33 事情聴取
魔人の体がリオンの<ストーンガトリング>に引き裂かれ、肉塊に成り果てた後。シャロンはリオンがいる建物を振り返った。事が終わったのだから、リオンはアスワドに乗って戻ってくるだろう。
主であるリオンが生き物を殺すことに忌避感を抱いているのをシャロンは知っている。まして、今回は元人間だ。きっと主は心を痛めているに違いない。酷く傷付いているかもしれない。
どんな言葉を掛けよう、どうやって慰めよう。そんなことを考えている最中、ふと違和感がした。リオンがいる筈の屋上に、別の人物がいるように見えたのだ。
<視力強化>を使ってその第三者を見る。角度が悪く、顔までははっきり見えない。だが、ふいに第三者が宙に浮いた。
そして、見えた。見えてしまった。その人物の額に角があることが。
(これはリーゼ様にも見てもらわなくてはいけない!)
そう思って目を逸らした隙に、屋上で眩い白光が発生する。慌てて視線を戻すと、見たこともない巨大な火球が今まさに放たれようとしていた。
(まずい! あれはこっちに向けられている!)
しかしシャロンの予想に反して、火球は何かに吸い込まれるように真下へ落下した。リオンがいた建物を中心に、周囲が紅蓮の炎に包まれる。
「リオン様!!」
シャロンは反射的に<身体強化>と<風魔法>を併用して駆け出した。斜め後ろで、異変に気付いたアーチルがルーシアを馬車に乗せ、メリダ、リーゼ、ジェイランも急いで乗り込むのを視界の隅で捉えた。
約八百メートル。いくらシャロンの能力が優れていると言っても、この距離を一瞬で移動するのは叶わない。もどかしくも全力で走っていると、黒煙から何かが飛び出してきたのが見えた。
(アスワド! リオン様!)
アスワドの首にしがみつくリオンの姿を認めた。ああ、無事だ! リオン様は生きている! 危なっかしいが、下方にもしっかり障壁を張っている。あれなら腕が耐えられなくなっても地面に落ちないだろう。
生きているのは分かったが、怪我を負っている可能性はある。炎に巻かれた建物は崩れ落ち、更に火の手が広がろうとしていた。風向きが幸いしてこちらに黒煙は流れてこない。
アスワドとリオンが地面に降り立った。リオンは辺りをきょろきょろ見回し、アスワドに何か告げている。それから障壁が解除され、リオンは全身から力が抜けたように、その場にへたり込んで丸くなった。
後ろに靡いていた銀の髪は、急停止によってふわっと前に回り、その後いつもの形に落ち着く。と言っても少し乱れてはいるが。
「リオン様! ご無事ですか!?」
リオンは顔を上げ、弱々しい笑顔をシャロンに向けた。
「うん、だいじょう――」
「よかった!」
シャロンは両膝を突き、前からリオンを抱きしめる。その体は震えていたが、すぐに力が抜け、意識を失ったのが分かった。
「リオン!」
到着した馬車からルーシアが飛び出してくる。続いてメリダ、リーゼ、ジェイランも。
「ご安心ください。リオン様は眠っているだけです」
「怪我は!? 怪我はしていないの!?」
「はい、見たところ無傷のようです」
「良かった……」
リーゼとジェイランはリオンの無事を確認すると、すぐに魔法による消火活動を始めた。生成した<アクアボール>を飛ばすが、如何せん最大で三十メートルしか飛ばせない。しかし、魔人に対処していた魔法士たちも現場に到着し、残った魔力で必死に消火を試みる。やがて王都の衛兵や消火士たちも集い、火事は消し止められた。結局五棟の建物が全壊したが、奇跡的に人的被害はゼロだった。
*****
一時間半後、リオンは王都別邸の自室で目覚めた。
「お腹空いた……」
ルーシアと王立学院の下見に行くだけだった筈だ。それが貴族子息に絡まれ、王立魔法研究所の所長に会い、王国魔法士団の訓練所に連れて行かれ、魔人を倒し、格の違う生物と遭遇し死にそうな目に遭った。おかげで昼食を食べ損なった。
「色々あり過ぎだろ……」
「おっしゃる通りです。お食事は召し上がれそうですか?」
「シャロン……いたんだね」
「シャロンはいつでもリオン様のお傍に控えております」
「そ、そうだね……ルーシアは?」
「客室でリオン様のお目覚めをお待ちです」
「じゃあ客室に行く。食事はそこに運んでもらえる? ルーシアもまだなら彼女の分も」
「かしこまりました」
シャロンは部屋の扉を開け、そこに控えていたメイドに用件を告げると、リオンの身支度を手伝う。
「痛いところはございませんか?」
「うん。怪我はしていないし、魔力枯渇でもない。何で気を失ったのかな?」
「恐らく、極度に緊張されていたのかと」
「なるほど」
角の生えた男。あれと対峙した時、明確に「死」を想起させられた。極度に緊張するのも当然と言える。緊張の糸が切れ、許容量を超えた疲労が一気に押し寄せたのだろう。
「顔色がよろしくありませんよ?」
「そりゃあね。本気で死ぬかと思ったから」
「左様ですか」
「うん」
いつもの口調だが、シャロンの顔には明らかな心配の色が浮かんでいた。他の人から見ればいつもと変わらない表情だろうが、長い付き合いのリオンには分かるのだ。
「こ、今回は不可抗力だから」
「存じております。リオン様を責める気は毛頭ございません」
「それは何より」
それでも心配をかけてしまったという自責の念はある。それはルーシアに対しても同様だ。急ぎ客室に向かい、ルーシアと対面した。
「ルーシア、心配かけてごめん」
「リオン! 無事で本当に良かった……」
ソファから立ち上がったルーシアから涙の浮かんだ瞳で見つめられると、真っ先に謝罪の言葉が口をついた。ルーシアに触れたいが、触れるのが憚られる。婚姻前の異性だから、婚約者といえどもみだりに触れてはいけない。ああ、貴族って面倒臭い!
