39 僕は平凡なのです
講堂はレンガ造りの学舎や寮とは異なり、ブロック状の石材を積んだ造りになっていた。重厚感のある雰囲気だ。大き目の窓がいくつも設けられていなければ刑務所に見えなくもない。
講堂の入口でシャロンとメリダと別れ、リオンはルーシアと共に中へ入る。すぐ傍に案内係がいて、二人が所属する「1―A」の席まで導いてくれた。
リオンは何となくパイプ椅子を想像していたのだが、この世界にそんなものがある筈もなく、床に並べられているのは木製の椅子だった。しかも座面と背面のクッション付き。さすがは貴族子女が通う学院だ、と妙なところで感心した。
1―A、1―Bの島が前列、1―Cと1―Dの島が後列。正面を向いて左前がリオンたちのクラス、1―Aだ。通路を挟んで左側には魔法科ひとクラス十六名分の椅子がゆったりと並べられていた。どこに誰が座るのかも予め決まっていて、最前列の通路側がルーシア、その右隣がリオン。席は既に半分くらい埋まっているが、リオンの隣、というか二人以外の最前列はまだ誰も座っていなかった。
リオンはふと視線を感じ、左後ろに顔を向ける。魔法科のクラスだ。
黒髪・黒目の少し痩せた少年。同い年の筈だが、少し幼く見える。その少年はリオンと目が合うと慌てたように顔を俯けた。
「今年ただ一人、平民で入学を許可された方ですわね」
「へぇ。ルーシア、良く知っているね」
「結構有名ですわよ? 魔法の天才、らしいですわ。私はリオンこそが真の天才だと知っていますけれど」
「あはは……」
ルーシアの評価が高くて面映ゆい。
(魔法の天才かぁ。平民で入学するなんてよっぽどだよな。どんな魔法を使うのか見てみたい。友達になれないかなぁ?)
やはり魔法科から強制的に騎士科へ入学させられたのが悔やまれる。友達になれば魔法談義もできるし、魔法を見せてもらえるかもしれない。
「彼の名前、知ってる?」
「フフフ。興味が湧いたんですの? 確か、コラードさん、だったと思います」
「コラード君か」
リオンは、忘れないようにその名を脳に刻んだ。
「前を失礼するわ」
どうやってコラードと友達になろうかぼんやり考えていると声を掛けられ、リオンは顔を上げる。
(金髪縦ロール! 実在したのか!)
それ自体が輝いているような金色の髪を両サイドに分け、太いドリルのように縦に巻いている。幼さを残しながらも美しい顔立ちだが、薄い青色の瞳のせいで冷たい印象に見えた。
隣のルーシアが立ち上がる気配に倣い、リオンも椅子から立ち上がる。
「ミリス殿下、お初にお目にかかります。ルーシア・レッドランと申します」
「リオナード・シルバーフェンと申します、ミリス殿下」
「ああ、学院では身分の貴賤は気にしないから、殿下はいらないわ。お座りなさい」
「「はい、ミリス様」」
王立学院では爵位や身分に関わらず皆が平等、という建前になっている。ただしあくまでも建前であり、それを鵜呑みにすれば将来自分の立場が危うくなるのは皆知っている事実だ。
「あなたがリオナードね……何故騎士科にいるのかしら? 魔法の天才が入学して化けの皮が剝がれるのを恐れたの?」
あなたのお父様のせいですよ! と言いたいのを、リオンはグッと堪える。
「っ!? リオンは――」
ルーシアがミリス王女に食ってかかりそうになり、リオンは彼女の肩に手を置いて押し止めた。
「陛下のご高配の賜物でございます」
「そう。まぁ、そのうち分かるでしょうね」
「こらこらミリス。英雄殿に喧嘩を吹っ掛けるのは感心しないな?」
ミリス王女の後ろに、年上に見える男性が立っていた。またルーシアが立ち上がったので、リオンもそれに倣う。
「カルロ皇子、お初にお目にかかります。ルーシア・レッドランと申します」
「リオナード・シルバーフェンと申します」
ブルスタッド帝国第三皇子、カルロ・ラッツマルト・ベイレンダ・ブルスタイン。緩くカールした青味がかった黒髪、透明感のある明るい鳶色の瞳。柔和で落ち着いた印象の彼は、第二王女ミリスの婚約者である。
だが、その彼の目に面白がっているような、値踏みするような色が浮かんでいるのを、リオンは見逃さなかった。
「カルロ皇子、ご配慮痛み入ります」
「ああ、皇子呼びは不要だよ」
「かしこまりました、カルロ様」
顔には作り笑いを貼り付け、再び座り直したリオンは心中で盛大な溜息を吐いた。
(だから関わりたくなかったんだよぉぉおおお!)
