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30 結果的に吹っ飛んだだけです!

 ユードレシア王国王立学院。その歴史は比較的新しく、設立されたのは約百二十年前だ。

 新しいと言っても、百二十年も経過すればその佇まいには風格が備わる。

 昨日訪れた王城のイメージは「眩いばかりの白」だったが、王立学院は「威厳のある茶色」だ、とリオンは感じた。


 煉瓦造りの建物自体それほど珍しくはないのだが、色が渋い。明るい赤茶ではなく、黒に近い茶色である。経年による変化なのか、元からこの色だったのかは分からないが、その色が権威と風格を感じさせるのだ。

 学院の敷地は黒く塗装された鉄製のフェンスで囲われているが、棒が細く、また上部に花を模した優美な装飾があるため、閉塞感は少ない。その隙間から敷地を覗けば、秋なのに青々とした芝生と常緑樹、一部に葉が赤や黄色に紅葉した木も見られる。歩道に想定された場所は石畳で舗装されていた。


 少し離れた所にある校舎は三階建て。真ん中に塔のある両翼の造りになっている。塔の天辺付近には丸時計が備わり、しっかり機能しているのが分かる。


 見える範囲に建物は少ないが、奥に続いているのかもしれない。リオンが抱いた印象は「小さな大学みたい」だった。


 正門には守衛が二人いて、不審者が入らないよう警戒している。リオンたちの乗る馬車にはシルバーフェン伯爵家の紋章が入っているので、不躾な視線は向けられなかった。


「ごきげんよう。今年度入学予定の、シルバーフェン伯爵家四男リオナードと、レッドラン辺境伯家三女ルーシアです。学院の見学に来たのですが、中に入れますか?」


 バインダーのような物を渡され、そこに敷地に入る者の名を記入していく。リオン、ルーシア、シャロン、メリダの四名。アーチルとテージル、それにアスワドは門の近くで待機である。


「確認いたしました。どうぞお入りください」


 リオンたちに続き、リーゼも当然の顔で入ろうとする。


「あー、ちょっとお待ちを! 貴女はご記名がなかったようですが」

「リオン! なぜ儂の名を書かんのじゃ!?」

「え? リーゼ様、まだ帰らないんですか?」

「帰らんわ! 仮に帰るとしても、こんな幼気な見た目の儂を一人で帰らせる気か、お主は!?」


 この人、王立魔法研究所まで送らせる気か……。来る時は一人だったくせに。シャロンやアスワドに気取らせずに近付けるくせに。


「……えーと、この方は王立魔法研究所の所長、リーゼ・ハルメニカ様です」

「所長? こんな子供……ハッ!? 失礼いたしました!」


 学院の守衛もリーゼのことはどこかで聞いたことがあるらしい。リーゼは鷹揚に頷き、堂々と敷地に入った。偉そうである。


 その後、門から見えた本校舎には入れなかったため、その奥に建つ男子寮と女子寮、さらに図書館棟、研究棟を見た。建物の中に入るのが憚られたので、全部外から眺めた程度だ。リオンは、リーゼがちゃんと付いて来ているか気になって見学どころではない。それはルーシアも同じようだった。


「帰ろうか……」

「そうですわね……」

「何じゃ、もう良いのか?」


 あんたのせいでゆっくり見れないんだよ! と叫びたいのを我慢する。来た道を戻り、守衛に挨拶をして馬車へ。


「じゃあ王立魔法研究所までお送りしますね」

「あー、せっかくじゃから、魔法士団の訓練所の方へ行かんか?」

「訓練所? どうしてですか?」

「お主の魔法が見たいからに決まっておる!」


 王立魔法研究所は貴族区の東側にあるので、遠回りではあるがそれほど遠いということもない。だが王国魔法士団の訓練所は王都の東側、防壁の外にある。結構遠い。往復二時間はかかると見ておいた方が良い。時刻はまだ十時前だから時間に余裕はあるのだが……。


「ルーシアはこの後予定入ってない?」


 頼む、予定があると言ってくれ!


