46 もう一人の転生者
コーネリウス騎士団長たちからの聞き取りを終えたリオンだが、すぐに王立魔法研究所へ向かう気になれなかった。やはり、まだウルスレン・ブラウンネストを殺してしまったことを引きずっている。
「シャロン、少し学院の中を歩いてもいいかな?」
「もちろんです、リオン様」
シャロンも、リオンの気分が沈んでいるのは分かっていた。四歳の頃から一緒にいるのだ。彼の母親より長い時間を共にしたと自負しているし、だからこそ僅かな表情の変化で彼の気分も分かる。
もっとも、今は誰が見ても落ち込んでいるように見えるのだが。
シャロンは、リオンにどんな言葉を掛ければ良いか悩んだ。
シャロン自身、リオンと出会う前に大勢の人間を手にかけた。そこには彼女の正義があり、今でも間違ったことをしたとは思わない。シャロンだって人を殺すことに忌避感がないわけではないが、必要なら躊躇はしないと思っているし、実際にそうした。
だがリオンは違う。違うことをシャロンも知っている。リオンは魔物でさえ殺すのを躊躇うのだ。自分を殺そうとした冒険者にさえ慈悲をかけるのだ。
それは弱さだろうか? 甘さだろうか?
そうだ、と言う人もいるだろう。シャロンも、一部ではそう思っている。しかし、他の大部分は、そんなリオンを愛おしいと感じているのだ。
誰よりも優しく、弱く、そして強い。もし同じ状況が訪れたら、リオンは同じことをするだろう。「今」を激しく後悔し、罪悪感を抱いたとしても。
学舎と男子寮の間を北の運動場へ向かって歩く。特に目的はない。ただ気持ちを落ち着かせるために歩いているのはシャロンも理解している。
「……ああするしかなかったのは分かってるんだ」
「はい」
「嫌な奴だった。関わりたくないと思った。だからって殺したいと思ったことはなかった」
「存じております」
「彼は……ウルスレンは、殺されなければならないような罪を犯したのかな?」
「…………」
「そうだとしても、殺すのが僕じゃないといけなかったのかな?」
「リオン様がお辛いのは分かります」
「辛い? 僕は辛いのか……いや、少し違うな。何だか自分が情けないんだ。僕には魔人を殺す力がある。だけど殺す心の強さがない。覚悟がない、のかな……」
気持ちを整理する時、口に出すのが効果的な場合がある。リオンの言葉には一貫性がなく、答えを求めているわけでもない。
「割り切れていないんだろうな、うん。殺す力があっても、それを使うのを躊躇う。使った後に後悔する。誰か他の人がやってくれたらいいのにって思ってる。僕も、彼と同じ甘やかされた子供だね」
「同じではありません、リオン様」
口を出すべきではないかもしれない。だがシャロンは、ウルスレンとリオンが同じとは断じて認められなかった。
「リオン様のそれは優しさと正しさです。貴方はいつも、力を正しく使おうとする。誰かのために力を使う。あの愚か者とは全く違います」
あの日。あの雨の夜。自分を守ってくれたように。
「そう、かな?」
「そうです。このシャロンが保証します」
「フフッ。シャロンが保証してくれるのかぁ。だったらその通りなんだろうね」
まだ少しぎこちないけれど、普段に近い笑顔。リオンが先程まで纏っていた重い空気が少し軽くなった。
「力を正しく使う、か。うん、そうだね。シャロンの言う通りだ。力を正しく使った結果は、ちゃんと受け止めなくちゃ。……僕がしたことは正しかった、よね?」
「もちろんです。それ以外の選択肢はなかったのですから」
「うん。魔人に堕ちたウルスレンを殺したのは正しかった。僕は力を正しく使った。だから僕は生きているし、ルーシアも元気。シャロンともこうして話せる」
「はい、おっしゃる通りです」
「ウルスレンの前に殺した魔人だって、ああする他なかった。例え魔人になる前、愛し愛される人がいたとしても」
「……はい」
「だったら、もうあんなことが起こらないように、僕に出来ることをしないと」
「……無理はなさらないでください」
