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13 初めての魔物

今年最後の投稿です。

 リオンは、森から飛び出してきた黒くて大きな何かに目を凝らした。

 四足で走っているのに翼があるように見える。


「ね、ねぇシャロン。あれってグリフォンじゃ――」


 直後、そのグリフォン(仮)を追うように、ちょっと現実感のない巨大さの蛇が木々を吹っ飛ばしながら森から出てきた。


『キシャァァアアアアアーーー!!』


 金属を擦り合わせたような耳障りな咆哮。蛇って鳴いたっけ? と疑問に思いつつ、両手で耳を塞ぐリオン。


「リオン様! 安全な所までお逃げください!」

「シャロンはどうするのさ?」

「私は……あのバジリスクを足止めします」


 あのでっかい蛇はバジリスクっていうのかぁ。と危機感のないリオンである。


「それはそうと、あの黒いのってグリフォンじゃない!?」

「え……そうですね、たしかにグリフォンのようです」


 リオンの目は、明らかな脅威であるバジリスクよりも、こちらに一生懸命走ってくるグリフォンに向けられている。何せ、あの蛇は巨大ではあるが、フォルム自体は前世で見た蛇と変わらない。巨大ではあるが。

 しかし、グリフォンは完全にファンタジーな生物である! それに目が釘付けになるのも仕方がないのだ!

 ……グリフォンなら飛んで逃げればいいのに。何故走っているんだろう?


「……何で飛ばないのかな?」

「飛べない理由があるのでしょう。魔力枯渇とか、怪我とか」

「あー。お腹が空いてるのかもね」


 どうして自分の主人はこの緊急事態にのほほんとしているのだろう、とシャロンは思った。グリフォンが飛ばない理由なんてどうでもいいからとにかく逃げて欲しい。

 バジリスクは人間が太刀打ちできるような魔物ではない。定期討伐団が壊滅する恐れだって十分にある。現に、グリフォン出現で迎え撃つ準備をしていた各分隊は、撤退の準備に慌てて取り掛かっている。


「シャロン、リオンを連れて早く!」


 その時、シャロンはケイランから直接命令を受けた。討伐団を守るため身を挺してバジリスクの足止めをしようとしたシャロンだが、それよりも主であるリオンを優先しようと頭を切り替える。


「リオン様、馬に――えっ?」


 ついさっきまで隣にいたリオンの姿が消えていた。まさかと思い北の方へ目を向ければ、リオンはもう黒いグリフォンのすぐ近くに迫っていた。

 しまった! 毎朝十八キロメートル以上走り込んでいるリオンの走力を甘く見ていた。シャロンは近くにいた馬に鞍も付けず飛び乗り、リオン目指して走らせようとする。しかし馬はグリフォンとバジリスクを恐れて言うことを聞かない。


「ちっ!」


 シャロンは素早く馬から降り、身体強化と風魔法を使ってリオンの後を追い掛けた。









*****









 バジリスク。地球においては、古代から近代まで様々な伝承が残されている。RPGや物語ではボス敵として登場することもある。

 見るからに巨大なそれは、なるほどボス敵に相応しいな、とリオンは思う。近付けば近付くほど、その脅威がピリピリと肌を刺すようだ。


 追われているグリフォンを助けたい、と思ったことも間違いではない。ただそれよりも、リオンの頭の中ではルーシアの言葉がループしていた。


『騎士たちを魔物から守るおつもりなのね? やっぱり、リオンは私がお慕いする方なだけありますわ!』


 討伐団の中で、最も防御に長けているのは間違いなくリオンだ。

 二百四十人に及ぶ討伐団の中にはリオンの大切な者が数多く含まれている。

 ライカ副団長と魔法士団員十九名。

 レスト中隊長や、朝の走り込みによく付き合ってくれる顔見知りの騎士たち。

 兄のケイランとクオン。

 そしてシャロン。


 リオンはバジリスクがどういう魔物か知らない。何となく強いのだろうな、とは思うが、こんな場所に出現することは稀であり、一体で街を壊滅させ得るような魔物だとは知る由もない。


 リオンのすぐ横を黒いグリフォンが通り過ぎる。一瞬だけ目が合ったような気がした。


「さて。僕の防御は通じるかな? <コンプレックス・シールド>五重!」


 ドゴォォオオオン、と隕石が落ちてきたかのような轟音が響いた。









*****









(小さな……人間?)


 アルファ八十七は、すれ違いざまにその男の子を信じられない思いで見た。

 あんな小さな人間が、あの恐ろしい化け物に敵うはずがない。何日も必死で逃げているのに、あいつは全く諦める気配がない。捕まったら最後、食べられて死ぬ。小さな人間なんて、森の木よりも簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。或いは食べられてしまうか。


『ドゴォォオオオン!』


 その時、背後で凄まじい音がして、アルファ八十七は思わずぴょんと飛び上がった。足を止め、恐る恐る後ろを振り返ると、何とあの小さな人間の前で化け物がひっくり返っているではないか!


『ギッシャァァアアアーーーー!!』


 身を竦ませる咆哮。鎌首をもたげた化け物は、良く見ると口周りから血を流している。まるで口からとてつもなく硬い何かにぶつかったかのように。


 アルファ八十七が目を丸くしてそれを見ている傍らを、何かが驚くほどの速さで通り過ぎる。


(銀色の風……いや、また人間?)


