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18 来訪者

 リオンが王立学院に入学するまで二か月を切った。

 定期討伐から帰還した翌日から、リオンは再び魔法士団の指導を行っている。指導と言ってもほとんどの時間を自分に何ができるかの検証に費やしているのだが。


 日常に戻って変わったことと言えば、一番はグリフォンのアスワドがいることであろう。


 早朝の走り込み。領都デンを囲む防壁の外を一周するわけだが、アスワドもこれに付いてくるようになった。


「リオン様、このグリフォンは飛ばないのですか?」

「ねー。グリフォンのくせに走るっておかしいですよね」

「あ、いえ。飛んで逃げていかないのかな、と」

「アスワドがどこかへ行きたいのなら、それを止める気はありませんよ」


 護衛として一緒に走るのは、騎士団員のブリッツとグルシア。彼らは既にアスワドのことはよく知っているが、まさか一緒に走ることになるとは思っていなかった。


 捕縛した冒険者の一人から、狙いがアスワドだったことが判明した。理由についてはまだ明かされていないのだが。

 臀部に埋め込まれた特殊な魔石は、シャロンがその存在に気付いて既に除去された。アスワドは正真正銘自由の身なのだ。とっくに飛べるくらい元気になった筈だが、アスワドは相変わらず飛ぼうとしない。リオンは、自分が頼めば飛んでくれるような気がしている。


 前世の二トントラックくらい存在感のあるアスワドが堂々とデンの街を歩く姿に、最初は街の民たちも恐怖した。だがいつもリオンが傍にいて仲良さそうだし、特に悪さをするわけでもない。アスワドが危害を加える存在ではないことが周知されるのに時間はかからなかった。

 ちなみに、冒険者ギルド・デン支部で従魔登録は完了済み。リオンはまだ未成年であるため、便宜上シャロンの従魔ということにしている。


 走り込みを終えると騎士団の訓練所で剣の打ち合いをする。リオンはあまり剣術が得意ではないが、剣を持つ敵がどういう動きをするのか知るのは重要だと認識している。自分から攻撃は滅多にせず、主に攻撃をうまく受ける訓練だ。

 腕が上がらなくなってきたら、三人の騎士相手に障壁魔法を張る訓練。今のリオンなら、自分をぐるりと囲む障壁を発現できるが、これは瞬時に障壁を張る訓練なのでそんな無粋な真似はしない。騎士の攻撃にタイミングを合わせ、<コンプレックス・シールド>を張る。攻撃を防いだら解除して、また別の方向から来る攻撃を防ぐ、の繰り返しだ。


 これを終えたら軽く湯浴み、着替えを行って魔法士団の訓練所へ。定期討伐に参加した団員以外にも<コンプレックス・シールド>を実演して見せている。

 今回の定期討伐だが、参加した魔法士団員全員が<コンプレックス・シールド>もどきを使えたことで、損耗はゼロであった。死者どころか重傷者も皆無。毎回重傷者が十人程度は出ていたので、これは快挙と言っても差し支えない結果だった。まぁ、魔物が想定より少なかった影響もあったのだが。


 これを受けて、イデラ騎士団長が魔法士団へ正式に<コンプレックス・シールド>習得を要請した。ケイラン魔法士団長がこれを受諾し、魔法士団員は正式に<コンプレックス・シールド>を学ぶことになったのである。


 リオンも実演するが、既に二十名が「もどき」を習得しているので、彼らが他の団員に教えている。従って、リオンはあまりやることがない。


「リオンく~ん。攻撃魔法も教えてくれないかな?」

「ライカ副団長…………そうですね、何か丁度良い魔法がないか考えてみます」


 <ストーンガトリング>は殺傷力が高過ぎる。人や生き物を殺すことに忌避感のあるリオンは、相手を殺さず無力化する魔法について考察する。

 <UDM>は重力や質量の概念がややこしく、説明はできても理解してもらうのが難しい。実際に触れさせるわけにもいかないし間近で見てもらうこともできない。超重力に引っ張られてそれどころではないので。


