34 いい感じの肩書
王都に到着して五日間で、これだけのことが起こるとは。
その夜、リオンは寝台の中で転生者の宿命に改めて慄いていた。
地政学の家庭教師、デンゼル・カッパーレイドに聞いた時、魔族なる種族は聞いたことがないと言われた。だから、角の男を「魔王」と呼ぶのは些か早計かもしれない。まぁ要するに、リオンの浅はかなファンタジー知識においては、あれだけの存在感のある敵は「魔王」を置いて他にないだけである。
明確に自身の力が及ばない敵と遭遇した彼が考えることは一つ。
(魔王に負けない絶対的な防御を生み出さないと!)
今回生き残れたのは偶然の産物だろう。「魔王」は明らかにリオンごと街を燃やし尽くそうとした。<UDM>のおかげでルーシアやシャロンを失わずに済んだが、意図してやったわけではなかった。
自分を守るだけでは意味がない。大切な人たちも守れなければ、それは絶対的な防御とは言えない。大切な人たちを失うことは、生きる意味の大半を失うのと同義だ。
リオンは、疲れた頭でそう考える。まだ新たな防御について構想はない。明日、リーゼ・ハルメニカと話すことで何かヒントを得られるだろうか……。
絶対的な防御……もっと大きな<UDM>を生成すればどうだろう……「魔王」自体には対消滅で効果を発揮できなかったが、奴が放った魔法にはちゃんと効果があった……。
ぐるぐると思考を巡らせているうちに、リオンは眠りに落ちていった。
*****
リオンが寝台に潜り込む少し前。
王城の一室で、ベルトラム・ラムダクス・ルースタイン・ユードレイシス第二十九代国王と、王立魔法研究所の所長が二人きりで協議していた。
「リーゼマロン殿。魔人討伐、大義であった」
「その呼び方は止めよといつも言っておるだろうに。それと儂は今回何もしておらん」
リーゼマロン・ベロニクイシア・マルガレン・ハルメニカというのがエルフであるリーゼの本名である。彼女は、国王の労いに対してぶっきらぼうに答えた。
「では改めてリーゼ殿。シルバーフェン家に向かわせた者から報告は聞いた。其方の意見を聞きたい」
「うむ。この目で見たわけではないが、リオンの話を信じるならば、あの子が対峙した相手は“骨鬼族”であろう」
リーゼの返答に、国王はテーブルに置いてあったグラスを手にし、その中身を呷った。美しいカットグラスは、底の方を金で装飾されている。
それを見たリーゼも、同じグラスに満たされた琥珀色の酒を、ちびりと舐めるように飲んだ。
「……懸念が現実になるとはな」
「骨鬼族だとして、今回王都に現れたのは幸いにも“一本指”。再び現れても、儂とジェイランがおれば何とか対処できよう」
「ふむ。しかし、一体どれほど“北”の者が我が国に紛れ込んでいるか」
「そこなんじゃよなぁ。例え一本指だけでも、十人もおれば手に負えん」
はぁ、と、ベルトラム国王、リーゼの二人が同時に溜息を吐く。
「儂は森の結界を確かめに行かねばならん」
「そうよな……だが、今其方に王都を離れてもらっては困る」
「それは重々承知の上じゃ。それでも、これ以上の侵入を許すわけにいかんじゃろ?」
「他の者に任せられんのか?」
「言伝だけならばなぁ。だが現実結界に綻びが生じておる。その修復を考えると、儂以外に心当たりがないんじゃよ」
また二人同時に「はぁ」と溜息を吐いた。国王は手ずからグラスに酒を満たし、半分ほど一息で呷った。
「酒に酔ったとて現実は変わらんぞ」
「分かっておる。酔えないから飲んでいるのだ」
一国の王は、平時でも常人の考えが及ばない重圧に晒されている。そこへ重大な懸案が持ち上がったのだ。酔いたいのに酔えないという国王に、リーゼは同情を禁じ得ない。
「デルード領はどうじゃった?」
「急に話が変わるな。デルード領魔法士団は、リオンと同様の障壁を百五十名全員が習得、それと<ストーンライフル>だったか、それを三十名以上習得していると報告があった」
「……デルード領魔法士団から一個小隊(二十名)の魔法士を借りよう」
「それは……私も考えたが、ベルンが良い顔をしないであろうな」
「王命を使わんか! こういう時に王命を使わんでいつ使うのじゃ!?」
見た目六、七歳の幼女に窘められる王。
「儂は明日、リオンに全てを話す。お主はシルバーフェン伯爵に話をするのじゃ」
「それは分かったが、リオンに話してどうする?」
「協力を仰ぐ。デルード領の実績を見れば、あの子の魔法は他者にも使える可能性が高い。魔法研究所と魔法士団、両者に教授してくれるよう頼むつもりじゃ」
「戦力増強か。それもベルンは良い顔をせんよなぁ……」
