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37 魔法科を志願したのですが

 デルード領魔法士団で魔法を教えていた経験は想像以上に役立った。

 王立魔法研究所の地下二階でリオンが魔法の講義を始めて六日目である。


 リオンの教え方は単純明快。まずは実演して見せる。見せて、触らせて、その人の脳内で明確にイメージを形成してもらう。

 イメージができたと思ったら実践。最初からうまく<コンプレックス・シールド>を発動できる筈がないので、また見せ、触れさせ、実践。その繰り返しだ。


 リオンの魔法理論では、魔法に詠唱は必要ない。思い描いたイメージが細部まで明瞭で、それを具現化する魔力と釣り合えば魔法は発動する。更に、同じ魔法を繰り返し発動することで、必要な魔力は減少する。これは、魔法に必要なイメージが固定化されることと、その魔法に不要な細部が削ぎ落されていくからだろうとリオンは考えている。


 最初の講義の日、一人だけ初日から<コンプレックス・シールド>を発動できた者がいた。それは意外にも、騎士団所属のグスパーであった。

 恐らく、魔法に対する先入観がなかったのと、本人の素直な性格が奏功したのであろう。グスパーは計三日間、非番の間中講義に通った。その三日で、リオンの<コンプレックス・シールド>より強度は劣るが、これまでの脆い障壁とは比較にならない物を習得した。最後の日、彼は何度もリオンに礼を述べ、名残惜しそうに帰っていった。


 グスパーが習得すると、魔法士団員も二日目から習得する者が現れた。五日目となる昨日には、小隊の二十名とマギルカ副所長、全員が習得した。


 ちなみにグスパーが騎士団に戻った後、四日目から騎士団からの受講希望者が急増。全員が小隊で盾役をしている者で、非番の日に通いたいと十五名がやってきた。もちろんリオンは快く全員を受け入れた。


 プロザン率いる小隊は昨日で受講終了し、今日はまた別の小隊二十名が来ている。騎士団の者たち、それに魔法研究所の研究員二名、合計で三十七名に対し、リオンはいつも通り講義した。


「すみません、今日の講義は少し早めに終わります」

「何かありましたか、リオンくん?」

「実は明日、学院の入学式で。今日から入寮しないといけないんです。荷物は運び終わっているんですけど、本人がしないといけない手続きがあるらしくて」


 そう、明日は王立学院の入学式。今日までに入寮を済ませる必要があり、その際、本人確認として家紋入りの人物証明、王立学院の入学証明の提出を本人が行わなければならない。忘れていたわけではないが、魔法の講義ですっかり後回しになっていた。


「入学式! リオンくんがこれから入学って、違和感しかないです」


 マギルカ副所長は、手の空いている時にずっと講義に付き合ってくれている。魔法のエキスパートに魔法を教えているリオンが入学前の子供であると改めて思い出せば、確かに違和感を抱くであろう。


「あはは……」

「みなさーん! リオンくんは王立学院入学の準備があるので、今日の講義は終了でーす!」

「「「「「ええー!?」」」」」

「えー、じゃありませーん! リオンくん、明日は来れそうかな?」

「ちょっと時間が分からなくて……」

「そうですよねぇ。みなさーん、明日の講義はお休みでーす!」

「「「「「えええー!?」」」」」

「あ、リオンくんは来れませんが、みなさんはここで自主的に訓練して構いませーん!」

「「「「「おおー!」」」」」


 マギルカと受講生のやり取りに、リオンは笑いそうになってしまった。

 顔見知りではない魔法士団の小隊は、半信半疑というか、リオンをかなり懐疑的な目で見ていたのだ。ところが、彼らより少しだけ先に受講し始めた騎士団員たちが、「こんな障壁を使えるようになった!」と自慢して見せた。すると、魔法士団員は疑念を捨て、真剣に講義を聞いてくれるようになったのである。

 そんな彼らが、明日リオンが来れないのを残念に思ってくれるのが、何だかこそばゆい気分だ。この調子だと全員が自主練に参加するのだろう。


 自分が懸命に考え、試行錯誤して生み出した魔法を認めてくれること。自分も習得したいと一生懸命になってくれること。それが、ひどく嬉しいことに気付いた。


(僕が考えた魔法を、色んな人に認めてもらえるのが嬉しい?)


 リオンは、何か違う気がする、と思った。


(……少し違うな。僕の魔法を好きになってもらえて嬉しいんだ。誰だって、自分が好きなものを好きになってもらえたら嬉しいもんな……あれ? 自分が好きなもの?)


 リオンはこれまで、魔法について好きとか嫌いとか考えたことがなかった。ただ単に自分にとって()()なものだと考えていた。新しい魔法を生み出すのも、それが必要だと考えたからだ。


(……僕は、魔法が好きだったのか!)


