの腰に全力でしがみつき、後ろからはシャロンに腰を押さえてもらっている。相手がリオンなら、シャロンはこれ幸いと抱き着いて密着するのだが、コラード相手にそれはない。


「じゃあ行くよ? アスワド、お願いね」

「きゅー!」


 ふわり、とアスワドが宙に浮き、数回の羽ばたきで百メートルの高度に達する。それから矢のように北西へと飛び始めた。


「ぎゃぁぁぁあああおおおお!?」


 コラードの絶叫が王都の空に響き渡った。

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