リオンの使う魔法について、国王は既に報告を受けている。それが非常に強力であることも。もし魔法士団がそれを使えるとなれば、骨鬼族に十分対抗できる。国の最高戦力の片翼が不在だとしても、だ。
リーゼは、自分が王都を離れる間の守りをデルード領魔法士団に任せ、同時に王国魔法士団を強化しようと言っているのだった。
だが国王とて、才ある子供を縛るのは憚られる。国に取り込みたいとは考えていたが、それはもっと先、リオンが成人した後のつもりだった。現段階では、彼が王立魔法研究所や王国魔法士団に興味を持ってもらう程度のことを考えていたのだ。
しかし背に腹は代えられぬ。王国自体が滅亡の危機に陥れば、未来もへったくれもない。
「何ぞ、あの子にそれらしい肩書を与えてくれ」
「肩書? それは正式にということか?」
「そこはお主に任せるが……あの子の自由を尊重し、それでいて国のために仕えてもらう、そういういい感じの肩書じゃ」
「いい感じって……」
ベルトラム王は苦笑を浮かべつつ、残った酒を呷る。相変わらず疲れた顔だが、その瞳には先程までの苦悩と焦燥ではなく、希望の光が灯っているのをリーゼは見逃さなかった。
もう長い付き合いだ。リオンがシャロンの僅かな表情の変化を感じ取るように、リーゼも王の変化に気付ける。
王に希望を持たせること、それこそがリーゼの役割なのだから。
*****
明朝。朝食を終えたリオンの元に、王立魔法研究所から迎えの馬車が訪れた。身支度を整えたリオンは、シャロンを伴ってその馬車に乗り込む。
今日は二人きりだ。ルーシアもアスワドもいない。アーチルたち護衛も。リーゼがわざわざ二人で来るように言ったので、それに従っている。
「やっぱり魔王の話だよね……」
「まおう?」
「あ、いや、僕が勝手に名付けただけ。あの角の男のこと」
「なるほど。魔の者の王、で魔王ですか。言い得て妙だと思いますが……」
「が?」
「いえ、リーゼ様のお話はきっとそれについてでしょう。詳しいことはリーゼ様から伺った方が良いと思います」
シャロンは何かを知っている。だがそれをリオンに明かす気はないようだ。リオンも無理に聞き出そうとはしない。
「あと八日で入学式だねぇ」
「左様でございますね」
リオンは無理やり話題を変えた。
「今年は王国の第二王女が僕と同学年だって。ブルスタッド帝国の第三皇子も留学してくるらしい」
「……ご不安でいらっしゃいますか?」
「いや、伯爵家の四男がそんなやんごとなき身分の方たちと関わることはないでしょ。……ないよね?」
「さぁ、それは何とも……」
シャロンがすっと目を逸らした。
王立学院入学前に、リオンは史上最年少で銀翼勲章を受勲した。本人に自覚はないが、既に国の重要人物である。自国の第二王女や帝国の第三皇子と同格とは言わないが、決して見劣りはしていない、とシャロンは思う。それを指摘するべきか、それとも主の心の平穏のために黙っておくべきか、悩ましいところだ。
「いや、ないない。少なくとも僕から関わろうとは思わない。うん、なるべく近寄らないようにしよう」
本人がいくら関わりたくないと思っていても、向こうから関わってくる。そんな確信めいた予感がするシャロンである。
そんな話をしていると、貴族区東側の一画にある王立魔法研究所に到着した。
「……思ったより普通」
「どんな風に思われていたのですか?」
「雲を突くような塔が聳え立っているかと」
「左様ですか」
高い塀に囲まれているが、それ越しに見える屋根部分は周囲にある貴族の屋敷とあまり変わらない。もちろんそれよりは大きいが。
門の前に、黒いローブを着た若い女性が立っていた。停車した馬車からシャロン、リオンの順で降りると、その女性が近付いてくる。
「初めまして、王国特別魔法顧問殿。私はマギルカ・グレイラン、研究所の副所長を――」
「ちょ、ちょっとお待ちを! 今何か、聞き捨てならない呼び方をされたような気が!」
「ああ! そう言えば、所長からリオナード殿はまだご存じないと聞かされておりました。大変失礼いたしました」
「あ、いえいえ! 責めているわけではないのですが……」
初手から困惑の極みに陥るリオン。一方シャロンは「王国特別魔法顧問……」と、その名を味わうかのように口内で転がし、こくこくと満足そうに頷いている。
戸惑いを隠せないままリオンは改めて名乗り、シャロンを紹介してからマギルカ副所長の後ろを付いていく。
「この研究所では、現在二百名ほどが働いております。そのうち魔法士は百六十名ほどです」
