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29 貴族に絡まれる

 フィリクスと名乗った男性の声は、馬車の中にいるリオンたちにもはっきりと届いた。


「あの方は何をおっしゃっているんですの?」

「う~ん……こういうパターンだとは思わなかった」

「ぱたーん?」

「ううん、こっちの話」


 学院で上級生に絡まれるなどのテンプレ展開を密かに期待していたリオンだが、まさかアスワドを譲れと高位貴族から言われるとは。


 ユードレシア王国において、貴族だからと言って他人の財産を好き勝手に奪うことなどできない。そんなことが罷り通ったら法治国家の名折れである。


「ルーシアとメリダさんは馬車にいてね」


 リオンは自分が話すべきだろうと思い馬車を降りる。シャロンもそれに続いた。

 馭者台に座るアーチルは笑顔だが、こめかみに青筋が浮かんでいる。彼が飛び出さないよう、隣のテージルが彼の腕を押さえていた。


「シルバーフェン伯爵家のリオナード・シルバーフェンと申します」

「ご丁寧なご挨拶、畏れ入ります。改めまして、ブラウンネスト侯爵家の家令、フィリクスと申します。実は、あちらの馬車に侯爵家ご令息、ウルスレン・ブラウンネスト様がお乗りでして、そのウルスレン様が、貴方様の従魔を一目見て気に入ったと」


 フィリクスはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら述べた。


「そう言っていただけるのは大変光栄なことです。しかしながら、この従魔は誰にもお譲りするつもりはございません。どうぞ、お引き取りを」


 リオンはフィリクスの目を見ながら、はっきりと拒絶を示した。


「相応の代金をお支払いいたしますが」

「失礼ながらお金の問題ではありません」


 ニヤニヤ笑いが引き攣った笑いに変わる。


「そこを何とか、考え直していただけないでしょうか」

「相手が誰であろうと、いくら積まれようと、譲る気は一切ありません」


 リオンはあくまでも穏やかに、しかし誤解の余地がないよう明確に断る。


「それは困りました」

「おい、何をしている!? さっさとその従魔を置いて行け!」


 向かいの馬車から明るい茶髪の少年が怒鳴りながら降りてきた。背は少しリオンより高いが、恐らく同い年か一つ上くらい。整った顔立ちなのに、吊り上がった目と粗暴な言葉遣いが台無しにしている。

 その後ろから、のっそりと大きな男が馬車から出てきた。アライオス・レッドランより大きい。二メートルを軽く超える身長、冗談みたいに広い肩幅。それでいて腰はくびれ、無駄な肉が付いていない。


 その大男は腰に曲刀を提げている。


「ほら、受け取れ!」


 茶髪の少年、恐らくはウルスレン・ブラウンネストが、リオンの足元に革袋を投げつけた。ドサッ、と見た目より重い音がする。


 その行為に、リオンは強い嫌悪を覚えた。お金を投げるという行為が信じられない。革袋を一瞥しただけで拾おうともせず、ウルスレン少年に告げる。


「先ほど家令の方にお伝えしましたが、従魔は誰にも譲る気がありません。どうぞ、お引き取りください」


 いつの間にか馭者台からアーチルが降りてリオンのすぐ隣に立っていた。その手には槍が握られている。


「リオン様。あの男はかなりの手練れだよ」

「こちらからは絶対に手出ししないように」


 囁き声でアーチルと言葉を交わす。その間に相手の馭者も降りてきて、四対三で対峙する形になっていた。


「金を受け取って、従魔を置いて去れ。さもなくば痛い目に遭うぞ!」


 おぅ……。これって典型的なやられ役の台詞では?


「侯爵家のご令息が強奪罪を犯すのですか?」

「小賢しい子供だな! 金を払っているのだから罪にはならんだろうが!」

「いやいや、断っているのに無理矢理奪おうとしたら罪でしょう……」


 子供が子供って言うな、と思ったがそれは口に出さない。


「おい、リカロ。死なない程度に分からせてやれ!」

「いいんですかい、坊ちゃん?」

「やれと言ったらすぐにやるんだよ!」

「あー、はいはい」


 大男の名はリカロというらしい。肩まである長い黒髪を、細紐を使って後ろで括ったリカロは、リオンではなくアーチルに向かって告げる。


「悪いな、雇われの身なもんで」

「雇い主は選んだ方がいいんじゃない?」

「金払いが頗るいいんだよ」


 リカロは曲刀を抜かず、素手でアーチルに殴りかかる。如何にも貴族の子供であるリオンを殴るのは抵抗があるようだ。


「<コンプレックス・シールド>」


 ガツッと衝撃音がして、リカロが拳を摩りながら怪訝な顔をした。


「何だこりゃあ?」

「フッ。この障壁はすっごく硬いよ? 僕の槍でも破れなかったんだから」

「障壁だと? ……お前が張ったのか?」

「いや、僕のご主人様さ」


 アーチルが空いた手でリオンを示す。


「こんな障壁は見たことがねぇ。どんなからくりですかい?」

「普通より硬い障壁を重ねてるんですよ」


 全てを教える義理はないので、リオンは適当に答える。どう思ったのか分からないが、リカロは腰の曲刀を抜いた。それで斬り掛かってくるのと同時に、後方でもガキン、と障壁が何かを弾く音がした。


