23 スナイパース・ハイ
ここまでが第一章となります。
リオンの<ストーンライフル>一発で壊れた水樽は一つではなかった。高所から角度を付けて撃っているため真横から狙った場合ほどではないが、満載された水が吹き飛ぶ圧力で隣り合った樽も破壊され、一撃で五~六樽の水が使い物にならなくなった。
「「「…………」」」
アライオス、ルーシア、護衛騎士の一人がその光景を遠見筒越しに見て、あんぐりと口を開けて固まってしまった。
アライオスは自分の目で見たことが信じられなかった。一キロメートル以上離れた所まで届く魔法など、見たことも聞いたこともない。強力な弓で射ったと言われた方がまだ納得がいく。まぁ、一キロメートル以上矢を飛ばせる弓など存在しないのだが。
ルーシアは、リオンなら出来ると信じていた。信じていたが、現実として目の前で見せられると、それは驚愕以外の何物でもなかった。遠見筒を目から離してリオンの背中を見る。それはルーシアが良く知る背中の筈だが、まるで知らない背中に感じた。
護衛騎士はただ驚いている。それが魔法であることも知らない。もう一人、ルーシアに遠見筒を貸した騎士から「何が起きた?」と聞かれ、「水樽が吹っ飛んだ」と見たままを答えた。
「このまま左側を潰していきます。<ストーンライフル>」
水樽が壊れた際に大きな音がしたせいで人が集まりかけている。あまり増えると狙い難くなるので、リオンは続けざまに<ストーンライフル>を発射した。
バゴォン! バガァン! ドガァン!
水樽が弾け飛ぶたび、集まりかけていた人たちが蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。隣の天幕からも豪奢な服装の三人が出て来て、慌ててその場から離れていく。誰一人として水樽を抱えて移動させようとする者はいない。
<ストーンライフル>の元になっている「バレットM82」はセミオートの狙撃銃で、装弾数は弾倉に十、薬室に一の十一発だ。つまり連続で最大十一発撃った後は弾倉を交換し、そこからは十発の連射となる。
しかしそこは魔法。弾は魔力が続く限り尽きない。リオンは二十発で左側の水樽を全て破壊し、既に右側を狙い始めていた。次々に壊されていく樽。大量の水でその辺りは池のような水溜まりができていた。その水もやがて地面に吸い込まれるだろう。
右側の水樽も全て破壊し、他に狙うべき箇所がないか探っていると、シャロンから声を掛けられた。
「リオン様?」
「ん?」
「アライオス様が説明を求めていらっしゃるようです」
顔を上げると、岩のような大男であるアライオスが、岩のように固まっていた。今は説明どころではないと、リオンは五十口径の石弾を一つ生成してシャロンに渡す。
「これで説明しといてくれる?」
「え」
突然の丸投げに、今度はシャロンが固まる。リオンのことはつぶさに観察しているが、彼の魔法についてはシャロンにもよく分からないのだ。
だが主であるリオンは次の標的を見付けたらしく、「<ストーンライフル>」と何度も呟いている。仕方ないので、シャロンは石弾をアライオスに見せながら、リオンがデルード領の魔法士団員にしていた説明を何とか思い出す。「この弾を、約一メートルの筒を滑らせ、えー、馬の五十倍を超える速さで撃ち出しています」シャロンの説明を聞いても、アライオスの眉間に刻まれた皺は深くなる一方だった。
一方のリオンは、崖の近くに食料らしきものの集積所があるのを見つけ、今はそれを叩いている。麻袋には豆や小麦が、木箱には日持ちする野菜や干した果物、干し肉などが入っているようで、それらを撃ち抜くと派手に爆散する。が、散らばったものを集めれば食べられないこともないかもしれない。それに気付き、もっと違うターゲットはないかと探す。
本人は気付いていないが、リオンは今「スナイパーズ・ハイ」とも言える心理状態に陥っていた。
遠距離からの、反撃を心配する必要のない一方的な攻撃。狙った的が破壊されていく爽快感。しかも未だに一発も外していない。
一キロメートルを超える狙撃がそんなに容易いわけがない。実際の狙撃では、風向きと風の強さ、そして長距離になれば重力の影響も計算する必要がある。それに加えて何千何万と撃った経験、そして優れた勘がなければ一キロメートル先の的には掠りもしない。
