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5 リオン、迷走する

「まあ! リオンは更に強い障壁を作り出したのですか!?」

「う、うん、まぁそうだね」

「さすがリオンですわ!」


 対面のルーシアが目をキラキラさせて前のめりになる。

 リオンは、自分が所謂「オタク気質」であると自覚している。興味のあることは寝食を忘れて追求するが、それ以外のことに無頓着なのだ。

 そんな自分のことを手放しで褒めてくれる目の前の女の子。障壁のことなど、普通の貴族令嬢なら興味の欠片もないはずなのに、一言も漏らすまいと真剣に聞いてくれる女の子。


 そんなの、好きにならないわけがないじゃないか!


「んっ……ありがとう、ルーシア」

「来月の定期討伐にリオンも同行するのでしょう? 騎士たちを魔物から守るおつもりなのね? やっぱり、リオンは私がお慕いする方なだけありますわ!」

「ん…………え?」

「イデラ騎士団長様の攻撃をも防ぐ障壁なら、騎士の方々はさぞ心強いですわね!」

「えっ、あっ、うん」


 言えない……自分の身を、自分だけを守るために開発した障壁だなんて、瞳を潤ませて両手を組んでいる美少女に言えるわけがない。


 もちろんルーシアに悪気はない。純粋に婚約者のリオンを信じ、彼なら騎士たちだって守るだろうと思っているだけである。


 好きな女の子の前で格好をつけたくなるのが男の子。ましてリオンは騎士団にはお世話になっている。走り込みや模擬戦、障壁の強度試験など、嫌な顔ひとつせずに皆付き合ってくれるのだ。もし目の前で騎士が魔物に殺されでもしたら、それが自分の準備不足と未熟さによるものだったら、罪悪感に押し潰されるだろう。


「うん。騎士団を守れるくらいの障壁にしないといけませんね」


 決意に満ちたリオンの目を見て、ルーシアは彼に対する尊敬の念を益々深めるのであった。









 ルーシアから悪意のないプレッシャーをかけられた数時間後、シルバーフェン伯爵家ではルーシアをもてなす晩餐の席が設けられた。これは彼女が訪れた際に毎回行われるもので、要するにリオンの家族がルーシアと親睦を深める夕食会である。


 シルバーフェン伯爵家の出席者。

 リオンの父、ベルン(ベルナール)・シルバーフェン伯爵、四十九歳。

 リオンの母、カレン・シルバーフェン、四十二歳。

 伯爵家長男、ケイラン・シルバーフェン、二十二歳。

 伯爵家三男、クオン(クオナード)・シルバーフェン、十七歳。

 そしてもちろんルーシアの婚約者、リオン(リオナード)・シルバーフェン、十一歳である。


 伯爵家次男のブロード・シルバーフェン(二十歳)は、現在王都グレンの財務省で働いている。つまり宮廷官吏である。

 このほかにケイランの妻フローラがいるが身重のため大事を取って不参加。またクオンの婚約者レイラ・ブルーネストは現在自領に帰省中だ。


 ルーシア側の出席者は彼女一人。侍女が共に座ることはないので、隣にはリオンが座っている。


「ルーシア嬢はどんどん美しくなるな」

「ありがとうございます、ベルン様!」


 ルーシアの朗らかさに、当主ベルンの顔も綻ぶ。

 ベルン・シルバーフェンは、ルーシアが幼少の頃から彼女のことを知っている。隣領のレッドラン辺境伯家とは代々良好な関係を築いている。だからベルン自身レッドラン家を訪れたことが何度もあるし、その縁でリオンとルーシアの婚約話が持ち上がったのだ。

 外向的で溌溂としたルーシアと、どちらかと言えば内向きな性格のリオンがうまくいくか少し心配だったが、向かいで隣り合って座る二人を見れば、そんな心配は杞憂だったと分かる。とはいえまだ二人は十一歳。この先どうなるか分からない。しかし万が一婚約が破談になっても、ルーシアのことを娘のようの思う気持ちは変わらないだろう、とベルンは思っている。


