26 王都グレン
まだ王都行きまで二週間はある、とのんびり構えていたリオンだったので、慌てて準備を行った。王都へ行ったらそのまま王立学院に入学するため、次の長期休暇まで家には戻れない。王都にはシルバーフェン伯爵家の別邸があるものの、普段の生活は学院の寮で過ごすことになる。ちなみに伯爵家以上は侍女や侍従を付けることが認められており、シャロンも寮内に部屋を宛がわれる。
アスワドも王都へ連れて行く。
最初の頃のように、四六時中リオンが傍にいなくても問題はなくなっていたが、やはり長い時間顔を見せないと非常に寂しがる。周囲の人間もそれが可哀想なので、アスワドも王都へ連れて行くことは決まっていた。従魔であれば学院内には入れるが、さすがに寮で暮らすことはできない(サイズ的に)ので別邸にいてもらうことになる。父ベルンは、別邸の庭に作らせていたアスワド用の小屋の進捗を確認する鷹便を飛ばした。
リオンが未成年ということで、叙勲式にはベルンも共に出席するので共に王都へ行く。話に出たようにルーシアも一緒だ。
ルーシアも突然の王都行きで慌てたが、婚約者が叙勲される喜びの方が勝った。侍女のメリダと、シルバーフェン家の侍女たちが彼女の荷造りを行う。
長兄ケイランは急いで護衛の編成を行った。その中で一番に名乗りを上げたのが、元キーレライト王国のAランク冒険者、現在は領騎士団に所属する緑髪のアーチルである。そしてアーチルのパートナーとも言える、領魔法士団に所属した女性、黄色髪のテージルも。
余談だが、アーチルとテージル以外の冒険者たちも皆、デルード領の騎士団と魔法士団に所属することになった。労役を選択したものは一人もいなかったのである。
アーチル・テージル以外の護衛は、騎士団からブリッツとグルシアの他十一名。魔法士団からカイネンの他二名の合計十八名。この他、馭者も兼ねる従士四名、父の身の回りを世話する侍女が一名。これにリオン、シャロン、ベルン、ルーシア、ルーシアの侍女メリダを加えた総勢二十八名での移動となる。ちなみに馬車は四台、騎士は全員がそれぞれ馬に乗り、アスワドも地上を行く予定だ。
リオンだけ、或いはリオン・ルーシア・シャロンの三人だけなら、アスワドに乗って飛んで行けば圧倒的に早いのだが、如何せんリオンは王都までの道程を知らないし、王都にある別邸にも行ったことがない。
こうして慌ただしく準備が行われ、翌朝、一団は無事に王都へと出発した。
「リオン。叙勲式が終わったら、一緒に王都を散策したいですわ」
「うん、そうしよう」
隊列の、前から二番目に位置する馬車には、リオン、シャロン、ルーシア、メリダが乗っている。アスワドはその馬車と並走していた。
馬車は先頭が魔法士団員四名、二台目がリオンたち、三台目にベルンとその侍女、四台目には荷物が積まれている。騎士は前方五騎、後方六騎、側方が左右に三騎と四騎だ。左右で数が違うのは、片方にアスワドがいるためである。
イデアール砦の一件があってから、リオンのルーシアに対する話し方が砕けたものになった。それ以前は丁寧というか、少し壁がある感じだったのだ。それが今のような話し方になって、ルーシアは酷く嬉しかった。
結局、彼女がシルバーフェン家に滞在したのは二週間程度だった。
レッドラン辺境伯家は武門の家系なので、令嬢であるルーシアも剣術を嗜む。ミガント領でしていたのと同様、彼女は早起きして毎朝騎士団員と軽く訓練していた。ルーシアにとって早起きは美徳であり、早起きに関して自信もあった。
だが、リオンはそれよりも早く起きていて、毎朝街の外周を走っていると聞いて心底驚いた。更にその後、騎士団員と剣の打ち合いを行い、三人の騎士相手に防御の訓練を行っているのも知った。
ルーシアには二人の兄がいて、二人ともミガント領騎士団に在籍するかなりの実力者だ。その二人でも、リオンのような訓練はしていなかった。
そして、リオンは騎士団員との訓練を終えると魔法士団の指導を行っていた!
