24 お説教と救いの神
ここから第二章になります。
デルード領の領都デン。街の中心よりやや南側に位置するシルバーフェン伯爵家と、隣接する領騎士団・領魔法士団は騒然としていた。
「輜重隊の準備は!?」
「間もなくです!」
「騎士団の装備はどうだ!?」
「あと少しで準備が完了します!」
イデラ・ホワイトラン騎士団長が部下たちに次々と指示を飛ばし、確認作業が続く。
「ケイラン様、魔法士団は先に出発するべきでは?」
「ライカ副団長。そうだね……護衛騎士を二十ばかりつけて何名か先発してもらえるかい?」
隣領から、早馬で「イデアール砦に敵軍が押し寄せている」と連絡があったのが朝。当主ベルン不在の元、長兄のケイラン・シルバーフェンは自領戦力の半分をミガント領に派兵することを決め、部隊の編成と物資の調達、輸送手段の確保などに忙殺されていた。
ただでさえ忙しいのに、一時間ほど前、リオンとシャロン、ついでにアスワドの姿までどこにも見当たらないと報告があった。婚約者であるルーシアを心配するあまり、勝手な行動をしないよう釘を刺すつもりだったのだが……。リオンの行動力はケイランの想定を上回っていたようだ。
末弟が何かやらかさないか心配なため、ライカたち魔法士団の先行を認めたのだった。
まぁ、この時既にやらかした後だったのだが。
ライカ魔法士団副団長は、<コンプレックス・シールド>もどきと<ストーンライフル>もどきの両方を習得している団員を七名選抜。これに自らを加えた八名で隣領に乗り込む準備を整えた。いよいよ、常識を覆す魔法をお披露目する機会がやってきたのだ。
あとは道中と到着後に自分たちを護衛してくれる騎士たちを待つばかりとなった時、魔法士団の訓練所が俄かに騒がしくなった。
大きな黒い鳥のようなものがゆっくりと舞い降りて、そこから三人の人間が降りてくる。
魔法士団員の一人が、その人物に近付いて何やら告げると、その砂色の髪をした小柄な少年は、慌ててこちらへ走ってきた。その後ろからは、真っ黒なグリフォンと銀髪の女性、真っ赤な髪の少女がゆったりと歩いてくる。
「ライカ副団長! ケイラン兄さまはどこでしょうか!?」
「おー、リオン君! ケイラン様が朝から君をお探しだったよ? えーと、ほら、あっちの天幕の傍にいらっしゃる」
リオンはライカに礼を言い、示された天幕に走っていく。
「ケイラン兄さま!」
「っ! リオン、一体今までどこに――」
「イデアール砦に迫っていた敵軍は撤退しました!」
「いたんだ――何だって?」
「イデアール砦近くに布陣していた、キーレライト王国の一部貴族からなる敵軍ですが、全軍が完全に撤退しました!」
朗らかに報告する末弟の言葉に、ケイランは一瞬呆然とした。理解できなかったわけではない。この一瞬で許容量を超える情報が脳内を駆け巡ったためだ。
リオンがそのことを知っているということは、彼はそこにいた。少なくとも敵軍撤退を知れるくらい戦場に近い場所に。
そして今までリオンがやらかしたことから考えると、その撤退に弟が何らかの形で関わっている可能性が高い。
更に、向こうから歩いてくる赤髪の少女、あれはルーシア・レッドランではないか? 更に更に、グリフォンのアスワドがいて、ルーシア嬢に懐いているように見えるのは、まさかとは思うがアスワドに乗って飛んできた? 辺境伯家の令嬢を? グリフォンに?
