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28 国王との懇談

 ユードレシア王国の北西の端っこ。然程大きくもないデルード領を封じられたシルバーフェン伯爵家。その四男、末っ子でしかない自分が、国王陛下と個人的にお話!? 何を話せばいいのさ!?


 リオンはパニックに陥っていた。叙勲式が終わり、これで緊張することは全部終わったと思った矢先だったので、感情が迷子になっている。


 マクレガン・ゴールドレイド宰相自ら案内してくれたのは、国王が私的な談話を行う歓談室であった。ビジネスホテルの部屋よりちょっと広いくらいだろうか、と想像していたリオンだったが、扉の先は学校の教室くらいあった。


 中央にローテーブルが置かれ、それを囲むようにソファが並んでいる。そこにルーシアの姿を認め、リオンは安堵でちょっと泣きそうになった。


「ルーシア……」


 リオンの入室に気付き、ルーシアが立ち上がって出迎えてくれる。


「リオン! とても立派で感激いたしましたわ! あらリオン? 泣いていらっしゃるの?」

「いや、その、感無量で」


 リオンは誤魔化した。そこへ、王冠を外してローブも脱いだ国王ベルトラム・ユードレイシスが別の扉から入室する。全員がその場に片膝を突いた。


「あー、良い良い。公的な場ではないから楽にしてくれ」


 そう言って、ベルトラム王は一人掛けのソファにどっかりと腰を下ろした。


「リオン、近くへ。あ、リオンと呼んでも?」

「もちろん構いません」


 王に呼ばれたので仕方なく、本当に仕方なく一番近いソファの端に座るリオン。隣にはルーシアが座り、向かい側のソファにベルン、アライオス、マクレガン宰相が座った。


「いや全く。古株どもはリオンの叙勲に反対してな。十一歳の子供に勲章は早過ぎるなどと抜かしおって。功績に年齢は関係ないであろう?」


 リオンに向かっていきなり愚痴を零す王だが、当事者のリオンは何と返すべきか思い付かない。


「陛下のおっしゃる通りですな! リオン君がいなければ、我が騎士団に数百名の犠牲が出てもおかしくなかったのですから」


 とはアライオスの弁。助かった、とリオンは内心で胸を撫で下ろした。


「ルーシア嬢よ。婚約者殿のことをどう思っている?」

「心優しく、才に溢れた方ですわ。でも、努力を惜しまないのも知っておりますの。リオンが婚約者で本当に良かったと思います」

「そうか……もし婚約が不本意なものなら、うちの娘でもと思ったのだがなぁ」

「お戯れを」


 王族の婚約者とか、マジで勘弁して欲しいと思うリオンである。そもそも家格が違い過ぎるし、ルーシアという最高の婚約者がいるのだ!


「リオン、学院卒業後のことは決めているのか?」

「いえ、まだはっきりとは決めておりません」

「うむ。其方の魔法について、王国魔法士団と魔法研究所が興味を示していてな。そのうち声が掛かるであろうから、心積もりしておくが良い」

「はい」


 やはり予想通りになったか……と、父ベルンは内心で苦い顔をする。リオンにとっても、シルバーフェン伯爵家にとっても、王国魔法士団への入団や王立魔法研究所に所属することは「誉れ」と言える。給金だって貧乏貴族が羨ましがるほどなのだ。

