31 「おかしい」しか言われていない
「アスワド、しばらくそのままでお願い。<ストーンライフル>!」
伏射でなくても撃てるようになっていて良かった、とリオンは場違いな思いを抱いた。
射撃音も反動もなく放たれた五十口径の石弾は、斜め上から的の真ん中に当り、その表面を斜めに抉った。しっかり当たったことを確認し、リオンはアスワドに頼んでゆっくりと地上に降りてもらった。
「リオン、ツッコミどころしかないぞ!?」
「リオンちゃん、あなた、もう、何なの!?」
アスワドの背から降りた途端、リーゼとジェイランの二人から詰め寄られた。少し離れた所にいるルーシアに目で助けを求めたが、むしろ彼女も一緒になって色々とリオンに聞きたい雰囲気を醸し出している。壁際で見学していた白ローブの五名も騒然としており、内輪で色々と議論していた。
まず、リオンがアスワドを完全に制御していることに二人は驚いた。
次に、無詠唱。リーゼたちは<身体強化>で聴力を強化し、リオンがどんな詠唱をするのか聞いていたのだ。結果、詠唱は魔法名と思われるものだけ。
そして、その魔法が届いた距離。魔法の有効射程は、王立魔法研究所、王国魔法士団ともに「三十メートル」が常識であった。上空のアスワドに乗ったリオンから的までは六十メートル近くあった。
最後に、威力。リーゼとジェイラン、この国における魔法のトップと言える二人ですら、その破壊には時間を要する。普通の魔法士では、不壊の大岩には傷一つ付けられないのだ。それを、一撃で、幅約十五ミリ、長さ約十センチ、一番深い所で約五センチに渡って抉ったのである。
「リオンちゃん、ツッコミどころしかないわ!」
「それ、さっき儂が言った!」
「一つだけ教えて!? 今の魔法、何発撃てるの?」
「気になるのそこじゃなかろう!?」
リーゼとジェイラン、この二人のやり取りを聞いていると、リオンも少し面白くなってくる。
「そうですね…………たぶん、二千発くらいでしょうか?」
「「にせんぱつ」」
リオンが<ストーンガトリング>を三十秒斉射した時の弾数で答えると、再び二人は絶句した。
「……のう、ジェイラン。この子、色々とおかしくない?」
「ええ、ええ。とっても変よ。おかしくない所がないわ」
失礼な。僕は至って普通な伯爵家の四男なのに。
国の魔法士の頂点にいる二人から貴重な意見が聞けると思っていたのに、結果的に「おかしい」しか言われていない。時間の無駄だったのだろうか、とリオンが後悔し始めたその時。
―カンカァーン! カンカァーン! カンカァーン! …………
けたたましい鐘の音が鳴り始めた。少しくぐもって聞こえるのは壁の向こう側で鳴らされているからであろう。ジェイランと五人の白ローブたちの顔が一瞬で引き締まる。
「リーゼちゃん。リオンちゃんも現場に連れてきてもらえるかしら?」
「良いのか?」
「ええ。もう少し話したいし、現場を見てもらうのも悪くないわ」
「まぁ本人次第じゃな」
「リオンちゃん! この後時間があったら、このちっこいのに付いて来てくれたらお姉さん嬉しいわ!」
そう言って、ジェイランは部下たちと共に怒涛の勢いで本部の方へ走り去った。その背中にリーゼが「ちっこい言うな!!」と叫んでいた。
ジェイランの言によれば、この後もどこかへ連行されるらしいと察したリオンは、ルーシア、シャロン、メリダ、アーチル、テージルに問題ないか尋ねる。シャロンから、「遅くなる旨をお屋敷に伝えるべきでは」と進言されたため、悩んだ末にテージルに使いを頼んだ。彼女は快く引き受けてくれ、馭者台から降りて駆けだして行った。
「途中まで一緒に乗って行けばいいのに……」
「リオン様。あいつはリオン様から直接頼み事をされて嬉しいんだと思うよ?」
「そ、そうなんですか?」
「うん。きっとね」
アーチルから言われ、リオンは首を傾げる。テージルは、リオンがアーチルの一撃を防いだのをその目で見ているし、アーチルからリオンが如何に素晴らしいかを散々聞かされており、仕えるべき主として尊敬の念を抱いているのだ。子供の自分がまさか尊敬されているなど考えもしないリオンは、ただただ面倒事を押し付けて申し訳ない気持ちであった。
「さてリオン、行くか」
「話は聞こえていましたけど、一体どこへ?」
「魔人が平民区の北に出現した。そこじゃ」
「まじん!?」
遂に転生者の宿命が訪れたのか!? 魔神か魔人か分からないが、語感からとてつもない強敵の気配を感じる!
