36 何で僕がフラれたみたいになってるんですか
王立魔法研究所でリーゼから話を聞かされ、頼み事をされた夜。夕食後、リオンは父ベルンと二人きりで父の執務室にいた。
「リーゼ殿から話は聞いたな?」
「はい、お父さま」
「お前が魔法士団を教導するという話も?」
「はい、お聞きしました」
父と子は執務室のソファに座って寛いでいる。普段は厳格な父であるが、今はワインの入ったグラスを手に、伯爵家当主ではなく父親の顔をしていた。
「それを聞いてどう思った?」
「最初は、僕などに務まるのか、と。王国魔法士団、王立魔法研究所と言えば魔法のエリート集団ですよ? 子供の僕が魔法を教えて、素直に聞いてくれるのかな、と」
「そうだな。しかしリーゼ殿がお前の力を認めたのだろう? 魔法士団長のジェイラン殿も」
「そう、だと思います」
「私はな、前も言ったが、魔法のことはよく分からん。だがカレンとケイランがお前のことを“魔法の天才”と言うのだ。だからそうなのだろうと思っている」
「お母さまとケイラン兄さまが……」
ベルンはグラスのワインを口に含み、ゆっくりと飲み下した。リオンも目の前にある紅茶で喉を潤す。
「王都に行けば、きっと放っておかれないだろうと……しかし、こんなに早く目を付けられるとは予想外だな」
「きっと全部アライオス様のせいです!」
「くっくっく……それも元はと言えばお前がやったことが原因であろうが」
「……そうでした」
ルーシアの父、アライオス・レッドラン辺境伯が国王にリオンの叙勲を奏上したのである。それがなければ目立つこともなかっただろうが、父の言う通り自業自得であった。
「……お前にはもっと、子供でいて欲しかった」
「僕はまだ全然子供ですよ?」
「私とカレン、二人の末の息子として、伸び伸びと、自由に、子供らしく過ごさせてやりたかった」
父ベルンは四十九、間もなく五十歳になる。リオンは、この世界の基準では遅くに授かった子だ。ベルンはあまりそのような素振りは見せないが、この末の息子が可愛くて仕方がない。母カレンはそれ以上にリオンを可愛がりたいのである。
だから、そんな息子が大役を仰せつかり、国の重責を担うのが誇らしくもあり、それ以上に寂しいのであった。
「お父さま、お父さま」と纏わりついていたのがつい最近の気がして。
そんな息子が遠くに行ってしまうような気がして。
「僕はずっとお父さまの息子です。何があろうと」
「うむ。もちろん分かっているよ。王国特別魔法顧問という席は陛下がお前の為に用意してくださった物だ。その重みを理解して、しっかり務めを果たしなさい」
「はい」
「だが困ったことがあれば相談しなさい。私はお前の父なのだからな」
「はい、お父さま!」
リオンには愛してくれる家族がいる。自分を愛し認めてくれる人がいることの、何と貴重なことだろうか。
誰かに必要とされ認められることは、生きていく上で非常に重要である。必要不可欠と言っても過言ではない。大切にしてくれる人がいるからこそ、誰かを大切にしたくなる。自分は無価値ではない、誰かにとって価値があるのだと信じられる時、人は前を向いて力強く歩けるのだ。
父の執務室を辞したリオンは、父の温かな思いに包まれ、安らかな眠りに就いたのだった。
夢を見た。
夢の中で、リオンは「完全な防御」を生み出していた。
どんな攻撃も届かない絶対的な防御。それはルーシアを守り、シャロンを守り、父を、母を、兄たちを、アスワドを、完璧に守る。
デルード領の領民たちを。王都の民たちを。
空からは巨大な火球がいくつも降り注ぐ。人知を超えた魔法を行使する者たち。
だがリオンの防御は揺るがない。何せ、この防御魔法は●●を●●●●●ている。どんな強力な攻撃でも、例え核爆弾でも、●●●●●●●●に●●●●●れた●●を越えて威力を届けることはできない。
リオンは王国を守る。敵の攻撃から守護する。
それは、愛する人を、大切な人を、絶対に守り通す防御。
名誉も称賛も要らない。
リオンはただ守りたいだけなのだから。
「リオン様、朝でございます」
「ん、んん……」
「リーゼ様がいらっしゃっています」
「……え? そうなんだ……暇なのかな、あの人……」
昨日から降り続く雨のせいで自室は薄暗い。そのせいなのか、リオンは珍しく寝過ごした。何かとても重要な夢を見た気がする。だが来客を待たせるわけにはいかない。歯を磨き、顔を洗い、寝癖を直し、着替えを終えると急いで階下へ向かう。
「リーゼ様、お待たせして申し訳ございません」
応接室へ入ると、幼女が茶菓子を頬張っていた。口いっぱいに。
「もきゅもきゅもきゅ……ごくん! いや、急に来たのは儂の方じゃからな、気にせんでくれ」
