42 また事情聴取
カルロ皇子が驚きで目を見開き、攻撃の手を止めた。直後、リオンの背後で「キン」という硬質な音が聞こえた。
(初日の授業で仕掛けてくるとは……背後に<コンプレックス・シールド>張っておいて良かった)
ウルスレン・ブラウンネストの怨嗟に満ちた目。完全な逆恨みだが、昨日の入学式でそんな目を向けられればリオンが警戒するのは当然だった。シャロンからも『愚か者は時に想像の斜め上のことをしでかします』と警告されたことであるし。
リオンは、カルロの剣戟に向き合いながら、背中と頭上を覆うようにずっと逆L字型の<コンプレックス・シールド>を展開していた。模擬戦の邪魔にならないよう、できるだけ体の幅と背の高さに合わせた。
恐らく<マルチプル・シールド>で事足りたであろうが、リオンは臆病なので、アーチルの一撃にも耐える<コンプレックス・シールド>を選択した。出来ることを怠って怪我したり、ましてや死んだりしたら後悔してもしきれないから。
果たしてリオンが振り返ると、剣を弾かれて驚いた顔をした知らない少年が立っていた。
「くそっ、くそっ、くそっ!? 何だこれは、何で剣が弾かれる!? このままでは、ウルスレン様にっ!」
リオンより少し背の高いその少年は、気が触れたかのように剣を乱れ打ちした。しかし、全てが<コンプレックス・シールド>に阻まれる。
「このっ、このぉぉおおお!」
騒動に気付いた教官が二人がかりで少年を抑え込んだ。
(自分より低位の子に命令したのか……)
リオンは憐みのこもった目を少年に向けた。先程彼が口走っていたから、これがウルスレンの差し金であることは間違いない。
親同士の関係性か、本人に弱みがあるのか、もしかしたら良い所を見せてウルスレンに取り入るつもりだったのかもしれない。真実は分からないが、彼が授業中、背後からリオンを襲撃した事実は変わらない。それが何だか悲しくなった。
僕のことが気に入らないなら、自分でやればいいのに。
他人を利用して、自分は高みの見物というのが貴族のやり方なのだろうか。
その時視線を感じて、魔法科の試射場に目を向けると、黒髪・黒目の少年が目を丸くしてこちらを見ていた。
「あ、コラードくん」
リオンはなるべく柔和な顔を作り、彼に向かって手を振った。が、彼は左右をきょろきょろと見回す。コラード以外の人間に手を振ったと勘違いしたらしい。
(いい機会だよね!)
嫌なことは良いことで上書きするに限る。これを機会にコラードと友達になろう!
意気揚々と歩き出そうとしたリオンだったが、ガシッと肩を掴まれた。
「リオナード殿、どこへ行かれるつもりかな?」
「あ、カルロ様。えー、友達(予定)と話そうかと……」
「貴殿は今、明らかに襲撃されたのだぞ? もしかしたら私を狙ったものかもしれん。何か知っているなら事情を話す必要があると思わないか?」
「あ、はい。おっしゃる通りです」
カルロ皇子の両隣には二人の教官が立っており、うんうんと頷いている。
そうだ。見方によっては、あの見知らぬ少年はブルスタッド帝国第三皇子を狙ったとも受け取れる。九十九パーセント違うと思うが。
そして、もっと穿った見方をすれば、リオンと襲撃者の少年が共謀している可能性も考えるかもしれない。
いつの間にかシャロンがすぐ後ろに立っており、更にカルロの護衛が四人、リオンを囲むように立っていた。悪いことは一切していないのに何か悪いことをしたような気持ちになり、リオンはトボトボと彼らに付き従って学舎へ歩いて行った。
学舎は、上から見ると南北に長い長方形をしている。学舎の西に男子寮、東に女子寮、南西に講堂、北に運動場という配置だ。学舎の最も北には学院生たちがお茶会を催せるテラスが作られている。そのテラスを横目に、奥にある入口から学舎の中へ入り、そのまま廊下を真っ直ぐに進む。
