48 恐怖
(バカ、バカ、バカ! 何で攻撃魔法を作ってるんだ、僕は!? 僕が極めたいのは防御だぞ!?)
王立魔法研究所から別邸に戻ったリオンは軽い自己嫌悪に陥った。
コラードの炎魔法に触発されて新たに生み出した<ハイドロ・フレイム>は、使い方次第でこれまで見たことがないほどの威力を発揮する魔法だということが分かった。もっと広く安全な場所でなければ詳しい検証は出来ないと判断し、グレナーダ湖近くの試射場が完成するまで一時封印することにした。
興味が先立ったとは言えリオンが攻撃魔法を考えたのは、防御に行き詰っていることが理由だ。<コンプレックス・シールド>、<UDM>、<エンバンクメント>で少数相手ならばある程度対応出来ると思っているが、相手が多数の場合、一人で守れる範囲は限られる。これはイデアール砦の一件の前にリオンが悩んでいたことが、まだ根本的に解決していないことを意味した。
アーチルからヒントを得た、「武威」を示すことで敵の戦意を削ぐ方法も一定の成果はあった。リオンが銀翼勲章を受勲したのはその成果による。武威が通じる相手なら、<ストーンライフル>や<ストーンガトリング>の威嚇射撃で事足りるかもしれない。
あくまでも武威が通じる相手ならば、だ。
骨鬼族と遭遇した後、リオンの中で焦りが生じていた。
街の一画を一撃で崩壊させる魔法を放つ存在。しかも、それで「最弱」だと言うではないか。
あれよりも強い個体が軍勢で襲って来たら?
王都はひとたまりもない。リオンだって生き残るのは難しいだろう。大切な人を守ることも叶わない。
もっと強力な防御が要る。
骨鬼族の軍勢からも大切な人を守り抜ける防御が。
それは分かっているのだが、気ばかり焦って良い発想が浮かばないのだ。もし王立魔法研究所所長のリーゼが王都にいたら、頻繁に会いに行っていたかもしれない。彼女からなら何かヒントが得られる気がする。だが今、彼女は王都にいない。
そして、だからこそコラードとの距離を縮めたかった。魔法の天才と呼ばれる平民。彼と魔法について語り、その魔法を見せてもらえれば、何か着想を得られるのではないか。そう考えていたのだが、まさか彼もリオンと同じ転生者だったとは。これは益々期待できるのではないだろうか。
こう表現すると、まるでリオンが他力本願であるように思われるかもしれないが、彼にだってそういう部分はある。
骨鬼族のような恐ろしい敵とは、出来ることなら戦いたくない。他の人に任せたい。怖いし、痛いのは嫌だし、死ぬのはもっと嫌なのだ。でも、大切な人を失うのはそれ以上に嫌だ。だから、どんな攻撃でも防げる「絶対的な防御」を生み出したい。結局はこの考えに回帰する。
本当の天才なら、もうとっくに思い付いて、生み出しているんだろうなぁ……。
自室の寝台に寝転び、頭の後ろで両手を組んで、リオンはそんなことを考える。
前世の記憶を取り戻し、自分が「転生者」であると自覚して以来ずっと恐れていた「転生者の宿命」。それは骨鬼族との戦いなのだろうか?
