22 追い返しましょう
「グリフォンライダーか!?」
「いつの間に背後へ回り込んだ!?」
「敵襲、敵襲―!!」
「武器を持て! 急げー!」
イデアール砦の手前にいたミガント領の騎士たちは騒然となった。それはそうであろう。突然グリフォンが舞い降りてきたら誰でもそうなる。ちょっとズレた転生者を除いて。
「私ですわ! ルーシア・レッドランですわよ!」
攻撃されたらかなわない、とリオンはそそくさとアスワドから降り、両手を伸ばしてルーシアが降りるのを手伝う。その時、彼女が騎士たちに向かって名を告げてくれたおかげで、早まって攻撃してくる者はいなかった。
「こちらはリオナード・シルバーフェン様と侍女のシャロン、グリフォンはアスワドという名でリオンの従魔ですわ」
近付いてきた上役らしき騎士にルーシアが軽く紹介してくれた。
「おお、あなたがあの防御ば――失礼しました、ルーシア様の婚約者様でいらっしゃいますか」
「防御馬鹿」と言い掛けた彼は途中で言い直した。隣の領にまで妙な渾名が伝わっていることに驚くとともに、もう少し良い渾名はないのだろうかとリオンは悶々とする。防御の申し子とか。防御の求道者とか。
「ところでルーシア様は、何故婚約者様とこんなところへ?」
「邸が賊に襲撃されましたの。危ない所をリオンが救ってくださいましたのよ」
「しゅ、襲撃!?」
「とにかくお父様とお話がしたいのです。案内を――」
「ルーシア!」
ルーシアと同じ真っ赤な髪をした偉丈夫が護衛を伴って現れた。
アライオス・レッドラン辺境伯。年齢はリオンの父と同じ四十九歳。背は二メートルを超え、分厚い胸板は、あの魔法士団訓練所にある岩の的を想起させる。
ちなみに顔はかなり厳めしい。ルーシアがアライオスに似なくて神に感謝したくなるリオンである。
「お父様!」
「アライオス様、ご無沙汰しております」
リオンは、右手を胸に当て左手を腰の後ろに回して腰を折る貴族の礼をとった。アライオスは何度かシルバーフェン家に来たことがあるが、最後に会ったのは確か二年前、リオンとルーシアの婚約が正式に決まった時だったと思う。
「おお、リオン君か! 随分と大きくなって……いや、今は止そう。して、何故ここへ?」
「お父様、邸が襲撃されたのです!」
ルーシアは父の代わりに商業ギルドへ書簡を届けに行き、その帰りに襲われたらしい。護衛騎士たちと共に何とか邸まで戻ってきたものの、そこで乱戦になったそうだ。
そこへリオンが現れて、見たこともない魔法であっという間に賊を無力化してしまった。「まるで物語に出てくる英雄のようでしたわ!」と目をキラキラさせながらルーシアが言うものだから、リオンは恥ずかしいやら気まずいやらで、アライオスの顔をまともに見ることができない。
何せアスワドから降りた直後は、垂直落下の恐怖で膝がガクガクしていたから。英雄とは程遠い。
付近に別の襲撃者がいないことは確認したが、再びルーシアが襲われないという保証はない。だから守りの固い砦まで来たのだ、とルーシアは締めくくった。
「そうか……リオン君、ルーシアの父として深く感謝する」
そう言って、アライオスは大きな体を深く折り曲げた。
「頭をお上げください! 当たり前のことをしただけですので!」
リオンが慌ててそう告げると、アライオスは姿勢を戻してニヤリと笑みを浮かべた。
「当たり前のこと、か。お父上と同じようなことを言うのだな!」
「あ、えーと……」
リオンが口籠ると、アライオスはその背中をバシバシ叩きながら大笑いする。リオンは前に吹っ飛ばされないよう踏ん張るので精一杯だ。
「まぁ良い! ところで、そのグリフォンはリオン君の従魔か?」
「正確に言うとシャロンのですが、まぁ、僕の弟のようなものです」
「きゅ!? きゅ、きゅう~!!」
「え……ええ? そうだったのか……それはごめんね。僕の、妹のようなものですね」
「きゅう!」
弟と告げたリオンに、アスワドが抗議の声を上げた。
そして流れ込んでくるイメージによれば、アスワドは「女の子」だった! リオンはてっきり雄だと思い込んでいたので、内心では物凄く驚いている。
「なんと、グリフォンと通じ合っているのか!?」
「そうなんです、不思議なことに」
「アスワドは、リオンの言うことをちゃんと理解しているのですわ!」
「きゅ!」
何故かルーシアが自慢げに胸を張っていた。アスワドも何やら誇らしげである。
「リオン様。敵軍についてお伝えするべきでは?」
そして、脱線した話を元に戻すのはいつもシャロンの役目である。リオンはシャロンに頷き、改めてアライオスに向き直った。
「アライオス様。空から見たところ、軍旗にはキーレライト王国の紋章が見当たりませんでした。それに、敵軍の数が妙に少ない気がするのですが」
「うむ……中で話そうか。グリフォンは大人しく待っていてくれるのか?」
「はい、大丈夫です。アスワド、しばらくここで待っていてくれる?」
「きゅ!」
任せといて! と胸を張ったアスワドは、邪魔にならない場所を探してトコトコとそちらへ向かった。
「む……何とも賢いな。ではリオン君、ルーシア。シャロン殿もこちらへ」
砦の三階部分に指揮官用の執務室があり、アライオスに先導されてそこへ入ったリオンたち。
今まさに戦争が起きようとしていると思っていたのだが、砦の中は意外にも落ち着いている。騎士以外の従士や文官が数多く行き来しているものの、それほどの悲壮感や緊張感は見られない。
「そこへ掛けてくれ」
大人四人は優に座れるソファに、ルーシア、リオン、シャロンが並んで腰を下ろした。向かいにあるソファにアライオスが座って口を開く。
「つい先ほど分かったのだが、あれはキーレライト王国軍ではない」
キーレライトではない? ではもっと西の国だろうか?