「きゅ~?」


 そこへアスワドがやって来てリオンに頭を擦り付けてくる。


「アスワドの風魔法、攻撃もできるのかな?」

「きゅ!」

「リオンくん? やっぱり意思の疎通ができているように見えるけど」

「あ、まぁ、何となくですが」


 ライカ副団長は「やっぱりな」といった顔になる。何がやっぱりなのかさっぱり分からないリオンである。


 アスワドが一度見せた<ダウンバースト>は、強烈な下降気流を発生させる魔法である。これは本来、魔物の飛行を阻害する魔法だ。それ自体に殺傷力はない。


(この前は少し高い所から地面に叩き付けたから気絶させることが出来たけど……単体では弱いよなぁ)


 そんな風に考えていると、アスワドがとことこ歩いて例の「的」に向き合った。リオンが上半分を吹き飛ばしたので、今は高さが一メートルくらいしかない。

 アスワドが四つ足を踏ん張り、ふぁさっと翼を広げた。


 ガガガガガ!


 結構な音がして、的の表面に筋状に抉れた傷がいくつも出来ていた。リオンの<ストーンガトリング>は威力がアレだが、これまで魔法士団員がいくら魔法をぶつけても傷一つつかなかったのに、である。


「今のはもしかして<ウインドスラッシュ>かい!?」

「きゅっ!」


 ライカ副団長の問いに、アスワドが胸を張って答えた……ように見えた。


「それにしては威力が強過ぎる気がするけれど」

「そうなんですか?」

「うん。あの的があんな風になるなら、人間だったら鎧ごと細切れにされるよ」

「ナニソレコワイ」


 何となく自慢げなアスワドに、リオンは釘を刺しておく。


「今の魔法、人に向かって撃っちゃダメだよ?」

「きゅ?」

「威力が高過ぎて、人だとすぐに死んじゃうから」

「きゅう……」

「どうしても必要な時は使っていいから。僕はアスワドを信じるからね」

「きゅう~!」


 ちょっと落ち込みかけたアスワドだったが、リオンの「信じる」という言葉に持ち直した、ように見えた。


 今の<ウインドスラッシュ>は大した攻撃魔法だけど、これじゃないんだよなぁ……とリオンは少し困った顔をする。相手を傷付けずに無力化する魔法とは、存外難しいものだ。

 地球でも、完全な非致死性兵器は存在しないなどと言われていた。暴動鎮圧用のゴム弾や催涙弾でも死者が出たし、テイザー銃も然り。催涙ガスも、嘔吐物で窒息する危険性がある。


「人を眠らせたり麻痺させる魔法ってあるんですか?」

「闇属性の魔法でそういうのがあるらしいけど、実際に見たことはないなぁ。物凄く難しいと聞いたよ」


 リオンが考えたのは「麻酔」だ。全身麻酔は脳を含めた中枢神経系の活動を抑制し、意識を消失させる。だが専門の麻酔医が存在し、性別や体重、年齢などで薬の量や投薬時間などが厳密にコントロールされていた筈。素人が迂闊に手を出して良い領分ではない。

 ライカが教えてくれた魔法も、仕組みとしては全身麻酔に近い。要は脳の活動を抑制する魔法である。それだけに恐ろしいほど高度な知識と技量が必要で、大変な集中力も要する。目まぐるしく状況が変化する戦闘時に使えるような魔法ではない。


 アニメだと、弱めの雷魔法でスタンとかさせてたよなぁ……。でも電流だとやっぱり死んじゃうこともあるのかな。


 敵を傷付けないという、ともすれば本末転倒とも言えることで頭を悩ませるリオン。今使えるまともな攻撃魔法は<ストーンガトリング>だけなので、自分のためにも選択肢を増やしておきたい。


