27 叙勲式
貴族の一団を目にすれば、平民区の住民は皆自主的に道を空けてくれるのだが、如何せん交通量が半端ではない。他の貴族や商人の馬車も行き来しているのだ。そのため、北西門を通過して貴族区の門を抜け、シルバーフェン家の別邸に着くまで一時間近くかかった。
レッドラン家の別邸も近く、というか二軒隣にある。ルーシアはてっきりそちらに行くのかと思っていたリオンだが、「お父様が到着するまでこちらでお世話になりますわ!」と宣言され、嬉しさから笑みを零した。
父ベルンは関係のある貴族と会合があって忙しそうであったが、リオンとルーシアは暇を持て余すことになる。
早朝の走り込みはできない。別邸の庭はアスワドのために作られた小屋が結構な場所を取り、騎士団員たちと剣の打ち合いをするにも狭かった。もちろん魔法を撃ったりするスペースなどない。
王都へ到着した翌日、平民区にある冒険者ギルドへ赴くことになり、やることがなかったから丁度良いと思うリオンであった。
デルード領のギルドで従魔登録は行っているが、一定期間以上滞在する街では従魔の申請をしておいた方が良いらしい。これから四年間学院に通うし、アスワドを連れて街中を歩くこともあるので今のうちに申請しましょうとシャロンに言われたのだ。
当然ルーシアも付いて行くと言い出し、そうなると侍女のメリダも同行する。リオンとルーシアが行くということで、馬車と護衛が用意された。行き先が冒険者ギルドなので、護衛は元冒険者のアーチルとテージルが名乗りを上げた。
「リオン様は冒険者ギルドに行ったことがあるのかい?」
「いや、初めてですね」
敬称こそ付けるものの、アーチルの話し方は以前と変わりない。だがリオンはその方が気楽でいいと思っている。
アスワドの従魔登録はシャロンが行ったため、リオンは冒険者ギルドに入ったことがなかった。
「私も初めてですわ」
「用がなければ行かないもんね……アーチルさん、やっぱり新人冒険者に絡む人とかいるんです?」
新人に絡む冒険者、それはリオンの中でテンプレである。そして新人に返り討ちにされるまでがお約束。
「全くいないわけじゃないけど、滅多にいないかなぁ。ギルド内でのいざこざは罰則があるし」
「でも生意気な新人に分からせてやろう、って外で絡んでくるのは?」
「そんなことするの、よっぽど暇で馬鹿な冒険者だけですよ?」
最後に教えてくれたのはテージルだ。
「なるほど……ここでもテンプレは無しか」
「てんぷれ?」
「いや、こっちの話です」
そんな話をして、馬車と騎馬で冒険者ギルドへ向かう。アスワドも一緒なので非常に目立つ。王都に入った時もかなり目立っていた。何せユードレシア王国ではグリフォンを見たことのある人がほとんどいないのだ。だが今後を考えるとアスワドの存在は周知しておいた方が良いだろう、とリオンは思う。
平民区に入ると途端に人が多くなる。それに伴い、アスワドを見て驚く者、指を差して隣の者と話す者、危険だと思って距離を取る者が増えた。アスワドも人の多さに戸惑っているのかきょろきょろしている。
冒険者ギルドは平民区の西門に近い場所にあった。実は王都にあるギルドはここだけではなく、東西南北の門近くに四か所ある。ここはグレン西支部と呼ばれているそうだ。
建物は思っていたほど大きくはなかった。白壁の二階建て。木製の扉がやけに大きく感じる。
リオン、シャロン、ルーシア、メリダの四人で中へ。じろじろと無遠慮な視線がシャロンとメリダ、ルーシアに向けられる。リオンは蚊帳の外だ。中にいた冒険者は男性ばかりなので仕方ない。
「ようこそ、冒険者ギルド・グレン西支部へ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
茶色い髪をおさげにした、成人したてに見える女性がカウンターの向こうで微笑んでいる。
(テンプレ、キター!)