それは最近始めたことだと教えられたが、指導の様子を見れば、魔法士団員が如何にリオンを尊敬しているかすぐに分かった。そして仲が良いことも。
ルーシアを助けに現れたリオンは、まるで物語に登場する英雄のような、或いは神の遣いのような印象を与えた(あくまでもルーシア視点)が、それは彼が毎日努力していた結果なのだと知り、納得するとともに非常に誇らしい気持ちになった。才に溺れず努力するというのは中々できないものだと彼女は知っているから。
一方のリオンは、向かいの席に座るルーシアからキラキラした目を向けられて、嬉しいやら恥ずかしいやらで長い間目を合わせることができない。
リオンは自分がやっていることが「努力」だと思っていない。この世界で生きていくために必要なことだからと始め、それがルーティンになっただけだと思っている。
全ての始まりは転生者だと自覚したこと。そして、前世のごく浅い知識から、転生者には過酷な運命が待ち受けていると未だに思い込んでいることが理由だ。痛いのは嫌だし死ぬのはもっと嫌だから。そして今は、大切な人も絶対に守りたいと思っている。
「ルーシアは王都に行ったことがあるんだよね」
「お父様に付いて、一度だけ。あまりの人の多さに『今日はお祭りなの?』と聞いたものですわ」
「うへぇ。人が多いのは苦手だなぁ」
「うふふ。貴族街とその周辺は静かですわよ?」
「でも、その人の多さを少しだけ味わってみたいとも思ってるんだよね」
「気持ちは分かりますわ。日常でそれは嫌ですけど、ごくたまにだったら非日常感が味わえますものね」
「そうそう、その通りだよ!」
見た目はいかにも貴族令嬢然としたルーシアだが、頭の回転が速く、気さくで気取らず、それでいて人の気持ちを察する能力に優れている。
真っ赤な髪と、少しだけ吊り上がった目が勝気そうに思わせるが、とても優しくて気遣いのできる女の子なのだ。
そんな子が婚約者であることを、リオンは神に感謝せずにいられない。もちろん、この婚約をまとめてくれた両親や、ルーシアを育ててくれたレッドラン家にも感謝である。
王都ドレンはユードレシア王国の中央やや南寄りに位置しており、デルード領から王都までは四つの領と一つの王家直轄地を通る。行程が予定通りであれば野営の必要はなく、全て途中にある街で宿泊することになる。
ユードレシア王国内は、領にもよるがかなり治安が良い。これは王国の豊かさを象徴していると言えるだろう。例えば飢餓や貧困で野盗の類に身を窶す必要がないのだ。ただし、どんな世界にも真っ当に生きていけない人間はいるもので、そういった者たちが盗賊団を結成したりすることはある。
リオンはルーシアとの会話を楽しみながらも警戒を怠らなかった。こういう移動で盗賊や魔物に襲われるのは、彼の浅い知識では異世界のテンプレだからだ。
だがよく考えて欲しい。人々が頻繁に行き交う街道において盗賊や魔物が跋扈していれば、流通もままならず経済が停滞してしまう。それを許すのは国としては恥である。だから王国の指針として、領主貴族には各領騎士団による街道の巡回を義務付けている。デルード領も例外ではなく、ウルシア大森林に近い北部には騎士団を駐屯させているくらいだ。
(盗賊団や魔物の群れが襲ってきたら……地形によっては<エンバンクメント>で守りを固めよう)
などとリオンは意気込んでいたが、何事もなく最初の宿泊地に到着するのだった。
宿泊は全て宿の予定。こういう移動では、現地の貴族邸に滞在させてもらうのも一つの方法であるが、父ベルンが他貴族に借りを作ることや煩わしい社交を嫌うため、宿に泊まる。
それは最高級とは言えず、かと言ってみすぼらしいわけでもなく、所謂中級の宿であった。貴族の滞在に過不足がない、と言えば良いだろうか。
厩の一角を与えられたアスワドと暫し戯れた後、リオンは初めての宿に胸を躍らせた。定期討伐の時は人数が多かったため、ずっと野営だったのだ。
宿泊予定の宿は全て予約済みのため、手続きはスムーズ。中級と言っても、前世の記憶に照らし合わせると高級ホテルのようなロビーであった。歓談ができるソファが並んだスペース、高い天井から下がるシャンデリア。カウンターの向こう側には黒いスーツのようなお仕着せを着たスタッフ。荷物を運んでくれるベルボーイもいる。
部屋も広い。スイートルームになど泊った記憶はないが、きっと前世のスイートルームはこんな感じだったのだろうと思わせる。リビングと寝室が二つ。もちろんバス・トイレ付き。内装は落ち着いた雰囲気だが、調度品が高級感を漂わせている。こんな部屋を自分とシャロンで使わせてもらうことに、リオンは恐縮する。根が貧乏性なので。
