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15 冒険者

 リオンたちが拠点へ戻ろうと割り当て地を出発した頃――


 ウルシア大森林の比較的浅い層を、東へと移動している五人がいた。

 彼らはキーレライト王国の冒険者である。


 リオンたち定期討伐団が領都デンを出発する少し前。キーレライト王国から「依頼」を受けた高ランク冒険者たちが、数日かけてバラバラにユードレシア王国に入国した。


 冒険者、というのは、元々遺跡を探索したり、未踏の地を踏破したり、その過程で価値のある物品を見付けたり、本当に冒険をする者たちであった。故に冒険者とは職業と言うよりも生き方だったと言えよう。

 それが長い時間を経て様変わりした。魔物の討伐、商人の護衛、稀少な薬草や鉱石の採取などから、迷い猫探しや下水道の掃除、臨時の店員など、最早何でも有りである。


 そんな冒険者が「ランク付け」されているのは、偏に冒険者と依頼者双方のためだ。最高ランクがA、最低がF。雑用を低価格で請け負うのがFやEランク、難しい依頼を高額で請け負うのがBやAランクといった具合に棲み分けができている。


 ユードレシア王国へ秘密裡に入国した彼らは、全員がAかBランク。Aランクともなれば、一国の騎士団長クラスの強さを誇ると言われる。そんな彼らがキーレライト王国から受けた依頼は――。


「まったく、逃げ出したグリフォンを連れ戻すとか、正気なのかな?」


 鮮やかな緑髪の青年、いや、少年と言っても差し支えない容姿の男性が、森を歩きながら零す。ちなみにこの愚痴を零すのはこれで十二回目である。


「まぁまぁ。その分たんまり前金も貰ってることだし。見つかれば幸運ってことでいいじゃない」


 金、というより黄色の髪を顎の辺りで切り揃えた女性がそう返す。ちなみに緑髪をこう言って宥めるのも十二回目である。


「なまじっか俺たちが優秀だから、こうして痕跡を見付けちまうわけだよな」

「もう少し近付けば魔導具に反応が出るんじゃない?」

「しかし相手だって動いてるわけだろ? そう簡単に見付かるとは思えないけど」


 明るい茶髪の男、紫の髪を長く伸ばした女、黒髪の男が続く。

 彼らはAランク冒険者五人組パーティ、「花紅柳緑(かこうりゅうりょく)」である。キーレライト王国の王城から、ギルドを通さず直接彼らにもたらされた依頼内容は、『脱走したグリフォンを可能であれば連れ戻し、無理であれば処分せよ』であった。


 王国が冒険者を頼るのは大々的に軍を動かせない時と相場が決まっている。何度も国から依頼を受けている「花紅柳緑」のメンバーであるから、それくらいのことは察していた。

 実際、キーレライト王国が飼育していたカラミティ・グリフォンが越境し、隣国ユードレシア王国に侵入したのは、下手すれば戦争の発端にもなりかねない大問題であった。

 もしカラミティ・グリフォンが暴れてユードレシア王国民に被害が出たら。もしそのカラミティ・グリフォンがキーレライト王国で飼育されたものであると露見したら。低く見積もっても賠償責任は免れない。貴族などの重要人物が命を落とすことがあれば宣戦布告されてもおかしくないのである。


 だからと言って、軍を動かせばそれこそ侵略行為と受け取られる可能性がある。

 その点、冒険者が他国で活動する分には然程問題にはならない。越境する冒険者など珍しくもないのだから。


 一応「可能なら連れ戻せ」と言っているものの、本音ではさっさと殺して欲しいのである。グリフォンを連れて国境を渡るのは非常に難しいであろうから、結局は殺すことになるだろう、と国も分かっているのだ。ただ、カラミティ・グリフォンを手懐けることが出来れば、それは大いなる戦力となる。あわよくばという欲もあるということだ。


「僕たちの他にAランクパーティ一組、Bランクが二組いるんだろう? それも気に食わないんだよなぁ」

「まぁまぁ。危ない時は彼らを盾にすればいいじゃない」


 緑髪が愚痴り、黄色髪が宥める。このやり取りも十二回目だ。

 「花紅柳緑」はキーレライト王国で五指に入る実績を持つ。武力もさることながら、知略と立ち回りに優れているのだ。低ランクの間は無茶もしたが、ランクが上がってからは自分たちの命を脅かすような依頼や、成功率の低い依頼は避けている。今回は国からの依頼なので断れなかったが、そうでなければ絶対に断っていただろう。