冒険者ギルドの受付は若くて可愛い女性。これが異世界テンプレ。
リオンは内心で感動していたが、どんな商売であれ、最も客と接する所に若くて可愛い女性を置くのはある意味当たり前のことである。テンプレでも何でもなかった。
「従魔の申請を」
シャロンが表情を変えることなく、自分の冒険者カードと従魔登録証を提示する。受付嬢がそれを手に取って確認する。
「デルード領で登録済みのグリフォン……グリフォン!?」
思わず大声を上げてしまった受付嬢が口を両手で塞いだが、もう遅い。ギルドにいた者たちにその言葉が伝わってしまった。
「グリフォンだと?」
「ユードレシアにいたっけ?」
「見たことねぇよな」
「あれだろ、隣の……何て国だ?」
「キーレライトだろ」
「そう。そっち側にいるんだよな?」
「珍しいな」
「見に行くか」
「見に行こうぜ!」
冒険者たちがぞろぞろと扉から外へ出て行く。
「た、大変申し訳ございません!!」
「謝罪は結構ですので、急いでいただけると助かります」
「ただちに!」
「僕はアスワドが心配だから、先に出てるね?」
「私も行きますわ」
シャロン一人をカウンター前に残し、三人は外へ出る。
ギルドから出て行った冒険者は十名ほどだったのだが、結構な人だかりが出来ていた。
「おっきぃ~!」
「けどかわいい~!」
「ねぇお姉ちゃん、触ってもいい?」
「触ったら食べられちゃうわよ?」
「ええ~!?」
どうやら、冒険者たちが来る前に子供たちに囲まれていたようだ。テージルが上手く子供たちをあしらってくれている。
「きゅ……」
当のアスワドは困惑しているようだった。そのアスワドが、リオンが近付いてくるのを認めて小さく翼をばたつかせる。
「きゅー! きゅー!」
「鳴き声もかわいい!」
「羽、パタパタしてるー!」
冒険者たちは少し離れた所から見て満足したのか、子供を押し退けてまで近付くような大人げないことをしたくないのか、ぞろぞろと冒険者ギルドへ戻って行った。
「この子はアスワドっていうんだ。みんなで囲むと怖がっちゃうから、撫でたい子はこっちに並んでくれるかな?」
リオンがそう声を掛けると、子供たちは「は~い!」と言って大人しく並んだ。意外とみんな聞き分けがいいな、と少し驚く。見たところ五、六歳くらいだろうか。
アスワドはリオンの意を汲み、お腹を地面に着けて伏せの姿勢になった。立っているとリオンでも首の羽毛部分に手が届かないのだ。
先頭の男の子を抱き上げ、羽毛を撫でるように促す。
「すっげぇ~! やわらけぇ~!!」
次は女の子だ。
「わぁ! すべすべしてるー!」
ルーシアとメリダが、撫で終わった子たちの相手をしてくれた。
そうやって十二名の子供たちを捌いた。話を聞くと、この子たちは近くにある孤児院の子たちらしい。孤児と聞いて少し驚く。上質ではないが清潔な身なりだし、痩せ細っていることもない。そして何より、皆元気で明るい。
「あ、シスター!」
「見て見て! とっても可愛いの!」
子供たちが見ている方向を見ると、修道服姿の若い女性がこちらへ走ってくるところだった。
「すみません! ご迷惑ではなかったですか?」
「いえいえ。みんな聞き分けが良くてびっくりしたくらいです」
そこで初めて、シスターと呼ばれた女性が馬車と護衛に気付く。
「っ!? 貴族の方とは知らず、大変失礼しました!」
女性が深く腰を折る。
「全然問題ありませんよ? むしろ楽しかったです」
「そ、そう言っていただけると、さ、幸いでございます……」
リオンが貴族と分かった途端、女性の態度が硬くなった。
デルード領では、リオンと領民の距離が近い。敬意もあるが、親しみの感情が強いのだと思う。
(やっぱり平民にとって、貴族って怖い存在なのかな……)
去って行く女性と子供たちの背を見送りながら、少し寂しくなるリオンだった。
三日後、叙勲式当日。リオンは早朝から、別邸の侍女たちに身支度を整えられた。スーツのような、銀地に青糸で精緻な刺繍が施された上衣に、下は黒のズボン。上衣の内側は白に金糸で刺繍が入り、何やら襞がたくさん付いているシャツ。上衣と同じ素材、同じモチーフの刺繍入りネクタイに、顔が映るくらい磨き上げられた黒の革靴。砂色の髪は整髪剤でオールバックに撫でつけられた。
鏡に映った自分の姿を見たリオンは、内心で(どこのお貴族様だよ!?)とツッコミを入れた。何を隠そう、シルバーフェン家のお貴族様である。
アライオスが到着したので、ルーシアは昨夜レッドラン家の別邸に移った。アライオスとルーシアも叙勲式に出席するので、今頃は同じように飾り付けられていることだろう。
「準備は良いか?」
「はい、お父さま」
シャロンとアスワドは本日お留守番である。登城は最低限の人数で行うべきであるため、護衛は馭者を兼ねたブリッツのみ。陽が昇ったばかりの時刻、貴族区をシルバーフェン家の紋章入り馬車が静々と南東へ向かう。
シルバーフェン家の紋章。上部に交差した二本の剣、下部に蔓薔薇が象られている。レッドラン家と同様、シルバーフェン家も武に重きを置く家柄だが、花を愛でる奥ゆかしさもあることを紋章が示している。リオンはこの紋章が好きだ。特に、紋章の周りを盾型の線が囲んでいるところが。だいたいどこの家の紋章も、似たような盾型の線で囲まれているのだが。
王城は巨大だった。煌くような白、いくつかある尖塔の先端は深い青。近付くに連れ、柱や壁が彫刻で装飾されているのが分かる。一体どれだけの手間と時間、そしてお金を注ぎ込んだのかと眩暈がするほどだ。