攻撃される前にこちらから攻撃する、相手に攻撃の隙を与えないことも立派な防御だ。「攻撃は最大の防御なり」。この言葉には真実が含まれている。
リオンは「防御こそ最大の攻撃」という信条の下、防御を極めんとしてきた。それは、例え敵であろうと出来れば傷付けたくないという心理が大いに反映されたものであった。攻撃を優先すれば、当然相手を傷付けたり、死なせたりすることになる。
リオンはどうしても、敵と、自分や自分の大切な人を重ねてしまう。
前世の倫理観もあるのだが、魔物に関しては生き物を殺すことへの忌避感があり、人間に関しては相手に共感してしまうことで殺傷を避けたくなるのだ。だから、ウルスレン・ブラウンネストのように魔人に堕ちた屑であっても、殺したことで大きく心が揺れてしまうのだった。
「線引きしなきゃ……いざという時に迷いが生じる」
未だ「絶対防御」を実現できない以上、先制攻撃を含めて覚悟を決めなければならない。殺すのが嫌だからと言って、例えばルーシアを失うようなことになったら、リオンは自分を許せない。殺すのが嫌、相手の痛みが想像できるから嫌、そんなことは言っていられない。
「守りたい人がいる時は、守るために最善の行動をとる。例えそれが相手を殺すことでも躊躇しない」
リオンは覚悟を決めたつもりだ。実際にその場面に遭遇した時、決めた通りに動けるかはまた別である。別ではあるが、覚悟を決めた分、迷いは少ないだろう。
攻撃と防御。その両輪で、今まで以上の魔法を生み出す必要がある。そう決心すると、リオンは自分でも驚くほど穏やかな気持ちになって、そのまま眠りに落ちたのだった。
父ベルンへ鷹便を送った二日後の夜。返事が届いた。
鷹便に使う鷹は「シークホーク」と呼ばれる鷹で、特定の魔力を目指して飛ぶ習性がある。訓練を施すことで、移動中の魔力もその痕跡を辿り、目的に到達出来る。
ベルンはまだ王都からデルード領に戻る途上で、全体の半分を過ぎた頃だろう。今回、父が持っている魔法陣を刻んだ魔石を目指して飛ぶように指示していた。
鷹便は鷹の足に括りつけた筒に文を入れるので、一度に多くの情報を運ぶことは出来ない。それはリオンにも分かっていたことだが、父の返信はたった一言、「了承」と書いているだけだった。
素っ気ないにも程がある! リオンは無性にやるせない気持ちになった。僕は小さい文字でびっしりと書いたのに……。
あんまりだと思ったので父の返信をシャロンに見せると、「それが普通です」と返された。そうか、これが普通なのか。だったら仕方ない。
リオンは別邸で家令を務めるベリシスに、コラードをリオンの従者にするための書類作成と、別邸にコラードの部屋を用意するよう頼んだ。学院にも書類を提出し、コラードの外出許可を取る必要がある。こちらはシャロンが請け負ってくれた。
(試射場が出来たら、移動はどうしよう……)
グレナーダ湖までは、王都から馬車で一時間以上かかる。
講義を受ける者は宿舎に泊まり込むらしいので問題ないが、毎日通うリオンはアスワドに乗って飛んでいくつもりだった。シャロンも絶対に付いてくるだろうが、二人なら大丈夫だろう、と。
ここにコラードが加わると三人になるが、アスワドにとっては二人も三人も変わりない。実際、イデアール砦の一件の時、ミガント領からデルード領まで三人乗せてもらった。
だが、ルーシアも来ると言った場合、侍女のメリダも一緒となれば全部で五人である。アスワドの体はかなり大きくなっており、乗るだけなら何とかなりそうに見えるが、飛ぶとなるとさすがに五人は難しいのではないか。
もしルーシアも来たいと言ったら希望を叶えてあげたいが……どうしよう?