 ちなみに、リオンが出くわした冒険者たちが「見かけた」のは彼らではなく、別のBランクパーティだ。「花紅柳緑」はそんなヘマはしない。


「どうせ連れ帰るのは無理だろ? さっさと見付けて殺せばいい」

「そうよ。グリフォン一体くらい、何てことないわ」

「見付けるのが難しいんだけどな」


 茶髪、紫髪、黒髪が続ける。彼らは対象が通常のグリフォンだと思っている。実はカラミティ・グリフォンであることを知っているのは、リーダーである緑髪だけだ。

 黙っているのは、対象がカラミティ・グリフォンだとメンバーが知れば捜索の「フリ」だけをしてしまいかねないから。誰だって命は惜しい。Aランクの彼らは、わざわざこんな依頼を受けなくても十分に稼げる。ただ、緑髪は依頼者である国から一つ魅力的な提案をされていた。この依頼を成功させれば、緑髪に爵位を授ける、と。

 貴族になれば、危険な冒険者を辞めても贅沢な暮らしを続けることができる。

 それに、自分ならカラミティ・グリフォンでも倒せると緑髪は考えていた。何せ彼はレッサードラゴンを倒したことがあるので。


 つまり、緑髪にとってメンバーは捨て駒なのである。冒険者なんていつまでもできるものではない。そろそろ潮時。カラミティ・グリフォンを狩って有終の美を飾るのは悪くないと思っているのだ。ついでに、爵位をもらって屋敷を構え、そこに剝製にしたカラミティ・グリフォンの首でも飾れば箔が付くと内心でほくそ笑んでいる。


 緑髪のAランク冒険者、アーチルは少し勘違いしている。

 レッサードラゴンと真のドラゴンは、似て非なるもの。レッサードラゴンやワイバーンは「亜竜種」であり「竜種」とは別の種である。真のドラゴンを人の領域で目にすることは滅多にないため、アーチルがレッサードラゴンをドラゴンと間違っていても不思議ではない。

 ただ、レッサードラゴンとドラゴンは、その強さにおいて百倍くらいの違いがある。もちろんレッサーの方が弱い。

 そして、万全な状態のカラミティ・グリフォンが真っ向から戦えるドラゴンとは「真のドラゴン」の方である。


 そういう意味で、アーチルがカラミティ・グリフォンを倒せると思っているのは勘違いである。ただし、現在のアルファ八十七――リオンに「アスワド」と名付けられたカラミティ・グリフォンに限って言えば、その強さは未知数。絶対にアーチルでは敵わないとも言い切れない。

 アスワドは幼く、戦いの経験がほとんどない。また二週間近くまともに食事を摂っておらず、その上バジリスクに数日間追われてかなり弱っている。よって、今のアスワドならアーチルでも勝てる可能性はある。


 アスワドの傍にリオンがいなければ、だが。


「まったく、いつまでこんな森を歩かなきゃいけないんだか」

「ほんと。さっさと見つけたいわよね」


 緑髪のアーチルの愚痴を、黄色髪のテージルが律儀に拾い上げる。このやり取りは、森に入ってから二十分おきに行われている。


 アーチルたち「花紅柳緑」の五人は、カラミティ・グリフォンの痕跡を追いながら更に東へと向かうのだった。









*****









 定期討伐団の拠点へ戻ってきたリオンは、また自分の天幕の横に出した椅子に座っていた。


「それで、何故あなたたちがここにいるのでしょう?」


 シャロンが氷のように冷たい声を向けた先には、割り当て地で出会った冒険者たちが地面に正座していた。そう、この世界にも正座があった!


「いや、ケイラン様に報告したら、後の指示はリオン様に聞くように言われたもので」


 リオンはぽかんとなった。指示? シャロンもぽかんとしていた。


「えーと、何でしょう……あ、とりあえず足を崩してください」


 リオンはどうでも良い指示を冒険者たちに与え、シャロンを呼んで小声で相談を始める。


「シャロン。何か僕が彼らに指示することがあったっけ?」

「いえ。ケイラン様に状況の説明を行う以外、特になかったと思います」

「だよね……ケイラン兄さまに聞いて来よう」

「私が伺って参ります」


 言うが早いか、シャロンがあっという間にその場から消えた。その場に取り残されたリオン、アスワド、そしてまだ正座している四人の冒険者。気まずい。これではまるでリオンが冒険者を苛めているようではないか!


