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17 領都へ帰還

 襲撃者を捕縛して拠点へ戻る道中、アスワドの背でリオンは思索に耽った。相変わらず魔法のことである。


(バジリスクを倒した時、<ストーンガトリング>は<UDM>の重力に引っ張られなかったな……ていうか僕、魔法を二重に発動してたんだ)


 今更である。<コンプレックス・シールド>を五重発動できるのだから、別の魔法を同時に発動できても不思議ではない。だが、この世界の常識では、一度に発動できる魔法はひとつなのだ。また自覚無しで常識を破ってしまったリオンである。


(自分の魔法なら、他の魔法の影響を受けない、のか……? 検証が必要だな)


 あの時<ストーンガトリング>が<UDM>の影響を受けたら、射線が狙った場所より下がった筈だ。<UDM>は地面に生成していたから。


 さらに、つい先ほど明らかになった<UDM>の課題、つまり<UDM>が発動している状態では仲間が近付けないという問題であるが、対象(敵)を無力化して拘束するという目的ならアスワドが解決策を示してくれた。


(風魔法は苦手だけど、実際に見たから同じことができる……気がする。今後のために練習しよう)


 今回のような目にそう何度も遭いたくはないが、同じ状況に陥った時にアスワドがいてくれるとは限らない。


(……別に相手を気絶させなくてもいいのか。土魔法で体を拘束するだけでも良い。両腕と両脚にこう、石のリングを巻き付ける感じで)


 効率の良い拘束方法をグリフォンの背で考察する十一歳。中身は大人たぶんなので仕方ないのである。

 将来来るべき(とリオンは思っている)危機について予め考えておくことは、身を守る上で非常に重要だ。いざその時になって体が動かない、では命を落とすことになりかねないのだから。


(それはそうと、あれは一体何だったんだろう? あれは僕がイメージしたものとは絶対に違う。そもそもアスワドが<ダウンバースト>っていう風魔法を使えることも知らなかったし。ということは、やっぱりアスワドが僕にイメージを送ったってこと? そんなことが可能なのか?)


 <UDM>で五人の冒険者を無力化したはいいが、それからどうしたら良いのか頭を悩ませた時。確かに、何の気なしにアスワドに相談っぽいことを投げかけた。あの突然浮かんだイメージが、もしアスワドから送られたものだとしたら、アスワドにはそういう能力があり、尚且つリオンの言葉を正確に理解し、<UDM>とその時の状況についても正確に把握していたことになる。


 魔物に、そんなことが可能だろうか。いや、魔物だから可能なのか? それともグリフォン、或いはアスワドが特殊なのだろうか。


 そのような疑問と今後の課題についてあれこれ考えているうちに、あっという間に拠点へ到着した。

 先行していた騎士団員のグルシアがケイランに報告していたらしく、殺気立った団員たちに出迎えられた。領主の息子たちを襲撃するなど彼らにとって到底許せることではない。捕縛した者たちのほとんどは意識を取り戻していたが、出迎えの雰囲気を感じ取って気絶したフリをする者も。気持ちは分かる。


 クオンと何事か話をしていたケイランがリオンの傍に来る。リオンはアスワドに合図を送り、その背から降りた。


「ケイラン兄さま。任務を遂行できず申し訳ありません」

「いや、それはいいんだ。それよりも無事で良かった」

「ありがとうございます。シャロンがすぐに気付いて対処してくれたおかげです」


 リオンの斜め後ろで気配を消して佇むシャロンは、彼の言葉にも表情ひとつ変えない。


「そうか。シャロン、弟たちを守ってくれて感謝する」

「もったいないお言葉、痛み入ります」


 ケイランはこのままいけば次期領主。その彼が直接感謝を述べるというのは大きな意味を持つ。


「さて。クオンにはもう話したけど、定期討伐は本日をもって完了とし、明朝撤収する」

「予定よりだいぶ早いですね」

「うん。北部駐屯騎士団とも話をした。例年より魔物が多い理由はどうやらバジリスクが原因だったようだ。森の浅い層にいた魔物が南へ逃げ出したんだろうね。それで、バジリスクがいなくなったから元の場所へ帰ったと思われる」

「なるほど?」

「リオンの手柄ってことだよ」

「え? そう、でしょうか……?」


 ケイランはリオンの頭をぽんぽんと叩き、それからわしゃわしゃと撫でた。こんなことができるのも今のうちだ。もう少し成長して大人になれば子供扱いもできなくなるのだから。