「うん。なるべく心配かけないようにする。ありがとうね、シャロン」
運動場の手前まで来る頃には、リオンは少しすっきりしていた。折り合いがついたのだろう。人を殺すことは、それが如何に正しいことであっても、それが異形であったとしても、やはり重い。リオンはその重さを持て余していたのだ。
重さを罪と言い換えても良いかもしれない。この罪は、リオンが考える罪だ。第三者がどれだけ「君は正しいことをした」と言っても、自分自身でそれを罪だと感じてしまう。だからリオン自身がその罪と向き合い、折り合いをつける必要があった。
胸の内を曝け出し、シャロンに聞いてもらうことで、リオンは頭の中を整理し、罪と折り合いをつけることが出来た。罪が消えたわけではない。今後もまた苦しむことがあるだろう。だが「折り合いをつけた」という経験は、きっと次に役立つ。
その時、運動場で爆発音が轟いた。
「っ!?」
勘弁してくれよ、と思いながらも、リオンは様子を見るため駆け出した。ここで放っておけないのは彼の善性故である。
運動場には誰もいない。ふと気配を感じて左に視線を動かす。魔法科が実技で使う試射場。そこに、燃え盛る不壊の大岩を前にあたふたと慌てる黒髪の少年がいた。
「コラードくん!?」
リオンの声に、黒髪の少年――コラードが泣きそうな顔で振り返った。
「こ、これはあの、その」
状況を見るに、炎系の魔法を放ったはいいものの、炎が鎮火しないために焦っていたようだ。
「もしかして、水掛けた?」
「あ、はい、だけどその、消えなくて」
「オーケー、危ないからちょっと下がろうか」
リオンはコラードの腕を掴んで後ろに下がらせた。
「<エンバンクメント>!」
不壊の大岩のすぐ手前に<エンバンクメント>を生成する。縦横五メートルの土の壁。その手前に大穴が開いた。リオンが生成した「堤防」は大岩の方に傾き、非常に不安定だった。そうなるように作ったのだ。
「<リリース>!」
土の堤防が火球を包み込むように崩れる。酸素を失った炎はすぐに鎮火した。
「ふぅー。大丈夫? 怪我はない?」
「あ、はい、だだだ大丈夫です。あの、ああありがとう、ご、ございます、リオナード様」
「怪我がなくて良かった。僕のことはリオンでいいよ」
「……リオン、様。今のはやっぱり酸素の供給を遮断したんですか?」
「うん。魔法の燃焼現象ってよく分からなくて。魔力が供給されている限り燃え続けるみたいなんだ。だから酸素を遮断して――え、酸素?」
この世界ではまだ「酸素」は発見されていない。いや、リオンが知らないだけで別の呼ばれ方をしているのかもしれないが、少なくともこれまで「酸素」という単語を見聞きしたことはない。
そして燃焼には酸素が必要なことをコラードは知っている。
現代日本なら小学生でも知っていることだが、こちらの世界では燃焼と酸素の関係は明らかにされていない筈だ。
コラードを見ると、零れ落ちそうなほど目を大きく見開いて驚愕していた。
「……シャロン、ちょっとここで待っててくれる?」
「? 承知しました」
リオンはコラードの二の腕を掴み、試射場の反対側へと引っ張る。十分距離が離れたところでシャロンに背を向け、コラードに小さな声で尋ねた。
「コラード君って、もしかして転生者?」
「ままま、まさかリオン様も!?」
お互い自白したようなものである。
リオンはこれまで、こことは異なる世界の前世の記憶があることを誰にも打ち明けていない。家族、シャロン、ルーシア、誰にもだ。
別の世界で生きた記憶があるなんて話しても信じてもらえないかもしれないし、気味悪がられるかもしれない。下手すると何らかの心の病を疑われる可能性だってある。
敢えて誰かに知らせなくても不都合はなかった。魔法に関しては色々と疑われている節はあるものの、取り敢えず深く追及されることはなかった。
ただ、ある種の孤独感や疎外感は微かに抱いていた。
前世の知識を共有できる者がいない。知識が正しいのか確認できない。
前世の知識など、ひょっとしてただの妄想なのではないかと思うことさえある。