「無駄ですよ。同じ障壁が僕たちをぐるっと囲んでいるので」


 馬車の後方には二名、冒険者風の男たちが回り込んでいた。敵が前方だけではないことは、最初からシャロンとアスワドが気付いていた。馬車を降りる時に、シャロンが小声で「後ろにもいます」と教えてくれたのだ。

 今のリオンは、<コンプレックス・シールド>を同時に十枚発動できる。それで馬車を中心に周囲を囲んでいた。


 リカロが滅茶苦茶に曲刀を振り回すが、表層の一枚すら障壁を割ることができない。


「手練れ?」

「に見えたんだけどなぁ。おかしいなぁ」


 必死の形相で<コンプレックス・シールド>を傷付けようとするリカロを見て、あの時の自分もこんな風だったのだろうか、とアーチルは苦笑を浮かべた。


「リオン様の障壁、前より硬くなってない?」

「そんなことないと思いますけど」


 自分では気付いていないが、<コンプレックス・シールド>は以前より強度を増していた。バジリスクとアーチルから突破されかけたのをきっかけに、より硬くなるよう無意識にイメージしていたのである。その状態でずっと鍛錬を続けていたので、強度が増した<コンプレックス・シールド>がすっかり定着したのだ。


「貴様ら、何をやっている!? 遊んでいるのか!!」


 ウルスレン少年が激昂した。

 彼の護衛は領の騎士団員ではなく、王都で雇ったBランク冒険者パーティ「剽疾軽悍(ひょうしつけいかん)」である。四人組の彼らは、ブラウンネスト侯爵家が雇い主ということで、侯爵家の後ろ盾を得た気分になっている。息子のウルスレンが関わっていれば、多少の違法行為はこれまでも揉み消されてきた。今回も、ちょっと脅せば済む話だと高を括っていたのだ。


(こいつはマズい! これだけの騒ぎを起こせば衛兵が来るのは時間の問題だ。さっき小僧が言った通り、これは強奪未遂になる。簡単に揉み消せるような罪じゃねぇ!)


 リカロの顔が焦りで歪む。どれだけ力を込めようが、どれだけ鋭く斬りつけようが、障壁が割れる気配はない。


「ん~? 何やら面白いことになっておるのぉ。……お主、もしやリオナード・シルバーフェンかや?」


 そこに突如現れた少女。……少女? 随分お年を召したような物の言い方と、それにそぐわない高い声。リオンは少女を二度見した。彼女はいつの間にか障壁のすぐ傍にいた。近付いてくる気配に、シャロンとアスワドも気付かなかったのだ。


 アーチルとシャロンがその少女に武器を向ける。絡んできた貴族や冒険者よりも、その少女の方が遥かに危険だと悟ったのだ。


「おお、すまんすまん。儂はリーゼ・ハルメニカという者じゃ。王立魔法研究所()()()()来たんじゃがの。ほほぅ、これが噂の障壁じゃな?」


 何その「消防署の方から来ました」みたいな怪しい言い方。消火器じゃなくて魔導書でも売りつけるの?

 リオンは油断することなく答える。


「噂がどんなものか存じませんが、障壁なのは違いありません」

「うむうむ。確かにこれまでの障壁とは全く異なるのぅ。最早、これを障壁と呼んで良いものか疑問じゃわい」


 そう言って、カラカラと笑うリーゼと名乗った少女。


「リーゼ……ハルメニカ……リオン様、聞いたことがあります。彼女は恐らくエルフ、見た目通りの年齢ではありません。そして、王立魔法研究所の所長です」

「エルフ所長」

「エルフ所長って! 省略し過ぎじゃろうて!」


 自分たちを一顧だにしない少女の登場に、ウルスレンや冒険者たちは呆気にとられていたが、我に返った瞬間少年が叫んだ。


「ガキが! 邪魔をする――」

「汚い言葉を喋るお口は塞いでおこうかの」


 一瞬のうちに、ウルスレンの体が植物の蔓のような物でグルグル巻きにされていた。


「で、お主らは? 儂の目には貴族を襲撃する輩に見えたが?」

「い、いやこれは、ウルスレン様の命令で――」


 リカロと、他の三人も一瞬でグルグル巻きになる。残されたのは、家令のフィリクスのみ。


「王立魔法研究所所長の権限で、お主にはこやつらの片付けを命じる。良いか、このリオナード・シルバーフェンは、昨日国王陛下より銀翼勲章を賜った者じゃ。陛下の覚え目出度い者に無体な真似をするなど、儂なら怖くて王都を歩けんわい」


 リーゼの言葉に、フィリクスの顔色は青を通り越して白くなった。事が露見すれば、ブラウンネスト侯爵家に何らかの罰が下されるのは間違いない。フィリクスは口をハクハクするが言葉にならず、焦りながら蔓でできた簀巻きを道端に寄せ始める。