 しかしそれは、あくまでも本人が望んだら、だとベルンは考えている。まだ十一歳の子供の未来を狭めるようなことはしたくなかった。


「声が掛かったからと言って、そのどちらかに入らなくてはならないわけではない。我が国は子供の将来を強制するようなことはしない。それは覚えておけ」

「は、はい!」


 まるでベルンの心を読んだかのようなベルトラム王の言葉。これだから陛下には敵わない、とベルンは頭が下がる思いだ。


「して、どのような魔法を使うのだ?」


 王が悪戯っ子のような顔をして尋ねる。ベルンの顔を覗い、頷きを確認した。好きなように話しなさい、ということだと受け取った。


「僕の魔法の根底にあるのは、自分と、自分の大切な人を守りたいという思いです」


 だから防御を極めたいと思った。それで出来たのが<コンプレックス・シールド>や<UDM>、最近だと<エンバンクメント>だ。

 <ストーンガトリング>が生まれたのは、そもそも障壁を飛ばせないかと考えたため。そして武威を示して敵に攻撃させないという考えから<ストーンライフル>が生まれた。


「リオナード君、ちょっと確認させて欲しい。それらの魔法は()()()()()というのかね?」


 マクレガン宰相が口を挟む。


「はい。既にデルード領魔法士団では試みていますが、魔法というのはイメージが全てなのです」


 イメージをどれだけ明確に描けるか。そしてそれに釣り合う魔力があるか。魔法の発動にはそれら二つだけが重要なのだ、とリオンは語った。


「詠唱は不要だと?」

「はい。周りに知らしめるために魔法名は口に出しますが、本来はそれも不要です」

「何ということだ……」

「マクレガン。それは重要なことなのか?」

「陛下。畏れながら、この国に伝わる魔法の常識が根底から覆されるかと」

「それほどか!」


 王族教育で魔法についても一通り学んだベルトラム王だが、それも随分昔の話。詠唱を憶えるのが大層面倒だったという記憶しかない。継承権第一位だったベルトラムは、魔法よりも他に学ぶべきことが山積みだった。そのため魔法にはあまり詳しくない。


「よく分からんが、リオンは凄いのだな!」

「えと、はい、ありがとうございます」


 魔法のことならいくらでも話せるリオンだが、さすがにこの場では控えた。


「いつかリオンの魔法を見てみたいものだ」

「機会がございましたら」


 その後は、アライオスとベルトラム王の話が中心だった。自分が聞いても良いのか、と思うリオンだったが、二人は気にしないようであった。

 それはキーレライト王国から和解の申し出があったという内容だった。

 アライオスが予見した通り、あれは一部の貴族が勝手に暴走したことだと使者を通じて言ってきたそうだ。その上で、賠償金として三千万エラン(三十億円)が提示されたと言う。ちなみに、リオンが拵えた堀以外、ミガント領は損害を被っていない。


「戦争の賠償金としては話にならん金額だが、彼の国は暴走した貴族たちを粛清し、厳罰に処したと。それら貴族を御しきれなかった詫びとしては妥当な金額ではある」

「まぁ、実質我が領は損失ゼロですからな」

「其方が言うように、まんまと彼の国の思惑に利用されたわけだ。損害のない争いでごねて周辺国からがめついと思われるのも割に合わん。よってこの話を受けることにした」

「賢明なご判断かと」


 その三千万エランも、恐らく取り潰した貴族家から没収した財産で賄われるからキーレライト王国の損失もゼロである。

 今回、リオンの活躍で犠牲は出なかったものの、もしミガント領で犠牲者が出ていたら、話は全く違うものになっていただろう。


「国への賠償とは別に、レッドラン家に百万エランの見舞金が支払われる。これはルーシア嬢が襲われたことの詫びだそうだ」

「謹んでお受けいたします」


 これも、ルーシアが傷一つ負わずに済んだから良かったものの、もし怪我したり、万一命を落としたりしていたら、リオンは絶対にキーレライト王国を許さなかっただろう。


「これで彼の国は我が国への余計な手出しを控えるのでしょうか?」


 アライオスの問いは、リオンが一番聞きたいことでもあった。


「休戦協定の再確認を向こうから言ってきおったからな。少なくともしばらくは手を出してこないであろうよ」

「承知。今まで通り油断なく見張っておくとします」

「頼んだぞ」


 どちらかと言えば、こちらの話が本題だった気がするリオンである。最後に、労いの言葉をリオンとアライオスにかけたベルトラム王は、入って来た扉から退室した。


「皆さん、ご苦労様でした。帰りの案内は必要ですか?」


 マクレガン宰相の確認には、ベルンとアライオス双方が首を振る。今度こそ本当に終わったのだと、リオンはようやく肩の力を抜いた。









 王城から別邸に戻ったリオンは、寝そべるアスワドに埋もれるように体を預け、ぐでっとしていた。


「はぁ~。子供の体は疲れ知らずの筈なのに、滅茶苦茶疲れたよ」

「きゅう~」


 それは大変だったわね、と労われたような気分になる。アスワドの首周りの羽毛は、リオンの知る限りで最上の手触りだ。顔を埋めると温かく、全身から力が抜ける。要するに風呂に入るようなリラックス効果である。


