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35 儂と結婚するか?

「儂はエルフで、エルフのような種族は“守護種族”と呼ばれておる」


 マギルカ副所長が淹れてくれた茶で喉を潤し、リーゼが話し始めた。マギルカは既に退室している。この、本の海に浮かんだ島のようなソファの一画にいるのは、リーゼと、ローテーブルを挟んでリオンとシャロン、この三人だけだ。


「守護……何を、何から守っているのでしょうか?」

「ウルスラ大森林の南にいるお主ら人族を、北の脅威から、じゃ。そもそも不思議に思わんか? 大陸を南北に二分するように、ウルスラ大森林があることを」


 それはリオンも不思議に思っていた。地球におけるアマゾンの熱帯雨林のような、あまりにも広大な人跡未踏の森林地帯。その割に、森の南側に位置するユードレシア王国には、日本ほど明確ではないが、四季がある。しかも、王国の南方より北にあるデルード領の方が、冬は寒いと聞いた。

 つまり、この大陸は北半球にあると推測される。それなのに、更に北にあるウルスラ大森林は、まるで亜熱帯気候のように鬱蒼と木々が生い茂っているのだ。


 だが、ここは魔法のある異世界。そんなこともあるんだろうなぁと、あまり深くは考えなかった。防御以外に興味が薄いとも言う。


「遥か昔、神代の時代。神々が人族を生かすために、ウルスラ大森林を作り出したと言われておる」


 地球のように神話の類である可能性は否定きでない。地球では、およそ人の力や知恵の及ばない領域は、全て神の御業とされた時代があったのだから。


「人族を生かすため、ですか」

「うむ。大陸北部は極寒の地での。元々脆弱な人族は南側でしか生きていけなんだ。だが北部にも、そこを生息地とする種族がいた」


 これはいよいよ「魔族」の存在が現実味を帯びてきた、とリオンは思った。角の男が本当に「魔王」である可能性も。


「厳しい寒さに適応した種族。獣の毛皮で体温を保持する獣人族、低体温でも活動できるよう進化した有鱗族(ゆうりんぞく)、魔法で環境自体を変えることに成功した鬼人族(きじんぞく)。大別するとこの三種族じゃ」

「あれ、魔族はいないのですか?」

「マゾク? 何じゃそれは。儂は聞いたことがないのぅ」


 魔族はいない……じゃあ、魔族の王である「魔王」もいない、のか?


「リオン。お主が遭遇したのは、恐らく“骨鬼族(こっきぞく)といって、鬼人族の一種じゃ。その中でも”一本指“じゃと思うておる」

「一本指?」

「指の骨のような角があったじゃろ? あれの数が多いほど強い」

「……何本指まであるんでしょう?」

「儂の知る限りでは六本指までじゃな」


 リオンは愕然とした。リーゼの話では、リオンが「魔王」と思った角の男は、骨鬼族では最弱ということなのだ。


「あれで最弱……」

「の? こんな話、広く知られたら大変なことになるじゃろ?」

「はい、確かに……」


 リオンの考える「魔王」クラスが最弱で、それがウルスラ大森林を越えてユードレシア王国に侵入しているのだ。一体、どれだけの骨鬼族がこの国に潜んでいるのか。民衆が知ればパニックになるのは間違いない。貴族だって冷静ではいられないだろう。そのような敵を放置していたとなれば王家の威信は失墜する。それは内乱や国の崩壊に繋がる。


「その“骨鬼族”の目的は?」

「分からん。だが、自分たちより遥かに弱い種族が、この豊潤で暖かい土地を独占していると知ったら、奴らはどう思うじゃろうか?」

「……奪い取る?」

「そう考えても、何ら不思議ではないのぅ」


 弱肉強食の世界。弱者は強者に蹂躙される。抗う術を持たない弱者がそうなるのは自然の摂理ではある。だからと言って、唯々諾々とそれを受け入れることはできない。自分には大切な、絶対に守りたい人たちがいるのだ。だからリオンは問うた。


「対抗する術は?」

「うむ。やはりお主は儂の見立て通りの子じゃ。とんでもない強者が相手でも、何とか勝ち筋を探す。そうじゃろう?」

「はい。座して死を受け入れるなんて絶対にできません。僕には守りたい大切な人が何人もいますから」

「良いな! 良いぞ、リオンよ。そんなお主に頼みがあるのじゃ。まぁ落ち着いて茶でも飲め」


 目の前の、幼女にしか見えないエルフは、こんな重たい事実に向き合っていたのか。リオンはリーゼに尊敬の念を抱かざるを得ない。こんなに幼いのに頑張って……と思わせる容姿。リーゼは見た目で大いに得をしていた。