「残りの四十名の方は?」
「文官と言いますか、まぁ、魔法士たちのお世話係のようなものです」
「お世話係」
「研究に勤しむ魔法士というのは、その、寝食を忘れがちで、自分の世話もまともにできない、人として駄目な方が多いのですよ」
「人として駄目」
「はい!」
マギルカ副所長は、何でもないことのように明るく言い放った。
「あ、別に激務というわけではありませんよ? 研究に没頭する人が多いというだけで、中にはちゃんとしている人もいます」
「な、なるほど。具体的にはどんな研究をされているのですか?」
「大半は魔導具の研究ですねぇ。あとは薬学、錬金術……魔法に関しては消費魔力を抑える詠唱の研究とか、詠唱の短縮や変更、所長のように心の中で詠唱する手法とか」
最後の言葉で、リオンは「あっ」と思った。ブラウンネスト侯爵家の子息に絡まれた時、リーゼは詠唱せずに魔法を行使していた。自分が無詠唱だからその時は特に何も思わなかったが、それはこの世界の常識から逸脱しているのだ。
「エルフという種族は我々と魔法の使い方が違うんでしょうか……」
「あ、所長がエルフだってご存じなんですね!」
「はい、まあ」
それはシャロンに指摘されたのだが、リーゼ自身も否定しなかった。
屋敷内に入ると、そこは普通の屋敷とは異なり、区切られた部屋がいくつも並ぶ場所だった。貴族の屋敷にある絵画や彫刻などの美術品は一切ない。それどころか飾り気すらない。無機質で、まさしく研究所という雰囲気である。廊下を歩く人は少数で、王城の文官のような黒い法衣を纏っている。彼らが「お世話係」で、研究員は部屋に籠っているのだろう。マギルカのような黒ローブ姿の者は見かけない。
案内されるまま三階に上がった。その最奥、この屋敷というか研究所に踏み入って初めて、精緻な彫刻が施された大きな扉の前まで来ると、マギルカがノックしてから中へ入る。
「所長~。リオン殿が到着されましたよ~」
開け放たれた扉から中を覗くと、そこは「本の海」だった。びっしりと本が詰まった棚が縦にいくつも並び、通路と思しき場所にも乱雑に本が積み上げられている。そして数えきれない本がそこかしこに散らばり、足の踏み場もないほどだった。
奥の方からゴソゴソと音が聞こえ、棚の向こうからひょっこりと白金の髪をした幼女が顔を出す。
「おー、よく来たな、王国特別魔法顧問殿!」
「いや、呼ばれたから来たんですが……それと、その王国特別なんちゃらって何ですか?」
「陛下直々に作られた、お主のポストじゃ!」
「ポスト? いつ?」
「夕べじゃ!」
元気いっぱいに答えるリーゼだが、当のリオンは頭を抱えたくなった。
「まぁ、その話はちぃとばかし置いておこう」
「置いておこうって……」
「それよりも話があるのじゃ。ほれ、こっちに来い」
床に散らばった本を困った顔で見つめるリオンに気付いたのか、リーゼが「ほい!」と気の抜ける声を出す。
すると本が浮き上がり、まるで意志があるように、棚の開いたスペースに入っていった。
「凄い!」
「そうじゃろう、そうじゃろう! この「本を元の場所に戻す魔法」、開発に五年かかったからの!」
「五年……」
最初から整理整頓しておけば、その五年を他のことに使えたのでは? と至極真っ当なことを考えるリオンである。だが、今の言葉には重要な語句が含まれていた。
「開発……リーゼ様がこの魔法を生み出したんですか!?」
「ん? そうじゃよ?」
魔法を新たに生み出すのは自分だけじゃなかった! リーゼに対し、急に親近感が湧くリオン。同胞意識と言うべきか。
「やっぱり、魔法は新たに生み出せるんですね!」
「何を今更。お主も散々やっておることじゃろ」
こくこくと頷くシャロンに、瞳をキラキラさせるマギルカ。リオンがリーゼと同じように今までにない魔法を生み出していると聞いて、尊敬の念を抱いたようだ。そのマギルカに、リーゼは三人分の茶を淹れるよう言いつける。
「あの、副所長にそんな雑用を頼んでいいんです?」
「問題ない。アレはそういうのが好きなんじゃ」
そういうのってどういうの? と首を傾げるリオンである。
「お主にはまだ早い」
ああ、そういうのね、とリオンは納得する。つまりマギルカは「M」の人なのだろう。
ソファを勧められ、いつものように背後に控えようとするシャロンの手を引いて並んで座った。
「では早速。これからする話じゃが、この国では代々国王だけが知らされていることじゃ。努々言いふらすことのないよう気を付けてくれ」
リーゼが鋭い視線を向けるものだから、リオンは思わず背筋を伸ばした。