「リオンくん。普通の攻撃魔法でいいんだよ? 普通で」

「え、ええ。もっと色々考えたいので時間をください」

「分かった。楽しみにしておくよ」









*****









 定期討伐から帰還して十日。シルバーフェン伯爵家を来訪する者があった。


「旦那様。キーレライト王国外務省の方がお見えです」

「……応接室に通してくれ」


 他国の外務省の人間が、王城ではなくいち伯爵でしかない自分の所へ来たとなれば例の件しかないだろう。思ったより早かったな、とベルン・シルバーフェン伯爵は独り言ちた。

 執事のヘイロンに指示を出したベルンは、すぐ隣で書類に目を通しているケイランに向けて発した。


「ケイラン。お前も来てくれ」

「承知しました。口は出さない方が?」

「そうだな……陛下への報告書を任せることになる。先方の顔色に注意していてくれ」


 仕事をきりの良い所まで済ませて軽く身支度を整え、ベルンとケイランは護衛騎士を伴い応接室へ向かった。応接室の前には別の騎士が控えており、彼に合図して扉を開けてもらう。


 二人が入室すると、ソファに座っていた人物が立ち上がった。


「お待たせした」

「いえ。突然の訪問にも関わらずお時間をいただき感謝します。キーレライト王国外務省筆頭事務官、エスローク・フールアと申します」

「ベルナール・シルバーフェンだ。こちらは長男のケイロン」

「ケイロン・シルバーフェンと申します」

「後ろに控えている者たちは外務省の事務官たちです。どうかお気になさらず」


 ベルンが着席を勧め、三人がソファに腰を下ろす。エスロークの背後には四人いるが立ったままだ。


「それで、ご用件はいかに?」


 ヘイロンが三人分の紅茶を用意するのを待ってから、ベルンが口を開いた。


「単刀直入に申します。我が国の資産であるグリフォンを正式に譲渡する代わりに、現在囚われの身であるキーレライト王国民十四名の身柄を引き渡していただきたい。これはキーレライト王国の正式な要請です」


 ベルンは厳めしい顔を崩さず、僅かに眉を上げた。ケイランは着席してからずっと穏やかな微笑みを顔に貼り付けたままだ。


「我が国では、庭に迷い込んできた馬や家畜は、その庭の持ち主のものになる。例え他の誰かが飼育していたとしても、だ。何故なら、飼育者の手から離れたのは、その飼育者の落ち度だからだ」

「グリフォンを馬と一緒にしないでいただきたい!」


 エスロークが少し声を荒らげるが、ベルンは涼しい顔だ。ケイランは相変わらず微笑を浮かべている。


「我が屋敷に()()()()()()()()グリフォンが、()()()()キーレライト王国で飼育されたものだと仮定しても、逃がした段階で所有権は失われる。我々が無理矢理奪ったわけではないのだから。少なくとも、我が国の法ではそう定められている」


 事実、ユードレシア王国の法で明文化されていることだ。ただ、逃げた馬や家畜を保護した者と飼育者との間で合意があれば、元の飼育者に返還することはもちろん可能だ。ただしその場合でも、相応の謝礼を支払うのが通例である。

 と言うか、少し考えれば分かることであろうし、キーレライト王国の法でも同様のことが定められている。


「従って、グリフォンの譲渡は罪人引き渡しの対価にはなり得ない」

「ざ、罪人などと!」

「おや? 貴殿の国では正当な理由なく貴族を襲撃した者を罪人とは呼ばないのか?」

「ぐっ……」


 エスロークの顔が怒りと恥辱で朱に染まる。

 元々キーレライト王国外務省としては、カラミティ・グリフォンが問題を起こす前にユードレシア王国に押し付けて厄介払いをしようとしていた。だからこの点では上手く行っているのだ。

 ただ、冒険者十四名はこのまま死なせるのは惜しい。彼らはキーレライト王国でも上位の冒険者である。国として彼らを助ければ大いに恩を売ることになり、優秀な冒険者たちに大きな貸しを作れるわけだ。魔物討伐、他国との戦争、万一の内乱、その他今回のような他国での工作活動。使い道はいくらでもある。