そう言いながら、手は次の菓子に伸びていた。きっと朝食を食べていないのだろう。リオンもまだ食べていないが。リオンはモリモリとお菓子を食べるリーゼの対面に腰掛けた。
「……美味しいですか?」
リーゼはこくこくと頷いて答える。まだお口がいっぱいなので。
「ごきゅごきゅごきゅ……ごくん! うむ、この家の菓子と茶は美味いのう!」
「お気に召して何よりです」
「これこれ、何で立ち上がろうとするんじゃ!? 話はこれからじゃろうが!」
「あ、そうなんですね。てっきりお菓子を召し上がりに来たのかと」
「そんなわけあるか!?」
リーゼは王立魔法研究所の所長であり、ユードレシア王国の国王とも気安く接する、いわば国の重鎮である。それはリオンも分かっているのだが、その幼い見た目でどうしても目上の人と思えない。滅茶苦茶お菓子食べてるし。
浮かせかけた腰を再び下ろし、リーゼの話を待つ。
「お主に魔法の指導をしてもらう場所は決まった。グレナーダ湖の近くじゃ」
「もう決まったんですか!」
場所の希望は、昨日リーゼに伝えたばかり。翌日に決まるとは、王国の本気が伺える。
「ん? グレナーダ湖って……遠くないです?」
「遠いのぉ。王都から馬車で一時間はかかるの」
「それって……僕はアスワドに乗せてもらえばいいとして、魔法士団や魔法研究所の方は負担になるのでは?」
「じゃから、一~二週間泊まりで学べるよう、宿舎を作る」
グレナーダ湖は王都グレンの北西にある、王都民と周辺耕作地の水瓶だ。王都からはおよそ十五キロメートル離れている。王立魔法研究所や王国魔法士団の訓練所からだと、馬車で一時間半はかかると思われる。
リオンはアスワドに乗れば五分くらいで行けるだろうが、往復に時間がかかると指導を受ける者の負担が大きい。だから宿舎を作り、泊まり込みで学んでもらうと言う。合宿のようなものだ。リオンはここでも王国の本気を見せられた思いである。
「まぁ、グレナーダ湖の周辺には使われていない屋敷がいくつかあるんじゃ。それを改修するだけじゃから、それほど金も時間もかからん」
「あ、なるほど」
魔法の試射場は見通しの良い平坦な草原で、周囲二キロメートル以内に家や街道、耕作地はないそうだが、念のため国が立ち入り禁止にするそうだ。試射場に続く道の入り口には歩哨を立てると言う。
「三週間もあれば準備が終わるじゃろう。その間に最初の研修生を選定しておく。人数は二十人前後じゃと思う」
「分かりました。それまでは魔法士団の訓練所を使いますか?」
「グレナーダ湖の方が完成するまで攻撃魔法は教えんのじゃろ?」
「はい、そのつもりです」
「なら研究所の地下を使えばよい。地下二階に試射場があるから。近い方がよいじゃろう」
「ありがとうございます。それじゃあ……<コンプレックス・シールド>から教えようと思いますが、相手はどうしましょう?」
グレナーダ湖近くの試射場が完成する三週間後からは、王立学院の授業が終わってから試射場に駆け付けることになる。デルード領の魔法士団でもそうだったが、付きっきりで教えることはあまりないからそれで十分だろう。
それまでの三週間も無駄にはできない。少しでも早く一人でも多く強力な障壁が使えるようになれば、それだけ多くの人を脅威から守れるのだから。
「魔法士団で非番の者に声を掛けておる。午後から研究所に集まる予定じゃ」
「凄い手際がいいですね……では僕も午後から研究所に向かいます」
「うむ。儂はこの後王都を出るからな。いつ戻れるかはっきりせんが……早くて半年、長ければ二年というところかの」
「えっ!? そんなに長く?」
「儂に会えなくて寂しいじゃろ?」
「はい、寂しいです」
「そ、そうか。そんな正直に言われると照れるの。まぁ後のことはマギルカに任せておる。彼女を頼るが良い」
マギルカ・グレイランは王立魔法研究所の副所長だ。昨日初めて会ったが、なかなか感じの良い女性だった。
「分かりました」
「あと、浮気するでないぞ?」
「はい? 僕、ルーシアというちゃんとした婚約者がいるんですが?」
「ルーシア嬢は許す。他は許さん」
「はぁ?」
何故リーゼにそんなことを言われなければならないのか。いや、そもそも浮気するつもりなど微塵もないのだが。「じゃあの~」と言って出ていくリーゼの小さな背を見送りながら、リオンは首を傾げた。
午後。リオンはシャロンを伴い家の馬車で王立魔法研究所に向かった。馭者台にはお馴染みとなったアーチルとテージル。そしてアスワドも付いて来ている。
アスワドを研究所の地下二階まで連れて行けるのか分からない。連れて行けないようならアーチルたちと屋敷に帰ってもらうしかない。アスワドは出会ったときよりひと回り大きくなっている。成長の証なので喜ばしいのだが、その堂々たる存在感たるや、前世でリオンが知る四トントラックに迫るほどだ。従って、気軽に建物内に入れないのである。