「あの、本当に足を崩してくださいね? 痺れちゃいますから」


 リオンが重ねて言うと、冒険者たちはようやくもそもそと動き出す……どうやら、既に痺れてしまっていたようだ。彼らが「あぁー」とか「うぅー」とか言いながら足を伸ばすのを憐みのこもった目で見守り、落ち着いた頃を見計らって改めて話をする。


「僕のことはもういいですよね。お名前をお聞きしても?」


 彼らは、この拠点から最も近い、デルード領北部の町バスートを拠点とするCランク冒険者パーティ「探驪獲珠(たんりかくしゅ)」だと教えてくれた。


 顎鬚を蓄えた黒髪の男性がリーダーのメッジオで三十歳。灰色の髪をごく短く刈り込んだ男性がダレオ、二十九歳。伸ばした暗い赤髪を後ろで括っているのがトールス、二十五歳。濃い茶色の髪を短くした女性がディレナ、二十四歳、とそれぞれ自己紹介してくれた。年齢までは聞いていないのだが。


 バスートの町は別名「冒険者の町」で、ウルシア大森林が近いことでそこを拠点とする冒険者が相当な数いるそうだ。彼ら「探驪獲珠」も、普段は大森林で狩った魔物の素材や採取した薬草をギルドに買い取ってもらっているらしい。要するに、大半の他の冒険者と同じ、ということだ。


「でもギルドから、森へ入った人を連れ戻すように依頼されるなんて、信頼されている証拠ですね!」


 リオンが無垢な笑顔でそう言うと、彼らはお互い顔を見合わせて苦笑する。


「いやぁ、昨日俺が飲み過ぎて寝坊しちまって……いつもより遅い時間にギルドへ行ったら、偶々ギルマスと目が合っただけなんだ」


 ギルマスとはギルドマスターのことで、ここでは冒険者ギルド・バスート支部長を指す。

 リーダーのメッジオはそう言って謙遜するが、そんなことはないだろう、とリオンは思う。信頼していない者たちにギルドが依頼を出すとは思えない。


「ところでリオン様。あのおっかない姉さんはメイドか何かなのかい?」


 メッジオが声を潜めて、いかにも「ここだけの話」といった顔で尋ねてくる。


「ああ、彼女はシャロンと言って、僕の侍女兼護衛兼教育係ですね」


 実のところ、リオンはシャロンのことを「姉」のように思っているが、対外的には今の説明通りである。

 彼らはシャロンが護衛も兼ねていると聞いて何やら納得していた。シャロンの強さはリオンもよく知っている。無暗に暴力を振るうようなことはないが、いざとなれば容赦がないことも。だがわざわざ彼らにそんなことを言う必要はない。


「あの……その寝そべっているグリフォンは、リオン様の従魔なんですか?」


 おずおず、といった感じで、唯一の女性であるディレナがそう問うた。


「従魔、ではないですね。ちょっと助けたら物凄く懐かれた、と言えばいいのでしょうか」


 魔物を隷属の魔法で縛り、従魔として使役することについてはリオンも耳にしたことがある。ただ隷属魔法は非常に使い手が限られており、また魔力量の差が大きくないと上手くいかないとも聞いた。グリフォンは魔力量が多いから、魔法で簡単に隷属させることはできない気がする。


 従魔ではない、という言葉に、ディレナは『ほぇ~』と気の抜けた声を上げた。従魔でもないのにグリフォンがリオンに従って見えることに感心したようだ。


 そんな話をしているうちにシャロンが戻ってきた。彼女はリオンの耳に口を寄せて小声で報告する。


「リオン様。バスートの冒険者ギルドへ行って、彼らの身元を確認せよとケイラン様が仰せです。また、森に入ったという集団について更に詳細な情報がないかも合わせて確認を、とのことでした」

「なるほど。討伐団の頭数に入っていない僕に任務を与えて勝手なことをしないようにしたいんだね?」

「いえ。あくまでもリオン様を信頼してのことかと。ついでにアスワドを従魔登録してはどうかとおっしゃっていました」

「あー、そっちがメインか」


 体のいい厄介払いかと穿った見方をするリオンだが、アスワドの従魔登録は確かに必要だ、と納得した。このままでは屋敷まで連れて帰る羽目になりそうなので。

 ちなみに隷属魔法を使わずとも冒険者ギルドに従魔として登録することは可能なのである。隷属魔法を使う方がより安全というだけで、その魔物を従える者が負う責任に変わりはない。


「それと、もう一つご報告が」


 各割り当て地の分隊から、想定以上に魔物が少ないと報告が上がっているらしい。そのため、予定を繰り上げて定期討伐を終わらせる可能性があるとのことだった。


「分かった。僕はいつバスートに出発すればいい?」

「明朝に。護衛を選抜しておくそうです」

「彼らは?」


 リオンは「探驪獲珠」の四人をちらっと見て問うた。


「天幕を用意させて、一晩ここに留まってもらいます」

「うん。くれぐれもお願いね」


 帰れない、と分かった四人は絶望したような顔を見せた。そんな、取って食ったりしないのに、とリオンは思うのだった。

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