「他にもいたなんて……」
「お、俺……一人じゃなかった……」
「え、ちょっ!?」
気付くと、コラードが声を殺しながらさめざめと涙を零していた。
これじゃあ貴族の僕が平民のコラードを苛めているみたいじゃないか。リオンはきょろきょろと辺りを見回す。よかった、シャロン以外誰もいない。
リオンはコラードの背に優しく手を当て、試射場の端に誘導した。そこは雨の日でも濡れないよう庇があり、ベンチも置いてある。そのベンチに隣り合って座った。
「す、すみません、リオン様」
「いや、謝らなくていいよ。大丈夫?」
「はい……」
服の袖で涙を拭って、コラードは訥々と語り出した。
物心ついた時には王都の孤児院にいた。本当の両親は知らない。孤児院のシスターや他の孤児たちがコラードにとっての家族と言える。
四歳で高熱を出し、その時に前世の記憶が蘇った。個人的なことは良く思い出せないが、何故か異世界を舞台にしたライトノベルやコミック、アニメのことを憶えていて、これが異世界転生だとすぐに分かった。それから七歳まで密かに魔法の練習をして、七歳からは魔法士団員が孤児院に来て魔法を教えてくれた。そこで才能を見出され、魔法士団の訓練所に通い、遂には王立学院の入学を許可された。
順風満帆に見えるが、自分は他の人たちとは違うといつも感じていた。孤児院でたくさんの子供たちや優しいシスターに囲まれて尚、コラードはこの世界にたった一人でいるような気持ちだった。
しかし転生者は自分だけではなかった。それだけでなく、自分の憧れる人物が同じ転生者だった! 驚くやら嬉しいやらで、思わず泣いてしまったのであった。
「魔法士団の訓練所でリオン様を見かけたんです」
「それは凄い偶然だね。僕は一度しかあそこに行ったことがないんだ」
「グリフォンに乗って、三十メートルを遥かに超える空高くから不壊の大岩に傷を付けた魔法……衝撃でした」
その後に出現した魔人。それを討伐したのが訓練所で見かけた少年で、更に今年王立学院に入学することを知った。
「俺は、主人公の活躍を傍で眺めているモブだと思うんです」
「もぶ?」
「その他大勢、気にも留めない人間ってことです」
「そんなことないんじゃないかなぁ」
「いや。学院に出現した魔人もリオン様が倒したって聞きました。やっぱり、主人公はリオン様なんです」
「いやいやいやいや、それはない。て言うか主人公って何? この世界は物語か何かなの?」
「物語、ではないですけど……異世界転生って言ったら、やっぱ魔王とかいると思うんですよ! それを倒すのが主人公なんです!!」
コラードが熱に浮かされたような目で力強く言い切った。
リオンの場合は「転生者の宿命」を恐れて「魔王」などの強敵を警戒しているのだが、コラードのそれは「恐れ」というより「期待」に見えた。まるで遊園地のアトラクションに乗り込む直前の子供のようだ。
簡単に言うと、コラードは自分を「傍観者」と捉えている。
「えっとね、コラード君。魔王がいるかどうかは分からないんだけど、君も手を貸してくれたら嬉しいかな」
傍観者気分でいるのは良くない、とリオンは思った。コラードの実力はまだ分からないけれど、七歳で魔法士団に見出されるくらいだ。かなりの実力がある筈。そんな彼を遊ばせておくのは勿体ない。それに傍観者のつもりでいると、いざという時に動けない。そう、例えば学院の教室に突然魔人が現れた時など。
「え!? 俺もステージに上がっていいんですか!?」
「ステージと言うか、戦いの前線? そこに出るかはコラード君に任せるけど、そこに出られるようにしておくことは大事だと思うんだ」
「なるほど、常在戦場ってやつですね! もし俺が役に立つなら、是非お願いします!」
何か違う気がすると思うリオンだが、本人が前向きに納得するのならそれで良いだろう。
「え~と、どうするのが一番いいかな……」