当然だがルーシアは別部屋、と言っても隣の部屋だ。平民なら、十一歳の子供だったら男女構わず同じ部屋に押し込んで気にしないのだが、貴族は何かと面倒なのだ。
(こんな宿を襲撃するとしたら……宿の従業員になりすますのがありそう)
相変わらずテンプレの心配が尽きないリオンである。念の為言っておくが、シルバーフェン家は別に狙われていない。陰謀もない。たぶん。
豪華な夕食は個室で供された。ベルン、リオン、ルーシアの三人が共に夕食を摂る。シャロン、メリダ、そしてベルンの侍女であるレーマは同じ個室で運ばれてきた食事を配膳し、主が食事を終えた後に騎士たちと共に大部屋で夕食である。個室の外には一応護衛騎士が立つが、彼らも交替しながら食事を摂る。
食事後はそのまま個室で少し歓談し、侍女が食事を終えて戻ればそれぞれの自室へ。後は入浴して寝るだけだ。
「リオン様、湯浴みのお手伝いをいたします」
「シャロン? 七歳の時から、湯浴みは一人でするって言ってるよね?」
「ちっ」
「舌打ちした!?」
貴族子女は侍女の手を借りて入浴することも多いのだが、前世の記憶があるリオンはそれに抵抗がある。というか恥ずかしい。十一歳ともなれば余計に。
シャロンは大層美しく、リオンだって女性に興味がないわけではない。ないのだが、シャロンは姉のような存在である。十一歳で二十代の姉と一緒に入浴する男の子も、現代地球にいるかもしれないが、リオンは恥ずかしさの方が勝る。
シャロンとしては、四歳から七歳まではリオンをお風呂にいれていたのだ。それが七歳のある時、具体的には落馬して怪我を負った後から拒まれ、寂しいのである。シャロンの感情は親愛なので、歳の離れた弟が姉との入浴を拒む寂しさだ。だが今となっては拒まれるのは慣れている。環境が変わってあわよくば、と思っただけである。
そんな一幕を経て、リオンは無事一人で入浴し、眠りに就いた。なお襲撃はなかった。
王都グレン。
約五百年前、西部のカルドレシア王国、東部のメキレシア王国、南部のユードレイシス王国が平和的に合併して興った国、それが現在のユードレシア王国だ。その時にここグレンが王都に定められた。言うまでもなく、王国最大の都市である。
人口はおよそ二百万人。直径およそ三十キロメートル。ほぼ円形の都市で、他の大きな街と同様、周囲を防壁に囲まれている。防壁の総延長は約九十五キロメートルに及ぶ。
東西南北とその中間に計八か所の門があり、それぞれから別の街に繋がる街道が伸びている。
王都の北西にはグレナーダ湖があり、そこから引かれた水が王都民と周辺耕作地の水需要を賄っている。同時に水産資源の提供元でもあり、グレナーダ湖は「恵みの水瓶」と呼ばれて大切に管理されている。
王都内は同心円状に壁で区切られており、一番外が平民区、二番目が貴族区、中央が王城と王族が暮らす王宮になる。外壁に沿った東の一部区画には、王国騎士団と王国魔法士団の本部がある。それぞれの訓練所は壁の外側に隣接している。
王立学院は貴族区の南にある。シルバーフェン家とレッドラン家の別邸は貴族区の北西部だ。別邸の配置は、おおよそ領地の方角と思って間違いない。これは王都を訪れる地方貴族の利便性を考慮したものである。
学院の近くに屋敷がある子女も、基本的には学院寮に入ることになっている。学院の目的の一つが貴族子女の交流にあるからだ。まだ婚約者のいない者がそれを見初めたり、高位貴族や王族は将来の側近を見定めたりする。
ちなみに、ごく少数ではあるが平民の中にも学院に通っている者が存在する。大商会の子女や、神殿から非常に優秀であると推薦された者だ。
学院は四年制で、成人となる十六歳までに必要な単位を取得すれば卒業だ。飛び級もあるので、四年を待たずに卒業する者もいるし、四年で卒業できずに退学する者もいる。授業も選択制なので、地球の大学に近いかもしれない。
リオンたちは、デルード領を発ってぴったり十日後、王都グレンに到着した。
「襲撃がなかった……」
「襲撃!? そんな可能性があったんですの!?」
「いや、てっきり盗賊や魔物の襲撃があると思ってて」
「これだけの護衛がいるのだから、そんな心配はないと思いますわよ?」
北西門から入都したリオンが呟き、ルーシアが驚いた。ルーシアの言う通り、護衛付きで貴族の紋章が入った馬車を好んで襲うような盗賊はいないし、魔物だって街道にはほとんど出ない。
(この世界は、僕が思っているより安全なのかな?)
馬車の窓から人の多い平民区を眺めつつ、今更なことを考えるリオンであった。