「襲撃犯の尋問はデンに戻ってから行うことにするよ」

「そうですね……ケイラン兄さま?」

「何だい?」

「彼らはその……死罪になるのでしょうか?」

「う~ん、最終的な判断は父上次第だけど、その可能性は高いかな?」

「あの、できれば、その、命まで取るというのは……」

「リオンは死罪に反対なんだね? うん、一応父上には進言しておくよ」

「ありがとうございます!」


 襲ってきた相手の助命を求めるのは甘いかもしれない。それでも、リオンは人が死ぬことに忌避感がある。特に自分がそれに関わっている場合には。

 この国には犯罪奴隷制度があることだし、殺すよりも鉱山などで働いてもらった方がよほど良いと思うのだ。いくら過酷な労働だとしても死ぬよりマシだろう。


 そのような話をした後、「探驪獲珠」の四人が別の騎士団員と一緒にバスートの町へ戻ることになり、それを見送った。今度は客車付き馬車なので荷馬車よりは多少乗り心地が良いだろう。四人とも、ようやく解放されるとあってホッとした顔をしている。


 それからライカ魔法士団副団長と魔法について話したり、拠点撤収の準備を行ったり、アスワドと戯れたりして一日が終わった。









*****









 リオンたちが拠点で一日の終わりを迎える一方、必死の形相で西へ向かう四人組がいた。彼らはキーレライト王国のBランク冒険者パーティ「十年一剣(じゅうねんいっけん)」。捕縛された三組と同じく、キーレライト王国からグリフォンに関する依頼を受けた者たちだ。


 彼らは「花紅柳緑」のリーダー、緑髪のアーチルが合流を呼びかけたことは知っていたが、敢えて応じなかった。プライドの高いアーチルがBランクの自分たちにまで声をかけるのは、何か裏がありそうだと考えたからである。

 依頼の成否に関しては、結構な額の前金を受け取ったので十分黒字だ。危険を冒す必要はないと判断した。


 とは言え、一応何かあった場合には援護しようと思い、少し離れた場所から様子を窺っていた。その結果、Aランクパーティ二組、Bランクパーティ一組が全滅。全員が捕縛された。

 捕縛したのはこの領の騎士だった。詳しい戦闘内容は距離があり過ぎて見えなかったものの、あのアーチルが負けるなんて余程のことだ。相当強い騎士か魔法士がいたに違いない。


 あの黒いグリフォンが依頼対象であることは理解していた。しかし「十年一剣」は自分たちが敵う相手ではないと適切な判断を下し、情報を依頼主に持ち帰ることを選んだのである。


 情報は鮮度が命。だから彼らは陽が落ちてからも走っていた。グリフォンの捕縛または処分という依頼に失敗した彼らであるが、他の三組が失敗したのであるから、「十年一剣」には難易度が高過ぎたということでお咎めはないだろう。それよりも、確かにグリフォンがいたということ、三組のパーティがデルード領に捕らえられたこと、彼らをもってしても勝てない相手がいること。この情報を持ち帰れば依頼主も少しは満足すると思われる。


 しかし、彼らが何かに追われるように走っているのは他にも理由がある。

 あのアーチルを擁する「花紅柳緑」は、キーレライト王国で五指に入る実力を持つパーティだ。「雪月花」もAランクの名に恥じないし、「雲外蒼天」もBランクでは上位である。そんな実力者たちを歯牙にもかけない恐ろしい強者が、今も自分たちを追いかけているのではないか。そんな強迫観念に囚われているのだ。


 彼らは後ろを振り返ることをしなかった。もしそこに追跡者を見付けてしまえば、恐怖で心臓が止まってしまいかねない。


 「十年一剣」の四人は、情報を持ち帰るという使命感よりも、ただただ生きて国に帰りたいという思いで、ひたすら西を目指すのだった。









*****









 デルード領の領都デンには、定期討伐団の拠点を発って三日目の昼前に到着した。ケイラン、クオン、ライカ魔法士団副団長の三人は領主ベルン・シルバーフェンへ諸々報告するためいったん身支度を整えに向かい、騎士団員と魔法士団員、従士と輜重隊員はそれぞれの団舎へ戻る。シルバーフェン家から参加していた侍女たちも居るべき場所へ戻っていく。捕縛した冒険者たちは領騎士団の獄舎へと入れられた。


 リオンは屋敷の自室へ向かおうとして、はたと気付いた。アスワド、どうしよう!?


