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16 襲撃

 翌早朝、リオンはバスートの町へ向けて出発した。

 護衛は兄のクオン、魔法士団副団長のライカ、騎士団員のブリッツ、グルシア。そしてもちろんシャロンとグリフォンのアスワド。それに冒険者パーティ「探驪獲珠(たんりかくしゅ)」の四人。この四人も、一応リオンの護衛という体だ。

 ちなみに騎士団員のブリッツとクルシアの二人は、リオンの走り込みによく付き合ってくれる二人である。


 この面子ならリオンとシャロンは馬車に乗るのが定石であるが、何故か「探驪獲珠」の四人が馬車(と言っても荷馬車だが)に乗っている。というのも、リオンが「アスワドに乗っていきます!」と高らかに宣言したからである。仕方なく、他の面々はそれぞれ馬に乗っている。


 アスワドに乗るリオンは上機嫌だが、それ以上にアスワドの機嫌が良さそうだ。誇らしそうに胸を張って歩いている、ように見える。どこからどこが胸かはっきりとしないが。


「リオン様、疲れたらすぐにおっしゃってください」

「うん、ありがとうシャロン」


 ウルシア大森林からバスートの間には小さな村が一応あるが、町と言えるのはバスートがデルード領で最北である。従って、この辺りの街道はお世辞にも整備されているとは言い難い。


 行きで道の悪さに辟易したリオンは、馬車よりアスワドに乗る方が快適であろうと考えたのだ。そして今、その考えが正しかったのが分かる。荷馬車に乗る「探驪獲珠」の四人が辛そうな顔をしているので。

 まぁ、彼らは町に着いたらお役御免、そのまま家なり宿なりに帰って休める。バスートまで約二時間、歩けばもっとかかるので、その間は我慢して欲しい、などと自分のことを棚に上げるリオンであった。


「アスワド、体調は悪くない?」

「きゅう!」

「そっかぁ。辛かったら休憩するからね」

「きゅう~!」


 リオンとアスワドの会話が成立しているように見えて、クオンがぎょっとして尋ねる。


「リオン、アスワドが言っていることが分かるのかい!?」

「いえ、分かりませんよ?」

「えぇ…………」

「ただ何となく、気持ちが伝わってくる気がするのです」

「そ、そうなんだね」

「はい!」


 二日前と比べたら、アスワドは随分元気になった。足取りがしっかりして、体毛と羽毛には艶が出ているし、目も澄んでいる。まだ飛んでいるところは見ていないが、きっともう飛べるだろう。

 前世では、何かペットを飼っていたのだろうか、とリオンは思う。動画か何かで、飼い主とペットの会話が成立しているようなものを見た気がする。それは多分に飼い主の「親バカ」が入っているのだろうけれど……種は違っても、気持ちが通じることはあると思うのだ。


 わずか二日で、リオンは既に「親バカ」を発揮しつつあった。


 季節は夏の終わり。空は夏と秋が混ざり合ったような薄い青を背景に、高空で漂う雲の白が鮮やかに見える。まだ陽が高くない時間だし、風もあるから暑くはない。暑くはないが、アスワドの体温が尻から伝わってきて、ちょっと汗ばんでいる気がする。

 でも決して不愉快ではない。体温と筋肉の躍動が、アスワドが間違いなく「生きている」ことを実感させて、何だかそれが嬉しくなる。その気持ちがまたアスワドに伝わり、アスワドの足取りがますます軽くなるのだ、とリオンは思っている。


 途中にある村を横目に通り過ぎ、一行は順調にバスートに向かっていた。









*****









 「花紅柳緑(かこうりゅうりょく)」の五人は、リオンたちから目を離さず、背の高い草叢を並走していた。

 そこにいるのは彼らだけではない。昨日のうちに合流を果たしたAランクの「雪月花(せつげつか)」、Bランクの「雲外蒼天(うんがいそうてん)」もいる。総勢で十四人。リオンたち一行から約百五十メートル離れている。


「いやぁ、昨日はどうなることかと思ったよね」

「まさか騎士団と魔法士団のど真ん中にグリフォンがいるなんてね」


 緑髪のアーチルと黄色髪のテージルが走りながら言葉を交わす。


 昨日ウルシア大森林の浅層を進んでいた「花紅柳緑」は、魔導具にグリフィンの反応が表示されていることに気付いた。

 「グリフォン飼育場」で飼育されたグリフォンには全て、臀部に特殊な加工を施した魔石が埋め込まれている。これは脱走された際に追跡するためのものだ。現代地球ならGPSといったところだろう。ただしそれほどの精度はなく、魔石が発する信号を捕捉するには対象の一キロメートル以内にまで近付く必要がある。