「一時間もすれば自然と解ける。ここで反省させよ」


 そう言い捨てたリーゼは、リオンの近くに行こうとして派手に障壁にぶつかった。


「あいたっ!?」

「ああ、すみません!」


 リオンは慌てて<コンプレックス・シールド>を解除した。


「かっこよくキメたのに!」

「ご、ごめんなさい……」


 リーゼがぶつけて赤くなったおでこを摩りながら文句を言う。シャロンを見て「ほぅ?」と声を漏らすが、ここで彼女の正体を口にするほど軽率ではないようだ。


「して、リオナードよ。どこへ行く?」

「え?」

「どこぞ行くところだったんじゃろ?」

「ええ、学院の下見をしようかと」

「ほぉほぉ、真面目か! では参ろうぞ」

「え?」

「ほれ、早う馬車に乗らんか」

「えぇぇ……」









 つくづくテンプレ通りには行かないな、とリオンは溜息を吐いた。馬車の中で、リオンを真ん中にして左にルーシア、右にリーゼが座っている。向かい側の席にはシャロンとメリダが並ぶ。元々四人乗りの馬車なのだが、子供なら詰めたら三人並んで座れないこともないのだ。


「ほぉ、後ろのグリフォンはリオンの従魔か!」


 もう「リオン」呼びである。距離の詰め方がアレだ。勝手なイメージだが、大阪のおばちゃんだ。グイグイ来る。ルーシアはどうしたらいいのか困った顔をしているが、リオンも全く同じ心境である。


 何故、この人は同じ馬車に乗ったのだろう?


 王立魔法研究所や王国魔法士団が自分に興味を持っているという話は、昨日国王から聞いていた。そのうち声が掛かるだろう、とも。それが翌日だなんて誰が思うだろうか。


「それでリーゼ様、ご用件は?」

「つれないのぉ。そんなことじゃ女子にモテんぞ?」


 大きなお世話だよ! とリオンは胸中で叫んだ。


「冗談はさておき、お主がどんな人物なのか興味があっての。もちろんどんな魔法を使うのか見てみたいのもあるのじゃが」

「人物、ですか」


 偉そうに宣う少女は、どう見ても六、七歳。白に近い金髪を長く伸ばし、明るい青の瞳は好奇心を隠そうとしていない。喋らなければかなりの美少女である。喋らなければ。


「家族同然の従魔を寄越せと言われても冷静に対処しておったな。周囲の者にも恵まれているようじゃ。そこで、じゃ。お主は魔法で何を成したい?」


 突然の質問だが、リオンの答えは決まっている。


「自分と、自分の大切な人を守りたい。ただそれだけです。それが叶うなら、魔法に拘るつもりはありません」


 痛いのは嫌だし、死ぬのはもっと嫌。転生者の宿命とやらに怯え、魔法を防御に役立てようとした。時が経つにつれ、守りたいものが増えた。それを守るためにまた魔法を考える。その繰り返しだ。自分と大切な人たちを守れるなら、別に魔法でなくても構わない。


「欲がないのぉ。他にもあるじゃろ? 王国を手中に収めるとか、他国を平伏させるとか、ハーレムを作るとか」

「興味ありません。平穏に暮らせるなら、それが一番なので」

「枯れとるのぉ。お主、本当に十一歳か?」

「……もうちょっとで十二歳です」

「十一も十二も変わらんわい!」


 確かに、「平穏に暮らす」ことが夢なんて子供らしくない……。

 だが実際、この世界の子供たちはどんな夢を抱いているのだろう? 同年代で知り合いと言えるのはルーシアしかいないので、他の子がどんな未来を思い描いているのか、リオンには分からなかった。


 夢、か……。防御に必死で、これまで将来や夢についてじっくり考えていなかった。

 前世の僕は、どんな夢を持っていたんだろう……?

 知識は残っているが、個人的なことは靄がかかったように思い出せない。それはもう納得済みなのだが、もしこの世界で叶えられる夢だったら、前世の自分のためにも叶えたいように思う。


「子供らしくない、ですよね……」

「む? あ、うん、いや、別に悪くないと思うぞ?」


 リオンが落ち込んだ声を出すものだから、リーゼが取り繕うように述べる。


「私は、リオンの“守りたい”という思いのおかげでここにいるのですわ! だから、その信念を否定するようなことはしないでくださいまし」


 ルーシアの言葉は、リオンとリーゼ、両人に向けられたものだった。


「うん、信念を捨てるつもりはないよ。でも子供らしい夢があってもいいかなって思ったんだ」

「それはそう、ですわね……でも子供らしい夢って……何でしょう?」

「ね。僕もそれが分からなくて」


 自分が投じた一石によって暗くなった雰囲気に、リーゼは居た堪れなくなった。


「あーもう! 儂が悪かったって! 今度面白い所に連れてってやるから、それで勘弁しておくれ!」

「あ、そういうのは別に結構です」

「えぇぇ……」

「どうせ王立魔法研究所ですよね?」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 そんな会話をしていると、一行の馬車は王立学院の正門前に到着した。

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