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38 進む計画

 リオンに宛がわれたリヒター寮三階の部屋は、想像していたより快適そうだった。広いワンルーム、と言えば良いのだろうか。寝台と文机、作り付けの棚、衣類を保管するワードローブ。布張りの衝立があり、その向こうには四人が向い合せに座れる応接セット。従者用の続き部屋があり、そちらには簡易キッチンもある。また主室にはトイレと小さめの風呂まで備わっている。広さは十分、プライベートの確保も問題なし。

 ビジネスホテルのような狭い部屋に二人で押し込まれることを想像していたので、リオンは軽く驚いた。


 伯爵家以上(伯爵家・侯爵家・公爵家・王族)の子息令嬢は学院に一人だけ従者を伴うことができる。リオンの場合、言うまでもなくシャロンである。従って従者用の部屋はシャロンが使うことになる。


 余談だが、子爵家や男爵家、準男爵家、騎士爵家などはリオンが想像していたような狭い相部屋で、従者の帯同も許されていない。四男とは言え伯爵家に生まれた恩恵を初めて実感したリオンであった。


 文机のある壁側には大きな窓がある。リヒター寮は学院敷地の西側にあり、東に面したこの窓からは学舎や運動場が見える。リヒター寮の南には魔法科のウィザルド寮が建っているが、大きさはリヒター寮より遥かに小さく、少し大きめの屋敷程度。これは学院生の人数の違いによる。この西側は男子寮で、学舎を挟んで東側に女子寮が並んでいる。


 ここ数日降り続いていた雨が上がり、雲の切れ間から夕陽色をした「天使の梯子」がいくつも地上に伸びていた。

 雲の端や切れ間から太陽光線が放射状に地上へと伸びるのを「薄明光線」と言うが、リオンは「天使の梯子」という呼び方が好きだ。この世界でもそう呼ぶのかは分からないけれど。


「リオン様。夕食はいかがなさいますか?」


 従者を伴う伯爵家以上の子息令嬢は、寮の食堂か自室で食事を摂るか選べる。


「あー、どうせルーシアとは食堂が別だし、自室で食べるよ」

「かしこまりました。手配して参ります」

「ありがとう」


 食堂はリヒター寮とウィザルド寮の間に建つ平屋の建物だ。男子寮と女子寮は物理的に離れているため食堂も別である。また、自室に異性を招く場合は寮監に事前申請が必要らしい。

 学院は概ね十二歳から十六歳の思春期男女が通うので、間違いが起きないよう徹底しているのだろう。


 王立学院の学院生はそのほとんどが貴族子女。当然のことながら食堂で作られる料理の質も高い。

 自室で食事を摂る場合、従者の簡易キッチンを使って調理するか、食堂で作られた料理を運ぶか、はたまた外部から料理を持ち込むかである。シャロンは侍女であるが料理は門外漢なので、食堂の料理一択だ。


 二人分の食事をワゴンに載せて運び入れてくれたシャロンを手伝い、リオンは料理の皿を応接セットのテーブルに並べる。


「二人しかいないし、一人で食べるのは味気ないから、一緒に食べよう」

「……かしこまりました」


 柔らかなパン。丁寧にダシを取ったスープ。新鮮な野菜と小海老のサラダ。白身魚のムニエル。シルバーフェン家の料理人とは味付けが違うが、どれも美味しい。

 しかし、家族のいる家を出た初めての夜、初めての食事は、何故だか少し味が薄いような気がした。









 翌朝、王立学院の入学式当日。

 学院に制服はないが、服の上から纏うローブだけがある。騎士科は濃緑色、魔法科は臙脂色。いずれも薄手の生地で、胸に王立学院の紋章が金糸で刺繍されている。学院の紋章は上部左に剣と盾、右に開いた本、下に大樹が描かれ、それを菱形で縁取りした図案が採用されている。


 今年度の入学生は、騎士科が百十八名、魔法科が十六名の計百三十四名。

 魔法科は少数のため一クラスのみ。騎士科は1―A、1―B、1―C、1―Dの四クラスである。王立学院は単位制で授業の多くは選択式だが、騎士科と魔法科共通の必須科目があり、それらはクラス単位で授業を受ける。四年間で必要な単位を取得すれば「修士」の資格が国から与えられる。


 騎士科のクラス分けは、学院の説明によれば「無作為の抽選」によって決められる。決められる筈だ。


「無作為とは……」


 リヒター寮の前に立て看板が設置され、そこにクラス分けが書かれた大判の紙が貼り出されていた。自分の名とルーシアの名が同じ1―Aで見つかり、リオンは小躍りして喜んだ。

 だが1―Aに並ぶ他の名を見て、リオンは誰かの作為を感じざるを得なかった。


(なぜ第二王女が騎士科に? ……王女様といえば魔法じゃないのか!?)


 ユードレシア王国第二王女、ミリス・ラムダクス・カシュタイト・ユードレイシスの名を同じクラスに見付け、心の中で毒づくリオン。なお王女は魔法が得意というのはリオンの偏見である。


(それに帝国の第三皇子まで!? これ絶対、二人を護衛しろってことだよね!?)


