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3 新たな障壁

 来月頭の魔物討伐。それに同行することが決まったリオン。


 デルード領の魔物討伐は、年に四回行われる「定期討伐」と魔物発生の報に基づいて騎士団が急行する「緊急討伐」がある。リオンが同行するのは前者で、これは魔物が増え過ぎないよう間引きする目的で行われるものだ。


 来月頭まで三週間しかない。この時間で<マルチプル・シールド>を超える強固な障壁を開発する必要がある、とリオンは燃えていた。


 実際のところ、新たな障壁をその期限までに開発する必要などこれっぽっちもない。


 騎士団にとっては年四回行われるルーティンであり、多少の負傷者は出るものの、ここ三十年の間死者は出ていない。三十年前の死者も、本来そんな場所にいる筈のない強大な魔物がいたことが理由である。

 定期討伐の陣形は完璧に定まっており、余程突発的なことが起きない限り問題は起きない。だからリオン一人がより強固な障壁を開発しても討伐にはほぼ影響がないのである。


 だが、リオンにそんなことは関係なかった。


「イデラ団長クラスの攻撃でも防げる障壁。それが今の段階で目指すものだ」


 自室に戻ったリオンは、そう声に出して固く決意する。


「リオン様。間もなく昼食のお時間です。その後は語学と神学、作法のお勉強です」

「あ、はい」


 侍女のシャロンが無情にも告げる。

 今すぐ新しい障壁の開発に取り掛かりたいのに……まったく、貴族とはままならないものだ。


 リオンの毎日は忙しい。早朝の走り込み、その後に騎士団に混ざって訓練。朝食を摂ってから午前中にひとコマ、昼食後に三コマ、勉学の時間が入る。

 語学、史学、数学、神学、地政学、法学、心理学、経済学、魔法学、帝王学、用兵学。

 貴族の作法やマナー、ダンス、乗馬、ヴァイオリン、絵画、作詩。

 学ぶことが山のようにある。もちろん、これらはあくまで「初歩的」なもの。ユードレシア王国中から貴族の令息令嬢が集まる王立学院入学前に身につけるべきと言われる基礎に過ぎない。


 基礎って何だったっけ……。今更ながら、リオンは遠い目になった。


 余談であるが、王立学院は騎士学科と魔法学科に分かれ、そこで更に専門的なことを学ぶらしい。十二歳の年から成人である十六歳の年までの四年間通う学院であるが、入学は法に明文化されている義務ではない。が、貴族の間では子を入学させるのが不文律となっている。


 五歳の頃から家庭教師に学び始めたので、恐怖の詰め込み教育が当たり前になっているリオンだが、貴族の義務と責任がこれほど重いのかと慄いたのは前世の記憶が蘇ってからである。「転生するなら平民が良かった」などと愚痴を言っても始まらない。もう転生しちゃったのだから。


 今日は午前中意識を失っていたので、午後からの授業だけになる。リオンはそれらを粛々と、淡々とこなした。文句を言っても学ぶことが減るわけではないからだ。


 夕食、入浴を終え、ようやく自由時間である。<マルチプル・シールド>で一定の満足を得た後、この自由時間の過ごし方は正しく自由だったのだが、今日からはまた新たな障壁開発に取り組むことになる。


「<マルチプル・シールド>はポリカーボネートの積層をイメージしたわけだけど」


 シャロンも下がり、一人になった自室で呟くリオン。


 ポリカーボネートとは最も優れた耐衝撃性を持つプラスチックだ。

 分子式は(C16H14O3)n。

 何故こんな分子式を覚えていたのかは分からない。前世では工学系の職種だったのかもしれない。

 とにかく、分子式を思い出した途端、イメージの具現化に成功したのだった。


 魔法は「術式の構築→魔力の展開→事象の具現化」というルートを辿るというのがこの世界の一般常識である。「術式」の一種として「詠唱」がある。

 例えば、最初に覚えさせられる障壁の詠唱は「我が魔力を糧に見えざる盾を築け」である。詠唱さえすれば、障壁とは何か、どのような原理で攻撃を防ぐのか、そういったことをすっ飛ばして魔力を消費することで障壁を具現化できる。