その場合はシャロンかメリダ、或いは二人とも同行を諦めてもらう他ないかもしれない。いやいや、もう公平を期して自分ひとりで行こうか。でもコラードは連れて行きたいし……。
堂々巡りで答えが出ない。その時になったら考えることにして、リオンは思考を一時放棄した。
翌日、魔法研究所の講義を終えた後、リオンたちは王立学院に向かった。コラードに従者の話をして今日で三日目、約束の日だ。アスワドと馬車は正門の前で待ってもらい、リオンはルーシアとシャロンを伴ってリヒター男子寮を訪れ、寮監にコラードの呼び出しをお願いした。女性二人は寮の玄関で待ってもらっている。
「リオナード君か。コラード君なら、午後から外出しているよ?」
「まだ戻っていないのですね?」
「ああ、戻っていない。君宛ての手紙を預かっているよ……ほら、これだ」
リオンは寮監から手紙を受け取り、寮一階のベンチが置いてあるスペースでその手紙を開いた。
『リオン様
俺が面倒を見てもらっていた孤児院で問題が起きたらしく、様子を見に行ってきます。
すみません。
コラード』
手紙に目を通したリオンは寮監に挨拶して寮を出た。寮の玄関で待っていたルーシアとシャロンに手紙を見せる。
「まぁ。コラードさんは留守なのですね」
「うん。……孤児院で起こる問題って何だろう? それも、学院の寮にいるコラードを呼ばないといけないほどの問題って」
二人は揃って首を傾げた。孤児院と縁がないので想像がつかないのも仕方ない。リオンにだって分からない。
「まだ正式じゃないけど、コラードくんは僕の従者だ。力になれることがあるなら手を貸したい。ちょっと様子を見に行こうかと思う」
たしか、平民区の北側、リオンが魔人を倒した通りから二本東に入った辺りに出身の孤児院があると聞いた。
「遅くなるかもしれないから、ルーシアとメリダさんは先に送ろう」
婚約者といえ、貴族令嬢を夜遅くまで連れ回すのは外聞が悪い。ルーシアも納得してくれたので二人を別邸に送り届けた。
アスワドもシルバーフェン別邸で留守番をお願いし、アーチルに再び馬車を出してもらう。
「アーチルさん、遅くまですみません」
「全く問題ないよ? 普段暇だから、こんな時くらいは働かないとね!」
「私もたまにはお供してよろしいですか?」
「テージルさん。遅くなるかもしれませんよ?」
「はい、承知の上です!」
馭者台にはアーチルとテージルの元冒険者の二人。リオンはアーチルに目的地を伝え、シャロンと共に客車に乗り込んだ。
「ねぇシャロン。僕が個人的に動かせるお金ってどれくらいあるのかな?」
「申し訳ございません、リオン様。シャロンは把握しておりません」
「あ、いや、そうだよね、ごめん! 謝ることはないから!」
リオンの生活に必要なお金は別邸の家令ベリシスが管理している筈だが、それはあくまでもシルバーフェン伯爵家のお金であり、リオンが自由に出来るわけではない。
彼がこんなことをシャロンに尋ねたのは、孤児院の問題ってお金かな、と思ったからだ。もちろん勝手なイメージである。
「口座は作ったけど、大したお金は入ってないよねぇ……」
王国特別魔法顧問として仕事をしているが、まだひと月も経っていない。現代日本風に考えると、最初の給料は来月から振り込まれるのが普通だろう。だとしたら、口座には開設時の百エラン(一万円)ほどしか入っていない。
実は、リオンは知らないことだが、銀翼勲章の褒賞金として百万エラン(一億円)が王国から口座に振り込まれている。しかしリオンは一度も残高を調べていないので、これに気付いていないのである。
「リオン様。例え自由になるお金が十分にあろうとも、施しを与えるのはいかがなものかと」
「う~ん、確かにそうだよねぇ……ま、とにかくコラードくんから事情を聞くのが先かな」
もっと大変なことが起きていたら……例えばシスターが悪い男に付きまとわれているとか、孤児院が悪人に因縁をつけられているとか、子供が攫われたとか。
いやいや、そういうことだったらコラードが呼ばれるのではなく、王都の衛兵が呼ばれるだろう。
ということは、コラード個人に関わる問題か? もし個人的なことだったら首を突っ込まない方が良いのでは……。