銀翼勲章の受勲を頭から疑ってかかっている第二王女と、良い人を装いつつ裏ではまるっきり信じていない第三皇子。彼の「英雄殿」という言い方でそれを察した。
叙勲に疑問を持つということは、国王陛下の判断を信じていないと言うに等しい。それが分からない二人ではない筈なのに。
まだ学院生活が始まってもいないのに、リオンはどっと疲れたような気になる。
(別に護衛しろと国から命令されたわけじゃない。同じクラスでも距離を取ることは出来る筈だ。うん、なるべく関わらないようにしよう)
リオンの学院での方針が固まった。こちらからは絶対に二人と関わらない。
そう、冷静に考えれば、別に二人と仲良くなる必要などないのだ。ミリスとカルロは、学院卒業後に王家直轄地の一つを与えられ、公爵に封じられるという話である。つまり国政に直接関わらない。二人に良い印象を与える必要性は特にないのである。
ルーシアが心配そうな目で見つめるので、リオンは笑顔で「大丈夫」と頷いた。
講堂に入ってからもリオンを睨みつけるウルスレン・ブラウンネストは、リオンの左後方、つまり1―Dクラス。わざわざ顔を向けるようなことをしなくても何となく敵意が刺さる気がしてそれが分かった。こっちはクラスも違うし、距離を取るのは容易だろう。あちらから何かしてこない限り関わらないようにしようと決めた。
リオンが今後の方針を決めている間に入学生全員が揃ったようだ。入学式が始まった。
「今年も王立学院に新入生を迎えることができ大変喜ばしい。皆も知っての通り、この学院は第二十五代国王陛下によって設立され――」
レイトラム・ゴールドフェン学院長は真っ白な髪と真っ白な顎鬚を長く伸ばした七十代くらいに見える人物だった。皺だらけの顔に埋もれた緑色の瞳は年齢を感じさせない鋭さを湛えている。
(THE・魔法使いって感じだ)
リオンの印象通り、レイトラム学院長は物語終盤で主人公の危機を救う大魔法使いといった雰囲気である。なお実際に彼が魔法を使えるのかは知らない。
学院長の長い話が終わり、在校生代表の祝辞に続く。代表は騎士科三年生の首席。十四~十五歳の筈だが、この年代の二年違いは大きい。リオンはまだまだ子供の容姿であるが、彼は大人の一歩手前という感じだ。
「在校生代表、バルトラン・パープルレイドです。新入生諸君、この度は王立学院入学おめでとうございます。学院生活で分からないこと、不安なことがあれば私を含めた先輩たちに――」
パープルレイド……ジェイラン・パープルレイド王国魔法士団長の親戚だろうか? 彼は体と心の性が一致しているように見える。
(そういえば、あれからジェイラン様とは会ってないな)
魔人討伐の一件以来、リオンはジェイランと会っていない。会いたいか、と聞かれれば微妙な気もするが。
そして新入生代表の答辞。隣に座るミリス王女が立ち上がり、優雅に壇上へと上がる。
「――王立学院生として恥じることのなきよう、学院生の本分に邁進することを誓います」
一礼するミリスには万雷の拍手が沸き起こった。さすが第二王女というべきか。リオンがチラッと父兄席に目を向けると、近衛騎士に囲まれたベルトラム王と目が合った。
(うわ、陛下も臨席されていらっしゃったのか……そりゃそうか、娘の入学式だもんな)
式次が終わり、まずは父兄が退席する。その後新入生たちも退席し、それぞれのクラスにて明日以降の説明が行われる。
ルーシアと連れ立って講堂から出たリオンだが、そこには父ベルンとアライオス・レッドラン辺境伯が待っていた。
「お父さま、アライオス様」
二人はこのまま自領へ帰る。その前に子供と話す機会が欲しかったのだろう。ルーシアは少し涙ぐみながらアライオスと話し、それから抱擁を受けていた。
「リオン、騎士科への入学、拒めず済まなかった」
「いえ。陛下から書状をいただきましたから、だいたい事情は分かっています」
伯爵と雖も国王からの要請を断ることは難しい。大人の事情という奴だ。
「しかし、お前なら騎士科でも十分やっていける」
「そうでしょうか?」
「うむ。私はそう信じている」
リオン自身、剣術は苦手だと思っているが、ベルンの評価は違う。
七歳の頃から、デルード領騎士団に混じってずっと稽古を続けてきたのだ。特に剣を使った防御に関しては、中隊長と渡り合う腕前。
領騎士団内でもリオンの評価は高い。ただ単に、彼の性格上、攻撃することに忌避感を覚えているだけである。鉄芯の入った木剣でも、当たれば痛いし骨が折れることもある。リオンは顔見知りに怪我をさせるのが嫌だったのだ。結果的に防御一辺倒になり、「自分は剣術の才能がない」と思い込んでしまった。
「剣術の実技が始まれば私の言うことが嘘ではないと分かる筈だ」
「……分かりました」
全然納得していない息子の顔に、ベルンは苦笑いを浮かべた。その頭に手を置き、砂色の柔らかい髪をくしゃくしゃと撫でる。リオンは少し困った顔だが、されるままだった。