「そう言えば、リーゼ様は“守護種族”とか。種族と言うからには他にもいるってことですよね?」

「ああ、そうじゃな。じゃが、これは大森林の密約により、あまり大っぴらにはできんのじゃ。ただ、神々から人族の守護を任じられた種族が複数いると思っておけば良い」

「あ、分かりました」


 本当に神様が存在するということだろうか。シルバーフェン家はあまり信仰に篤い家ではないが、ここユードレシア王国ではルシアレン教という女神信仰が盛んである。実は、婚約者であるルーシアの名も、この女神ルシアレンにあやかっているのだ。


「ふぅ。それでお主へ頼みたいことじゃが……王国魔法士団とここの研究員に、お主の魔法を教授して欲しい」

「教授って……え、僕が教えるってことですか!? 魔法を? 子供の僕が!?」

「そんなに驚くこともなかろう。既にデルード領でやっておったのじゃろう?」

「それはそうですが……それとこれとは話が違うって言うか」


 王国魔法士団、王立魔法研究所、この二つはユードレシア王国における魔法の最高峰である。そこに入れば一生安泰というのはリオンも知っている話だ。もちろん魔法士団の方は危険を伴うので安泰は言い過ぎだと思うが。

 要するに、そこに所属する者たちは王国内の魔法エリートである。北西の田舎領地にある魔法士団とは比較にならない。

 入るだけで栄誉なことなのに、そこで魔法を教える? 僕が?


「同じことじゃ! お主の魔法と魔法理論にはそれだけの価値がある。儂もお主から学びたいと思っておるよ」

「リーゼ様が学ぶって……それは、大変名誉なことです」

「急に殊勝になりおってからにこの! もっと子供らしく、無邪気に喜ばんか!」

「わ、わーい……」


 リオンの反応に頭を抱えるリーゼだが、頭を抱えたいのはこっちである、とリオンは強く思った。


「お主がどう思おうが、王国の危機であることは分かるじゃろ? だからこそ頼んでおるのじゃ、王国特別魔法顧問殿よ」

「うわ! そのための肩書だ! 大人ってズルい!」

「くっくっく……。そう、大人はズルいんじゃ。じゃが、お主が力を貸してくれれば、国はそれに報いるぞ? 何せ陛下直々に決めた肩書じゃからのぅ」

「うぐぅ……」


 頼みと言っているが、これは殆ど強制である。外堀が完全に埋められているではないか。

 だが、リーゼの言うことも理解できる。国の危機に際して、四の五の言っている場合ではないのだ。王命で協力せよと言われないだけ誠意があるというものである。


「……お話は分かりました。でも僕の一存では決められないので、父と相談してからのお返事でよろしいでしょうか?」

「あー、それには及ばん。今頃陛下から話が行っておる筈じゃ」

「おふぅ」


 既に手が回されていた。逃げ場無し。と言っても、リオンに断るという選択肢はなかった。王国魔法士団が強くなれば、リオン一人で敵と戦わなくて済む。そう考えると、これは大きなチャンスである。


「分かりました。そのお話、謹んでお受けいたします」

「うむ! そう言ってくれると思っておったぞ!」


 満開の笑顔でそう宣うリーゼ。外堀を全部埋めていたくせに、とリオンは思うが、王家しか知らない重要なことを教えてくれたのも事実。それを知って何もしないわけにはいかない。


「ほんにリオンは良い子じゃな! 儂と結婚するか?」

「しません!」

「つれないのぅ」


 食い気味に返答するリオンに、リーゼはからからと笑った。









*****









「お主に斯様な重荷を背負わせること、済まなく思う」

「もったいなきお言葉にございます」


 ベルン・シルバーフェンは朝一番で登城していた。昨夜遅く、そのような時間に王城から使者が訪れるのは「悪い知らせ」に決まっているのだが、とにかく、明朝に登城せよという報せを受け取った。青い顔をして登城したベルンを待っていたのは、国王の私的な談話室で、ベルトラム王と二人きりとなり、王から頼み事をされる、という事態であった。


 「他言無用」と前置きされ、明かされたのは代々の国王のみに知らされてきた事実。ウルスラ大森林の向こう側から来た「災厄」であった。


 喫緊の王都防衛のためにデルード領魔法士団一個小隊(二十名)を借りたい。

 それと同時に、ベルンの息子であるリオンに、王国魔法士団の強化を頼みたい。

 ベルトラム王は心底申し訳なさそうに、ベルンに向かって頭を下げた。ベルンは慌てて王に頭を上げてもらい、シルバーフェン伯爵家として可能な限り協力させていただくと述べた。それ以外に言うべき言葉があるだろうか?