「彼の国の貴族に詳しい紋章官が我が領にはいてな。その者によると、あれはキーレライト王国の侯爵家、伯爵家、子爵家の紋章らしい」
「一部の貴族が暴走したということでしょうか?」
「そういうことにしたいのではないかな?」
隣国の歴史や文化については多少学んだリオンだが、貴族派閥や派閥の力関係、現在進行形の政治的問題までは知らない。それはルーシアやシャロンも同様なので、アライオスが背景から教えてくれる。
「彼の国が、約百二十年前に革命によって興ったことは知っていよう。当時の王家であるレクソバルド家は革命で倒されたが、粛清されたのは直系のみで、傍系は降爵処分で済まされた」
傍系まで粛清すると国の半分近くの貴族家がなくなり、統治がままならないという理由だったそうだ。
「つまり、レクソバルド家の血縁が今でも彼の国には残っている。それら貴族の中には、自分たちこそがキーレライト王国を統治するに相応しいと考える者がいるのだ」
「百二十年も経っているのに、ですの?」
「そう。当時の生き残りなど一人もいないのにな。そういった貴族を『反王家派』と呼び、キーレライト王家としては頭の痛い問題なのだ」
「まさか……『反王家派』の軍が攻めてきたのですか?」
「リオン君、察しが良いな! その通りだ」
イデアール砦前に布陣する軍はキーレライト王国の反王家派。彼らの大義は、キーレライト王国民の救出に国が動かないのであれば、自分たちこそが彼らを救出してみせる、というものらしい。
「どうも、ミガント領とデルード領を占領し、新たな国を作ろうとしている節がある」
「そんな無茶な……こちらの戦力を知らないのでしょうか?」
上空から見た感じ、敵軍は一万から一万五千。対して、こちらの戦力は最大で四万。しかも難攻不落のイデアール砦を真っ先に攻略しなくてはならない。勝ち目がないことは子供でも分かる。
「恐らく、反王家派の援軍を期待しているのではないか? 来ないであろうが」
「王家に踊らされた……」
「私もそうだろうと考えている。キーレライト王国は、これを機会に目障りな反王家派を一掃したいのだろう」
「しかし、一部の貴族と言っても明白な侵略行為です。反王家派は一掃できても、我が国に大きな借りができませんか?」
「うむ。キーレライト王国はそれを避けるために、戦が始まったら彼らを背後から攻撃するのではないかと思う」
反王家派が暴走してそちらに戦を仕掛けたが、我が国はちゃんと始末しましたよ、という体裁を作るということだ。それなら、賠償金もかなり抑えることができるだろう。
「ミガント領が、キーレライト王国にうまく利用されるってことですね……そんなことのためにルーシアが襲われたっていうのか……」
全てはカラミティ・グリフォンがユードレシア王国側に逃げたことから始まっている。キーレライト王家はこの偶然の事故を利用し、二手・三手先まで読み、自分たちの利益に繋げようとしているのだ。
「じゃあ、アーチルさんたちも利用されたってことか」
仮にカラミティ・グリフォンの捕縛や処分に成功したとしても、キーレライト王国が雇ったアーチルたち冒険者は、彼の国の手によってユードレシア王国内で暗殺されていたかもしれない。自国民の殺害を戦争の大義名分にするために。
「何て自分勝手な人たちだ……」
「真に、リオン君の言う通り。奴らの思惑には乗りたくないのが本音だ。しかし、攻めて来れば応戦しないわけにもいかん」
自分たちの問題は、自分たちの国の中で解決すべき。他国を利用するとか、犠牲にするなんて言語道断である。
「……追い返しましょう」
「それができれば一番良いのだが」
「僕がやります。いえ、やらせてください!」
今世で、ここまで腹が立ったのは初めてだ。リオンは生来穏やかな気質で、声を荒らげたのもルーシアを心配したのが初めてだった。四歳から傍にいるシャロンが驚いたくらいなのだ。
膝の上で握ったリオンの拳は、力が入り過ぎて関節が白くなっている。左隣のルーシアが、そっと拳の上に手を置いた。右隣のシャロンも、同じタイミングでリオンの方に手を置く。たったそれだけのことで、リオンの怒りは不思議なくらい引いていった。
「アライオス様。差し出口、申し訳ございません」
「いや、構わないよ。我が娘と、我が領のことで怒ってくれたのだ。気にする筈がない。それで、リオン君には何か策があるのか?」
