44 シャロンがずっとドヤ顔
この話で第二章はお終いです。
「やってみるしかない」
リオンの言葉には二つの意味があった。
一つ目は、<ストーンガトリング>が魔人に通用するかどうか。
そして二つ目の方が問題なのだが、別系統の魔法を同時に行使すること。
かつてリオンの母カレンが、目の前で火と水の魔法を同時に使って見せた。その時リオンは大層驚いたのだが、よくよく考えると<コンプレックス・シールド>や<マルチプル・シールド>は同時に複数の魔法を使っていると言えなくもない。ただ、それらはあくまで「同系統」の魔法だ、とリオンは思っていた。
だがその時から、防御と攻撃を同時に行う必要性が生じることは想定していた。
想定していただけで、実際に試してはいない。
今<コンプレックス・シールド>を解除すると、魔人の触手が瞬時にリオンとルーシアを叩き潰すだろう。だから障壁を解除せずに<ストーンガトリング>を撃つしかない。
リオンはイメージする。正式名称が分からないが、映画などで見る、鉄の盾の隙間から砲身が出ているアレだ。あまり時間を掛けていられない。
「<シールド・ガトリング>!」
二秒。五十口径の石弾を斉射した時間はわずか二秒だ。その二秒の間に放たれた弾は百三十発以上。
攻撃の間も触手は障壁を叩いた。リオンとルーシアを守るよう、先程より狭い範囲で展開された<コンプレックス・シールド>は、きちんとその役目を果たす。
<ストーンガトリング>の石弾は二十発程度が対消滅により阻まれた。目が眩む白い光が発生し、リオンは失敗したかと思った。
だが、残り百発以上が魔人の体を引き裂いていた。文字通り、体の真ん中に穴が開き、胸から上と腰から下に両断した。
幸いなことに、魔人を貫通した石弾は誰もいなくなった教室を素通りし、学舎の壁を突き抜け、誰も使っていない運動場の上空を通り、その先の王城区画を囲む防壁の表面を抉って止まった。もちろん今のリオンにそれを知る由はない。
「グ……ゲ……」
両断された魔人は、それでも触手を使って胸から上を起こそうとしていた。リオンは油断なくいつでも<ストーンガトリング>を放てるように構えていたが、数秒で触手から力が抜け、べちゃりと湿った音を立てて上半身が床に落ちた。
それでもまだ緊張を解かない。「やったか!?」というのがフラグであることは、ファンタジー作品の知識が浅いリオンでも知っているから。一度死んだと見せかけて復活する強敵、ありがち。
「リ、リオン……?」
「ん、もう少し待って。勝ったと思って背中を見せたら、その瞬間に起き上がることがあるから」
「そ、そんなことが!?」
ルーシアの目から見て、その異形は完全に死んでいる。胸から腰の間にあった諸々は後ろに飛び散り、そこは地獄絵図の有り様だ。四つもある気持ち悪い眼球だが、どの瞳も瞳孔が広がっており、白目の部分が濁っている。触手はその先端さえピクリとも動かない。これで起き上がったら、もうこれは生物ではない気がする。
それでもリオンはたっぷり三分間、その場を動かなかった。魔人が現れて倒すまでの時間より長い。廊下にいた人々の目が、全てリオンと魔人に向けられている。「倒したの?」「死んだのか?」「助かった?」という騒めきが徐々に大きくなる。
「リオナード殿。もう大丈夫だ」
背後から掛けられた声はカルロ皇子のものだった。彼はリオンが何らかのショックで動けないと思ったのだ。まさか生き返るのを警戒してその場にいるとは思わなかった。
彼の護衛が油断なく周りを警戒している。本当はカルロを教室に戻したくなどなかったであろう。教室の出入口には、ミリス王女が心配そうな顔をしてカルロとリオンに視線を向けていた。
もしリオンが火魔法を使えたら、魔人を灰になるまで燃やし尽くしただろう。もしかしたら学舎も灰になったかもしれない。
「リオン?」
「うん、もう大丈夫、だと思う」
「わぁーーー!!」と廊下で歓声が響いた。泣いている女子も結構いる。リオンはそれに気を取られることなく、魔人の方を度々振り返りながら、ルーシアに手を引かれて廊下に出た。
「リオナード殿。我々を守ってくれて、感謝する」
「私からも感謝するわ。リオナード・シルバーフェン、あなたは本物の英雄です」
カルロ皇子、ミリス王女がそう述べると、再び「わぁーーー!!」と歓声が上がる。そこでようやく、リオンは緊張を解いた。
「あ、いえ。当然のことをしただけですから」
リオンにとって、1―Aクラス全体を守るように行動したのはルーシアを守るついでだった気がする。魔人を倒したのも、そうしなければ自分とルーシアの命がないと思ったから。決して王女と皇子を守ろうと思ったわけではない。
だが無意識だったとしても、教室全体を守ったのは事実。助かった方はリオンに感謝するというものである。
王女と皇子の護衛からも口々に礼を言われ、階段を下りて学舎の外へ出る間も、学院生から礼を言われた。リオンは少し居た堪れない気分になった。
リヒター寮を見上げると、五階の一室と思われる部分の壁がなくなっていた。ああ、あそこから瓦礫が落ちていたのか。え、ということは、魔人はあそこから出てきたのか? 寮から? つまりあの魔人は学院の誰か?