学舎の二階が一年生の教室で、学年が上がる毎に階も上がる。最上級生の四年生が五階を使っている。
一階は教職員室、資料室、治療室、応接室が三つ、学院長室がある。リオンたちは「第三応接室」とプレートが掲げられた部屋に入った。教官の一人にソファに座るよう促される。カルロが先に腰を下ろし、リオンは遠慮がちにその隣に座った。ソファの後ろには、シャロンとカルロの護衛四人が立ったまま。向かい側のソファに二人の教官が座った。
まさに事情聴取だ。つい最近もこんなことがあった気がする。
「話を聞かせてもらいます。まず二人で模擬戦を行うことになった経緯は?」
「それは私がリオナード殿に声を掛けた」
リオンはここで緊張を解いた。第一段階はクリアだ。
もしカルロがリオンを陥れようとするなら、模擬戦はリオンの方から持ち掛けたことにするのが手っ取り早い。カルロから申し込んだことやリオンがあまり乗り気ではなかったことは、当事者である二人にしか分からないことだ。カルロが嘘をついても、それが嘘だと証明する手立てがない。
カルロが迷いなく真実を話したことで、自分に対する策謀はないのだろうと結論付けた。この際、カルロがリオンに対してどんな感情を抱いているかは一旦置いておく。
「ではリオナード君が背後から襲われたことについて。カルロ君はあの学院生に見覚えがありますか?」
「いや、ない。同じクラスにはいないと思う」
「リオナード君は?」
「初めて見る人でした」
教官の一人が紙に何かを書き付けている。
「あちらはあちらで現在聴取をしていますが、初めて会った者に背後から襲われたということでいいですね?」
「はい」
「襲われたことに、何か心当たりは?」
「そういえば、あの者は“ウルスレン”という名を口にしていたな?」
問われたのはリオンだが、カルロが答えてくれた。第二段階クリア。彼は味方ではないかもしれないが、敵でないことがはっきりした。
「ウルスレン・ブラウンネスト。侯爵家のご子息です」
リオンは入学式の約二週間前に起きた出来事を話す。学院の下見に行こうと、婚約者のルーシアと共に馬車に乗った。その際、従魔のグリフォンも連れていた。そこへ通り掛かったウルスレンたちが、従魔を譲れと言ってきたのではっきりお断りした。攻撃されたので障壁を張って防いだ。
「そうそう、うっかり忘れるところだった! 君、背後からの攻撃を防いだのは障壁魔法だったのか?」
「あ、そうです。と言っても普通の障壁魔法とはちょっと違いますが」
「今ここで見せてもらっても?」
「いいですよ」
リオンは立ち上がり、前面に<コンプレックス・シールド>を張った。二人の教官は物珍しそうにちょんちょんと指で突いている。
「何度も攻撃されていたように見えたが……本当にそんな防御力があるのか、試してみてもいいかい?」
「ではこちらで」
ソファから離れ、シャロンや護衛たちに詰めてもらって場所を空けた。教官が腰帯に差していた木剣を抜き、構える。強い踏み込みと同時にそれが振り下ろされ、見事に弾かれた。
もう一人の教官も興味津々だったので試しに打ち込んでもらう。彼らもこんな障壁は初めて見たのだろう、少しムキになって何度も打ち込んできた。
「……もうそれくらいで良いのではないか?」
座ったままのカルロから苦言が呈される。二人の教官は我に返り、ソファに座り直した。リオンも再びカルロの隣に腰を下ろす。
「あー、コホン。確かに普通の障壁ではないな」
「話を戻してもよろしいですか?」
教官たちが頷くので、リオンは続けた。
ウルスレンが雇った冒険者たちに襲われ、馬車を障壁で囲んで防御していたところに、王立魔法研究所の所長、リーゼが通り掛かった。
「はぁ? そんな所に偶然あの方が通りかかったと?」
「あ、恐らく僕に会うために別邸へ向かっていたのだと思います」