 リオンにとっては、詠唱の方が謎であった。

 指示構文としては余りにも雑過ぎるからだ。

 盾の大きさは? 自分との距離は? 強度は? どれくらいの時間発動する? どれくらいの魔力を消費する? そういった指示が一切ない。


 リオンの障壁魔法は「イメージ→具現化(魔力消費)」である。詠唱は不要。イメージを固定化しておくことで瞬時に具現化できる。

 これは、リオンに「転生特典」が与えられたというわけではなく、この世界の(ことわり)が元々そうだったのである。「詠唱」とは、誰でも使えるよう均一化された「道具」に過ぎない。本来はイメージの具現化と魔力消費は同時に行われるのだった。


 この世界にもある原子、炭素・水素・酸素の組み合わせ(分子式)をイメージできたことが、世界の理に偶然則っていたわけだが、リオン自身も薄々この事実に気付いている。


 閑話休題。


「いくら耐衝撃性に優れていても、一定以上の衝撃には耐えられない。だから衝撃を吸収するものが必要だ」


 衝撃の吸収…………リオンは前世の記憶を探る。


「……タリン。タンパク質の一種」


 圧力が加わると分子レベルで広がり、その衝撃を拡散。その後元に戻る性質を持つタンパク質が「タリン」である。そのタリンを使った衝撃吸収材がTSAM(Talin Shock Absorbing Material)、だったと思う。


「分子式は……」


 いや、タリンの分子構造はまだ明確に解明されていなかった。ただ、細胞が他の細胞に接着する構造を担うタンパク質の一種である筈。要するに細胞同士が結合する要素の一つ。


 ……細胞かぁ。細胞。僕の体だって細胞の集合なんだよなぁ。


 机の引き出しから小型のナイフを取り出し、指先に刃を当ててゴクリと喉を鳴らす。


「いやいやいや、他に方法があるかも」


 例えちょっぴり切るだけと言っても、やっぱり痛いのは嫌。リオンはぶんぶん首を振ってナイフをしまった。指を切ったところで血が出るだけで、顕微鏡もないこの世界ではタリンを確認することは出来ない。そもそもタリンがどんな形状なのかも知らないし。


 指を切る代わりに目を閉じて、タリンのことを知るきっかけになった記事を思い浮かべる。

 最強の衝撃吸収材、TSAMを知った際にタリンというタンパク質を知ったのだった。


「何で前世の僕は最強の衝撃吸収材なんて調べていたんだろう……」


 軍用の防弾アーマーについて調べていた気がする。

 軍関係者? 軍用品の開発者? いや、それならもっと銃器とか詳しい筈だが、そっち方面はあまり記憶に引っ掛からない……。

 まぁ、今は関係ない。違う方向に行ってしまった思考をTSAMに戻す。


 記事で写真を見た。

 音速の五倍で飛んでくるアルミ片を無傷で受け止めたという内容。音速の五倍とは、9mm拳銃弾の三倍の速さらしい。そのアルミ片というのがどれくらいの質量だったのかは書いていなかったが、とにかく規格外の衝撃吸収性だったと記憶している。


「衝撃……イデラ団長の本気の一撃を吸収……」


 その時、リオンの脳内ではお互い結合している無数の「細胞」が思い浮かんだ。

 そこへ突っ込んで来るイデラ団長の先を丸めた槍。その速さは音速の五倍。

 衝撃を受け止めた細胞はひしゃげるが壊れはしない。周囲の細胞が広範囲で変形し、衝撃が波のように伝わって分散していく。やがてそれらの細胞は形を元に戻し、何事もなかったかのように規則正しく並んだ。


 その細胞群は、イデラ団長の攻撃を見事に受け止めた。衝撃を吸収したのである。

 イメージは成った。


「<タリン・シールド>」


 囁くような声で呟いたリオンの眼前に、薄ピンク色の障壁が具現化した。


「くっ……魔力の消費が結構大きいな」


 軽い眩暈を憶えながら、薄ピンクの壁を指でツンツンする。


「柔らかい。何だろう、適度な弾力? 何かこういうダメになるクッションがあった気がする。いや、あれは復元性が乏しかったか」


 ぷにぷにと壁を押すと何だか気持ちがいい。これ、障壁じゃなくてクッションか寝台のマットレスに良いのでは?