 その結果、冒頭の王の言葉である。


「リオンにも済まないと思っている。子供はもっと自由で然るべきなのだが」

「いえ。才ある者は、その才を民や国のために役立てる義務がございましょう。あの子はそれを理解しております」

「そう言ってくれると、少しは心が軽くなるな。お主と子息の働きには国として当然報いるつもりだ」

「お心遣い、感謝いたします」


 デルード領魔法士団一個小隊については、王都における隊の宿泊費・食費のみならず、各個の給金も国が支払い、シルバーフェン伯爵家には協力金名目でひと月あたり一万エラン(約百万円)が支払われる。

 リオンは王国特別魔法顧問として、当面ひと月あたり二千エラン(約二十万円)の俸給が支払われるという。


 王立学院に入学したら、リオンは終日働くというわけにいかない。それを考慮した金額である。貴族にとって月二千エランはたいしたことのない金額だが、リオンにとっては初めて自分の力で稼ぐお金だ。それはそれで意味があるだろう、とベルンは考える。


「リオンの方には王立魔法研究所の所長から話をしている筈だ」

「かしこまりました。私の方は早速、領に鷹便を送りましょう」

「うむ。くれぐれも頼む」

「御意に」









*****









 リオンとシャロンが王立魔法研究所を出ると、外は雨が降っていた。来る時は晴れていたのだが、結構雨足が強い。門まで走り、その外で待っていた研究所の馬車に乗り込む。


「ふぅ~。雨って嫌だね」

「リオン様お得意の障壁を張ればよろしいのでは」

「っ!? ……気付かなかった」


 物理攻撃を弾くのだから、雨だって弾く筈。「防御」のことばかり考えているせいで、障壁を「雨避け」に使おうと考えが及ばないリオン。シャロンの指摘に力なく項垂れた。


「よし、雨避けの障壁を考えよう」


 この世界の雨具に傘はない。いや、あまり見かけないだけで探せばあるのかもしれないが。あるかないか分からないものを当てもなく探すより、魔法を使う方が早いし楽。リオンはそう思ってしまう。せっかく知識チートを発揮できそうだったのに。


「……リオン様。お話がございます」

「ど、どうしたの、改まって」

「リオン様に黙っていることがあります。実は、私…………エルフなのです」


 シャロンはそう言って誤認魔法を解除する。エルフ特有の、笹の葉の形をした耳が露になった。


「うん、知ってるよ?」

「左様でござい――えっ!?」

「だって初めて会った時は……シャロンは疲れ切っていて、耳もそのままだったじゃない」

「……憶えていらっしゃったんですか」

「憶えてるよ。だってシャロンと初めて会った夜だよ? 忘れるわけがない」

「今までひと言もおっしゃらなかったから、お忘れかと」

「ん~、魔法を使ってわざわざ隠してるのに、指摘するのは野暮かなって」

「左様ですか」

「うん」


 雨が馬車の屋根を叩く音が車内にも届く。まるで無数の小石が当たるような、耳障りな音。分厚い雨雲が空を覆い、車内も暗い。シャロンがどんな気持ちで出自を明かしたのか、リオンは暗さのせいで彼女の表情を読むことができない。


「シャロンは僕たち人族を守ってくれていたんだね」

「いえ……あの夜、リオン様が私を守ってくれた夜から、私がお守りするのはリオン様のみです」

「え。いいの、それで?」

「はい。守護種族とは言え生き方は強制されません」

「そっかぁ。シャロンにはいつも助けてもらってるからなぁ。心強いよ」


 恐らく、リーゼが自らをエルフと明かしたことで、いつか自分のことも明らかになると考えたのだろう。他の者から伝わるより、自分の口で伝えたかった。その方が誠実だから。


「話は変わるけど、魔法、どこで教えよっか……」

「非常に難しい問題ですね」

「そうなんだよ。<コンプレックス・シールド>だけならどこでも良いんだけどなぁ。<ストーンライフル>も教えるなら、かなり開けた場所が必要なんだよねぇ……」


 昨日訪れた王国魔法士団の訓練所。長辺が一キロメートルあるので射程は合格点なのだが、的と壁の強度が問題なのだ。何かの弾みで石弾が壁を貫通したら非常に危険である。


 リオンはまだ王都グレンに来て六日。王都やその周辺について殆ど知らない。王立学院入学までは良いとして、入学後も魔法の教授を続けるとしたら、あまり遠方だと行き来だけで時間を食ってしまう。

 周囲への安全性を考慮すれば王都の外が良い。街道や耕作地から十分離れた場所で、射程二キロメートル取れる場所が理想。だがもしそんな場所があったとしても、王都からかなり離れてしまうと利便性が頗る悪い。


「一応、リーゼ様には場所の希望を伝えたけど」

「場所を見付けるのに時間を掛け過ぎては本末転倒です」

「そうだよね。まぁ、とりあえずはリーゼ様に任せるしかないか」


 馬車がシルバーフェン伯爵家の別邸に到着した。リオンは雨避けのため久しぶりに障壁を一枚だけ頭上に展開し、シャロンと肩を寄せ合いながら邸に入るのだった。

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