城の正面ではなく、西側にある通用口のような所に案内されると、そこには二名の文官が待ち構えていた。
「っ!? ブロード兄さま!?」
「リオン、久しぶり。父上もご健勝そうで何よりです」
「うむ」
「ブロード兄さまが何故ここに?」
「弟の晴れ姿が見たくて。叙勲式には参加できないから、せめて出迎えをってね」
そう言って、次兄のブロードは茶目っ気たっぷりにウインクした。
「ありがとうございます!」
ブロードは城内の財務省で上級文官として働いている。叙勲などの行事は内務省管轄なので関係ないのだが、叙勲対象が家族であることから出迎えと会場までの案内を認められたのだった。
城内の応接室への道すがら、ブロードが軽く説明してくれる。
「今日の出席者は五十名ほどだから小広間で行う。あまり形式ばったものじゃないから緊張しなくて良いよ」
それまで緊張していなかったリオンだが、ブロードの言葉で今更緊張してきた。
ベルンとブロード、リオンの三人で応接室のソファに座り、城の侍女が淹れてくれた紅茶を飲む。リオンはどんどん緊張が高まって味を感じない。
(これからこの国の王様に会うんだ……国の最高権力者。国王陛下がその気になったら僕の首なんてその場でチョンパだぞ)
そんなことはない。そのような野蛮なことが罷り通る国ではないのだ。リオンが思っているのはあくまでもイメージである。
「リオン、大丈夫? 顔が青いけど」
「だだだだ大丈夫です」
「全然大丈夫じゃなさそうだけど」
「私と同じようにすれば何ら問題ない。陛下から声を掛けられるまで顔を伏せ、呼ばれたら勲章を受け取る。『この身に余る光栄でございます』と言って下がる。簡単であろう? 腹を括りなさい」
「ははははいおおおお父さま」
ベルンとブロードが深い溜息を吐いた。リオンは自分の頬を両手で叩き、気持ちを落ち着ける。
「大丈夫です、お父さま、ブロード兄さま」
「うむ」
「多少間違っても、陛下は寛大であらせられるから。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「はい」
応接室の扉が軽くノックされ、外から『お時間です』と声を掛けられた。
「行こうか」
ブロードが先導し、ベルン、その横をリオンが歩く。小広間までの通路は静寂に包まれ、靴音がやけに響いて聞こえた。
何度か角を曲がると、正面に落ち着いた赤色をした豪華な両扉と、その両脇に控える全身鎧の近衛騎士が見えた。
「私はここまでだ。リオン、がんばってね」
笑顔のブロードに、リオンは引き攣った笑顔で頷く。
「ベルナール・シルバーフェン伯爵、リオナード・シルバーフェン殿、ご到着!」
騎士が大きな声を出すものだから、リオンはビクッと肩を震わせた。その肩に、父の大きな手が乗せられる。
「お前が誇らしいよ」
それは、普段聞かない優しい声音だった。父の言葉でリオンの覚悟が決まる。悪いことをして呼ばれたのではない。勲章を授かりに来たのだ。両扉が内側から開けられ、前に進む父に続いた。扉と同じ色をしたふかふかの絨毯を踏んでいく。顔を上げ、胸を張り、父が言ってくれた誇らしい息子に見えるよう努めた。
出席者が拍手で迎える。その中にはアライオスとルーシアもいるが、リオンがそれに気付く余裕はなかった。
王冠を被った壮年の人物から五メートル手前で父が片膝を突き首を垂れる。リオンもそれに続いた。ぎくしゃくしないよう精一杯である。
「ベルトラム・ラムダクス・ルースタイン・ユードレイシスである。両名、面を上げよ」
横目で父の様子を窺い、顔を上げるのを確認してからリオンも顔を上げた。
「イデアール砦でキーレライト王国の一部貴族が蜂起した件、皆も聞き及んでいることと思う。アライオス・レッドラン辺境伯から報告を受け、それに基づいて調査を行い、リオナード・シルバーフェンが多大な功績を挙げたことが認められた。よってここに銀翼勲章を授与する。リオナード、こちらへ来なさい」
最後の言葉はリオンだけに向けられ、柔らかい声音だった。リオンはゆっくりと立ち上がり、国王の傍へ歩み寄る。
「其方の活躍で、我が国民が無駄な血を流さずに済んだ。王として感謝する。今後も慢心することなく励め」
そう言って、国王手ずからリオンの胸に銀色の勲章を留める。
「この身に余る光栄でございます!」
父から教えられた通りの台詞を述べ、四十五度の角度で腰を折った。失礼にならないよう、そのまま国王の方を向いたまま元の位置まで下がる。
「若年者を叙勲することは異例ではあるが、余は年齢に関わらず功績を認める。ここに出席している者も皆、己が出来ることに邁進して欲しい」
国王が締め括りの言葉を述べ、リオンはホッと安堵の息を漏らす。
「二人はこの後来てくれ」
「はっ!」
え? 来てくれ? どこに? これで終わりじゃないの? リオンは目が回って倒れそうになる。
「リオナード殿。宰相のマクレガン・ゴールドレイドだ。よろしく」
「リ、リオナード・シルバーフェンと申します」
リオンは差し出された手を握り、辛うじて自分の名を告げた。
「ベルン、陛下は個人的にリオナード殿と話がしたいらしい。付いて来てくれたまえ」
「畏まりました」
個人的な話とは!? まだ終わりそうにないと知り、リオンは体が鉛のように重くなった気がした。