「移動しながら話してやるわい」
そそくさと、当たり前のようにリオンの馬車に乗り込むリーゼ。この人はこういう人だともう分かったので何も言わない。アスワドに「付いて来てね」と一声掛け、ここへ来る時と似たような配置で馬車に乗り込む。
来た時と同じ訓練所の門を抜け、やや速度を上げながら王都の東門へ向かう。現場は北門の近くらしいが、防壁の外を回っていくと急いでも一時間近くかかる。王都の中は人通りも多く馬車の速度を出せないが、それでも外回りより早い。現場に着くまでの間、リーゼからじっくりと話を聞く。
「まず、魔人とは“魔物に堕ちた人間”のことじゃ。いや、正確には“堕とされた”というべきか」
「魔物に堕とされた……そもそも人間が魔物になるものなんですか?」
リオンはまだ魔物について詳しいとは言い難い。相対したのはバジリスクとグリフォンのアスワドくらいだ。他はデルード領の騎士団や魔法士団が討伐した魔物について話を聞いた程度である。
「魔物とは、過度に魔力を摂取した生物全般を言うのじゃ。本来その生物が内包できる許容量を超える魔力を取り込むと、体に異変が起こる」
「異変」
「うむ。巨大化や形態変化、変わった能力とかが一般的じゃな」
「しかし……元々魔物として生まれる生き物もいますよね? グリフォンとか」
「その通りじゃ。そういった魔物は、摂取魔力を体に定着させた祖先がいると考えられておるのじゃ」
「つまり、魔物には最初から魔物として生まれるものと、突発的に魔物になる二種類がいるということですか?」
「今分かっていることからは、そう考えられておる」
「なるほど」
二十年前までは、魔物は全て生まれた時から魔物であり、稀に出現する新種はそういった魔物の突然変異体だろうと考えられていた。
しかしある時、突如として人が魔物に変化した。それを多くの者が目撃した。
それまで普通に接していた隣人が突然魔物に変化する。それは想像を絶する恐怖だった。次は自分か、自分の家族かもしれないのだから。
魔物の生態を研究していた者たちにとっても他人事ではない。人が魔物化する原因を突き止めなければ、この世界は魔物で溢れ返ってしまう。
研究は加速度的に進んだ。その結果、飼育されていた豚を使った実験により、過剰な魔力を人為的に供給することで、豚が魔物に変化することが判明した。
そしてどうやら、生物には体内に保持できる魔力量に限界があり、それを超えると魔物化するらしいと分かったのだ。
「どうやって許容量を超える魔力を摂取させるのですか?」
「一番簡単なのは“魔石”じゃな。魔力のこもった魔石を食わせるんじゃよ」
「食べられるんだ」
「見た目が透き通った石のようじゃから魔“石”と呼んでいるが、あれは純粋な魔力が凝り固まったものじゃからなぁ。食おうと思えば食えんことはない」
鉱物かと思ったら全く違う物質だった……何たるファンタジー!
しかし冷静に考えれば鉱物ではない方がしっくりくる。魔石は魔導具を動かす燃料として使われるが、使い切ると跡形もなく消えるのだ。
魔石ができる原理とか知りたい、と好奇心をそそられるリオンである。
「話を戻すが……初めて王都で魔人が現れたのは、四年ほど前じゃったか。それから年に一、二回、王都内で突然出てくる」
「何だか人為的な匂いがしますね……」
「然り! リオンは中々鋭いのぅ。我々もそう見ておる。何者かが、王都の平民に無理やり魔石を食わせて騒ぎを起こしているとな」
「そんな非道なことをする者は、誰か分かっていますの?」
「それがまだ分からんのじゃよ」
ルーシアも、整った眉を寄せて不快感を表しながらリーゼに問いを発した。
「ジェイラン様たちは、その魔人の制圧に向かったということですか?」
「うむ。ジェイランたちはどちらかと言うと補佐じゃ。討伐は王国騎士団がメインで行う。何せ、魔人には魔法が効かんからの」
「魔法が効かない!?」
リオンにとっては聞き捨てならない。防御も攻撃も魔法頼みなのだから。
「対消滅って知っとるか?」
「同程度の威力の魔法をぶつけて相殺することですわ!」
「うむ、ルーシア嬢の言う通りじゃ。どうも、魔人にはその対消滅の能力が備わっているようなのじゃ」
「それはおかしくないですか? 対消滅ってかなり高度な技術だと思うんですが」
いつも決まった能力が得られるとしたら、それは元々その生物に備わっていた能力に依存するのではないだろうか。
毒を持った蛇が巨大化し、その毒を標的に向かって吐くことができるようになったバジリスクのように。或いは、爪と牙を持つ狼が後ろ足だけで立ち上がり、更に長く鋭くなった爪と牙で攻撃してくるワーウルフのように。