「……ケイラン兄さま?」
「えっ……と。あ、グルシア。イデラ団長とライカ副団長に、派兵の必要がなくなったと伝えてくれないか?」
「はい! ……は?」
たまたま近くを通り掛かったグルシア騎士団員は、反射的に返事した後に疑問の言葉を発した。
「派兵は中止だ。既に集まった物資は騎士団と魔法士団の倉庫へ。人員は順次解散」
「……はっ! 承知しました」
グルシアが弾かれたように走り出す。その背を見送ったリオンが発する。
「はぁ~。間に合って良かった」
「リーオーン~? ちょっと話をしようか」
リオンはケイランの顔を見上げ、背筋が粟立った。笑顔だが、目が全く笑っていない。何やら黒いオーラが出ているような気がするし、何なら背後に般若の幻影が見える。この世界に般若はいない筈なのだが。
「あ、あの、これには深い理由が」
「うんうん。それをじっくり聞かせてもらおうかな?」
そこへ到着した天の助け。
「ケイラン様! ひと月ぶりでございますわ!」
「これはルーシア嬢。息災そうで何より」
「こうしてケイラン様と無事にお会いできたのも、全てリオンのおかげですの!」
無垢な笑顔でそう言われれば、ケイランも怒りのオーラを引っ込めるしかない。
助かった、とリオンは思った。
リオン、ケイラン、ルーシア、そしてシャロンとアスワドは連れ立って屋敷へと歩いていく。アスワドを専用の小屋に入れ、たっぷりの水と肉の塊を与えて労いの言葉を掛けてから、邸内の執務室へ向かった。そこは本来、父ベルン・シルバーフェンの執務室であるが、補佐をするケイランの執務室でもある。
リオンとルーシアがソファに腰を下ろし、ケイランが向かい側に座る。父の執事、ヘイロンとシャロンが茶の準備をしてくれて、茶器が置かれた途端ケイランが口を開いた。
「それで?」
語気は強くないものの、その目は嘘や誤魔化しを許さない強い光を放っている。妙に口が乾く気がして、リオンは紅茶を一口飲んでから説明を始めた。
「今朝、魔法士団の訓練所でイデアール砦のことを耳にしました――」
ルーシアのことが心配で居ても立っても居られなくなり、衝動的にアスワドに乗ってミガント領へ向かった。シャロンは自分が同行を命じた。
砦上空から戦況を確認、まだ戦闘が行われていなかったためルーシアの安全を確かめようとレッドラン辺境伯邸に向かい、そこで襲撃されている彼女と護衛を目撃し、襲撃者を撃退・捕縛。
ルーシアを伴って砦に向かい、<ストーンライフル>で物資を破壊。その後<ストーンガトリング>で威嚇射撃を行ったところ、魔力枯渇で倒れた。三時間ほど医務室で寝ていたらアライオス・レッドラン辺境伯から敵が全軍撤退したことを教えてもらった。
リオンが真実を簡潔に説明する間、ケイランのこめかみに薄っすらと青筋が増えていく。それでも口を挟まなかったが、説明が終わったと見て尋ねる。
「リオン。軽率な行動を慎むように言われたことを憶えているね?」
「はい。申し訳ありません」
敵の撤退にリオンが何らかの形で関わっていると思っていたケイランだが、何らかの形ではなく思いっ切り関わっていた。
「何が良くなかったか言ってみなさい」
逆に良い所が思い当たらず、リオンは暫し沈黙した。
「……誰にも告げず、勝手にミガント領へ向かったこと、です」
「そうだね」
「ケイラン様、差し出口をお許しください。リオンの行動はご家族やデルード領軍から見れば軽率だったかもしれません。しかしながら、そのおかげで私は無事だったのです」
ルーシアがリオンを弁護する。襲撃者の目的は、恐らくルーシアを人質にとってアライオスに降伏を促すことだった。父がそれに応じなければ、恐らく殺されていたこと。そうなれば敵軍との全面衝突は避けられず、多大な犠牲が出ていただろうこと。
それらを全て未然に防いだのがリオンであること。
「父も、リオンの勇気ある行動とその実力に大変感銘を受け、また心から感謝しておりました。リオンがいなければ、損耗なしで勝利することは出来なかっただろう、と」
それは結果論に過ぎない、と反論しかけたケイランだが、アライオスのことを出されたため口を閉ざした。