 リオンの母カレンは既にルーシアを実の娘のように扱っているし、兄たちも妹のように接している。

 リオンは着々と外堀が埋められていると感じるが、決して嫌な気分ではなかった。


 そうやって、いつも通り和やかな雰囲気で晩餐は終わった。


 自室で一人になってから、リオンは広範囲を守る障壁について考えを巡らせる。ルーシアの前で宣言したのだから実現しなくてはならない。彼女の期待を裏切るのは嫌だし、嘘を吐いたと思われるのはもっと嫌だ。つまり、魔物討伐で騎士たちをも守れる障壁を作り出さなくてはならないということである。


 定期討伐まであと十六日。


 実は、範囲防御については前々から考えてはいた。

 リオンにだって自分の身と同じくらい守りたいものはある。家族とルーシアだ。ついでにシャロンか。

 五~六人を守る障壁なら、<コンプレックス・シールド>を横方向に三倍くらい広げれば事足りると思う。シールドの大きさや形状はイメージ次第で調整できる。もちろん消費する魔力量は増えるのだが。この点については以前に検証済みである。


 しかし、騎士団を守るとなると話が全然違ってくる。


 デルード領騎士団は約二千五百人からなる。領地の大きさに比して少し多く感じるが、これは西隣のミガント領が、隣国キーレライト王国と繋がる国内唯一の交易路を持つことが関係している。

 山脈を隔てたキーレライト王国とは過去に何度も戦争が起きている。レッドラン辺境伯家がミガント領を治めるようになった時期を最後に、ここ五十年ほどは戦争が起きていない。大軍が行軍可能な交易路にはユードレシア王国側、キーレライト王国側に二か所の砦が建設され、どちらも容易には攻め落とせないようになった。それ以来休戦協定を結び、現在は商人も頻繁に行き来している。

 有事の際はミガント領騎士団が矢面に立つわけだが、隣領のデルード領騎士団も駆けつける。そのためにやや規模の大きな騎士団を抱えることが国から認められているのだ。

 ちなみに、領騎士団のほかに領魔法士団もある。デルード領魔法士団の人員は約百五十人だ。魔法を使える人口のうち、一定以上の攻撃力がある魔法を行使できる者は更に少ないのである。


 リオンが同行する定期討伐には、領騎士団から約百人、領魔法士団から約二十人、輜重隊と従士が約百人、参加する。これにリオン、シルバーフェン伯爵家からケイランとクオン、そしてそれぞれの侍女や従者が加わり、総勢で二百四十人ほどになる。

 騎士や魔法士は分隊単位で動くが、それでもかなり広範囲に散開する。それをリオン一人で守るのは……物理的に不可能であろう。


(マンガやアニメみたいに街を覆うくらいのシールドが張れればなぁ……)


 などと思うが、それが無いものねだりだと分かっている。

 まず、この世界では自分の近くでしか魔法の発現ができない。限界距離は十メートル。それ以上離れた場所に障壁を発現することができないのだ。


 一方、攻撃魔法、例えばファイアランスやストーンランスは、手元で発動させて遠くに発射できる。と言っても有効射程距離は約三十メートル。それ以上は威力が減衰し、重力に引かれて下へ落ちる。一応、放物線を描くように放てば百メートル近く届くが、その距離だと当たっても掠り傷程度なのだ。


 灯りを消した自室をウロウロ歩きながらリオンは考える。


 ファイアランスやストーンランスはどうして「飛ばせる」のか?

 魔法とは、魔力をエネルギー源にして物理現象を発現すること、だとリオンは思っている。そもそも可燃物がない所に火が出るのが謎で、理屈がさっぱり分からないためリオンは火属性魔法が苦手だ。それはこの際置いておいて、なぜ「ボール」系や「ランス」系の魔法は飛ぶのだろう? どんな推進機構を持っているのだろうか?


