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19 冒険者アーチル

 キーレライト王国外務省筆頭事務官のエスローク・フールア一行が帰った後、ベルン・シルバーフェンはケイランに指示し、これまでの経緯と今日の出来事を書状にまとめさせた。一度目を通し問題ないことを確認する。


「念の為、アライオス殿にも送っておくか」


 アライオス・レッドラン辺境伯は、西隣ミガント領を統治する領主である。リオンの婚約者であるルーシア・レッドランの父だ。西の隣国であるキーレライト王国と繋がる唯一の交易路を守る立場でもある。


「まさかこんなことで戦争にはなるまいが……念の為だ、念の為」


 複写の魔導具で書状をもう一通作成し、二通ともベルン自身がサインを施す。二頭の早馬を立て、一頭は王都へ、もう一頭はミガント領の領都ミグルへと走らせた。


「私は明朝王都へ向かう。ケイラン、不在の間頼んだぞ」

「承知しました」


 書状だけでなく直接国王へ謁見して報告するのはエスロークが「二国間の問題」などと騒いだからだ。後から国王の耳に入るより、先に説明した方が万倍良い。そもそもシルバーフェン伯爵家に瑕疵はないことであるし。

 馬鹿は筆頭事務官だけではないかもしれない。エスロークの説明の仕方次第で問題が大きくなる可能性は捨てきれない。エスローク以上の馬鹿がキーレライト王国上層部にいないとも限らないのだ。ほんの僅かでも戦争になる可能性があるのなら少しでも早く国王の耳に入れなければならない。


 ベルンはもう一つの可能性についても気付いていた。それは、キーレライト王国がわざとあのエスローク・フールアを寄越したかもしれない、ということ。最初から交渉を行う気がないか、交渉が決裂しても構わないという思惑だ。

 キーレライト王国、或いは王国の一部勢力が戦争の口実を欲していたのではないか。

 自国民が不当に拘束されていると喧伝すれば、それが真実でないにせよ、彼の国より西方の諸国に対して一応の大義名分は成り立つ。


 少し調べれば分かることだから、理性ではそれが無理筋だと理解できる。だが、常に理性的であるならば戦争など起きないのだ。


 リオンたちを襲撃した冒険者の依頼主は他ならぬキーレライト王国だ。そして狙いがグリフォンだったことも分かっている。つまりこの事態を仕掛けてきたのは彼の国であるのは間違いない。


「何故、あのグリフォンに固執する?」


 グリフォンは強力な魔物ではあるが、バジリスクと比較すると倒せないほど強いわけではない。それに元来人に懐きやすいという珍しい魔物で、こちらから攻撃しない限り人は襲わないと聞いている。だからこそ、彼の国では「グリフォン・ライダー」なる部隊が存在するのだ。


 放置して問題ない魔物を、わざわざ冒険者を雇って捕縛、或いは処分しようとしたのは何か後ろ暗いことがあるのではないか。例えば、グリフォンをユードレシア王国に意図的に放した自作自演だったとか。


 ユードレシア王国側では、グリフォンを見掛けることは皆無と言っても良い。だから、ベルンの周辺ではアスワドがカラミティ・グリフォンという真のドラゴンに匹敵する魔物だと誰一人気付いていない。リオンに懐いている姿からはそんな恐ろしい存在だと想像できないという面もある。


 いくつかの疑問を抱きつつ、ベルン・シルバーフェンは明日の王都行きに備えて準備を行うのだった。









*****









 父ベルンが王都に発った朝。リオンはいつもの走り込みの後、騎士団員との訓練も終えると、その足で騎士団の獄舎へ赴いた。


 領都デンに帰還して十一日。リオンはまだ「無力化魔法」について解決策を見出すことができていなかった。

 これまで多くの者に意見を求めた。シャロン、イデラ騎士団長、ライカ魔法士団副団長、ケイラン、クオン、そして騎士団員や魔法士団員。果ては父の執事であるヘイロンにまで。だが皆一様に、要約すると『殺してしまうのが手っ取り早い』という意見だった。執事のヘイロンまでそう答えたのが驚きだったのだが。


 その意見も理解はできる。敵に情けをかけると言えば聞こえは良いが、この世界では愚かな行為なのだ。


 それでも諦めたくないので、リオンは違う視点を持っているかもしれない者に話を聞きたいと思った。それは「冒険者」である。

 街の冒険者ギルドまで行っても良いのだが、都合良く近くにいるではないか。捕縛した十四名の冒険者が。

 そのうちの一人、名前とランクが判明している緑髪のアーチルなる人物に相談してみようと思い付いたのである。

 普通、自分や自分の大切なものたちを殺そうとした相手と話そうなどと思わないだろう。だがリオンは興味があった。アーチルという男の強さに。何せ、彼の突きはバジリスクの突進と同等の威力だったのだから。どうやってその強さを身に付けたのか。それだけ強い人間は防御についてどんな考えを持っているのか。


 シャロン、そして早朝にも関わらず叩き起こされたイデラ団長、他数名の騎士を伴い、団舎の地下に作られた獄舎へ下りていく。地下は階段ではなく、昇降機という魔導具で出入りする。この魔導具は「鍵」を持つ者しか操作できない仕組みだ。