「もちろん私も彼に心から感謝しておりますわ。護衛たちが押されて窮地に陥ったその時、天から舞い降りたリオンの姿と言ったら! 神の遣いかと思いました。そしてあっという間に敵を無力化してしまったのです……私の! 婚約者が! もう、天にも昇る気持ちでしたわ!」
垂直降下のせいで、アスワドから降りた時は膝が笑っていたリオンだが、ルーシアには神の遣いに見えていたらしい。リオンは恥ずかしさに顔を真っ赤にして俯いていた。
「砦では矢の雨から私たちを守り、信じ難い威力の魔法を敵の眼前に浴びせ、戦意を喪失させたのです! 味方には怪我人の一人も出ず、父の知る限りでは敵方にも死者が出ていないそうです。このような勝利は前代未聞だと。これらを陛下に報告し、リオンに勲章の授与を奏上すると申しておりましたわ!」
ルーシアがあまりにも熱を込めて話すので、ケイランは毒気を抜かれ、怒りはいつの間にか鎮まっていた。なおリオンの顔は血が上り過ぎて赤黒くなり、まだ俯いている。
「此度の最大の功労者は間違いなくリオンですわ! ケイラン様。その功績に免じて、お怒りを鎮めていただけませんでしょうか?」
「ええ、ルーシア嬢。お話はよく分かりました。もう怒っていませんよ」
その言葉を聞いて、リオンは恐る恐る顔を上げる。そこには苦笑いを浮かべた兄がいて、黒いオーラと般若の幻影は綺麗さっぱり消えていた。
「ただね、リオン。私は……私だけでなく母上もクオンも、もちろん父上も、王都にいるブロードだって、君のことが心配なんだ。それだけは分かってくれるかい?」
「はい……ご心配をお掛けして、本当に申し訳ありません」
領主代理でも領軍総指揮官でもなく兄の顔になったケイランに、リオンは深々と頭を下げる。反省はしているが後悔はしていない。自分の行動の結果、ルーシアは無事だし流された血は最小限で済んだ。ただし、次回も同じ結果になるとは限らないし、家族を心配させるのも心苦しい。そのことはしっかりと胸に刻んだリオンだった。
バタバタして忘れていたアライオスから預かった手紙をケイランに渡し、王立学院入学までルーシアが滞在することも許しを得、リオンたちは解放された。
リオンがデルード領に帰還して三日後には、ルーシアの侍女メリダと護衛騎士二名が到着した。着の身着のままでルーシアを連れて来てしまったわけだが、これまで毎月シルバーフェン伯爵家を訪れていたので下着や寝間着など最低限のものは屋敷に置いてあった。ドレスに関しては、母カレンやケイランの妻で身重のフローラが着なくなったドレスを侍女たちが超特急で仕立て直し、わずか三日ではあったが不自由なく過ごしてもらうことができた。
その三日後には父ベルンも王都から戻り、一通りお説教されることになったが、それをカレンが「婚約者のために飛び出すなんて、あなたと同じじゃないですか!」と宥める一幕もあり、特に咎めや制限もなく済んで一安心であった。
それからリオンは、ベルンとケイラン二人を相手に話し合いを持った。未だ囚われたまま処遇の決まっていない、キーレライト王国の冒険者たちについてである。
今回、イデアール砦が敵国の侵攻に晒されたわけだが、アライオスから齎された情報から考えると、冒険者たちもまたキーレライト王国に利用された可能性が高かった。
だからと言って貴族を襲撃した罪が帳消しになるわけではない。それではユードレシア王国の法を蔑ろにすることになってしまう。
「そこで考えたのですが……労役を課す代わりに、一定期間領軍で働いてもらってはどうでしょう?」
彼らはキーレライト王国でも優秀な、AランクやBランク冒険者である。そのような才ある者を、鉱山労働で使い潰すのはあまりに勿体ないとリオンは思うのだ。
「或いは、シルバーフェン家の専属冒険者でも良いかもしれません。魔物の討伐、稀少な薬草や鉱石の採取、護衛。使い道はたくさんあります」
「だが、彼らが裏切らないという保証がない。我らを恨み、牙を剝くことも十分有り得る」
「キーレライト王国から利用されたと知れば、彼らの恨みは彼の国へ向かうと思うのです」
「それはそうかもしれんが……」