リオンは、自分がやろうと思っていることを説明する。と言っても複雑なことは一切ない。単に、相手の物資を破壊して撤退せざるを得ない状況に追い込むだけだ。
「いや、理屈は分かるが、そんなことが可能なのか? 魔法、なんだよな?」
この世界の常識では、魔法の有効射程は三十メートル。ミガント領騎士団が遠見筒(携帯望遠鏡)で確認したところ、敵物資の集積所は一キロメートル以上離れている。
「グリフォンで飛んでも、敵の魔法に狙われるぞ?」
「ここから狙いますので、大丈夫です」
アライオスは、リオンが何を言っているのか理解できず、助けを求める目をシャロンに向けた。
「発言をお許しいただけますでしょうか」
「もちろんだ」
「畏れながら、リオン様の魔法は最大で一・八キロメートル先の金属鎧を貫通することが可能です」
「……は?」
<ストーンガトリング>、<ストーンライフル>、共に有効射程は一・八キロメートル。シャロンは金属鎧を貫通すると言っているが、実際の威力はその程度ではない。何せ使っているのは五十口径弾なのだ。生身の人間に当たればたった一発で体が千切れる。一キロメートルちょっと離れた集積所なら、<ストーンガトリング>を数秒撃ち込めば跡形もなくなるだろう。
ただ、<ストーンガトリング>は今のリオンでも三十秒弱しか使えないので、<ストーンライフル>でいくつもりだ。
「リオン……防御だけじゃないのですわね! そんな魔法まで使えるなんて!」
今のルーシアは、リオンに対してフィルターがかかっている。「物語に登場する英雄」というフィルターが。なので全肯定だ。「恋は盲目フィルター」と言っても良い。頭から、リオンならそういうことができても全然不思議ではないと思っているのだ!
「ま、まぁ、とにかく見せてもらえるだろうか?」
「はい。どこか、遮蔽物のない高い場所がありますか?」
「それならこの屋上が良い」
「出来れば、汚れても良い毛布をお借りしたいです」
「毛布? 持って来させよう」
それでは早速、と全員で屋上へ上がることになった。執務室の外には護衛の騎士が二人控えていた。アライオスが通りかかった従士に毛布を持ってくるよう言いつけ、護衛も伴って四階へと上がる。騎士たちは何が始まるのか分かっておらず、首を傾げていた。
四階には外へ通じる扉があり、そこを開けると遮るもののないテラスのようになっていた。手摺も柵もないので端に寄るとかなり怖い。だがリオンが求める条件には完全に一致していた。
従士が持ってきてくれた毛布を広げて石の床に敷くと、リオンはそこにうつ伏せになった。
「リオン!?」
「リオン君!?」
ルーシアとアライオスがリオンの行動にぎょっとするが、シャロンが解説を施す。
「形から入るのも時には大事、だそうです」
そう言われても全く意味が分からない二人と護衛騎士たちは盛大に首を傾げる。
既に毛布の上で腹這いになったリオンは、両肘を使って上体を起こし、狙うべき箇所を選定し始めていた。
(一番奥にある豪華な天幕……あそこに指揮官がいるかな? だったら、その両脇にある集積所から潰してみるか)
<視力強化>越しに見えた天幕は、戦場には不要と思われる無駄な装飾が施されている。近くにいる人間と比較すれば、優に十人は寝泊まりできそうな大きさだ。その天幕の傍には水樽が左右に百樽ずつ、二段積みで並んでいた。他にも麻袋や木箱が大量に置かれている。
魔法で水を出せる世界なので、水樽を潰しても決定的ではないかもしれない。
「アライオス様。一番奥の天幕はご覧になれますか?」
アライオスが遠見筒を敵軍に向けた。
「どれどれ……あの下品な装飾のあるやつか?」
「それです。その両隣に水の樽が大量にあるのですが、敵の水を奪うのは有効でしょうか?」
「うむ。魔法士が出せる水には限りがあるし、そっちに注力すると攻撃に参加できなくなるからな。水を潰すのは有効だぞ?」
「ではあれを狙いますね」
ルーシアも、護衛騎士から借りた遠見筒を慌てて構える。「どこですの!?」とわたわたしていたが、アライオスが後ろから遠見筒の位置を調整してやった。そして改めて遠見筒を天幕付近に向けた。
「ではいきます。<ストーンライフル>」
直後、水樽が派手な水飛沫を上げて弾けた。