「長期休暇には戻ってくるだろう?」
「もちろんです!」
「それと、週末は自由に別邸を使いなさい。アスワドもいることだしな」
「はい!」
寮生活だが、別に監禁されているわけではない。寮監に申請すれば週末は学院の外で過ごせる。リオンは元から週末は別邸で過ごすつもりだった。
「別邸には鷹便を置いている。何かあれば使いなさい」
「ありがとうございます、お父さま」
「ブロードも週末は別邸に顔を出すと言っておった」
「ブロード兄さまが……」
「うむ。あれに頼っても良いだろう」
「分かりました」
鷹便は緊急時の連絡に使う、王国内では最速の連絡手段である。ただリオンの場合、アスワドに乗って飛ぶ方が鷹便よりも速い。こちらからの連絡には使わないだろうな、と思うが口にはしなかった。
ベルンは他にも色々と話したそうだったが、思いを振り切るようにこう言った。
「では体には気を付けるように」
「はい! お父さまも!」
リオンは、学院の正門に向かって行く父の背を、学舎に遮られて見えなくなるまで見送った。隣には、目の端を赤くしたルーシアが寄り添うように立っていた。いつの間にか、シャロンとルーシアの侍女メリダも近くにいた。
「コホン! あー、リオン?」
その声に振り返ると、重装備の近衛騎士を侍らせたベルトラム王だった。リオンとルーシアは反射的に片膝を突いて首を垂れる。
「「陛下」」
「ああ、立ちなさい」
その言葉に、二人はゆっくりと立ち上がった。
「まぁその、何だ……入学おめでとう」
「畏れ入ります」
「騎士科への入学だが……納得しているか?」
納得はしていない。諦めている、という気持ちが一番正しいだろうか。
「仕方のないことと割り切っております」
「そうか……うむ、希望に沿わないことは重々承知している。何らかの形で償いも考えている」
「陛下のお気持ちだけで十分でございます」
「そう言うな。私だって子を持つ親なのだ。ただ、其方の力は……な?」
言葉を濁されたが、恐らく「常識外れ」と言いたかったのだろう。それはリオンも自覚している。この世界における魔法の常識とは相容れないのだから。
「詫びというわけではないが、困ったことがあれば相談せよ。可能な限り力になろう」
「勿体ないお言葉、恐悦至極に存じます」
リオンの堅苦しい返答に、ベルトラム王は苦々しい顔をする。
これは選択を誤ったかもしれん、と国王は思った。希望に反して騎士科に入学させた上、王女と皇子と同じクラスにしたのだ。聡い子だから、その意味も理解しているだろう。しかし、ここでリオンの反感を買うのは悪手。ユードレシア王国は平民の国外への移住を禁じていない。四男のリオンが伯爵位を継ぐ可能性は限りなく低く、長兄ケイランが家督を継げば身分としては平民になる。つまり、彼がその気になれば好きに国外へ移住できる。
それはこの国にとって大きな損失だ。リオンの魔法の才は、むざむざと国外へ流出させるのはあまりにも惜しい。
ただ、王国魔法士団への教導を見るに、その功績を以て叙爵するのは可能だろう。だが叙爵は強制できない。普通はしないが、断ることも可能なのだ。
結局、ベルトラム王が取れる手段は、友好関係を結び信頼を得ることしかない。今のところうまくいっているとは言えないが。
「リオン、陛下がお困りのようですわ」
「え? 困らせるつもりはないのですが……」
「リオンよ。其方は将来の希望があるか?」
「将来、ですか? 安全で平穏に、大切な人と暮らすこと、でしょうか」
リオンの言葉に、ルーシアが顔を真っ赤にした。
リオンは大それたことなど全く考えていない。転生者と自覚してから一貫して防御のことを考えてきたのは、安全で平穏に生きていきたいからである。
魔法のことが好きだと気付いたので、魔法に関わる仕事ができればいいかな、と漠然とした希望はある。それでルーシアと、きっとシャロンやアスワドも付いて来そうだが、小さな家で暮らせたら幸せだ、と思っている。
「存外平凡な希望であるな」
ベルトラム王は拍子抜けした。リオンは国や王に悪感情を持っているわけではない。理不尽だとは思うが、生きていれば多少の理不尽があるのは当然のこと。それを飲み込むくらいの度量はあるつもりだ。この国の最高権力者に逆らってまで自分の希望を通そうとは思わない。
「陛下、僕は平凡なのです」
「どの口が言うか!」
「えぇ……」
リオンの反応に、この子は本気で自分が平凡だと考えているようだ、とベルトラム王は気付いた。と同時に、それは無理であろうと思うのだった。
侍従に促され、国王はその場を辞した。城までの道程で、リオンのことは難しく考える必要はないのではないか、と見直す。
彼はきっと、平凡な夢を叶えるため、その非凡な才を遺憾なく発揮するだろう、と。




