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41 コラード

 運動場の西の端。そこに魔法科の魔法試射場がある。

 今年度、ただ一人平民で入学を許可されたコラードは、魔法実技でクラスメイトたちと試射場にいた。


 クラスメイトと言ったが、コラードは全くクラスに馴染めていなかった。それは彼もある程度想像していたことなので、特に驚きはない。

 馴染めないのも当然。コラード以外の十五名は全員貴族の子供。孤児院出身のコラードとは文字通り住む世界が違う。コラードもそうだが、彼以外の十五名も彼にどう接すれば良いのか戸惑っていた。何せ初日である。仕方のないことであろう。


 コラードが少し驚いたのは、平民であることや粗末な服装をあからさまに馬鹿にする者が同じクラスにいなかったことだ。貴族は平民を家畜同然に思っていて、生殺与奪すら握っており、少しでも機嫌を損ねればその場で殺されてもおかしくない。コラードはそんなイメージを抱いていた。だから出来るだけ存在感を消して空気になるよう息すら殺していたのである。

 一方の貴族子女たちは、「魔法の天才」と呼ばれるコラードに得体の知れない畏怖を感じていた。平民だから、怒らせたらどんな行動に出るか予測できない。教室で攻撃魔法をぶっ放すかもしれないのだ。


 何せ初日である。お互いのことを知らないのだから、イメージが先行しても仕方のないことであろう。


 クラスに馴染んでいようがいなかろうが魔法実技の授業は行われる。

 今日は三年生と合同授業らしい。黒っぽい大岩が三十メートル先に二つ並んでおり、それに向かって魔法を放つそうだ。


「今日は初日なので、順番に一番得意な魔法を撃ってみてください」


 三十代半ばくらいの女性教師がコラードのクラスに向かって告げた。


(やっぱりみんな詠唱するのか……詠唱なんて必要ないのになぁ)


 クラスメイトたちが次々と魔法を放つ中、コラードはそんなことを考える。だが、余計な注目を集めたくないので、態と詠唱して魔法を放った。


「我が魔力を糧に先鋭なる氷柱を成し、疾く奔りて的を貫け。<アイシクル・ジャベリン>」


 派手な音と共に、コラードの<アイシクル・ジャベリン>が不壊の大岩に当たる。巨大な氷柱は粉々に砕け、微細な氷の粒子になってキラキラと陽光を反射した。皆がそれに見惚れている時、コラードはふと運動場に目を向けた。


(リオナード・シルバーフェン)


 黒髪で背の高い少年の剣を受けるリオンの姿が目に入った。少し小柄で、女の子と言っても通りそうな顔立ちと、特徴のある砂色の髪。


 コラードがリオンを知ったのは偶然だった。


 平民区北にある教会に併設された孤児院。そこがコラードの“家”だ。物心ついた時からずっとそうだった。

 孤児院は、贅沢な暮らしは出来ないが、飢えたり不潔だったり虐待されたりといったことは一切なかった。むしろ贅沢を知らない孤児たちは、それが当たり前のことだと思っていた。

 ただ一人、コラードを除いて。


(孤児スタートってまぁありがちっちゃありがちだけど、こんな孤児院でラッキーだわ)


 コラードは「前世の記憶」にある孤児院と比べ、その孤児院が善良な場所であることを有り難く感じていた。彼の記憶(と言っても創作物の中の孤児院であるが)では、私腹を肥やす悪徳な神官が運営していて、孤児には一日一食のみ、しかも石のように固いパンと、野菜くずに申し訳程度の肉の切れ端が入ったスープしか与えられない。服はボロボロの貫頭衣、寒い冬でも裸足、髪は伸ばしっぱなしで風呂など望むべくもない。過酷な労働を強いられ、怪我を負ったり病気を患ったりすれば放置され、そのまま死んでいく。それが「孤児院」というものだと思っていた。


 だがコラードが育った孤児院は全く違った。


 子供たちの面倒を見てくれるシスターたちはとても優しくて親切。十分な運営資金があるらしく、食事は朝と夜の二回。しかも卵や肉、魚が毎回ついてくるし、パンは少し固いが想像よりずっと柔らかかった。

 服は新品ではないものの清潔な中古品が与えられ、下着や靴、靴下もあった。週三回ほど近所の清掃や荷運びの手伝いなど奉仕活動はあったが、街の人たちも親切で子供に無理はさせない。浴場もあり、夏場は一日おき、冬場は三日に一回、温かいお湯で体を洗うことができた。(ちなみに浴槽はない)

 その上、勉強まで教えてもらえた。文字の読み書きから始まり、簡単な計算、王国の歴史など。そして極め付きは魔法。週に一度、王国魔法士団から派遣された魔法士が、七歳以上の子供たちに魔法を教えてくれたのだ。


 実は、コラードは知らないのだが、王国の孤児院は国が教会に運営を委託しており、王国中の孤児院運営費は毎年国の予算に計上され、適切に管理されていた。中には「私設」の孤児院もあり、そういった所はコラードのイメージに近い運営がされている場合もないわけではない。だが国営の孤児院では「子供は国の宝」という信念に基づき、国の管理監督の下、子供たちを養育しているのであった。


 その孤児院の中で、コラードは少し変わった子と認識されていた。大人しくて聞き分けが良く、聡い。成長するにつれ、年少の子供たちの面倒も見るようになった。そして推定七歳になり魔法に触れてから、その才能が開花した、と思われた。


 コラードには前世の記憶があった。それに気付いたのは四歳の時。流感に罹って高熱を出したのがきっかけだった。

 それまで見た髪色。そして年長の子供やシスターが時折使う魔法。それで、ここが「異世界」だと確信した。


(異世界転生、しちゃった!)