「特に予定はありませんわ!」


 にこにこと笑顔で答えるルーシアを責めることはできない。彼女は単にリオンと一緒に過ごしたいだけなのだから。


「往復二時間はかかりそうだけど大丈夫?」

「大丈夫ですわよ?」

「そ、そうか。じゃあリーゼ様と一緒に魔法士団の訓練所に行くか……」


 ふと国王から言われたことを思い出した。


『其方の魔法について、王国魔法士団と魔法研究所が興味を示していてな。そのうち声が掛かるであろうから、心積もりしておくが良い』


 これはアレだ! リーゼ様にまんまと嵌められたんだ! 訓練所では魔法士団の偉い人も待ち構えていて、僕の魔法がどの程度なのか見定めてやろうと手ぐすね引いているんだ……。


 リオンの予測はほぼ正解であった。現代風に言うと「不思議ちゃんキャラ」のリーゼがうまいこと言ってリオンを魔法士団訓練所へと()()()()、そこで王国魔法士団団長と共に彼の実力を確かめるつもりだった。

 リーゼは全然うまいことを言えていないのだが。

 ちなみに、これはベルトラム・ユードレイシス王の発案である。優秀な人材は早く取り込むに越したことはない。学院に通っているうちに他国に興味を持ち、移住でもされたら国にとって大変な損失なので。


 リオンは既に、大人たちの計画に巻き込まれていた。せめてもの救いは、それが彼に害を齎そうとするものではないことだろう。


 そこまでは考えが及ばないリオンは、リーゼに騙されたような気持ちになり口数が減った。端的に言ってあまり良い気分ではない。


「リオン? もしかして、あまり乗り気ではございませんの?」

「あ……ごめん、ルーシア。何て言えばいいか……そうだな、まるで実験か何かの観察対象にされてる気がして」

「そ、そんなことはないぞ!? 純粋に、お主の魔法に興味があるのじゃ!」

「それ、だいたい同じ意味ですよ……」


 リオンが様々な魔法を生み出したのは、誰かに自慢したり見せびらかしたりするためではない。あくまでも、リオンにとっての「必要」から生まれたものだ。ただ魔法を実演して見せても、自分の思いまで伝わるとは思えなかった。

 「興味がある」と言われて嬉しいのは、そう言う相手に自分も興味があり、その相手の関心を引きたい時ではないだろうか。

 現状、リオンは王立魔法研究所や王国魔法士団にあまり興味を持っていない。その実態を知らないので当然だと言える。自分が興味を持たない対象から、まるで「品定め」するように観察されるのは正直言ってただ面倒なだけである。


「リーゼ様? リオンには、全て正直にお伝えした方がよろしいかと思いますわよ?」

「む? うむ……そうじゃな、聡い子であるようじゃし。誤魔化しはかえって不信感を抱かせるか」

「リオンはまだ将来どうするかをはっきり決めていないのです。魔法研究所と魔法士団、その二択で迷うのではなく、これから自分が何をしたいか決めていくのですわ」


 リオンには、ルーシアがまるで慈愛の女神のように見えた。


「そうなのか、リオン?」

「はい。僕はまだ、自分に何ができるか分かっていません。何をしたいのかも」

「ふむ。正直に言うが、訓練所では魔法士団の団長が待っておる。儂と奴でお主の才を見極めようと思っておったところじゃ。その結果次第では勧誘も有り得る。じゃが、我々の意見は、お主の今後を決める上で参考にもなると思うぞ?」


 リオンはこれまで、魔法一本で生きていこうとは考えていなかった。魔法はあくまでも防御の手段に過ぎない。それが生涯をかける仕事になるとは思っていなかった。


 ユードレシア王国で魔法研究の最高峰である王立魔法研究所、そして最強の矛である王国魔法士団、そのトップ二人だ。数多の魔法に触れ、数多の魔法士を見てきた二人。確かに、その二人の意見は何かの参考になるに違いない。


「そうですね。こんな機会は望んでも得られないですよね。今後の生き方を考える上でも、リーゼ様と団長様のご意見は貴重だと思います。すみません、何だか後ろ向きになってしまって。全力でやらせていただきます」

「うむ、その意気じゃ!」

「リオン、思い切り見せつけてやればいいですわ!」

「ありがとう、ルーシア」


 何かに利用されているような気分だったリオンだが、逆にこの機会を利用してやろうと気持ちを切り替えることができた。それはルーシアが取りなしてくれたおかげだし、リーゼが誤魔化さずに忌憚なく話をしてくれたからだろう。