「勿論ある程度の監視や規制は必要です。完全な自由を与えるわけではないのですから。ただ、その間の給金を保証し、十年間勤めれば自由の身にすることを約せば、有無を言わさず労役を課すよりもシルバーフェン家に恩義を感じるのではないかと」
「ふむ……」
大元の原因がグリフォンのアスワドにあるので、リオンは冒険者たちに少し罪悪感を抱いていた。だから、罪を課すにしてもできるだけ穏当なものにして欲しいと思っているのだ。
「ケイラン。私はリオンの案は悪くないと思うが、お主はどうだ?」
「そうですね……キーレライト王国の思惑を明かした上で、労役か領軍勤めを冒険者たち自身に選ばせればどうでしょう?」
「うむ……しかし我々の言葉を彼らが信じるであろうか」
「信じようが信じまいが選択肢は変わりません。貴族襲撃の罪は厳然とあり、死罪でもおかしくない。それを領軍で働くという罰とも言えない寛容な処分で済ませるのですから、これで恩義を感じない者は救いようがない。そうですね、リオン?」
「おっしゃる通りです」
甘いのかもしれない。「シルバーフェン伯爵は息子たちを襲撃した罪人を自軍で働かせている」という噂が流れれば、シルバーフェン家が舐められる可能性がある。事情を良く知らない者たちは、上っ面だけを見て「罪人を処刑する度胸もない」などと言い出しかねない。
そんなこと、ベルンとケイランは百も承知だ。それでもリオンの気持ちを無碍にしたくないのである。この、優しくて甘くてどこか抜けていて、軍を一人で退ける稀代の魔法使いであるリオンの気持ちを。
まぁ要するに二人は親バカと兄バカなのだ。
そうして冒険者たちに二つの選択肢を与えることが決まった翌日。日課を終えたリオンは再び騎士団の獄舎を訪れた。シャロンとイデラ団長の他に騎士二名が同行している。リオンは真っ直ぐにアーチルの独房へと向かった。
「おや、また来てくれたんだね」
「元気そうで何よりです、アーチルさん」
アーチルには自分の口で伝えたかった。彼の話で、示威によって敵を退けることを思い付き、実行して成果が出たのだ。リオンは一週間前の出来事をかいつまんで話した上で礼を言った。
「礼には及ばないさ……しかし軍相手にそれをやってのけるとはねぇ。やっぱり君の魔法はえげつないな」
「……多少、自覚はあります」
「多少なんだ」
「それでですね――」
更に、アーチルたちがキーレライト王国に利用されていた可能性について言及する。アーチル自身、叙爵に目が眩んだ節が多分にあり、そんな浅ましい自分を認識させられたのが、依頼主であるキーレライト王国が元凶である可能性が高いと思い至り、悔しいやら情けないやら、複雑な思いを抱いた。
「それで、アーチルさんを含めた冒険者たちの処遇なのですが」
昨日父兄と話し合って決めたことを伝える。鉱山での労役十五年か、領軍勤務十年か。後者は既定の給金が支払われ、十年勤めた後は好きにして構わない。ただし上官の命令は絶対だし、少なくともしばらくの間は監視が付くことも正直に告げる。
「ひとつ聞いても良いかな?」
「ええ、勿論」
「十年勤めた後も、希望すればそのまま領軍に残れるだろうか?」
「え」
想定していなかったことを聞かれ、口ごもってしまうリオン。
「僕はね……もし叶うのならリオン君――いやリオン様の護衛を務めたい」
「ええ!?」
「リオン様の、貴族に関する考えを聞いて、僕はこれまでにない衝撃を受けた。生まれて初めて、誰かに仕えたいと思ったんだ」
そう言うアーチルは、少し恥ずかしそうに顔を背けていた。シャロンがリオンの後ろでうんうんと頷いている。
「だから、ね?」
「あ……えーと、それは僕の一存では決められないので、父と兄に進言してみます」
そう言うと、アーチルは腰掛けていた寝台からゆっくり立ち上がり、その場に片膝を突いて首を垂れた。
「よろしくお願いいたします、リオン様」
あははー、と照れ笑いするリオンは思わぬ展開にどうすべきか分からず、あたふたと暇を告げて独房から去る。
しかし獄舎から出る頃には、リオンの足取りは羽が生えたように軽くなっていた。