「何故君に会いに?」
あんまり言いたくないなぁ、とリオンは思い、シャロンを振り返る。だが彼女は、「言いなさい、はっきりと!」と目で告げていた。
「あー、銀翼勲章を受勲したので、興味があったらしいです」
「「あ!」」
二人の教官は、そこで初めて何かに気付いたようで、同時に声を上げた。
「今年入学すると聞いていたが、君だったのか!」
「この前の魔人を討伐したのも君だと聞いたよ!」
魔人討伐という言葉に、カルロがぴくっと眉を上げた。
「あー、まぁ、その、流れで……はい」
後ろでシャロンがドヤ顔をしている雰囲気が伝わる。見えないのに伝わるって凄い、とリオンは思った。
そこからは、教官たちが非常に丁寧且つフレンドリーになり、リオンの話は全面的に信用された。結局、あの時に恥をかかされたウルスレンがリオンを逆恨みし、子飼いを使って襲ったのだろうと結論付けられた。リオンもそう考えているので異論はない。
「しかし、ウルスレンはとぼけるでしょうね」
リオンは隣のカルロに意見を求めた。帝国の第三皇子なら、高位貴族の権謀術数に詳しいと思ったからだ。
「襲撃者が自白しない限りは。いや、自白したとしても“そんな指示はしていない”と言い張ることは十分考えられる」
「貴族って面倒ですねぇ」
「おかしなことを申す。其方も貴族であろう」
「そうなんですよねぇ……」
リオンの愚痴に、カルロは目を丸くした。
「其方の剣の腕、本物であった。反撃しなかったのは、私に気を遣ったのであろう?」
「いえいえ。模擬戦の前に申し上げた通り、剣術は苦手なんです。防御だけはみっちり訓練したんですが」
改めて聞くと、これは謙遜ではないのだな、とカルロは考えた。彼は剣術が苦手なのではない。剣で人を傷付けることが苦手なのだ。
これはどういうことだろう? 銀翼勲章は武勲が認められた結果ではないのか?
カルロは、リオンのことを好戦的な人物だと思っていた。同学年に史上最年少で受勲した人物がいれば、入学前に調べるのは当然のこと。自分の身の安全のために、そして帝国や王国にとって使える人間なのかどうか知るために。
どうにも、この人を傷付けるのが苦手なリオンと、武勲を上げたリオンという人物がうまく重ならない。カルロは、リオンのことをもっと知るべきだと考えた。
「其方とは一度ゆっくり話がしたい。どうだろう、一度茶に誘っても良いだろうか?」
絶対に嫌です、お断りします! リオンはそう言いたかった。皇子と王女には絶対に関わらないと昨日決意を新たにしたばかりなのだ。だが、一国の皇子から直接誘われて断れる人間がいるだろうか?
「もちろんです。楽しみにお待ちしております」
リオンは胸の内で泣きながらそう答えるしかなかった。カルロが何度も満足そうに頷いているので、きっとこれで正解だったのだろう。自分にとっては完全な不正解なのだが、これも帝国と王国の友好を深めるためだと無理やり自分を納得させるリオンであった。
事情聴取が終わり運動場へ戻ったリオンは、真っ先にルーシアを探した。すると彼女の方が先に見付けてくれたようで、真っ赤な髪を揺らしながらこちらに走って来る。リオンもルーシアの方に小走りで向かった。
「リオン! 怪我はありませんの!?」
「ルーシア、心配かけてごめん!」
彼女は周囲から聞かされていたようで、何があったかをだいたい把握していた。真っ先に怪我を心配してくれるのが嬉しい。カルロ皇子からお茶に誘われて下がり気味だった気分が持ち直した。
剣術の授業は時間が来てすぐに終了した。この後リオンは王立魔法研究所へ行かねばならない。
正門の外では馭者台にアーチルが座った馬車が既に待ってくれていた。アスワドも大人しく後ろにくっついている。リオンは守衛に外出許可証を提示し、シャロンと共に門の外へ出た。アスワドに駆け寄ると顔をグイグイと擦り付けてくる。サイズがサイズだけに、リオンは足を踏ん張って耐えた。