 魔法の理屈を考えてしまうのはリオンの性分である。この世界で魔法を使える者は、「魔法とはこういうもの」と思っているため深く考えない。障壁は役立たずだしファイアランスは飛ぶ。何故なら、見本として見せてもらった魔法がそうだから。

 イメージを具体的かつ明確に思い描けば、相応の対価(魔力)を消費することで魔法は具現化する。この「イメージ」を補完しているのが「詠唱」であり「見本の魔法」である。

 見本が脆かったから障壁はすぐ砕けるし、見本が飛んだからファイアランスは飛ぶのである。詠唱と見本というある意味頭を使わない魔法の具現化に頼ってきたせいで、この世界の魔法は誰が使ってもだいたい同じになってしまっている。


 話を戻そう。

 魔法がなぜ飛ぶのか。ここが分かれば、障壁魔法だって飛ばせるのではないかとリオンは考えている。或いは障壁が飛ぶイメージを具体的かつ明確に思い描ければ、と。


 リオンは迷走していた。

 離れた場所に障壁を張れないなら飛ばせばいいじゃない、と安易に考えたのである。

 仮に障壁を飛ばしたところで、慣性力が働くから騎士の前で障壁がピタッと止まるようなことはない。つまり攻撃とタイミングを完璧に合わせなければ防御に役立たないのだ。更に、騎士は動くものである。攻撃されることが分かっていてジッとその場に留まるような者に騎士は務まらない。そうなると、飛ばした障壁が攻撃を防ぐどころか騎士に当たってしまう可能性だってある。


 少し冷静になれば、障壁を飛ばすことにメリットがないことはすぐに分かる筈なのだが、リオンは「障壁が飛ぶなんてロマンがあるなぁ」と斜め上のことを思っていた。

 ロマンではない。壁が飛んでくるなどただの事故である。


 だが、リオン本人は良いことを考え付いた顔で、満足しながら寝台に潜り込むのだった。









 翌早朝。出立するルーシアたちの見送りで屋敷の前に集まるシルバーフェン家の者たち。


「リオン、王都には一緒に行きますわよ?」

「うん、分かっていますよ」


 約三か月後の王立学院入学。その準備のため、二月後には王都に向かう予定である。王都ドレンまでは馬車で約十日の道程。婚約者とはいえまだ婚姻前であるため馬車は別々だが、それでも一緒に行けば多くの時間を共に過ごせる。ルーシアが言い出したことだがリオンに否やはない。むしろ今から楽しみであった。


 来月は入学準備もあるためルーシアは来れない。二か月後には会えると分かっていても離れ難い気持ちになるリオン。


「来月会えないのは寂しいけれど、その分王都に行く時にたくさんお話しましょうね」

「はい! 楽しみにしています」


 ルーシアも寂しいと言ってくれて、同じ気持ちであることが嬉しくなる。


「定期討伐、くれぐれもお気を付けください。無茶をしたら承知しませんことよ?」

「う、うん。無茶はしません!」


 二人のやり取りを、家族が温かい目で眺めている。シルバーフェン家にとって、ルーシアは既に家族の一員だ。リオンも含めた全員が「ずっとここにいればいいのに」という気持ちである。


 馬車に乗り込む時、リオンがルーシアの手を取って支えた。その瞬間、ルーシアが手にきゅっと力を込める。いつまでも手を握っていたいが、お互い惜しむようにして手を離した。

 馬車の扉が閉まると、寂しさで胸の奥が引き絞られた。


「ルーシアー! 二月後、楽しみにしてますねー!」


 走り出した馬車に向かってリオンが声を張り上げる。すると、馬車に取り付けられた窓が開けられ、そこからルーシアが身を乗り出した。


「わたくしも! 楽しみにしていますわ!」


 あわあわと侍女のメリダが「お嬢様、危のうございます!」とルーシアを馬車の中に引き込んだ。「もう、心配性ね!」と少しむくれた声が聞こえ、思わず笑ってしまう。


 寂しさが期待に上書きされ、笑顔になったリオンは馬車が見えなくなるまで見送るのだった。

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