 信号を捕捉したアーチルがまず考えたのが、他の冒険者パーティと合流することだった。他の面々はただのグリフォンだと思っているが、相手はカラミティ・グリフォンである。いくら倒せる自信があると言っても、初見の敵にいきなり挑むほどアーチルは無謀ではない。

 運良く、近くにいた四人組の「雪月花」、五人組の「雲外蒼天」と合流できたアーチルたちは、ほとんど動かない信号に向かって慎重に進んだ。そして、それがどうやら「定期討伐」でこの地にやってきたデルード領討伐団の拠点の真ん中付近だと分かったのである。


 さすがに総勢二百人以上いる中に十四人で突っ込むのは分が悪かった。だから、離れた場所から機会を窺っていたのだ。


 そしてまた運はアーチルたちに味方した。何と、グリフォンを含んだ少数の一団が討伐団から離れて南へ向かったのである。

 相手は僅か十人程度。しかもそのうちの一人は子供だ。これを千載一遇のチャンスと言わず何を言うのか。


 あのグリフォンが、彼らの中でどういう扱いになっているのかいまいち分からない。子供がグリフォンに乗っているのは輪をかけて理解不能である。標的はあのグリフォンだけなのだが、場合によっては戦闘になるだろう。

 それは仕方ない。邪魔する者は皆殺しにして、証拠となるグリフォンの首だけ持って素早く離脱すれば良い。それで、晴れて俺は貴族の仲間入りだ。アーチルは浮かんでくる笑みを抑えられずにいた。達成不能かと思われた依頼の成功が目の前にぶら下がっているのだから、冷静さを欠いても仕方ないのかもしれない。普段の、Aランクパーティ「花紅柳緑」のリーダーであるアーチルならば、もっと慎重に相手の戦力を見極め、作戦を立てたことだろうに。


「打ち合わせ通り『雪月花』が遠距離から攻撃、『雲外蒼天』が様子見で牽制、最後に俺たちが仕留める。行けっ!」


 アーチルの号令に、各自が一斉に方向を変え、街道へ向けて走り出した。









*****









 長閑な景色、心地良い風、尻から伝わるぽかぽかの温もり。リオンの瞼はだんだんと重くなってきた。子供ってすぐ眠くなるんだよなぁ……などと、ぼんやりした頭で考えていると――


「キュッ!」

「何か来ます!」


 アスワドとシャロンが、ほぼ同時に警告を発する。ハッと覚醒したリオンは、アスワドが顔を向けている右側面に<コンプレックス・シールド>を発動。バジリスクとの戦闘で五重展開に慣れたことから、今回は横に五枚並べる。縦三メートル、横二メートルの強固な障壁が横に五枚だ。幅十メートルの障壁なら、この一団全員の側方を防御できる。


 直後、数本の矢が障壁に弾かれ、続いて飛んできた<フレイム・ランス>と<アイシクル・ランス>も危なげなく防ぐ。


 クオンとブリッツ、グルシアが馬に乗ったままリオンを守るように陣取った。ライカは不敵な笑みを浮かべて障壁から少し顔を出し、敵がいると思しき所へ<アイシクル・ランス>を連続で放つ。


 「探驪獲珠」の四人は咄嗟に動くことができず、荷馬車に乗ったまま頭を低くしていた。


「あれ? シャロンは?」


 リオンがそう思った時には、草叢の方からいくつもの呻き声が聞こえてきた。


「がっ!?」

「うぐっ!」

「ごふっ!」

「かはっ」

「うぅ……や、やめろこの化けも――」


 ……最後のは呻き声ではなく悪足搔きのようだったが。リオンが<コンプレックス・シールド>を張ると同時に、シャロンは敵に向かって飛び出していたようだ。それにしてもシャロンのように綺麗な女性を「化け物」呼ばわりするなんて罰当たりだなぁ、とリオンは思った。