 今更であろう。いくら必要であると言っても、好きでなければこれほど骨身を惜しまず魔法に打ち込めなかったに違いない。

 自分が成したい事象を、如何に魔法で再現するか。それを考えること自体が楽しいのだ。試行錯誤の過程も、失敗さえも、楽しい。多少なりとも成功すれば達成感に高揚する。


(そうか……僕は魔法が好き、なんだな)


 自分では、自分のことに気付きにくいものだ。自分を客観視する機会はなかなかないので。


 受講生たちとマギルカに挨拶をして、リオンは迎えの馬車に向かった。このまま王立学院の敷地内にある寮で手続きを行い、今日から寮で寝泊まりすることになる。


「はぁ~。もっとルーシアと会えると思っていたのに……」


 馬車に乗ると、リオンは迎えに来てくれたシャロンに愚痴を零した。

 叙勲式の後、入学式まで時間があるから、ルーシアと王都見物でもしようと話をした。それを楽しみにしていたリオンだが、魔人が出現した翌日以降、あれこれやることがあって結局ルーシアとは別邸で夕食を一回共にしただけだった。


 今日はリオンの代わりに入寮の準備をしてくれていたシャロンだが、リオンの愚痴を華麗に聞き流した。


「リオン様。ひとつ確認させていただきたいのですが」

「ん? どうぞ?」

「リオン様は“魔法科”を志願されたと記憶しているのですが」

「うん、そうだよ。僕が剣術苦手なのはシャロンも知ってるでしょ? わざわざ“騎士科”は選ばないよ」

「そうですよね……」

「それがどうしたの?」

「あの、学院の寮なのですが……この“リヒター寮”というのは、騎士科の寮ではないかと」

「うん、リヒターは騎士科だね。魔法科は“ウィザルド”だった筈」

「その、リオン様の入寮先がリヒター寮になっているのです」

「…………はい?」


 何故、魔法科の僕が騎士科の寮に? 学院の制度が変わったのだろうか? それとも単純なミス?

 ここで考えていても何も分からない、どっちみち今から学院に行くのだから、そこで聞けば良いだろう。リオンはそう結論付けた。


 王立魔法研究所は貴族区の東側にあるので、南にある王立学院にはすぐに到着した。正門には数台の馬車が並んでいる。リオンと同じようにギリギリで入寮手続きを行う者が他にもいたようだ。

 リオンとシャロンは馬車を降り、馭者台のアーチルに挨拶してから徒歩で正門に向かった。以前下見をしようと訪れた時に相手をしてくれた守衛がいたので、彼に聞いてみることにした。


「お忙しいところ申し訳ありません。リオナード・シルバーフェンと申します。実は、入寮先が間違っているのではないかと思いまして」

「入寮先、ですか? え~と、シルバーフェン、シルバーフェン……シルバーフェン伯爵家のリオナード様ですね。入寮先は……リヒター寮。騎士科に入学なので間違いありませんよ?」


 彼は手元にある資料の束をめくって確認し、リオンに答える。


「僕は魔法科を志願したのですが」

「え? あ……少しお待ちください! リオナード様がいらっしゃったら、書状を渡すよう申し付けられておりました!」

「書状?」


 守衛は、控えと思しき小屋の中へ走って行き、言葉通り書状を持って戻ってきた。


「こちらを。受け取りにサインをお願いします」

「あ、はい」


 誰からの書状だろう? と思いながらサインする。書状を裏返すと、赤い封蝋に封印が捺されていた。上部に二羽の鷲が翼を広げ、下部に大樹が描かれた図案。


「は? これ、王家の紋章じゃないか……」


 リオンは他の人の邪魔にならないよう門の傍まで後退り、書状を開いた。


『親愛なるリオンへ


魔法教導の進捗が予想以上で驚いている。

其方の働きには必ず報いることを改めてここに約束しよう。


ところで、王国特別魔法顧問の其方が魔法科を志願するとは何かの冗談であろうか?

魔法科の教師を泣かせる気か? 嫌がらせか? 嫌がらせなのか?

いや、其方はそんなことをする子ではない。きっと何か勘違いでもしたのであろう。

其方が生み出した新たな魔法を披露しようものなら、授業どころではない。

教師たちが寄ってたかって其方に殺到し、根掘り葉掘り聞き出そうとするだろう。

魔法理論が全く別のものになるとしたら、教本や授業の構成を一から作り直さねばならん。

そのような時間はない。それは其方にも理解してもらえると思う。


其方に魔法科で得られるものはない。

今まで齎された情報から、それは断言できる。

しかし魔法科の単位は無条件で授けることとする。学院卒業と同時に魔法科修士の資格が与えられる。何せ其方は王国特別魔法顧問だからな。

騎士科で思う存分学ぶが良い。

偶には子供らしく、思い切り体を動かすのも良いと思うぞ?