しかし、リオンが使っているのは狙撃銃ではなく魔法。的を目で捉えた瞬間、そこに当たるイメージを思い描くので、魔法はその通りに発動する。つまり、的に当たるのが必然となるのだ。
もちろん、それは動かない的に限られる。水樽や麻袋、木箱といった動かない的しか狙っていないので、百発百中になるのは当然だった。
しかし、敵も物資を駄目にされるのをずっと呆けて見ているわけではなかった。何らかの攻撃がイデアール砦から行われていると気付き、二十騎ほどが猛然と近付いてくる。
軽鎧を身に付けて弓を持った馬上の男たちは、砦まで百メートルを切る辺りで一斉に弓を引き絞り、斜め上に向かって矢を射かけた。
放物線を描き、リオンたちのいる屋上テラスに迫る二十本の矢。護衛騎士二人は迷いなくアライオスとルーシアをその背に庇った。自分の身を盾にするつもりだ。
「<コンプレックス・シールド>」
高所にいる利点は視野がかなり広がること。リオンには、当然敵が迫ってくるのが見えていた。その気になれば狙撃もできただろう。だが彼は「殺す」ことに忌避感を持っている。撃ち殺すという考えには及ばなかった。
<コンプレックス・シールド>は、念の為に縦二枚、横に三枚展開した。これで縦四メートル、横六メートルの強固な障壁が出来上がる。敵の放った矢は一本たりともテラスに届かなかった。
その頃にはテラスに十名ほどの騎士が駆け付けていた。アライオスとルーシアがここにいることを、毛布を届けてくれた従士が騎士に伝えたのだろう。
そして下階から敵に向けて放たれる矢。矢というのは、射下ろす方が断然有利である。狙いもつけやすく、威力も高い。馬上の男たちはすぐに離脱を試みていたが、八人が背中や肩に矢を受けて落馬した。
「しまった……何てことだ」
その時リオンは気付いた。自分の攻撃が原因で、遂に戦端が開かれてしまったことを。
厳密に言えば、国境線を超えて布陣したのは相手が先であり、その時既に戦端は開かれているのだが、これまで実際の戦闘行為は起きていなかった。だが、水や食料が失われるのを座して見ているわけにいかなくなった敵が、とうとう武力を行使したのだ。
砦を攻撃されたのだからミガント領騎士団は応戦する。当たり前の話である。ここで応戦しなければ騎士など辞めた方がいい。
「リオン君、君のせいではない。遅かれ早かれこうなったのだ」
「しかし、僕が追い詰めたから……」
「これは向こうが仕掛けてきた戦だ。さっきも言ったが、攻撃されたら応戦しなければならん。それはここを任されている我々の責務だ」
リオンも理屈では分かっているのだ。だが、目の前で矢を受けた人を見ると、もっと良いやり方があったのではないかと考えてしまう。それが敵だとしても。
<ストーンライフル>を撃ちまくって感じていた高揚感は綺麗さっぱり霧散していた。
「リオン」
ふわっと、柔らかいものが背中に覆い被さる。
「リオンはまた守ってくださいましたわ。私、それだけで十分だと思うのです」
リオンが相当酷い顔をしていたからだろう。ルーシアがリオンを背中から抱きしめても、父のアライオスはそれを咎めなかった。
ルーシアの温もりが伝わり、リオンの罪悪感が軽くなる。
「リオン様。敵の手前に<ストーンガトリング>を撃ち込みましょう」
シャロンの提案に、少しだけ思案するリオン。
「圧倒的な武力を示す、か。魔力が枯渇したら後をお願いできる?」
「もちろんです」
「アライオス様。今からかなり威力のある攻撃を敵前方に撃ち込みます。それで撤退してくれたら良いのですが……駄目だった時はすみません」
「良い良い。地形が変わるくらいやってくれ!」
「地形……」
なるほど、地形か。<ストーンガトリング>を地面に向ければ恐らく土が大きく抉れる。そうすれば物理的に馬が通れなくなるし、一時的には進軍を止めることすら可能だろう。
「ルーシア、ありがとう。今からやれることをやってみる」
「リオンが思うように、思いっ切りやったらいいですわ!」
眩しいくらいの笑顔を向けられ、リオンは自分の頬が熱を持つのを感じた。胸の内で、再度ルーシアに「ありがとう」と呟き、手摺も柵もないテラスの端に立つ。
先程突入した者がいたせいか、敵前線が少し近付いていた。距離にして約八百メートル。都合の良いことに、前線は横一列が綺麗に揃っている。
「行きます。<ストーンガトリング>」
ズガガガガガガ!!