 リオンが普段通りの調子を取り戻した頃、馬車はようやく魔法士団の訓練所に到着した。王都の周囲を囲む防壁より、更に一段高くなった壁で囲まれたそこは、リオンの想像より遥かに広大だった。


「でかい……」

「でかいじゃろ? 一辺が一キロメートルあるからの」


 一辺千メートル……百万平方メートル!? 東京ドーム二十個分以上じゃないか! いくらなんでも広過ぎだろう……。


「中で、王国騎士団が使う場所と区切られておる。だいたい半分じゃな。それでも全員いっぺんには訓練できんのじゃ」


 王国魔法士団には、現在八千名が在籍しているという。ちなみに王国騎士団の方は五万人ほどいるらしい……。


 二つある門のうち、南側から中へ入る。話が通っていたようで、アスワドも含めてすんなりと入れてもらえた。


「中も馬車で移動するんですね」

「無駄に広いからの。壁沿いの外周は馬車を通すための道じゃ」


 窓からは、激しく魔法を放っている者が大勢見える。デルード領の魔法士団とは迫力が全く違った。恐らく騎士団との境界になっている壁沿いに、ずらっと黒くて巨大な長方形の岩が並べられ、そこに向かってジャベリン系の魔法が間断なく放たれていた。


「あの的……」


 リオンは既視感を覚えた。


「ああ、不壊の大岩じゃな。相当な魔法を撃ちこんでも壊れんからそう呼ばれておる。的に最適なんじゃよ」

「うちの領にもありました……」

「領によってはあれがある所も……あり“ました”?」

「いえ、今もあります。下半分だけ」

「は? 上半分はどうしたんじゃ?」

「えーと、その……吹っ飛びました」

「はあ!?」


 王立魔法研究所の所長が素っ頓狂な声を上げるくらいだ。やはりあれを壊した時のライカ副団長の反応は正しかったのだろう。根掘り葉掘り聞かれたもんなぁ……。

 リオンは遠い目をした。


「その言い方、もしやお主が吹っ飛ばしたのか!?」

「吹っ飛ばしたなんてそんな! 結果的に吹っ飛んだだけです!」

「同じじゃろうが!」


 リオンとリーゼのやり取りに、ルーシアがくすくすと笑う。リーゼの纏う雰囲気が、リオンに遠慮のない物言いをさせるようだ。


 やがて一行は門から一番遠い訓練所の隅に着いた。そこは王都内から訓練所へ直接行ける門のある場所。つまり、その門の向こう側は王国魔法士団の本部である。その門の傍で、白に金の縁取りを施したローブを着た六名の人物が立っていた。

 馬車から降りたリオンたちをよそに、リーゼがその中の一人に歩み寄る。


「待たせたかの?」

「いいえ、今来たところよ?」


 リオンはその野太い声を発した人物を思わず二度見してしまった。

 ルーシアの父であるアライオスと同じくらい、約二メートルの身長。髭剃りの跡が青々と残る顎は二つに割れている。短く刈り込んだ髪は濃い茶色。ローブ越しでも分かる発達した筋肉。

 そして、薄っすらと施された化粧。その男性? 女性? どう呼べば正しいのか分からないが、その人物がリオンを認め、バチコン! とウインクを飛ばしてきた。


 リオンはそれを避けるために動こうとする体を意志の力で押さえつけた。続いて、その人物が近付いてくる。今度は逆に、バジリスク(蛇)に睨まれたグレーターフロッグ(蛙)のように、リオンはその場から動けなくなった。


「あなたがリオンちゃんね! 思っていたよりずっと可愛らしい子だわぁ! あたしは王国魔法士団で団長をやらせてもらってる、ジェイラン・パープルレイドよ! 気軽にジェイって呼んでね。よ・ろ・し・く!」