「アスワドも来たんだねぇ」
「リオン様、ごめん。寂しがってるみたいだから連れてきちゃった」
「いえ、アーチルさん。かえってありがとうございます」
顎の下や首元をわしゃわしゃと撫で、リオンはそのままアスワドの背に跨った。
「シャロンは馬車に――」
言い終える前に、シャロンはひらりとリオンの後ろに飛び乗った。
「えぇ……馬車、要る?」
「あはは……すみません、アーチルさん」
「明日から、雨の日以外馬車は置いてくるよ」
本来は例え短距離でも馬車に乗るべきだ。身を晒しているのと馬車では守りやすさが全く違うから。護衛の観点からは、護衛対象は頼むから馬車に乗ってくれと考える。
リオンはその辺りを弁えていて、アスワドに乗ると全方位に<コンプレックス・シールド>を展開する。障壁はリオンと共に動くので移動も問題ない。
こうなると、今度は「護衛、要る?」という話になるのだが、見かけだけでも護衛がいれば襲撃自体を躊躇わせる効果がある。
それに、リオンの<コンプレックス・シールド>だって完璧ではない。いつ何時その強度を超える攻撃を仕掛けられるかは誰にも分からないのだ。だからアーチルやシャロンは護衛としてリオンを守る意識を持ち続けている。
貴族区の南にある学院から、東にある魔法研究所へ。地下の試射場に下り、魔法士団員、騎士団員、魔法研究所員にいつも通り<コンプレックス・シールド>を教える。
「リオンくん、学院の後に大変じゃないですか?」
監督役である魔法研究所副所長のマギルカがリオンの様子を尋ねた。
「今はまだ学院に慣れないので少し大変ですけど、慣れたら大丈夫だと思います。それよりも取れる時間が少なくて心苦しいです」
「真面目過ぎてびっくりですよ? 大丈夫、ここに習いに来る人はみんな大人なので、リオン君がいない間に自主練しますから」
王国特別魔法顧問という肩書を与えられたことが、リオンに責任感を植え付けていた。俸給を貰えるのだから、これは「仕事」である。俸給がいくらか知らないが、頂くからにはそれに見合う仕事をしなければ、とリオンは考える性質であった。
ちなみに、銀翼勲章を受勲された時、宰相のマクレガン・ゴールドレイドから「口座を開設しておきなさい」と言われ、リオナード・シルバーフェン名義で銀行口座を作った。
ユードレシア王国の銀行は国営のみ。利用するのは貴族と一部の商人だ。お金を預かり、必要な者に貸し出す。国営事業への投資、両替などの業務も行っている。
リオンの俸給はこの口座に振り込まれるらしい。リオンは口座を開設してから一度も残高を確認していない。生活する上でお金を必要としないからである。いや、厳密に言うとお金は必要だが、全てシルバーフェン伯爵家から出ているため、彼個人がお金を必要とすることが今のところないのだ。
魔法の講義も恙なく終わり、またアスワドに乗って学院へ戻る。
「きゅう、きゅう」
自分の背から降りたリオンに、切なそうな声を向けるアスワド。リオンは思わずアスワドの首に腕を回して抱きしめた。
「また明日、迎えに来てね?」
「きゅう!」
「リオン様、また明日」
「はい、アーチルさん。よろしくお願いします」
馬車が別邸に向かって出発し、アスワドがそれに付いていく。彼女は時折リオンを振り返っていた。リオンも、馬車とアスワドが見えなくなるまで見送る。
「はぁ~」
「寂しいですか?」
「うん、寂しい。自由に会えてた今までが恵まれてたんだなって思う」
「その分、週末に可愛がってあげてください」
「うん、そうだね」
太陽がその名残を少しだけ残した空は、薄いピンクから紫、そして濃紺に色づいている。その空がやけに寂しく見えて、リオンはすぐに目を逸らした。二人は男子寮へと歩いて行った。