しかし、リオンが躊躇している間にルーシアから固く抱きしめられた。その華奢な体が小さく震えているのが伝わり、リオンも迷いを捨てて彼女を抱き返す。柔らかな体温が混ざり合うと、ルーシアの震えが収まり、角の男によって刻まれたリオンの恐怖も薄まっていくようだった。
ルーシアも、まだ昼食を摂っていなかった。別邸の料理人たちが用意してくれたのはサンドイッチ。ルーシアと並んで腰掛け、上品に小さく切り揃えられたサンドイッチを頂く。少し物足りなさを感じるが、あと三時間もすれば夕食なので、今はこれくらいで我慢しなければならない。
全て平らげると、シャロンから徐に告げられる。
「間もなくお客様方がいらっしゃいます」
王城から内務省の文官が二名。それにリーゼとジェイラン。さらに王国騎士団からも誰か来るそうだ。父ベルンも仕事を早めに片付けて帰宅しており、同席するという。事情聴取というやつである。
何も悪いことはしていない筈なのに、リオンは急に喉が渇くような気がした。
「私も同席いたしますわ!」
ルーシアが有無を言わさぬ口調で宣言する。正直ルーシアがいてくれれば心強い。
リオンはシャロンに導かれ、ルーシアと侍女のメリダと共に応接室へ移動した。
「お父さま」
ベルンと、その後ろには別邸の家令、ベリシスが控えていた。ベリシスは本邸で父の執事を務めるヘイロンの孫である。
「リオン。体は問題ないのか?」
「はい、お父さま。またご心配をおかけして申し訳ありません」
「いや、謝る必要はない。シャロンから事情は聞いている。お前に責はない」
「ありがとうございます」
ベルン、リオン、ルーシアとソファに並んで座っていると、別邸のメイドに案内されて客人たちが到着した。
「おー、リオン。息災そうで何よりじゃ!」
「リオンちゃん、目が覚めて良かったわ!」
リーゼとジェイランは父ベルンに挨拶した後、リオンに向けて言葉を継いだ。まぁあなたたちのせいで酷い目に遭いましたけどね、と内心で愚痴を零すが、二人に悪意はなかったと分かるので何も言わないリオンである。それに二人とも善人だ。出会ったばかりではあるが、リオンにはそう思えた。
「リオン殿、お初にお目にかかる。王国騎士団団長、コーネリウス・ゴールドレイドだ」
こちらもベルンへの挨拶に続き、リオンに向けられた言葉だ。
騎士団から誰か来るとは聞いていたが、まさかの団長。
「リオナード・シルバーフェンと申します。ん? ゴールドレイド様ということは、宰相様とご関係が?」
「ああ、父マクレガン・ゴールドレイドは宰相の任を仰せつかっている。私はゴールドレイド家の次男だ」
さらに宰相の息子さんであった。
内務省の文官二人は、黒い法衣を着た真面目そうな男性たち。眼鏡が似合いそう、とリオンは場違いな感想を抱く。
「今回は、王都の一画が破壊された件について、当事者であるリオナード殿から事情を伺うために参りました」
文官の一人がそう述べた。
「先に申しておきますが、リオナード殿に嫌疑がかかっているわけではありません。正体不明の何者かによるものであることは分かっております」
もう一人がそう述べる。その言葉を聞いて、リオンは安堵の息を吐いた。もしかしたら、自分があの建物群を破壊したと疑われているのではないかと危惧していたのだ。
リオンは魔人討伐の現場に至るまで、今日の出来事を客観的に説明していった。魔人討伐についても、当初は手を出す気がなかったこともしっかり言葉にする。リーゼとジェイランがばつの悪そうな顔になった。
「あの建物の屋上で<ストーンガトリング>を放った直後、アスワド――従魔のグリフォンが突然鳴き声を上げました。それと同時に、聞いたことのない声……そして初めて聞く言語が聞こえました」
リオンは、屋上で見た相手のことを出来るだけ細かく描写した。ひと目で分かる特徴は額から生えた角である。だが、リオンは何らかの魔法で耳の特徴を隠しているエルフを二人知っている。
「角は魔法か何かで隠せるでしょう。ですよね、リーゼ様?」
「うむ。そういう魔法は存在する」
後日、似顔絵師を派遣して絵姿を描くことで合意した。リオンに否やはない。あの存在は危険だ。可能な限りその姿を周知した方が良い。
「あー、<ストーンガトリング>とは何じゃ?」