 その迫力ある容貌とは裏腹に、ジェイランの手がリオンの肩に優しく置かれた。


「ご多忙のところ畏れ入ります、リオナード・シルバーフェンと申します。本日はよろしくお願いいたします」

「まあ! そんなに固くならなくていいのよ?」

「あ、はい」


 ジェイランにルーシアたちを紹介し終えると、リーゼがニヤニヤしながら近付いてきた。


「どうじゃリオン。びっくりしたじゃろ?」

「……ジェイラン様のことですか?」

「うむ。こやつ、体は男じゃが、魂は女なのじゃ!」

「はい、分かります」

「分かるのか!?」

「え、ええ。おかしいですか?」

「いや、別に、おかしくはない、が……」


 悪戯が成功したような顔をしていたリーゼだったが、リオンが全く衝撃を受けていないので肩透かしを食ったように納得いかない顔になった。

 もちろん、リオンには前世の記憶があるため動じていないだけである。現代日本にも心と体の性が一致していない人は割といた。ジェイランもそういうパーソナリティなのだとすぐに分かったのだ。


「はいはい! みんな忙しいことですし、早速リオンちゃんの魔法を見せてもらいましょうよ!」


 ちなみに、同じ白ローブを着た他の五名は手の空いている小隊長や中隊長らしい。ジェイランを見た後だと、その人たちがごく普通の人にリオンには見えた。


 この本部に通じる門近くの場所というのは、魔法士団の入団試験や新人研修に使う場所だそうだ。騎士団訓練所との境界壁とは反対側の壁沿いに、例の大岩が二つ並んでいた。


「さあリオンちゃん! あなたの得意な魔法を、あの的にぶつけてちょうだい!」


 ジェイランのテンションが高い。ついでにリーゼもわくわくした顔を向けている。


「あの……得意な魔法は障壁なのですが」

「「え?」」


 障壁を飛ばして的にぶつけようと思えばぶつけられるが、恐らく求められているのはそういうことではないだろう、とリオンは思った。


「障壁とは、さっき使ってたやつじゃな?」

「はい。<コンプレックス・シールド>と呼んでいます」

「ふむ、確かにあれは異質ではあったが……攻撃系の魔法は使わんのか?」

「使えはしますが……あの的、壊れても平気ですか?」

「ん? ……んん!? お主、まさか一撃であれを吹き飛ばせるのか!?」

「いや、吹き飛ばせはしませんが、貫通するかもしれません」

「はぁ!?」


 リーゼとジェイランが少し離れてコソコソと話し始める。


「ねぇ、リオンちゃん“貫通”とか言ってなかったかしら?」

「うむ。あの子の出身領に不壊の大岩があるらしくての。その上半分を吹っ飛ばしたと聞いたのじゃが、儂はてっきり何年か魔法をぶつけ続けたものと思っておった」


 この国における実質的な魔法のトップ二人なら、不壊の大岩を破壊するのは不可能ではない。だが、リーゼなら三日、ジェイランでも丸一日はかかる。


「ほんとに貫通して、壁に穴が開いたら大変よね……」

「嘘をつくような子には見えんし……大袈裟に言っているわけでもなさそうじゃし」


 リオンは二人に少し近付いて提案した。


「あの、もし貫通しても壁に当たらないよう、斜め上から撃ちましょうか?」

「「斜め上?」」

「はい。アスワド……グリフォンに乗せてもらって」

「「…………」」


 二人とも絶句してしまった。従魔のグリフォンは百歩譲ってまだ分かる。そういうこともあるだろう。だが、それに乗せてもらう? グリフォン・ライダーでもないのに?


 当のリオンは、必要なことをさっさと終わらせたら二人の意見を聞いて早く帰りたかった。ルーシアも待たせていることであるし。

 ということで、リーゼとジェイランの返事を聞く前にアスワドの背に乗った。


「貫通しないよう、弱い方の魔法を使いますね!」


 そう言ってアスワドに合図し、真上へ五十メートル上がってもらった。地上で的までの距離は約三十メートルだったので、現在的までの距離は約五十八メートル。リオンにとっては少し距離が近過ぎる。だが約六十度の角度があるので、もし貫通しても的と防壁の間にある地面に着弾する。


(<ストーンライフル>なら貫通しないだろう)


 デルード領の的を破壊したのは<ストーンガトリング>だった。いくら五十口径弾でも、厚さ一メートルの岩は貫通しない筈。


「アスワド、しばらくそのままでお願い。<ストーンライフル>!」

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