敵の足元、十メートルほど離れた地点を、右から左に斉射した。もうもうと舞い上がる土埃で前線付近は見えなくなる。
この時、敵最前線にいた約三百名は、斜め上から撃たれる<ストーンガトリング>が地面を抉ることによって、土塊や石の破片を盛大に浴びることになった。音速を遥かに超える五十口径弾の余波である。それはショットガンから放たれた散弾を浴びせられたようなもの。さすがに致命傷ではないが、戦闘に支障が出る程度の傷を負う者が続出した。
その惨状をリオンが見ていたら、より酷い罪悪感に苛まれたことだろう。幸いなことに、土煙が全てを覆い隠している。
そして、見えないということは何も起きていないに等しい。少なくともリオンにとっては。だから、今度は左から右へ、そしてまた右から左へと続けざまに斉射した。
「うぅ……もう、限界」
三十秒ほど斉射した頃、リオンがその場に膝を突いた。猛烈な頭痛と吐き気。魔力枯渇の症状だ。
「リオン君を医務室へ!」
騎士の一人がリオンを抱きかかえ、そのまま医務室へ運ばれた。ルーシアとシャロンがそれに付いて行く。
リオンたちを見送ったアライオスが戦場を振り返った時、そこはさっきまでとは全く異なっていた。
「何だこれは…………」
敵前線の手前に、幅八メートルはある「堀」が出来ていたのである。それは両側を崖に挟まれた道一杯に広がっていた。アライオスのいる場所からは正確な深さは分からないが、大人の身長は優に超えているように見えた。
敵はじりじりと後退していた。中には仲間に担がれて運ばれる怪我人もいる。
重軽傷者数百名を出した上、水や食料を失い、目の前には容易に超えられない堀が生まれた。これでも戦を続けようとする指揮官は、無謀を通り越して阿呆であろう。
一時間も経たないうちに、イデアール砦から見える範囲に敵はいなくなった。
味方の損耗はゼロ。怪我人すら一人もいない。
少なくない犠牲を覚悟していたアライオスにとって、これは奇跡と言っても過言ではない大勝利である。
「あれ、誰が埋め戻すんだろうな……」
敵を退ける決定打となった堀を見て愚痴を零すアライオスだが、その顔は晴れやかであった。
三時間ほど意識を失っていたリオンが、医務室の寝台からガバっと起きた。
「戦はどうなった!?」
突然大声を上げたため、隣室にいたルーシアとシャロンが駆け込んでくる。
「リオン! 目が覚めたのですね!」
「リオン様」
「敵は!? どうなった?」
その時、アライオスもリオンの寝台の横に来てこう述べた。
「全軍撤退した。リオン君、全て君のおかげだ!」
はっはっは! と笑いながらリオンの背中をバシバシ叩くアライオス。リオンは骨が砕けるんじゃないかと思った。
味方には一人の怪我人もなく、敵にも死者はいないようだ、とアライオスが朗らかに告げると、リオンはあからさまにホッとした顔になる。
「良かったぁ…………ん? 何か忘れてるような気が」
ハッとした顔になったリオンが寝台から飛び出す。
「リオン!?」
「リオン様?」
「アスワドのこと忘れてた! アライオス様、失礼します!」
リオンは砦から走り出てきょろきょろと辺りを見回す。すると、十数名の騎士に囲まれて大きな肉の塊をガツガツと食べるアスワドのご機嫌な様子が目に入った。
「何だ……心配して損した」
「きゅぅううう~!!」
しかし、リオンの姿を認めたアスワドは、食べかけの肉を放り出して駆け寄ってきた!
「きゅう! きゅう!」
「あはは。ごめんねアスワド。随分待たせちゃった」
「きゅ!」
本当よ? とでも言うかのように、アスワドは一度リオンを睨んでから顔をすりすりと擦り付けてくる。ルーシアとシャロンも砦から出てきて、そんなリオンとアスワドの姿を微笑ましくも妬ましい目で見る。
ゆったりと外へ出てきたアライオスがリオンの傍までやって来て告げた。
「リオン君。ちょっと相談があるのだが」
「何でしょうか」
「これはルーシアの希望でもあるのだが……入学まで、君の家に娘を置いてもらえないだろうか?」
「え」
王立学院の入学まであと二月を切っている。入学したら頻繁には会えなくなるのだから、そんな大事な時期に父娘が離れても良いのだろうか、とリオンは思った。
「私はこれから戦の後処理で忙しいのだ。娘を襲撃した者の取り調べもあるし。敵軍は撤退したが、キーレライト王国がどう動くか読めん。また襲撃がないとも限らないのだ」
「それは確かにそうですが」
「君の傍が、世界で一番安全だとルーシアが言うのでな。ちなみに私も同意見だ」
「えと、はい。ありがとうございます」
「もちろんベルンの許可が必要なことは分かっている。侍女と護衛を二名ほど君の家へ向かわせるし、少し落ち着いたら私も直接伺うつもりだ。とりあえずは手紙を書いたから、これをベルンに渡してくれないか」
ルーシアはアスワドに乗せて一足先に連れて行け、ということだ。
どうやら、リオンが気を失っている間に全て決められていたらしい。手紙まで用意しているなんて周到過ぎる。
リオンとしては、大好きなルーシアと一緒に過ごす時間が増えるのは大変喜ばしい。
もしルーシアが家に帰りたいと言ったら、アスワドに乗って送れば片道一時間程度。大したことはない。そう、これは大したことではない。婚約者を家で預かるだけ。それだけだ。
「えーと、はい。分かりました。僕としては是非ルーシアを預からせていただきたいと思います」
「うむ! 娘を頼んだぞ!」
またバシバシと背中を叩かれ、今度こそたたらを踏むリオンである。そんな様子をルーシアはニコニコと笑顔を浮かべて見ている。
時刻は午後二時。リオンとルーシア、そしてシャロンは、アスワドに乗ってデンの街に戻ることになった。
この時リオンはすっかり忘れていた。誰にも何も告げず、魔法士団の訓練所から飛び立っていたことを。
明日から第二章です。