 前世における個人的な記憶は曖昧だが、ファンタジー作品についてはよく憶えていた。だから、記憶を取り戻した四歳の時から、自分は魔法を使えるに違いないと、こっそり練習していたのだ。


 転生者がチート能力を持っているのはお約束。だから自分にも何らかのチートがあるに違いないのだ!


 年長者やシスターが使う魔法は地味だった。薪に火を点けたり水瓶に水を満たしたり洗濯物を風で乾かしたり。それでも、魔法のない世界の記憶があるコラードには新鮮で心躍るものだった。彼らの詠唱を聞いて憶え、誰もいない裏庭で試す。二か月もすると、そういった魔法を苦も無く使えるようになっていた。


 そしてある時思い立った。詠唱、要らなくない? と。


 試行錯誤の末、五歳になる頃には無詠唱で魔法を使えるに至った。それは物凄い快挙なのだが、誰にも魔法を見せていないので気付かれることがなかったのである。

 そして、コラードはだんだん物足りなくなった。魔法が地味過ぎる。これじゃ魔物の一体すら倒せないじゃないか!


 七歳になるのをじりじりと待った。その間、魔法はイメージが全てだということは既に掴んでいた。頭の中では、一撃で魔物の群れを葬る攻撃魔法が完成していた。だが、孤児院でそれを試さないだけの分別があった。コラード自身も自覚していたが、どうやら前世は協調性を重んじる日本人だったようなのだ。だから孤児院に迷惑を掛けたくなかったし、他の子と違うと思われるのも嫌だった。


 ようやく七歳になり、魔法の授業が始まった。そこでコラードは魔法士団員の度肝を抜く。初日から無詠唱で魔法を使ったのだ。


『この子は魔法の天才だ! 才能を伸ばすために、ぜひ魔法士団の訓練所に通わせて欲しい!』


 シスターたちは最初、難色を示した。彼女たちには無詠唱で魔法を行使するということが、如何に画期的なことかを理解出来なかったからだ。大人が無責任に持ち上げ、期待されたほどの才能がなかった時、コラードはどんな挫折を味わうことになるか。それを心配したのであった。

 しかし魔法士団員の熱意に負け、取り敢えず週に一回、訓練所へ行くことが決まる。


 コラードの訓練所通いは、良いことと悪いことがあった。


 良いことは、威力の高い攻撃魔法を、魔力の許す限り好きなだけ撃てることだった。コラードは他の団員たちの放つ魔法を見、詠唱を聞いて次々に吸収していった。

 悪いことは、見本となる魔法が「この世界の常識に縛られた魔法」だったことだ。魔法はイメージが全てだととっくに掴んでいたのに、そのイメージを形成する素が「この世界の魔法」になってしまったのだ。


 有効射程三十メートル。コラードは自分で自分を縛ってしまった。


 無詠唱は出来る。新たに覚えた魔法も、練習を繰り返せば詠唱が必要ないことが分かった。だが有効射程は三十メートル。的となる不壊の大岩までの距離が三十メートルしかない。実際の魔物討伐などに行く機会がないコラードは、それ以上の射程が必要だと考えなかった。そのままずっと、自覚のないままその常識に縛られていた。そのまま数年が過ぎ去った。


 そして少し前。魔法士団訓練所に、一人の少年が来た。


 最初に驚いたのは、本でしか見たことのないグリフォンを連れていたことだ。魔物を見たことのないコラードに警戒感はなく、ただただ興味を持った。生憎とかなり距離があったのだが、近くで見てみたい、あわよくば触れてみたいと手をワキワキしていた。


 そうこうしているうちに、何と少年がそのグリフォンに乗った。乗っただけではなく、空高く飛んだのだ!

 グリフォン・ライダー! これ、ファンタジーの定番! コラードのテンションはぶち上がった。


 だが、次の瞬間には背筋が凍ることになる。空高く舞い上がった少年は、そこから魔法を放ったのだ。

 どんな魔法なのか、コラードにはさっぱり分からなかった。だが、コラードが五年かけても傷一つ付かない不壊の大岩が、遠目でもはっきり分かるくらい抉れていた。距離は三十メートルを遥かに超えている。


(何だ今のは!?)