「少しだけこうさせてね?」

「きゅ!」


 割と至近距離にシャロンが控えているし、アスワドの小屋はそれほど広くない庭にあって、その気になれば別邸の窓からリオンの様子を覗き見ることもできる。それは分かっているのだが、そんなことが気にならないくらい気疲れしていた。


「よし、準備しないと!」


 そう言って自分に活を入れ、リオンは無理矢理体を起こす。実は、この後別邸でレッドラン父娘を交え、リオンの受勲を祝うささやかな祝賀会を行うのだ。次兄のブロードも来てくれるらしい。だから支度をしなければならないのだが――


「ん?」

「女性が抱きしめると、男性は元気が出ると聞きます」


 シャロンが両腕を大きく広げて待っていた。抱き着け、ということらしい。恐らくだが、アスワドに対抗していると思われる。


「あ、うん。えーと、その、気持ちだけで嬉しいよ?」

「駄目です。リオン様は、これまで見たことがないほどお疲れの様子です」

「あ、そうなの? じゃ、じゃあ、失礼します」


 梃子でも動かぬという意思を感じたので、リオンは大人しくシャロンの腕に抱かれることにした。

 もっと幼い頃は、よくそうしてもらった記憶がある。中身が大人(おっさん?)になってから、気恥ずかしさと罪悪感でハグは避けていた。

 確かに、何かよく分からないけれど、気分が解れる気がする……。


「ありがとう、シャロン」

「ごちそうさ……いえ、これくらいいつでもお申し付けください」


 最初の小さな呟きは聞こえなかったリオンだが、その方が幸せかもしれない。

 別邸でリオンに宛がわれた部屋に戻り、湯浴みして着替えを終える頃には、ルーシアとアライオスが揃ってやってきた。二軒隣なのに馬車での来訪であった。貴族とはまぁ、そいうものである。

 応接室でベルンを加えて歓談していると、やがてブロードも到着した。別邸の管理を任せている家令により準備が調ったことを知らされ、全員でダイニングに移動する。


 上座にベルン、その右隣にリオン、ブロード。父の左隣にアライオス、ルーシア。五人だけの、本当にささやかな祝賀会。もちろんシャロンやメリダ、別邸の使用人たちもいるが、彼らは壁際に控えて存在感を消している。


 リオンが授かった銀翼勲章は、武の功績を称えるものとしては一番ランクが低い。と言っても、ここ五十年間は戦争が起きておらず、魔物や大規模な盗賊団の討伐などで国に貢献したと認められた者が、五十年の間で四人叙勲されたのみであった。戦争以降、リオンが五人目となり、当然ながらぶっちぎりの最年少である。


 全員が立ち上がり杯を手にする。リオンとルーシアは葡萄水、他はワインだ。


「我が息子リオナード・シルバーフェンが、本日陛下より銀翼勲章を賜ったこと、心から誇りに思う。リオンの今後が幸多からんことを祈って、乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 別邸の料理人たちが腕を振るって作った料理の数々を楽しみ、ブロードに勲章を見せたり、父ベルンがちょっと泣いたり、それを見たアライオスがからかったり。ルーシアが、また襲撃者から救われた時のことを美化してブロードに伝えようとするのをリオンが何とか止めようとしたり。ささやかではあるが、身内だけの祝賀会はリオンにとって心地良く、王城での疲れを吹き飛ばすくらい楽しんだのだった。









 翌日。学院の入学式まで十三日。


 入学予定者には学院の一部施設が解放されていると聞いて、リオンとルーシアは学院に行ってみることにした。


(きっと上級生に絡まれたりするんだ)


 そう思うなら行かなきゃいいのに。だが、王都へ来る道中に盗賊や魔物による襲撃はなく、冒険者ギルドでも絡まれなかったリオンは、ちょっぴりテンプレ(とリオンは思い込んでいる)に飢えていた。


「今は学院も長期休暇だけど、一部の学院生は残っているらしいよ」

「勉強熱心な方でしょうか?」


 休暇でも領地に帰らない学院生の中には、もちろん勉学に熱心な者もいる。図書館を利用する人数が少ないから、調べ物には最適な期間であるし。

 だが、居残っているのはそういう者ばかりではない。帰省するお金がない者、家族と折り合いが悪くて帰りたくない者、王都で遊びたい者などは、休暇中でも学院寮に残っている。事前に申請しておけば、寮の食堂も使えるそうだ。