リオンとしては、コラードと一緒に転生者の視点で魔法に関する理論を話し合い、魔法の可能性を広げたい。もっと完璧な防御を生み出せるかもしれないし、敵を傷付けずに無力化する魔法だって出来る可能性がある。自分が知らなかったことや気付かなかったことを補ってもらえたら最高だ。それはコラードにとっても、リオンが刺激になれれば良いと思う。
「コラード君。僕は今、王国特別魔法顧問という肩書で、主に魔法士団の方に魔法の講義をやっているんだ」
「それは凄い! さすがリオン様! 唯一無二の英雄!」
「いやいやいやいや」
何だろう、イデアール砦直後のルーシアと似たような……それ以上に、心酔されているような感じがする。
「コホン! コラード君、はっきり言おう。僕は英雄なんかじゃない」
「ええっ!?」
「そんなに驚く? いやほら、僕の魔法は前世の知識を魔法に落とし込んだだけなんだよ。今色んな人に教えているけど、僕と同じような魔法を使える人がどんどん増えてる。コラード君なら、少し練習すればすぐに習得すると思うよ?」
リオンの言葉に、コラードは一瞬ポカンと口を開け、すぐに引き締まった顔になった。
「そこ!! そこなんですよ、リオン様! 自分が苦労して編み出した魔法を、惜し気もなく人に教える……そこがもう、英雄! それだけじゃない、何か大変なことが起きたら、貴方はそれをどうにかしようとするでしょ? 普通はそれが出来ない、だから英雄なんですよ!!」
リオンは頭を抱えたくなった。違う、そうじゃないんだ……。
魔法を教えているのは、危機に対応できる人が増えたら僕だけで対応しなくてよくなると思ったからだし、事件が起きた時、偶然その場にいただけ……じゃない時もあるけど、止むを得ない事情があっただけなんだよ、うん。
コラードの、リオンに対する印象には、おかしなバイアスが掛かっているようだ。
「コラード君、ちょっと待っててくれる?」
リオンはシャロンに助けを求めることにした。英雄、英雄と言われて居た堪れないし、今のコラードはリオンの言うことに何でも従いかねない。それはリオンの望むことではない。
「シャロン、待たせてごめん。相談があるんだけど」
「はい、何でしょう?」
「えーとね、コラード君――あの子だけど、彼の魔法に関する考え方は凄く参考になると思うんだ。新しい魔法を生み出せそうな気がする。だから、気兼ねなく彼と魔法のあれこれを話したり、時には実際に魔法を使ったりしたいんだけど……どうすればいいと思う?」
シャロンは形の良い顎に手を当てて「ふむ」と少しの時間考え込む。
「従者にしてはいかがですか?」
「従者? 僕の?」
「はい。勿論ベルン様のお許しが必要ですが、従者なら別邸に出入りするのも、四六時中共にいるのも、全く不自然ではありません」
「なるほど……それなら研究所やもうすぐ出来る試射場に連れて行くのも問題ない、か。いやその前に本人の意思を確認しないと。シャロン、ありがとう!」
リオンはコラードの所に戻り、シルバーフェン家の従者にならないか、と誘った。
「従者って何ですか?」
「えっと、父が雇用主で、僕の付添人みたいな感じ? 僕のお供だと思えばいいよ。もちろん給金も支払う」
「俺が、リオン様の、お供……それは物凄く光栄なことですけど、あの、学院はどうすれば?」
リオンは考えを巡らせた。
コラードがリオンと同じ魔法を使うようになると、学院の魔法科は混乱するだろう。かと言って退学は論外、騎士科への移籍も自分が嫌な思いをしただけにさせたくない。
「学院では、僕が教える魔法は使用禁止で。それと、この世界の魔法について僕は知らないことばかりだから、魔法科で学んだことを教えてくれないかな?」
「つまり、学院にはそのまま?」
「もちろん、今まで通り通って欲しい。ただし、終業後や週末は一緒に過ごしてもらうことが多くなると思う。どうかな?」
「こ、こんな俺で良ければ、是非よろしくお願いします!」
コラードが勢いよく頭を下げた。これは、自分に対するイメージを正してもらうことから始めなきゃ、と苦笑いするリオン。
運動場に来るまでの暗い気持ちはどこかへ吹き飛んでいた。