「リオン様。アスワドの……鳥舎? グリフォン舎? とにかく住む場所が作られております」

「え、ほんと!?」


 屋敷を回り込んで中庭へ行くと、そこには木で造られた真新しい小屋が建っていた。シャロンによれば、リオンがグリフォンに懐かれたので、恐らく屋敷に連れ帰ることになる、と父ベルンに連絡が行っていたらしい。

 鷹便、という地球の伝書鳩のような仕組みがあって、討伐団から定期的にベルンの元へ報告を送っていたのだと言う。リオンは『ほえ~!』と感嘆の声を漏らした。


「あとで父さまにお礼を言わなければ!」


 小屋には、アスワドがここでの生活に慣れるまでリオンがなるべく一緒に過ごせるよう、隅の方に椅子や文机、ソファに寝台まで置かれていた。

 アスワドの寝床には新しい藁がこんもりと積まれており、これならきっと快適に眠れるだろう。


「アスワド、ここが新しい家だよ。気に入った?」

「きゅー!」

「僕は湯浴みをして着替えてくるから、ここで待っててくれる?」

「きゅっ!」


 アスワドはキリッとした顔をしているので大丈夫だろう、たぶん。

 ということで、アスワドを小屋に残して自室へ戻り、リオンは旅装を解いて湯浴みする。予定より早まったと言っても九日間は体を拭くだけだったから、浴場で頭と体を洗うのが何とも気持ち良い。


(この世界にはお風呂文化があるし、シャンプーや石鹸もあるんだよなぁ。料理だって美味しいし、そういう面で知識チートを発揮する場面がない)


 リオンの世界はまだまだ狭い。デンの街から出たのも定期討伐が初めてだ。限られた行動範囲の中では特に不便を感じることもなく、前世の知識を活用して何かに革命を起こす状況に遭遇しない……と本人は思っている。

 実はその気になれば改善できるところはたくさんあるのだが、リオンの興味が魔法、というか「防御」に偏り過ぎているため、問題だと思わないだけなのだ。この世界に馴染んでいる、とも言える。


 湯浴みを済ませて着替えていると、シャロンから『旦那様がお呼びです』と声を掛けられた。最近父さまによく呼ばれるな、と思うリオンであるが、自分の行動の結果であることは全く自覚していない。


 執務室には、ケイランとクオン、ライカ副団長に、討伐団には加わっていなかったイデラ騎士団長もいた。


「失礼します」

「リオンも座りなさい」


 ケイランと並んで座っていたクオンが少し寄って場所を空けてくれたので、リオンはそこにちょこんと座った。


「リオン。まずはバジリスクの討伐、大義であった」

「ありがとうございます」


 父ベルンから労いの言葉を掛けられ、リオンは頭を下げる。


「リオン。バジリスクがどういう魔物か知っているか?」

「遠近感がおかしくなるくらい、大きな蛇でした」


 リオンはバジリスクに関する知識がないので、自分が見たままを述べる。


「遠近感……ふっ……ふはっ……はっはっは!」


 父がいきなり笑い出したので、リオンはきょとんとする。見れば他の四人も俯いて肩を震わせていた。


「はぁー……お前は胆が据わっているのだな」

「え、えーと?」

「今回お前が倒したのはな、『スニークバジリスク』といってバジリスクの中では中位程度の奴だった」

「あ、はい」

「魔物全体で見るとかなり上位……そうだな、今回の討伐団で言えば、少なく見積もって半数は犠牲になったであろう。それでも倒せない可能性のある魔物なのだ」

「…………あの蛇、そんなに強かったんですね」


 リオンにとって、バジリスクはあくまでも「でっかい蛇」。恐ろしいのは大質量から繰り出される物理攻撃だけだった。それも<コンプレックス・シールド>で防ぐことができたので、結局大した脅威は感じなかったのだ。


「バジリスクの中には毒を吐く種もいる」

「毒」

「お前の防御は毒も防ぐのか?」

「それは……分かりません」

「うむ。今回は毒なしの種だから良かったが、もし毒ありで、お前の防御でも防げなかったら……私の言いたいことは分かるな?」

「はい……軽率でした」

「定期討伐“団”というからには、組織であり、それを統率する者がいる。同行であれそこに属するならば、独断行動は組織全体を危うくする場合もある。今回は良い結果を得られたが、次もそうとは限らん。このことは覚えておきなさい」

「はい。肝に銘じます」


 リオンはしゅん、となった。『彼を知り己を知れば百戦殆からず。彼を知らずして己を知れば一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず殆し』と兵法書「孫子」にも書かれているではないか。リオンはバジリスクのことを知らず、自分がどれくらいのことができるのかも完全に把握しているわけではない。つまり、『戦うごとに必ず殆し(危うし)』だったのだ。


 とは言え、突発的な戦闘が発生した場合、常に敵のことを知っているとは限らないのもまた事実。


(じゃあせめて、己のことくらいはきちんと知らなければ)


 彼を知らずして己を知れば一勝一負す。つまり勝率五割である。この五割をもっと高める方法をリオンは知っている。「絶対的な防御」だ。あらゆる攻撃から守りたい全ての人を守る防御。


 愛すべき「防御馬鹿」のリオンは、父のお説教を聞き流しながら、必ず満足のいく防御を生み出すと決意を新たにするのだった。

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