「リオン様、ここだと思うよ」
あれこれ考えているうちに、馭者台のアーチルから声を掛けられた。テージルが客車の扉を開けてくれて、シャロンに続いてリオンも降りる。
「思ったよりずっと綺麗な場所だ」
白壁の塀は美しく保たれ、雑草も生えていない。塀越しに見える建物は三階建てで、前世の記憶にある小さめの小学校のようだ。敷地もかなり広い。孤児院の北隣には教会があり、こちらは装飾が多く荘厳さを感じさせる。
アーチルとテージルの二人には馬車で待ってもらい、リオンは孤児院の入り口を探した。教会の近くに通用門らしきものが見える。シャロンが門を開けて呼び掛けると女性の声が聞こえ、何やら二人で会話している。しばらくしてシャロンが戻ってきた。
「リオン様、コラードさんを呼んでくださるそうです」
「ほんと? ありがとう、シャロン」
呼んですぐに来れるなら大した問題ではないのかもしれない。心配し過ぎだっただろうか。
「リ、リオン様!?」
「コラードくん、無事で良かった。寮監の先生から手紙を受け取って、心配だったから来ちゃった。お邪魔だったらごめんね?」
「あ、いえ! 邪魔とかそんなことはないです」
リオンは、父ベルンからコラードを従者にする許可を得たこと、それに伴って別邸に部屋を準備すること、部屋は自由に使って良いことを告げた。
「お、俺が貴族の家に……」
「それはそうと、問題って何だったの? あ、言いたくなければ言わなくていいから」
「それがですね……俺を訪ねて人が来たって言われて。名前を聞いても答えないし、かと言って悪い人ではなさそうで。俺が来るまで帰らないって言うものだから、仕方なく呼んだらしいんです」
何だそれは。滅茶苦茶怪しいじゃないか!?
「会えばすぐ終わりだと思ってたんですが……ちょっとそうもいかなくて」
「えーと、取り敢えずコラードくんは大丈夫なの?」
「それは問題ないんです……ちょっと説明がしづらいな、リオン様も会ってみますか? よく分からないんだけど、たぶん凄い人だと思うんです」
え、何で僕が? そんな身元もはっきりしない人と会わなきゃならないの?
そんな風に思うリオンだったが、一方で少し興味を惹かれてもいた。
「何が凄いの?」
「俺の魔法を全部消しちゃうんです」
「消す? 対消滅ってこと?」
「いえ、違うと思います。見てもらった方が早いです」
リオンの<コンプレックス・シールド>で魔法攻撃を防ぐことは可能だが、それを「消える」とは言わない。益々興味が湧いた。
コラードに案内してもらい、孤児院の庭に移動した。後ろからはシャロンも付いてきている。
「お~、コラードよ。用事は済んだのか?」
「ええ、まぁ。また僕の魔法を消してもらってもいいですか?」
「いくらでも良いぞ」
その男性は、見たところ二十代半ばくらい。細身で、白っぽい金髪を背中の真ん中辺りまで伸ばしている。瞳は明るいグレー。声を聞かなければ女性と間違ってしまうくらい中性的で美しい顔立ち。白いマントが足元近くまで覆っている。一見すると聖職者のようだ。
だが、リオンは背筋が粟立つのを感じていた。
あの骨鬼族を軽く凌駕する“圧”を感じる。コラードと対峙した彼の周りには、まるで蜃気楼のように魔力が渦巻いていた。
コラードには見えてない!? あれの危険性が分からないのか!?
「シャロン……あれは何?」
「リオン様、どうしたのですか? 顔色が優れないようですが」
リオンがシャロンに問うた声は小さく震えていた。シャロンにも見えていない!?
孤児院の子供たち、シスターたちは、まるで大道芸人を見るかの如く、コラードと男の対峙を見物している。
「アイシクル・ジャベリン!」
コラードが放った氷柱は、リオンの兄ケイランのものに引けを取らない。その大きさと速さは並みの魔物なら一撃で屠る。
だが氷柱は男に直撃する寸前に消えた。対消滅の光は発生していない。障壁に当たったわけでもない。ただ消えたのだ。
「リオン様、どうです? あの人、凄くないですか? ……リオン様?」
コラードがにこやかに声を掛けてくるが、リオンはそれどころではなかった。
男の薄い灰色の瞳が、リオンにはっきりと向けられていたからだ。