 具現化している間、ずっと魔力を消費するので現実的ではないが。


「明日、シャロンに検証を手伝ってもらおう」


 新しい魔法の開発は疲れるなーなどと思いながら、リオンは寝台に潜り込んで目を閉じた。









 翌朝。大事を取って走り込みは休むことにした。上衣を捲って胸の痣を確認すると酷い色になっていた。治癒魔法によって骨折と筋断裂は治っているが、上皮組織の内出血もついでに治してくれれば良かったのに。そんな風に思うリオンだが、これは怪我をした事実をリオンに知らしめるため、わざと残されたものである。長兄のケイランが治癒士に指示したのだった。


 着替えてから屋敷の外へ出ると、今日の護衛当番になった二人の騎士が近付いてくる。リオンは彼らに「今日の走り込みは休みます」と告げた。護衛たちは一瞬残念そうな顔になったが、「あなた方は走ってもいいんですよ?」というリオンの言葉にハッとした顔になり、一礼すると走り去った。


 護衛しなくて良いのに走りに行くとは。なんたる脳筋。


 リオンが苦笑しながら騎士団訓練所へ行くと、レスト中隊長とイデラ騎士団長が待っていた。朝に弱い団長が二日連続で早起きするなんて、槍でも降ってくるのでは? リオンは思わず天を仰いだが、雲一つない青空が広がっているだけであった。


「リオン様、申し訳ございませんでした!!」


 イデラ団長が駆け寄り、リオンの眼前で跪いて頭を垂れ、謝罪の言葉を述べる。


「え? イデラ団長は何も悪いことをしていないですよ?」

「いえ、リオン様が苦心して作り上げた障壁を大人げもなく壊したばかりか、怪我までさせてしまったこと、深くお詫びいたします」


 イデラ団長はリオンに謝罪するため、今日も苦手な早起きをしたのだった。

 リオンはポリポリと頬を掻いて告げる。


「イデラ団長、本当に気にしないでください。今の段階で、僕の<マルチプル・シールド>が不完全だったことが分かって、むしろ感謝しています」

「リオン様……もったいないお言葉!」


 リオンの言葉にイデラが顔を上げた。その目には涙が浮かんでいる。泣く子も黙る、というか泣く子が失神するくらい迫力のあるイデラに涙は全く似合わない。


「新しい障壁が完成したら、もう一度試していただけますか?」

「良いのですか……?」

「もちろん、ぜひ!」

「このイデラ・ホワイトラン、全身全霊を以てリオン様の障壁に挑ませていただきます!」


 いや、手加減してくれてもいいんですよ? リオンは背中を冷たい汗が流れるのを感じた。まぁ、手加減されたら障壁の強度試験にならないか、と考えを改める。

 その後レスト中隊長にも「私が団長を止めていれば……」と謝罪されたが、同じような言葉で気にしなくて良いと告げ、今日は大事を取って訓練を休むことを伝える。


 これで余計な心配をする人はいないな。


 うんうん、と頷きながら屋敷へ戻ると、玄関でシャロンが待ち構えていた。


「おかえりなさいませ、リオン様」

「ただいまシャロン。ちょっと手伝ってもらえる?」

「何なりと」


 連れ立って屋敷の中庭へ。道すがら、新しい障壁が出来たから強度を試したいと説明する。

 中庭にある庭師の道具小屋から、シャロンが一本の棒を取ってきた。


「じゃあ、いつもの感じでお願い。<タリン・シールド>」

「かしこまりました」


 出現した薄ピンクの壁を、シャロンが棒の先でつつく。その感触に小首を傾げたが、真剣な目になって棒を構えた。


「参ります」


 イデラ団長と遜色のない踏み込み。瞬きの間に、棒の先端が<タリン・シールド>に到達した。


「ぐぇっ」


 胸に衝撃を感じ、後ろへ転がるリオン。

 彼は忘れていた。いや、知らなかったと言った方が正しいだろうか。

 この障壁の素になったTSAMは可塑性が高いことを。

 障壁は破れなかったが、棒の形のまま伸びてリオンの胸を打ったのである。


「大丈夫ですか、リオン様」


 無表情のまま、シャロンが手を出してリオンを立たせる。


「ああ、骨は折れてない、と思う」


 いててて、と棒が当たった場所を見下ろし、手で摩る。そこは胸の中心やや左側、つまり心臓の上。


(完全に殺しに来てるじゃん)


 リオンは無表情な自分の侍女に戦慄するのだった。

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