 昇降機の扉が開くと、白っぽい壁が目の前にあった。右手は看守室、左手に通路が伸びて、通路の両側にいくつもの牢が並んでいる。灯りが煌々と点いているし、変な臭いもしない。リオンが想像していた「獄舎」とはもっと暗くておどろおどろしい所だったので、何だか拍子抜けした。


「リオン様。なるべく通路の真ん中をお歩きください」

「はい、イデラ団長」


 牢の中に囚われている罪人は拘束されていない。「拘束枷」を嵌めたままでは食事や着替え、清拭もままならないからだ。牢は分厚い金属扉で物理的に罪人を閉じ込めている。もし牢から脱出できても、昇降機の鍵を持っていないと地上には出られない。鍵は登録済みの者しか使用できないので、何らかの方法で登録しない限り罪人が地上に出る可能性はゼロだ。


 イデラが通路の真ん中を歩くように言ったのは、単に罪人を刺激しないためである。突拍子もないことをしでかす輩も中にはいるから。

 一度角を直角に曲がって更に奥へ進む。獄舎自体はかなりの広さがあるものの、使用されている牢は全体の四分の一程度。現在は罪人同士が隣り合わないよう、いくつか間隔を空けて収容されている。件の冒険者たち以外で収容されているのは、殺人、強盗致傷、強姦、誘拐などの重罪犯ばかり。つまりここは、デルード領の闇が凝縮されたような場所だ。十一歳の少年が来るような所ではない。


 まぁリオンに限ってはあまり問題ない。中身は(たぶん)大人なので。


 目的の人物は最奥の牢に閉じ込められていた。分厚い金属扉越しでは話もできないので、リオンはイデラに合図し、扉を開けてもらった。

 奥の壁に据え付けられている寝台に、アーチルは腰掛けていた。膝の上に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せてこちらに目を向ける。


「おやおや。珍しいお客さんだ」


 リオン以外、全員油断なく構えている。イデラは模擬戦用ではない実戦用の愛槍を持ち、シャロンと四人の騎士は剣の柄に手を乗せている。


「僕の死罪が執行されるのかな?」

「いえいえ。今日はアーチルさんにご相談がありまして」

「相談?」


 薄ら笑いを浮かべていたアーチルだが、「相談」と聞いて怪訝な顔になる。


「アーチルさんほど強い人の場合、敵を傷付けずに無力化しようと思ったらどうやりますか?」

「強い……? それは嫌味?」

「まさか。純粋にそう思っているだけです」

「…………僕も君と話してみたいと思っていたんだ。僕の突きを防いだ障壁と、あの吸い寄せられる魔法。あれが何か知りたい」

「障壁は<コンプレックス・シールド>。ここの魔法士団員なら、四十名ほど同じような障壁を張れますよ」


 何でもないことです、と言わんばかりのリオン。この十一日間で、更に二十名が習得に成功したのである。


「あの障壁を四十人も!? それは驚いたな……」


 アーチルの渾身の突きを防がれたのはリオンが初めてだったのだ。これまで相対した人間や魔物の中に、あれを真っ向から受けて防いだものなどいなかった。それが四十名いると聞いて、ただただ溜息しか出ない。


「いずれ魔法士団員百五十名全員が使えるようになりますよ?」

「何と戦うつもりなの!?」

「戦う、と言うより守るためです。自分や大切な人を」

「守る……」

「それと吸い寄せる魔法、あれは『重力』というものを生み出しているのですが、<UDM>といいます。これは概念が難しいので、今のところ僕しか使えません」

「じゅうりょく……? 初めて聞く言葉だ」


 何故か魔法談義になりそうで、シャロンたちがジトっとした目をリオンに向けた。


「機会があれば詳しく説明しますね。それで、さっきの質問ですが」

「傷付けずに無力化ってやつかい? また面倒なことを考えるね」


 アーチルが、目を閉じてしばらく思考に耽る。


「完全に無傷、っていうのは難しいんじゃないかな?」

「まぁ、そうなんですよね……」


 アーチルなら殴って気絶させるが、それは無傷とは言えない。


「そうだな……参考になるか分からないけれど、山賊の討伐依頼を受けたことがあるんだけど」

「山賊」

「うん。それが思ったより数が多くて。根城に三百人くらいいてさ。一人一人倒すのが面倒になったんだよね」

「それは……そうでしょうね」

「だから、力を見せつけてやった」


 こてん、とリオンが首を傾げる。見せしめに何人か殺したってこと?