 ルーシアは長期休暇には自領に帰るつもりなので、勉強熱心以外の理由に思い当たらなかったようだ。


 リオンとルーシア、侍女のシャロンとメリダが馬車に乗り、アーチルとテージルが馭者兼護衛を務める。


 リオンは、本音を言えば学院まで歩いて行きたかった。自分だけならそうしただろう。しかしルーシアも一緒となれば無用な危険を冒すことはできない。

 危険と言っても、貴族区はそもそも治安が良い。貴族は短距離でも馬車で移動するため、人通りは皆無に近い。たまに歩いている人を見かけるが、大抵はどこかの家の使用人だ。


 貴族がごく短距離でも馬車を使うのは、警護上の理由である。決して歩くのが面倒臭いわけではない。いや、中にはそういう貴族もいるかもしれないが、大半は生身を晒す徒歩よりも身が隠れている馬車の方が守りやすいことが理由だ。


 リオンたちの乗る馬車の後ろからはアスワドも付いてくる。貴族区の人々にアスワドを見てもらうことで、従魔のグリフォンが貴族区にいることを認知してもらうのが目的だ。あと、連れて行かないとアスワドが寂しそうにするので。


 リオンとしては、たまにはルーシアと二人きりになりたい気持ちもなくはない。と言うよりも大いにある。婚約者というのは恋人同士とは違うのかもしれないが、お互い好きならもう付き合っているようなものじゃない、と前世の知識が囁くのだ。


「はぁ……二人きりでデートしたい」

「ふふふ二人きり!?」


 リオンの小さな呟きはルーシアの耳に届いてしまったらしい。


「ああ、ごめんルーシア! 気にしないで!」

「リ、リオンが望むなら、私はその、か、構わないですわよ? でも、出来ればあと三、四年待ってくれたら……」


 ルーシアは俯けた顔を耳まで赤くしながら、上目遣いでそんなことを言う。

 いや、ただのデートだから! 何で三年も四年も待たなきゃいけないの!?

 と思うリオンだが、この世界における貴族の倫理観ではルーシアが正しい。婚姻前の若い男女が二人きりになるというのは、要するにそういうことなのだ。つまり、リオンはルーシアに「セックスしよう!」とお誘いしたようなものなのである。


 揃えた両脚の上で、もじもじと指をこねるルーシアの姿に、リオンは以前受けた礼儀作法の授業を思い出す。


『若いご令嬢に“二人きりで”と伝える時は慎重になる必要があります。時にそれは性行為の誘いと受け取られますから』


 それを聞いた時は何を馬鹿なことを、と聞き流していたリオンだったのだが、目の前の真っ赤になった少女を見たら血の気が引いてきた。


「ルーシア、そう意味じゃないんだ! いや、興味がないとか魅力がないとかじゃなくて、むしろ興味も魅力も滅茶苦茶あるんだけど、その、単に買い物したり食事したり散歩したり、そういうことを二人でしたいなーって思っただけで!」


 早口で弁解するリオンの姿にルーシアはくすりと笑う。まだ少し顔が赤いが、誤解は解けたようだ。


「そうですわね。そのうち機会があれば、リオンの言うデートをしたいですわ!」


 そんな風に言ってもらえて、リオンは安堵する。叙勲されて調子に乗ったエロガキだと誤解されたままじゃなくて良かった……。


 馬車とアスワドは閑静な貴族区の道を西回りに進む。石畳で舗装された道は綺麗に均されていて揺れがほとんどない。


 前方から一台の馬車がこちらへ近付いてきた。道は馬車が擦れ違うのに十分な幅がある。それでも、アーチルは少しだけ馬車を端に寄せた。ところが、前方の馬車が道を塞ぐように止まり、執事のような服装の若い男性が降りてきた。


 執事風の男性はこちらへ近付いてこんなことを言いだした。


「失礼いたします。私はブラウンネスト侯爵家の家令、フィリクスと申します。突然で恐縮ではございますが、そちらの従魔をお譲りいただきたいのです」


 上級生ではなく侯爵家に絡まれるとは。テンプレを期待していたリオンにも予想外であった。

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