 しかし、その疑問を誰かにぶつける前に警鐘が鳴り響いた。訓練所はにわかに慌ただしくなり、少年の近くにいた団長たちが壁の向こうに消えた。


『コラード、大変だ! 平民区の北側に魔人が出た!』

『え?』


 その団員は、七歳のコラードを見出した団員だった。彼は良かれと思って情報を告げたのだろう。だが、コラードの頭は真っ白になった。


 平民区の北? 魔人? …………孤児院!!


 魔人のことは、別の団員から少しだけ聞いたことがあった。騎士団一個小隊と魔法士団一個小隊が全力で当たれば倒せる相手だと。

 これまで王都に出たという話も聞いたが、どこか他人事のような、自分には関係のないことだと思っていた。騎士団と魔法士団が何とかしてくれる。彼らが守ってくれる。何の根拠もなく、そう思っていた。


 気付けば、コラードは肺が焼けそうなほど全力で走っていた。


 孤児院には、弟や妹、兄や姉たちがいる。いつも優しいシスターたちも。近所には、子供に優しい街の人たち。

 そこに行って何かをしようと考えたわけではなかった。ただ居ても立っても居られなかったのだ。


 魔法士団訓練所から孤児院までは遠い。いくら全力で走っても、子供の足では三十分かかる。しかも、途中からこちらに逃げてくる人々に阻まれて思うように進めない。コラードは焦った。今生で、これまでにないくらい焦った。人波を掻き分け、流れに逆らいながら進む。

 ようやく孤児院に着いた。建物に損傷はなく、魔人騒動が嘘なのではと思うほど静かだった。


 孤児院には誰も残っていなかった。衛兵の誘導で全員が既に避難していたのだ。巡回の衛兵からそのことを聞かされ、コラードは安堵でその場にへたりこんだ。

 その時、西の方から激しい衝撃音が届いた。それは断続的に聞こえ、金属がぶつかる音もし始める。


 魔人が暴れていたのは、孤児院から二本西に行った大通りだった。しばらく戦闘音がしていたが、水をぶちまけたような音と岩を広範囲に砕くような音がして静かになった。

 ホッとして、衛兵に腕を掴まれて立ち上がり、孤児院のみんなと合流しようと思った時。突然顔に熱を感じた。その直後、南の方から轟音が届く。コラードと衛兵はその場に立ち竦んだ。

 後で知ったことだが、大通りから南に突き当たった一画が巨大な火球に呑まれて崩壊した音だった。


 全てが終わって孤児院のみんなの無事が分かった時、コラードは思わず泣いてしまった。


 数日後、また魔法士団の訓練所へ行った時、魔人を倒したのがあのグリフォンに乗った少年であることが分かった。魔法士団では彼の噂で持ち切りだったのだ。


『リオナード・シルバーフェン』


 その名を知ったのもその時である。王立学院に今年入学することも聞いた。

 遠くから見た砂色の髪と華奢な体格は目に焼き付いていた。きっと彼も魔法科に来るに違いない。どんな人なのだろう? どんな魔法を使うのだろう? でも貴族だから近寄らない方がいいのだろうか?


 入学式では、騎士科の方に座っている彼を見付けて思わず凝視してしまった。あれほどの魔法を使う人が、なぜ騎士科に!? 目が合って、慌てて顔を俯けた。


 なるほど、彼は剣も使えるのか! 広い運動場では騎士科が剣術の実技を行っていた。黒髪の背の高い少年と打ち合うリオンを見て、コラードは納得した。ファンタジーと言えば()と魔法。物語の主人公のような彼は、当然剣も得意なのだろう。


 自分が放った魔法の痕を見る。不壊の大岩には傷一つ付いていない。きっと、この物語の主人公は彼だ。自分ではない。でも、主人公の近くでその活躍を見るくらい良いのでは?


 そんな風に思い、再度リオンの方に目を向けた時。背後から、彼に向かって剣を振り下ろす者がいた。


「危ない!!」


 思わず声を上げてしまった。その声に釣られ、魔法科の学院生も何人かがコラードの視線を辿り、今まさに木剣で頭を殴られそうな少年を見た。

 木剣とは言え、無防備な頭に当たれば大怪我では済まない。それくらいコラードにも分かった。何とか彼に危険を知らせたい。だが遠すぎる!


――キン!


「え?」


 男が振り下ろした剣が、何かに弾かれた。その音でリオンがこちらを向いた。男は気が狂ったかのように剣を打ち下ろす。しかしそのどれもがリオンには届かない。


「手は動いていない……ってことは魔法?」


 男が何かを叫んだ直後、数名の教官に取り押さえられた。リオンは少し悲しそうな顔をしていた。

 いやいや、模擬戦の最中に背後から襲い掛かるとか、完全に悪役の所業だから。そんな奴に同情する必要ないよね? むしろやり返してもいいんじゃない? コラードはそう考えた。


 その直後、リオンと目が合い、彼が微笑んで軽く手を振った。コラードはそれが自分に向けられたものとは思えず、左右をキョロキョロする。

 リオンはコラードの方へ歩き出そうとするが、黒髪の少年と教官に止められ、残念そうな顔をしてどこかへ歩き去った。


「あれって、もしかして俺に?」


 コラードがリオンと話をするのは、もう少しだけ後の話である。

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