 それから、もっと離れた場所、先ほどライカが魔法を撃ち込んだ辺りで金属同士が激しくぶつかる音がした。あまり長続きすることなく、数回聞こえて静かになる。


「キュキュッ!」


 全員が右の方に注目していた時、アスワドが鋭く鳴き声を上げた。リオンは反射的に<コンプレックス・シールド>を正面に張った。


『ガキィン!』


 障壁の向こう側で、長剣を弾かれた茶髪の男が首を傾げている。


「何だこりゃ? 障壁じゃねーのか?」


 続いて投げナイフがほぼ同時に六本。その後に<ストーンランス>。


「普通の障壁じゃねぇ!」

「<ストーンランス>まで弾かれるなんて!」


 黒髪の男、紫髪の女が続けて声を上げた。

 彼ら三人の後ろには、緑髪の男と黄髪の女が立っている。その緑髪の、少年のような顔の男が槍を片手に歩み寄ってきた。


「あっれ~? 銀髪の女以外は無傷じゃん。まったく……あいつら全然役に立たないじゃんか」

「貴様ら! この方たちがシルバーフェン家のご子息、クオン様とリオン様と知っての狼藉か!」


 騎士団員のブリッツが少し前に出て、馬の上から大音声で問うた。


「一応、私もブルーネスト侯爵家と関係があるんだけどね……」


 自分の名前が挙げられなかったのを不満そうに、ライカが呟いた。クオンが沈黙を保っているので、リオンは緑髪の男に向かって尋ねる。


「あなた方の目的は何でしょう?」

「君たちが知る必要はないと思うなぁ……邪魔だから死んで?」


 咄嗟に<コンプレックス・シールド>を五重にする。『ドッゴォオオン!!』と腹の底に響く衝突音が轟いた。

 緑髪の男が槍で突きを放ったのだ。見れば軸足の地面は抉れ、踏み込んだ足の方も地面が凹んでいる。

 <コンプレックス・シールド>四枚目でその突きは止まった。既に新しい障壁を張っているから問題ないが、彼の突きはバジリスクの突進と同等の威力ということが分かる。


「ほわぁ~。人間でもこんな力が出せるんですね!」

「……それを止める方が人間離れしてると思うけど? これは一体何?」

「ああ、障壁魔法ですよ」

「嘘つくなっ! こんな障壁、あるわけないっ!」

「そう言われても……まぁ普通よりは頑丈だと思いますけど」


 リオンの答えは、緑髪の男の逆鱗に触れたようだ。こめかみに青筋が浮かんだと思うと、次の瞬間に怒涛の勢いで連続突きを放ち始めた。

 障壁が割れる。張り直す。割れる、張り直す、割れる、張り直す……一秒間に五発の突きが放たれ、リオンはその都度割れた障壁を張り直す。


 連続突きは、最初に放たれた全力の一突きよりも一発の威力が弱い。<コンプレックス・シールド>は表層の一枚が割れるのみ。だからリオンも余裕をもって対処できる。

 とは言え、バジリスクの時と同様、これがずっと続くとなればリオンの魔力がもたない。


「えーと、もう諦めませんか?」

「ふざける、なっ!!」


 連続突きは止まない。常人離れした体力と膂力だ。風体から冒険者だと思うが、余程名のある冒険者だろう、とリオンは素直に感心した。しかし、相手は間違いなくこちらを殺すつもりで攻撃してきたのだ。しかも、こちらが誰か知った上で。


 正当な理由なく貴族を襲撃する行為は、ここユードレシア王国では重罪である。

 貴族は領地を守り、そこに住まう領民を守る責務を負う。リオンの感覚だと、貴族とは地方行政を担う公務員のようなものであり、それを害するということは領地運営に支障を来すわけで、国として重罪を課すのも頷けるのだ。


「諦めないなら仕方ありません。捕縛しますね」

「やれるもんなら、やって、みろっ!」

「<UDM>!」


 <ストーンガトリング>を横薙ぎに斉射すれば、目の前の五人を屠るのは難しくないだろう。だが殺してしまえば襲撃の目的が分からなくなる。いや、もしかしたらシャロンの方が生かして捕えているかもしれないが……まぁ、とにかくリオンとしては、できるだけ殺したくないのだ。