リーゼが、もう我慢できないといった感じで口にする。ジェイランも目をキラキラさせて頷いていた。
「僕の考えた魔法です。説明するととても時間がかかるので、それはまた後日にしましょう」
角の生えた男は聞いたことのない言語を使った。そして、人間を「人族」と呼んだ。
『人族にも魔法を使える者がいるのだな』
あの男の言葉を思い出す。
「あいつはまるで……魔法士団で使われている魔法が魔法ではないような言い方をしました……あいつの中で、魔法とは僕が使うような魔法を指している印象を受けました」
「リオンが使う魔法?」
「えーと、詠唱不要、頭の中のイメージを実体化する魔法、と言えばいいでしょうか?」
「何を言っておるのかさっぱり分からん」
「今度ゆっくり説明します」
それから奴が宙に浮き、炎に囲まれて建物が崩壊した。
そう言えば<UDM>で対消滅が発生していたな……。
「奴は対消滅を使っていました」
対消滅は非常に高度な技術。理論的には可能とされているが、実戦で使える魔法士はいないと見做されている。
対消滅という単語は、魔人が備えている能力を思い起こさせる。角の男と魔人が容易く結びつけられた。
「魔人はそやつが作り出しておるのか!?」
「僕もそれを尋ねたのですが、はっきりとした答えは得られませんでした。ただ、“お前は人族にしては少し頭が回るようだ”とだけ」
魔法士の使う魔法を魔法とは見ていない上にこの言葉。明らかに人間を下に見ていることが推察できた。
「<コンプレックス・シールド>で全方位を五重に囲み、<UDM>をやつの真下に生成して――」
「待て待て待て! それもお主の魔法か!?」
「ええ。今度ゆっくり説明しますから」
「む……」
リオンの背後で控えていたシャロンが、遠慮がちに手を挙げる。
「畏れながら発言してもよろしいでしょうか」
「あなたは……リオナード殿の侍女ですね?」
「はい、シャロンと申します。遠くからですが、現場の様子を逐一見ておりました」
「おお! 何か気付いたことが?」
「はい。リオン様が<UDM>を使ったおかげで、被害は最小限に留められたと愚考します」
「どういうことでしょう?」
シャロンは自分の知る<UDM>の効果を述べる。あの時、あの巨大な火球は建物の北側、つまりシャロンたちの方へ放たれる寸前だった。それが<UDM>によって真下に引き寄せられたのだ。もし目論見通りに放たれていたら、北側一帯が火の海になっていたに違いない。
リオンは、角の男の行動を阻害しようと咄嗟に<UDM>を生成したのだが、結果的にそれが良かったようだ。自分のいた建物は崩壊させてしまったが。
「なるほど……リオナード殿の<UDM>には、それ程の力があると」
文官から懐疑的な目を向けられ、リオンは肩を竦める。
「必要とあらば検証いただいても構いません」
リオンはそれだけを述べる。力や能力をひけらかすつもりはない。そもそも、自分に力があるなどと彼は思っていないのだ。それどころか、自分が望む基準からは程遠いと考えている。リオンの魔法理論はこの世界の常識をひっくり返すレベルだが、それを隠そうとも思っていない。役に立つならどんどん広めたいと思っている。
何せ、突然現れた敵にリオンは心当たりがあるので。
あれはきっと「魔王」だ。あれだけの存在感を放つ生物、それ以外に考えられない。
自分だけであれに対処するのはご免なので、魔法理論を広め、多くの人間に是非手伝ってもらいたい。
と、リオンはいつもの「転生者の宿命」に基づく被害妄想で結論付けるが、事態がそんな生易しいものではないと分かるのは少し後のことである。
話の間中、父ベルンとコーネリウス騎士団長は一言も発しなかった。事件の経緯とリオンが抱いた印象を聞き漏らすまいとしているようだった。
ルーシアは、時折リオンの腕や肩に手を置いて力づけてくれた。言葉はなくても、それで彼女の気持ちが伝わった。リオンはルーシアから勇気をもらい、最後まで自分が見たことを話し終えた。
文官が聞きたいことは説明できたようで、客人たちがベルンに挨拶して帰路に就く。
「リオンよ。明日、時間はあるか?」
最後まで残っていたリーゼからそう問われた。リオンは父に確認してから「大丈夫です」と答える。
「では明朝、迎えを寄越す。シャロンと一緒に研究所へ来ておくれ」
そう言ってリーゼは帰っていった。