学院生をこの手で殺したかもしれない、と陰鬱な気持ちになりそうな所、ルーシアが「あちらにみなさん集まっているようですわ!」と言って手を引く。リオンはそれ以上考えるのを止め、ルーシアに引かれるまま運動場の方へ行った。そこには多くの学院生と教師・教官が不安そうな顔で佇んでいた。
「皆、聞いて欲しい! 学舎内に突如現れた異形の生物は、このリオナード・シルバーフェンが討ち取った!」
カルロ皇子が高々と宣言する。
「私もこの目で見ました! 彼は危険を顧みず異形の矢面に立ち、私たちを守ってくれました。リオナード・シルバーフェンは王国が誇る英雄です!」
ミリス王女がさらに追い打ちをかける。「うわぁーーー!」「おぉおおおー!」と三度歓声が上がり、リオンは顔を真っ赤にして俯いた。
(マジで止めて……英雄とかじゃないから……)
ルーシアに助けを求める目を向けると、その隣にシャロンがドヤ顔で立っていた。いつの間に!?
その後、同じく避難してきたレイトラム・ゴールドフェン学院長(リオンが「THE・魔法使い」と命名した人)と、昨日リオンを聴取した剣術教官二人、さらにデンゼルや数名の教師・教官を前に、また事情聴取が始まった。今回は学舎の一部が大変なことになっているので、青空の下、立ったままである。ルーシアとシャロン、それにカルロ皇子とミリス王女もその場にいた。
リオンにはあまり言い分がない。いち早く異変に気付いたのは音と振動によるもので、<コンプレックス・シールド>で壁の飛散を防ぎ、<シールド・ガトリング>で魔人を倒した。それだけである。細かい所はカルロ皇子とミリス王女が補完してくれたので、リオンは余計なことを言う必要がなかった。
なお、シャロンはずっとドヤ顔である。
それからは学院長と教師たちが話し合い、本日の授業は中止、寮も一部が破壊されたため、王都に別邸がある子女は帰宅が認められた。リヒター男子寮住まいで別邸がない学院生にはしばらく滞在するための宿を学院が提供することになった。それ以外の寮には被害がないため、寮に残る者もかなりの数がいる。
学舎の方は、二階の被害がかなり大きい。1―Dクラスのリヒター寮に面した壁が一部なくなっており、異形はそこから侵入したと思われる。人的被害は、一年生に死亡者が八名出た。その他重傷者二十四名、軽傷者多数。
ちなみにリオンの1―Aクラスは、避難の際に擦り傷を負った程度の者しかいなかった。
これから騎士団や衛兵による捜査と、学舎と寮の修繕が行われる。恐らく一か月程度は学院が休みになるようだ。
突然の出来事なので、別邸のある子女たちも迎えの馬車などは来ていない。リオンとルーシアは、それぞれの侍女であるシャロンとメリダを伴い、徒歩で貴族区の北西にある別邸に帰ることにした。
「やっぱりリオンは凄いです! 尊敬しますわ!」
「えへへ……ルーシアにそう言ってもらえるのは、ミリス様やカルロ様から言われるよりずっと嬉しいな」
「っ!?」
今度はルーシアが顔を真っ赤にして俯ける。しばらく無言で歩を進めた。
「ねぇリオン。体が千切れても生きている生物がいるんですの?」
「ん? いや、あれは万が一を考えて言ったんだ。魔人だからしぶといかもなって」
「……やっぱり、あれは魔人でしたのね」
「たぶんだけど。この前倒した奴と雰囲気が似てたから」
「私もそう思いました」
そうか、ルーシアも前回の魔人を見たんだよな。
「……学院はしばらくお休みですわね」
「そうだね。僕は研究所に魔法を教えに行くけど……ルーシアはどうするつもり?」
「私も、王立魔法研究所に行ってはいけないでしょうか?」
「え!? 見ててもあんまり面白くないと思うよ?」
「いえ、見学ではなくて、リオンの魔法を教わりたいのです」
「なるほど……」
ふむ、とリオンは考える。ルーシアが<コンプレックス・シールド>を使えるようになるのは、とても良いことに思えた。自分が傍にいる時は守れるが、四六時中一緒にいるわけではない。むしろ、何故今まで教えようと思わなかったのか不思議なくらい。
魔法研究所の方は、頼めば何とかなるだろう。何と言っても自分には「王国特別魔法顧問」という大層な肩書があるのだ。自分の婚約者のために、その肩書を使わないでどうするという話である。
「うん、分かった! 明日……いや、今日から早速行ってみる?」
「はい! 動きやすい服の方が良いですわよね?」
「そうだね」
「では着替えたらリオンのお宅に伺いますわ」
「いや、迎えに行くよ?」