ベルトラム・ラムダクス・ルースタイン・ユードレイシス』


 書状を読み終えたリオンはその場に膝を突きそうになるのを必死に堪えた。


「陛下……」


 騎士科に入らなくても、体は動かしてますよ! 最近はまた、朝走ってますよ!


 ベルトラム王が言いたいのはそこではないだろう。リオンが魔法科に入ることで起こるであろう混乱を未然に防ぎたいのだ。


「こんなことが許されるのか? ……許されるのか。国王陛下だもんなぁ」


 学院は単位制である。リオンは必要な単位をさっさと取得して、時間が空いたら魔法の研究でもしたいと考えていた。


「騎士科かぁ……ルーシアもいることだし、前向きに考えよう」


 武門であるレッドラン辺境伯家に生まれたルーシアは、幼い頃から剣術を仕込まれている。剣による攻撃の技術に限れば、彼女はリオンより遥かに巧者だ。そんな彼女は当然の如く騎士科を志願していた。

 ルーシアと一緒に授業を受ける時間が増えるなら、それもアリか、とリオンは自分を納得させる。そうでもしないと理不尽な仕打ちに叫び出しそうだったから。


 無表情なシャロンの目に同情の色が浮かんでいる気がした。リオンは肩を落とし、トボトボとリヒター寮へと向かった。









*****









 ウルスレン・ブラウンネストは、リヒター寮に宛がわれた自室で悶々としていた。


 今年から王立学院に通うウルスレンは、王国南東部にある自領グレイドンから、実母や家令見習い、複数の侍従・侍女とともに早くから王都入りしていた。

 グレイドン領に封じられたウルスレン侯爵は領内の港湾拡張事業で忙しく、入学式にも間に合いそうになかった。ウルスレンは別にそれで構わないと思っていた。父は三男の自分には興味が薄く、そのくせ口煩かった。それよりも、入学までのひと時を王都で楽しみたかった。


 父の金でBランク冒険者パーティ「剽疾軽悍(ひょうしつけいかん)」を雇い、彼らを用心棒代わりにしてあちこち出歩いた。平民や低位貴族をからかい、時に暴力を振るい、好き勝手するのが楽しかった。


 ある時、貴族区で見かけた従魔に一目惚れした。艶やかな黒い巨躯は優美でいながら非常に力強い。それは、侯爵家の人間である自分にこそ相応しい従魔だった。

 欲しいものは持ち主に金を払い、買い取れば良い。今までずっとそうしてきたし、冒険者を雇ってからは、王都でもそうした。彼らが少し凄めば、拒む者などいない。だからこれまで通り、持ち主から買い取ろうとした。


 それが不運の始まりだった。


 相手は格下の伯爵家、にも関わらずウルスレンの申し出を拒否したのだ。

 ウルスレンは激昂した。侯爵家の自分に従わないなど、殺されても仕方のない愚行。自分は当然の権利を行使したに過ぎない。奪おうとしたわけではない。ちゃんと金を支払うと申し出たのだ。


 ウルスレンは、契約には相手の合意が必要という極当たり前のことに気付いていなかった。侯爵家の意向に逆らう者が、これまでいなかったからだ。


 もう少しであの従魔が手に入るところだったのに、幼い子供に邪魔をされた。あの子供さえいなければ、今頃あの従魔は俺の物だったのに。

 あんな子供が魔法研究所の所長である筈がない。魔法のような何かで拘束されたが、最新の魔導具を使ったのだろう。

 それに、あの伯爵家の子供が勲章? そんな馬鹿な話、信じる方がおかしい。


 あの後駆け付けた衛兵に事情を聞かれたが、ブラウンネスト侯爵家の名を出せば言い分が通った。王都の別邸には連絡が行ったが、母からは特に咎められることもなかった。

 ただ、家令見習いのフィリクスが『あの相手は不味い』と弱腰だったのでクビにした。「剽疾軽悍」の四人も同様。障壁に阻まれて攻撃できないフリをするような用心棒は要らない。障壁魔法など、剣で一撃すれば簡単に砕けるのは幼い子供でも知っているのに。


 リオナード・シルバーフェン。その名と顔は忘れられない。

 少し調べれば、シルバーフェン家が北西にある弱小領の領主だと分かった。この時期に王都へ来ていたとすれば、あのリオナードという奴も王立学院に入学するのだろう。


「よくも俺に恥をかかせてくれたな……思い知らせてやる」


 ウルスレンは、リオナードにどうやって思い知らせてやるか、復讐の手立てを幾通りも考える。最も打撃を与え、二度と逆らう気が起きないほど叩きのめすにはどんな手が最善か。


 彼の無謀な行動を止めようとする者は、彼にとっては不幸なことに、ここには誰もいなかった。

明日から18:50に投稿します。

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