 ブルスタッド帝国から留学生として入学する、カルロ・ラッツマルト・ベイレンダ・ブルスタイン第三皇子の名前まであることに気付き、これが完全に誰か、というか国王の作為であることを確信した。


「リオン様、どうかなさいましたか?」

「田舎領地の伯爵家四男に過ぎないのに……僕の平穏な学院生活は夢で終わった」


 銀翼勲章を受勲した時点で言わずもがなである。

 勲章のみならず、王国特別魔法顧問という役職まで与えられたのだ。単なる肩書ではなく、国から俸給が支払われるれっきとした役職。貴族である時点で国に奉仕する身分なのだが、国の正式な役職があるわけだから、普通の貴族以上にガッツリとお国に仕える立場である。リオンは今更ながらそれに気付き愕然とした。


 まだ入学式前だと言うのに、リオンはこれからの学院生活に思いを馳せて意気消沈する。


 リオンは入学式が取り行われる講堂へ向かう。シャロンはその斜め後ろを静々と付いていく。


「リオン様。敵意を向けられております」

「ん、さすがに僕も気付いた。滅茶苦茶睨まれているけど……僕、彼に何かしたっけ?」


 明るい茶色の髪をした、整った顔立ちの少年。敵意剝き出しなのでせっかくの綺麗な顔が台無しだが。あれ、どこかで見た顔の気がする……特にあの、性格の悪さが滲み出ている目つき。


「リオン様、アスワドを譲れと強要した、あの」

「ああ、思い出した。えーと、ウレシアン……」

「ウルスレン・ブラウンネスト様です」

「そうだった、そうだった。侯爵家のご令息ね」


 こちらを親の仇のように睨んでいるウルスレンの方を見ないようにして、シャロンと小声で会話するリオン。


「完全な逆恨みっぽいね」

「勘違いしたまま成長した結果でしょう」

「その勘違いを正すのは僕以外にお任せしたい所存」


 貴族は感情を表に出さないものだと父ベルンから教わった。相手に弱みを見せることに繋がりかねないからだ。

 対して、ウルスレン少年は敵意がダダ洩れである。誰が見てもひと目で分かる。その証拠に、講堂に向かう人の流れが彼を避けている。


(思い通りにならなかった上に、往来で拘束されていたからなぁ。拘束したのは僕じゃないんだけど。高位貴族として甘やかされたお坊ちゃんタイプか)


 ただでさえ魔法科志願のところを強制的に騎士科に入学することになり、その上どうやら王女様や皇子様を守れと無言の圧力まで掛けられているところだ。これ以上の面倒事は心底願い下げのリオンである。彼の名前が1―Aに無かったのがせめてもの救いだろうか。


「人の目が多い場所で何かするほど馬鹿じゃないでしょ」

「愚か者は時に想像の斜め上のことをしでかします」

「うぅ……警戒しておく」

「そうなさってください」


 授業中、従者は主から離れることになる。つまりシャロンは授業を受ける間のリオンを守ることができない。入学式も、傍にいられるのは講堂の入口までだ。そこで父ベルンを出迎え、父兄席で入学式を見守る。


「リオン!」


 聞き慣れた声に、リオンは顔を上げた。婚約者のルーシア・レッドランと、その斜め後ろに侍女のメリダが立っていた。


「ルーシア! おはよう!」

「おはようございます! 同じクラスになれて嬉しいですわ!」

「そうだね……本当に、ルーシアが同じクラスで良かったよ」

「? 何かありまして?」

「いや、気にしないで」


 リオンにとって望まぬ形での入学となったが、ルーシアが彼にとって唯一の心のオアシスである。


「ご一緒してもよろしくて?」

「もちろん!」


 ルーシアはリオンへの好意を隠そうともしない。特にイデアール砦の一件以降はその傾向が顕著だ。リオンも彼女のことが大好きなので、これは非常に喜ばしいことである。

 さすがに手を繋いだり腕を組んだりはしないが、二人は連れ立って講堂へ向かった。









*****









 王立学院で入学式が執り行われている一方。


 王都グレンにも、所謂「裏町」が存在する。王都ほど巨大な都市だからこそ、裏町が存在すると言うべきかもしれない。


 「剽疾軽悍(ひょうしつけいかん)」のリーダー、曲刀使いのカウンテルはいくつかある裏町のうち、平民区西の防壁に近い場所、そこにある一軒の店を訪れていた。

 「剽疾軽悍」はウルスレン・ブラウンネストが雇っていたBランク冒険者パーティ。リオンとの一件後、彼らはウルスレンから契約解除されていたが、同時に解雇された家令見習いのフィリクスから雇われていた。


 フィリクスは、何とか家令見習いの職に復帰したかった。

 王国南東部にあるグレイドン領の本家では、フィリクスの父が家令に就いている。そこでは彼の兄が父の補佐を行っていて、次男のフィリクスは王都別邸で家令としての経験を積んで来いと言われたのである。

 ブラウンネスト侯爵家が治めるグレイドン領は広大で、領都以外に二つの大きな街がある。特に海に面したカロレンという港湾都市は、グレイドン領にとって重要な位置を占めており、フィリクスはカロレンの代官に就くことを目論んでいた。