馬車ではなくアスワドに乗って、だが。そもそも二軒隣なので迎えに行くというほどでもないのだが。
「いえ、私の方が支度に時間がかかりますもの。お宅でお待ちになって?」
「う、うん、分かった」
*****
王国騎士団団長のコーネリウス・ゴールドレイドは、王立学院の現場に足を踏み入れてその惨状に顔を顰めた。侵入口と思われる二階の1―Dクラスから、壁をぶち抜きながら1―Aまで。魔人の通った跡を辿り、分断された死体のある場所まで来たのだ。血と体液、肉片と骨片、鱗状の皮膚の欠片がそこら中に飛び散っている。それは魔人の成れの果てであった。
教室の破壊具合を見て、死者が八名出たとは言え、それだけで済んで良かったと考える。コーネリウスも一度会った、リオン・シルバーフェンが魔人を食い止め、倒したそうだ。彼がいなければもっと酷いことになったかもしれない。
王立学院で魔人が出現したとの報せを受け、事の重大性から団長自身が現場を訪れ捜査の指揮を執っている。既に討伐されたとのことで、魔法士団からは誰も来ていない。彼らには捜査権がないからだ。
「団長! これを!」
もう一か所、壁が内側から壊されていた寮の方に行かせていた部下が、手に何かを持って走ってきた。
「寮の部屋はどうだった?」
「中は滅茶苦茶でした……侍女と思われる女性の遺体と、こんな物が」
部下が持っていたのは、真っ赤な木箱と割れたガラスの小瓶、そして折り畳まれた紙片。コーネリウスは短い手紙に目を通した。
「ウルスレン・ブラウンネスト?」
「破壊された部屋を使っていた子供の名です」
「フィリクス、というのは?」
「今、ブラウンネスト侯爵家の別邸に人をやって調べさせています」
魔力と筋力が大幅に上昇する薬。それがこの割れた小瓶に入っていたのだろう。文面から、フィリクスというのはウルスレンの関係者で間違いなさそうだ。
「この小瓶を、魔法研究所に持って行って調べてもらえ」
「はっ!」
「それから、このフィリクスという人物を早急に探し出せ」
「了解しました!」
走り去る部下の背中を見ながら、コーネリウスは考える。
魔人は恐らくウルスレン・ブラウンネスト本人だろうが、魔人になると分かっていて薬を飲んだとは考え難い。単に、魔力と筋力が上がると思って飲んだと思われる。薬を渡した者を辿れば、この魔人騒動の解決策が見付かるかもしれない。
ウルスレンを含め犠牲になった者には悪いが、これは良い機会だ。
「あー、君。済まないが、ウルスレン・ブラウンネストという名に心当たりはないか?」
コーネリウスは、ここまで案内してくれた剣術教官に尋ねた。
「ウルスレン君ですか? 彼は昨日の夕方から寮で謹慎の筈ですが」
全くの偶然であるが、この教官はリオンとカルロの聴取を行い、その後ウルスレンの聴取も行った者だった。見るに堪えない現場から一階の応接室に場所を変えて話を聞く。
教官は、昨日のことですが、と前置きして全てを話してくれた。ドラムスという少年が剣術実技の時間にリオンを襲おうとしたこと。それをウルスレンが命じていたこと。ウルスレンはリオンとその従魔を巡ってひと悶着あり、それで恨みを持っていたようであること。
「逆恨みというやつか」
「学院にも数年に一人はそういう子がいるんです。高位貴族の甘やかされた子が」
「死んで良かったかもしれん」
「え!? ウルスレン君は亡くなったのですか!?」
「……今のは他言無用でお願いする。少なくともしばらくの間は」
「し、承知しました」
状況証拠だけでウルスレン・ブラウンネストが魔人だったと断定するわけにはいかない。八名の貴族子女を殺害し、多くの者に重軽傷を負わせたのだ。もし本当に魔人が彼だったとしたら、事は個人だけの問題ではなく、ブラウンネスト侯爵家にも波及する。そうでなければ亡くなった子女の親が黙っていない。
侯爵家が統治するグレイドン領は王国でも有数の経済規模を誇るから、いきなりの褫爵(爵位を剥奪されること)はないだろう。降爵と賠償金の支払いくらいが落としどころか。
いやいや、とコーネリウスは首を振る。そんなことは、陛下と宰相の父がお決めになることだ。自分の役割は、この事件の全貌を詳らかにすること。
他に調べるべきことはないだろうか? コーネリウスは考えながら次々と部下に指示を飛ばし、再び現場へと戻るのだった。
引き続き、明日から第三章を投稿します。
第三章の冒頭は主人公が少し鬱っぽくなりますが、彼の為人を描写するためですのでお付き合いいただけますと幸いです。