「すぐ傍に、びっくりするくらい大きな木があってね。幹の直径が二十メートルくらいだったかな。それを突いて大穴を開けたんだよ。そしたら山賊の奴らビビッちゃって。全員武器を捨てて降伏したんだ。いやぁ、あの木には悪いことしたなぁ」

「なるほど! 圧倒的な力を見せつけて相手の戦意を失わせたんですね! 凄いです!」


 核兵器を保有する国が、それだけで戦争を抑止するようなものか、とリオンは考えた。核保有国同士でさえ、報復を恐れておいそれと手出しできないのだ。圧倒的な武力というものは、その存在を知らせるだけで抑止力となる。


 リオンは、キラキラとした尊敬の眼差しをアーチルに向けた。自分たちを殺そうとした相手なのに。それは確かなのだが、彼は根っからの悪人ではないとリオンは思っている。依頼主がキーレライト王国だったことも判明しているし、彼が恨みや衝動で自分たちを狙ったわけではないと知っているからだ。


 しかし、アーチルの方はリオンの視線を受けて居心地が悪くなる。

 依頼で動いたのはその通りだ。だが貴族になれるという欲があった。その欲のせいで判断力が損なわれていたのも事実。仲間を駒のように考えてしまったことにも、今では罪悪感を抱いていた。だからだろうか、アーチルは聞かれてもいないことを自ら告白する。


「…………僕はね、依頼を成功させたら貴族にするって言われていたんだ。生まれた時から貴族の君には分からないだろうけど」

「ないものねだりって奴ですね。僕は冒険者さんの方に憧れます。だって、貴族ってとっても大変ですよ?」

「大変?」

「ええ。領民を守り、領民から税を徴収して国に納める。領を栄えさせないといけないからやることが山ほどあります。税を重くしたら民は他の所へ移ってしまうし……徴収した税の中から領を守る費用、領を整備する費用、領のために働く人の給金を出さなくてはならないし……衣食住には確かに困らないけれど、贅沢なんてできませんよ」


 アーチルは、リオンの言葉に衝撃を受けた。貴族にさえなれば、何もしなくても贅沢三昧できると思っていたのだ。真っ当な貴族であれば、リオンの言う通り、領民のことが最優先である。そんな当たり前のことを十一歳の少年から教えられるとは。


「じゃあ君は……貴族の家に生まれたことを後悔している?」

「いいえ、全く。ちゃんとすれば沢山の人から感謝されるし、敬ってもらえる。領に活気があると嬉しいし、領民の笑顔は貴族の誇りです。とてもやりがいのある仕事……立場だと思います」


 自分が貴族になるなどと、なんて烏滸がましいことを望んでいたのだろう! リオンの言葉で、アーチルは真理の一端を覗いたような気分になった。

 こんな出会いではなく、もっと違った形でリオンと出会っていたら……。アーチルは、初めて「誰かに仕えて力になりたい」と思った。


 アーチルに全く害意がないことを感じ取り、シャロンたちは肩の力を抜いていた。それからもしばらくリオンはアーチルと話をし、後ろ髪を引かれる思いで獄舎を後にしたのだった。









 獄舎から一度屋敷へ戻って身支度を整え、またアスワドを伴って魔法士団の訓練所へ。もちろん、シャロンも誤認魔法を駆使して付いて来ている。

 リオンは悩みに光明が見えた気がして上機嫌だった。緑髪のアーチルから聞いた話、「圧倒的な武力はそれだけで抑止力になる」というのが大いに参考になったのだ。


 リオンが目指すのは絶対的な防御である。結果的に敵からの攻撃を防げば、それは間違いなく防御だ。

 これまでは放たれた攻撃を防ぐことにばかり目を向けていた。そもそも攻撃をさせないなんて考えもしなかったのだ。


(目から鱗が落ちるってこのことだよね!)


 後は、どうやって敵に圧倒的な武力を見せることができるか、考えれば良い。

 魔法士団員全員が<ストーンガトリング>を行使できれば話は早いのだが、それは難しいと思っている。何故なら、<ストーンガトリング>は石弾の連続射出が速過ぎて見えないから。リオンはGAU-19の記憶と知識があったので再現できたのだが、目に見えないものをイメージするのは困難だろう。まだ、少なくとも今のところは。


 リオンの頭の中には一つの構想があった。「対物ライフル」である。その中で最も実績のある「バレットM82」。使用する弾丸は<ストーンガトリング>と同じ12.7×99mm NATO弾。有効射程は千八百メートル。

 スコープもスポッター(観測手)も無しにそんな長距離射撃は無理だし、そもそも必要ない。この世界の常識では、魔法の有効射程は三十メートルなのだ。だからもし、五百メートル先から魔法で攻撃されたら、敵はどう思うだろうか?


 それは恐るべき脅威に違いない。こちらからは見えないのに、相手は自分を簡単に殺すことができるのだから。


 しかし、五百メートルの狙撃はスコープ無しでは無理であろう。普通はそうだ。

 だがリオンは知っている。この世界には身体強化の魔法があることを。視力を大幅に上げることが可能なのだ。そして、リオン自身が体感していることだが、魔法の二重行使も可能。


「ふ……ふふっ……ふはーはっはっはー!! 勝てる!」

「きゅっ!?」


 アスワドがちょっとビクッとし、少し後ろではシャロンが口に手を当てて思わず出そうになった声を抑える。


 青い空を見上げて『今日も平和だなぁ』などと、頭の中の物騒な構想とは真逆のことを思い浮かべるリオンであった。

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