「それもあって、人為的なものと考えておるんじゃよ。食わせる魔石に、魔力だけではなく魔法をこめておくこともできるからの。あ、これ、発見したの儂ね」
リーゼが無い胸を張ってドヤ顔になった。美幼女のドヤ顔は何だか微笑ましい。
「しかし、単に魔法をこめるだけでは対消滅はできない気がしますけど」
「そこなんじゃよ。儂らの技術と知識では、今のところ無理なんじゃよなぁ」
リーゼの口調には、焦りや悔しさは見られない。むしろ未知に対する憧憬と期待が垣間見える。
「対消滅なら……それを上回る飽和攻撃を行えば魔法も効くと思います」
「それは儂も考えた。一度二十人の魔法士で囲み、魔法を浴びせ続けたことがあるんじゃ。それでも倒せんかった」
二十人が詠唱しながら魔法を放っても、せいぜい一分間で二百発程度だろう。リオンの<ストーンガトリング>なら一分間で四千発撃てる。ただし魔力量の問題で今は三十秒が限界だが。
「一秒間に六十六発の魔法を撃ち込めばどうでしょう?」
「それだけ撃てば対消滅も間に合わんじゃろうて。……まさかリオン、できるのか?」
リオンはこくりと頷いた。
「でも街中ではとても使えませんけど。貫通しますから」
「そ、そうじゃな。貫通したら危ないもんな。リオンはなるべく離れた所から見ておればええぞ? 見るだけでええからな?」
「はい、もちろんそのつもりです」
「押すなよ押すなよ、絶対に押すなよ」の煽りではないだろう。
魔人の制圧にリオンの出る幕はない。ない筈だ。
「一度魔人になったら、人に戻すことはできないんですの?」
「そうじゃな……残念なことに、戻すことは叶わん。見たら分かるが、体が完全に変異してしまうんじゃ。しかも魔人ごとに形が違う。食わされた魔石は体中に散らばっておるから取り除くこともできん。もしできたとしても、元に戻すのは無理じゃろうて」
「そうですのね……」
リオンも気になっていたことをルーシアが聞いてくれた。これが人為的なものだとしたら、それを行っている何者かは、人に戻す方法を知っているのだろうか。それとも、戻せないと分かっていてやっているのか。いずれにしても犯人を突き止めなければ悲劇は終わらない。
王都でそんな問題が起きていたなどと、リオンもルーシアも全く知らなかった。だから色々と考え込んでしまう。
「まぁ、魔人をどうするかは儂ら大人に任せておけばよい。子供は子供らしく、遊びと勉学に励めばよいのじゃ!」
見た目幼女のリーゼが、場を明るくしようと言い放った。見た目が自分たちより幼いので何となく釈然としないものを感じてしまうリオンとルーシアである。
そうこうしているうちに、人の流れが明らかに変わった。通りのあちこちに王都の衛兵が立ち、民衆の避難を誘導している。
衛兵の一人がリオンの馬車に近付いて来て、リーゼが身分と目的を告げると彼が現場近くまで誘導してくれることになった。こちらに流れてくる民衆をうまく捌き、馬車が通る道を開けてくれる。おかげですぐに現場近くへ辿り着いた。
「何だあれは……」
馬車から降りたリオンが思わず呟く。
見た目は蛸、或いはイソギンチャクだろうか。粘液のようなものがヌラヌラと光る黒い触手が、上と下にある。蛸の体を腕の少し上でぶった切り、そこにまた別の腕部分を繋ぎ合わせたような形。しかも大きい。平屋の家くらいの存在感がある。そこに、元が人間であった面影は一切なかった。
触手は伸縮するようで、離れた場所にいる騎士に打撃を加えている。後方を含む数人を一度に攻撃しているが、一体どのように知覚しているのだろうか。
兜以外の全身鎧を着込んだ騎士団員は約四十名。大盾を持って防御に専念する者、小盾を片腕につけて長剣を振るう者、両手で長槍を扱う者。
魔人をぐるりと囲むように、白いローブの者たちもいる。こちらは十名ほどだ。騎士の間を突いて攻撃魔法を時折放つが、魔人の近くで眩い光を放って消滅している。
(あれが対消滅か)
上部の触手だけで何本あるのだろう? かなりの速さで絶え間なく動いているため、数えるのも一苦労だ。根元付近を注視すると、恐らく二十本はあると思われる。
(下半身? の触手は移動用なのか、それともあれも攻撃や防御に使えるのか?)
騎士団員たちは果敢に攻撃しているが、触手は見た目より硬いようで、剣や槍の刃が通っていない。リオンはライフルのスコープを模した<視力強化>を用いて、一瞬止まった触手を拡大して見た。
「リーゼ様。あの触手、蛇のような鱗があります」
「あんなに激しく動いているのにか」
「はい」
「うーむ……ちぃとばかりまずいかもしれんのぅ」
リーゼはそう言いながらリオンをチラチラ見る。
さっきの「見るだけにしろ」の裏には、やはり「見るだけなんて言わないよな?」という言葉が隠されていた、のかもしれない。