研究所の門の前では、またもやマギルカ副所長が待ってくれていた。
「王国特別魔法顧問殿! お待ちしておりました!」
「あ、あの、マギルカ様。僕のことは、どうかリオンとお呼びください」
「それなら、私のこともマギルカって呼んでくれますか? あ、“マギマギ”でもいいですよ?」
マギルカはグレイランという家名があるから貴族だと分かるので、呼び捨てや愛称呼びはマズい。
「えーと、それでは“マギルカさん”でどうでしょう?」
「むぅ。仕方ないです。じゃあ私は“リオンくん”って呼ばせてもらいますね」
「はい、それでお願いします」
マギルカにアスワドが通れるような地下二階に繋がる道があるか尋ねたところ、アスワドをひと目見て「ありませんね!」と断言された。
「アスワド、地下まで行くのは無理だって」
「きゅ!?」
「悪いけど、アーチルさんたちと屋敷に戻ってもらえる?」
「きゅぅ……」
「また夕方、迎えに来てくれたら嬉しいかな?」
「きゅ……きゅう!」
アスワドは聞き分け良く屋敷へと戻っていく。
「リオンくん、リオンくん!? 従魔と言葉が通じるのですか!?」
「あー、何となくですかね」
「ほぉ~!」
マギルカが興味の対象を見付けたように目をギラギラさせる。
「あくまでも何となくですよ? 僕の勘違いの可能性も大いにあります」
「こ、今度実験を」
「……時間があったら、はい」
一旦マギルカを落ち着かせ、地下二階に案内してもらう。屋敷内からも勿論行けるが、庭にも地下へ続く階段の入口があると言う。そこに案内され、マギルカ、リオン、シャロンの順で下りていく。
「確かに、この通路の幅はアスワドには無理ですねぇ」
「アスワドちゃんのために拡張工事しましょう!」
「いや、そんな……本気ですか?」
「もちろん!」
「止めましょう!? 国のお金をそんなことに使うのは!」
王立魔法研究所だから、ここは国の機関、国の建物だ。もし本当に工事をすることになれば、民の税金を使うことになる。
「従魔と意志疎通ができるということは、そこら辺の魔物とだってできる可能性もあるんですよ? もしそれができたら、魔物被害を大幅に減らせるかもしれないんです!」
「地下二階に連れて行かなくても検証できるんじゃないでしょうか」
「ぐぬぅ……」
リオンから正論で返され、マギルカは悔しさに唇を噛んだ。
「……私もグリフォンと仲良くなりたいのにぃ」
「あ、本音出ちゃった。マギルカさん、アスワドは人懐っこいので、何度も顔を合わせれば仲良くなれると思います」
「ほんとですか!?」
「近いです!」
先を行くマギルカが振り返り、リオンに詰め寄った。貴族にあるまじき振る舞いだ。研究職の人は皆こうなのだろうか?
「ああ、ごめんなさい。私、婚約者がいるので」
「何で僕がフラれたみたいになってるんですか……」
くだらない話をしていると、すぐに地下二階に着いた。そこには、白いローブを着た王国魔法士団員が二十名、騎士服を来た若い男性が一名待っていた。
「ここにいる二十一名と私、計二十二名が今日の受講生です」
「リオナード・シルバーフェンと申します。皆さんよろしくお願いいたします」
リオンが丁寧に貴族の礼を執ると、受講生たちも恭しく礼を返す。
「あれ? どこかでお見かけしたような……」
「リオン殿。俺たちは、先日の魔人討伐で駆り出された小隊の者だ。君の魔法を間近で見た。団長からも話を聞いて、君の魔法にとても興味があるんだ。ぜひよろしく頼む」
リオンが“骨鬼族”と遭遇するきっかけになった、平民区北側における魔人討伐。そこに出動していた小隊の面々だった。だからどこか見覚えがあったのだ。
彼らは、第一大隊第十四中隊第七小隊に所属する二十名。リオンに話し掛けたのは小隊長のプロザンという男性で、二十九歳。
「自分も魔人討伐であの場におり、リオン殿には命を救われました! コーネリウス騎士団長から、魔法がからっきしの自分でも障壁が使えるようになるか試してこいと命じられ、やってきました!」
騎士服の若い男性は、見た目通り王国騎士団所属で名をグスパーといった。小隊では盾役を務めているそうだ。
彼は、魔人の触手で吹き飛ばされ、追撃されそうな所をリオンが<ストーンライフル>で救った騎士だった。十九歳と若いが、盾役らしいごつい体つきをしている。
なるほど、最初の講義だからリオンのことを知っている面子で揃えてくれたらしい。リーゼか、それとも魔法士団長のジェイランの計らいか分からないが、これならやりやすい。有り難いな、とリオンは感謝した。
「それでは早速初めていきましょう。最初に言っておきます。魔法に詠唱は必要ありません」
リオンの、王国特別魔法顧問としての講義が始まった。