 五人の真ん中辺りに、直径三センチメートルの<UDM>を生成する。空中に出現した小さな「闇」が想像を絶する重力を発生させた。


「ぐっ!?」

「なに!?」

「ひ、引っ張られ――」

「動けねぇ!」


 黒髪、茶髪、紫髪、黄髪が<UDM>に引き寄せられて身動きを封じられる中、緑髪はその場で踏ん張っていた。さすがに突きはもう放てないようだが。


「ぐぐぐ……」


 しかし、遂に踏ん張っていられなくなり、四人が団子状になっている所にすっ飛んでいった。


(あー、無力化したはいいけど、ここからどうしよう……? <UDM>を解除しないと誰も近付けないじゃないか……)


 リオンは、今更であるが<UDM>の課題に気付かされた。解除しないと近付けず、解除したら反撃を食らう可能性が高い。


「きゅっ?」

「ん? ああ、この状態で彼らを無力化したいんだけど、その方法が分からなくて」


 思わずアスワドに相談してしまうリオン。もちろん答えを期待したわけではないのだが。


「きゅっ!」

「え、任せろって?」

「きゅうきゅう!」


 アスワドには、何やら策があるようだ……たぶん。


「え?」


 その時、リオンの脳内にイメージが浮かんできた。

 <UDM>をそのまま三メートルの高さまで浮かせる。今<UDM>に引き寄せられている五人も、もれなく三メートルの位置に浮くことになる。そこで<UDM>を解除したら、それに合わせてアスワドが<ダウンバースト>なる風魔法を使い、地面に叩き付けて気を失わせる……と。


「え、ほんとに? できるの?」

「きゅう!」

「わかった。やってみる」


 どうせこのままでは埒が明かない。そのうち魔力が枯渇して五人が自由になってしまう。それならば、とリオンはアスワドを信じることにした。


「むむむ……」


 <UDM>をもっと高い位置に移動させる……二メートル……三メートル。引っ付けられた五人の顔色が蒼白になった。そのままもっと高い所に浮かせて地面に落とすつもりかと訝ったのだ。

 果たしてどちらの方が良かったのか、リオンには分からない。


「解除!」

「きゅっ!」


 ごく狭い範囲で、強烈な下降気流が発生する。ただの風ではない。猛烈な台風のような突風だ。空中でそれに晒された五人が、べちゃっと地面に叩き付けられた。


「クオン兄さま! 今です!」

「承知した! ブリッツ、グルシア! 急いで拘束するぞ!」

「「はい!」」


 そこへシャロンが涼しい顔で戻ってきて拘束を手伝い始めた。ライカは、念のため少し離れたところから五人の動きを監視している。「探驪獲珠」の四人も、ようやく事態を飲み込めたようで、拘束に参加する。


「ふぅ~。何とかなりました。ありがとうね、アスワド」

「きゅっきゅう!」


 クオンたちが五人をうつ伏せにし、両手を背中に回して手枷を嵌めていく。手枷は瀟洒なブレスレットのような見た目だが、立派な魔導具である。嵌めた相手の魔力を九十五パーセント減じるのだ。定量ではなく定率というのが素晴らしい。魔力量の大小に関わらず誰にでも使えるから。

 リオン自身何度も経験しているのだが、魔力が枯渇寸前になると酷い二日酔いのような症状が出る。頭痛と吐き気に悩まされ何もする気が起きない。こういう状態を人為的に作り出すのがこの「拘束枷」である。


 手早く拘束を終えると、シャロンはクオンに何事か話し、ブリッツとグルシア、「探驪獲珠」の四人を連れて草叢の方へ向かった。しばらくすると拘束枷を嵌められた冒険者風の者たちが続々と運ばれてくる。なお、全員気絶しているようだ。


 最後、シャロンが女性を肩に担いで戻ってきた。


「シャロン?」

「これらは全員リオン様を攻撃した者たちです。こちらに九人いました」

「そ、そう。えと、ご苦労様?」

「当然のことをしたまでです」


 捕縛した十四人をぎゅうぎゅう荷馬車に積み込んで、リオンたちは討伐団の拠点に戻ることになった。この状態でバスートに向かうわけにもいくまい。

 哀れ、「探驪獲珠」の四人ももれなく拠点へ戻ることになる。しかも荷馬車は捕縛した者で一杯なので、馭者役のメッジオ以外はクオンと騎士たちの馬に同乗することに。クオンの後ろに乗ることになった、唯一の女性ディレナが恐縮したり照れたりと忙しそうで、リオンは笑いを堪えるのが大変であった。

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