「それでは、十四名のキーレライト王国民は返還しないとおっしゃるのですか?」

「そうは言っておらん。ケイラン、もし彼らを鉱山送りにした場合、刑期は何年になる?」

「そうですね……十五年から二十年といったところでしょうか」

「ふむ。誰も傷付いておらんからそのくらいか。では十五年分の労働の対価、一人頭十五万エラン、十四名で二百十万エランをお支払いいただければ返還に応じましょう。もちろん、彼らの我が国への生涯入国禁止と合わせて」


 エランはユードレシア王国の通貨単位。一エラン=日本円にして約百円である。二億一千万円は、十四名の高ランク冒険者にキーレライト王国が貸しを作る対価として決して高くない。むしろ安いくらいだろう。

 入国禁止措置は当然だし、掻い潜ろうと思えばいくらでも手はある。ベルンとしては単に嫌味程度のつもりだ。


 だが、筆頭事務官のエスローク・フールアはお気に召さなかったらしい。


「我が国と貴国、二国間の国際問題になりますぞ!?」


 なぜそうなる、とベルンは頭を抱えそうになる。せっかく落としどころを教えてやっているのに、馬鹿なのだろうか、こいつは?

 なおケイランは相変わらず微笑を湛えているが、こめかみに青筋を浮かべていた。ケイランも父と同じ気分なのだ。


「国際問題になるとは到底思えませんな。これはあくまでも他国所属の冒険者が貴族を襲撃した事案。本来ならとっくに死罪となってもおかしくない。これは所属がキーレライト王国だからではなく、ブルスタッド帝国でも、例え我が国の冒険者であっても同じことだ。私としては譲歩しているつもりなのだが」


 ベルンは子供を諭す口調でそう告げた。

 エスロークとしては、グリフォンを譲ると言えば喜んで冒険者の返還に応じるだろうと思っていたのである。何せ相手は小領地の田舎伯爵。それに対し、こっちは中央に籍を置く筆頭事務官なのだから。


 これが自国キーレライト王国内ならエスロークの思惑通りになっていたであろう。自国内であれば中央への忖度があるので。

 だがここは他国。外務省という他国と関わりの深い筆頭事務官でありながら、エスロークは根本的なことを見落としていたのである。彼は最初に「交渉」ではなく「要請」と言った。暗に「言うことを聞け」と言ったのだ。二国間の問題にしたいのなら、直接シルバーフェン伯爵家を訪ねることなく、ユードレシア王国の王城に「要請」するべきだ。それが外務省というお役所の正式なやり方ではなかろうか。

 そういったことをしなかったのは、単にシルバーフェン伯爵家を下に見ていたから。他国の貴族への配慮が全くないと言わざるを得ない。


 ベルンとケイランはそれを指摘しても良い立場であるが、敢えてそうしなかった。別に喧嘩をしたいわけではないのだから。


 しかし非常に残念なことに、彼らの真意はエスロークに伝わらなかった。


「この件は国に持ち帰らせてもらう! 問題を大きくしたのはシルバーフェン伯爵、貴殿であることを努々(ゆめゆめ)忘れぬよう!!」


 エスロークは捨て台詞を吐き、背後に控えていた四人とともに音を立てて応接間から去って行った。

 いや、問題を大きくしているのはお前だろうが……ベルンはその言葉を飲み込んだ。ケイランの微笑顔に浮かんだ青筋がだいぶ増えている。


 執事のヘイロンが紅茶を淹れ直し、一口飲んでからベルンは溜息混じりで零す。


「彼の国では、馬鹿でも筆頭事務官になれるのだな……」

「ええ、ええ。あんなのが部下だったら、私なら発狂する前に己の手で殺しますね」

「……その方が国のためであろうな」


 父と息子は深い溜息を吐くのだった。

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