 それが、少しばかりウルスレンに苦言を呈しただけで「解雇」である。代官どころの話ではない。ブラウンネスト侯爵家の後ろ盾を失えば路頭に迷ってしまう。


 そもそも「家令」という職は、家の諸々を管理し、家の財産や経理を管理する「家扶」などを監督する立場だ。侯爵家三男でしかないウルスレンに、フィリクスを解雇する権限はない。それはウルスレンの父、テストラ・ブラウンネスト侯爵本人の権限である。

 だから、フィリクスはウルスレンの母マレリーを通じ、侯爵に連絡を取ってもらうのが筋だった。不当に解雇を宣言されたと申し出て、ウルスレンを諫めてもらうべきだった。


 フィリクスもそれは理解していた。だが、彼は別の手段を講じることにした。この際、侯爵も手を焼いているウルスレンを「矯正」して差し上げようと考えたのだ。これが成功すれば、侯爵からフィリクスの手腕が認められ、カロレンの代官に就きたいという希望も通りやすい筈。


 だから、フィリクスはウルスレンの「恨み」を利用しようと考えた。


 シルバーフェン伯爵家四男、リオナード・シルバーフェン。彼が本当に銀翼勲章を受勲するほどの英雄ならば、ウルスレンが何か仕掛けたところで返り討ちにするだろう。ウルスレンは、侯爵家の自分が敵わない相手がいることを、太刀打ちできない相手がいることを知ることになる。


 爵位の序列は人の優劣と同義ではない。才能と努力、そして本人の資質。それが人々に認められるか否かを決める。そんな当たり前のことに、ウルスレンに気付かせ、侯爵家として恥じない人間に「矯正」する。


 そのためには、ウルスレンに「力」を与えねばならない。金や地位、権力とは違う、リオナード・シルバーフェンにある程度対抗できる力を。


 フィリクスはなけなしの持ち金で「剽疾軽悍」のリーダー、カウンテルを雇った。彼には、ウルスレンへの復讐に協力して欲しいと嘘を告げている。銀翼勲章の英雄にウルスレンをぶつけ、両者を潰す計画だと誤魔化した。カウンテルもウルスレンには思う所があり、快諾してくれた。


 カウンテルに、どうやってウルスレンに力を与えれば良いか相談したところ、王都で噂になっている「薬」があると教えられた。何でも、魔石に特殊な加工を施した水薬で、摂取によって筋力と魔力が大幅に上昇するらしい。ただ、王都でも極少量しか出回っておらず、見つけ出すのが困難だと言われた。


 しかし、カウンテルは冒険者仲間から情報を集め、裏町のある店で入手できることを掴んだのである。


 カウンテルは今、その店の前に立っていた。店と言っても看板も出ておらず、周囲のボロ家と見分けがつかない。唯一、軒先に干してある薬草の束だけが、そこが情報で掴んだ件の「店」なのだと思わせた。


「ちょいとごめんよ」


 カウンテルは躊躇せずに引き戸を開ける。怪しさしかない場所でも、そこはBランク冒険者である。

 ほとんど明かりの届かない室内の奥に、老婆が座っているのが辛うじて見えた。カウンテルは両手を広げて老婆に見せ、強盗の類ではないと示す。


「ここで噂の“薬”が手に入るって聞いたんだが」

「……薬~? 何のことかねぇ?」


 間延びした老婆の答え。カウンテルは、間違った情報を掴まされたのかもしれないと考えた。それでも一応食い下がる。


「それを飲めば化け物みたいに強くなれるって薬だよ」


 その言葉を聞いた老婆の目が鋭くなった気がした。当たりだ、とカウンテルは確信する。


「……なるほど、その薬か。それなら最後の一本があるよ」

「いくらだ?」


 値段を問うたカウンテルは、老婆が自分の全身を舐め回すように見ていることに気付いた。値踏みされている。あまりに高額だと、フィリクスから預かった金では足りないかもしれない。


「五十エラン」

「は!? いや、分かった。ほら、百エランだ、釣りはいらねぇ」

「ほぅ。もっと吹っ掛ければ良かったかね」

「勘弁してくれ」


 百エラン(一万円)銀貨と引き換えに、カウンテルは赤く色づいた液体の入った小瓶を受け取った。どうせフィリクスから預かった金だ。老い先短い婆に少し施したところで自分の懐が痛むわけではない。


「本物だよな?」

「ホッホッホ! 飲んでみるか?」

「……いや、止めとく」


 カウンテルは小瓶を肩から掛けた鞄にしまい、老婆に手を挙げて店を出た。


 彼が出て行った後、暗がりに座る老婆の額に、指の骨のような角が()本現れた。右耳から左耳まで裂けたような笑みを浮かべ、老婆は独り言ちる。


「化け物みたいに強くなる、か……ホッホッホ! “みたい”じゃなくて化け物になるんだよ」


 老婆とは思えない機敏な動きで店の奥へ行き、用意していた背嚢を背負う。床には干からびた人間の死体が転がっていた。


「これで私のお役目も終わりだね。一旦戻るとしよう」

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