 その銀色の人間の先には小さな人間がいる。今、小さな人間に向かって化け物が口を大きく開いて飛び掛かった!


(食べられちゃう!?)


 再びドゴォン、と轟音が響き、長い化け物は口から血を撒き散らしながら仰け反っていた。そこに煌く銀色が、化け物の喉の辺りで腕を横に振る。赤い線が一筋走って、少し遅れてそこから血がドバっと吹き出した。


(す、すごい! この人間たちすごい!!)








*****








 二度目の口撃を<コンプレックス・シールド>五重で防いだリオン。バジリスクは衝撃と痛みで大きく仰け反った。そこに、長い銀髪を靡かせたシャロンが跳躍し、腰から抜いた短剣で一閃した。

 傷付けることはできたものの致命傷には遠く及ばず。ますますバジリスクを怒らせてしまったようだ。


「シャロン! どうしてここに?」

「そのお言葉、そっくりそのままお返しします」


 いつの間にか隣に立っていたシャロンに問うリオンだったが、ド正論を返されて口ごもる。

 いくら攻撃しても通用せず自分が傷付くだけだと分かれば、バジリスクは森へ帰るのではないか。と言うか帰って欲しい。


 しかしそんなリオンの願いは叶わず。バジリスクは恨めし気な目をリオンとシャロンに向けながら、二人を迂回して後方に回り込もうとし始めた!


 騎士たちはもう撤退したであろうか? 確認しようと振り返ったところ、すぐ後ろに黒いグリフォンがいて、リオンは思わず「おわっ!?」と声を上げた。


「お前、逃げなくて良かったの?」

「きゅ?」

「……リオン様の後ろが一番安全だと気付いたのではないでしょうか」


 リオンから離れようとしないグリフォンは、彼の問いに首を傾げ、シャロンがその理由を推察した。

 その間、バジリスクは大きく回り込んで斜め後ろからグリフォンに襲いかかろうとする。三度<コンプレックス・シールド>五重でその口撃を防いで見せれば、グリフィンはちゃっかりリオンの背後に隠れていた。……体の大きさが全然違うので、全く隠れられてはいないのだが。


「リオン様、いかがなされるおつもりで?」

「う~ん……諦めて帰ってくれないかなーと思っていたんだけど」


 <コンプレックス・シールド>五重で今のところは防御できているが、このままバジリスクが諦めないなら、リオンの魔力が先に尽きてしまうだろう。そうなったら一巻の終わり。それくらい、リオンにも分かっている。

 現状バジリスクとの距離が近すぎて、逃げるという選択肢はない。背を向けたら即座に殺される。


「リオン様、『すとーんがとりん』をお使いください」

「はぁ~、やっぱり殺すしかないか」


 リオンは、例え相手がこちらを殺す気満々の魔物でも、できれば殺したくなかった。生き物を殺すという行為に抵抗があるのだ。前世で刷り込まれた倫理観のせいである。


「私が奴の気を引きますから、その間に――」

「いやそれは危険だよ。大丈夫、何とかできると思う」


 バジリスクはリオンたちの周りをぐるぐると回って攻撃の隙を窺っている。口撃が通じないのが分かったようで、今度は尾撃を使ってきた。「後ろです!」とシャロンが気付いてくれたので間一髪で防ぐことに成功した。リオンはずっと頭の方に注意を向けていたので。その攻撃で、リオンも腹を括った。


「<UDM>!」


 バジリスクが尾を振りかぶったタイミングで、リオンはUDM(=超高密度物質 ultra-dense matter)をバジリスクの近くに生成した。


「くっ……」


 魔力がごっそりと抜ける感覚がして、リオンはその場に片膝を突いた。それもそのはず、今朝生成したUDMは直径三ミリメートル程度だったが、今回はその十倍、直径三センチメートルのUDMを作り出したのだ。

 ビタン! と尾が地面を叩き、何かに押さえつけられたようにバジリスクの動きが止まった。


「<ストーンガトリング>!」


 バジリスクの頭に向けて十秒間の斉射。六百六十六発の石の弾丸が硬い鱗を貫き、バジリスクの横っ面に穴を開ける。UDMを解除すると、ビクンビクンと巨体を痙攣させ、やがてその動きも止まった。


「ふぅ。何とかなったな」

「お見事です、リオン様」

「きゅーきゅー!」


 黒いグリフォンが、その頭をリオンに擦り付けてくる。「人懐っこいな、お前」と言いながら、リオンはその鷲頭を撫でた。見た目よりずっとふわふわして触り心地が良い。


「リオン! 無事か!」


 ケイランとクオンが走ってくる。彼らは討伐団を安全な場所に退避させるのを優先したが、リオンとシャロンがいないことに気付いて慌てて戻ってきたのである。


「ケイラン兄さま。クオン兄さま。魔力を使い過ぎたくらいで、他は問題ありません」


 リオンはグリフォンの首辺りの羽毛に肘まで突っ込みながら、にこにこ笑顔で兄たちに返答した。


「……バジリスクはリオンが倒したのかい?」


 ケイランが笑顔で問うてきたが、その目が笑っていないことにリオンは気付いた。すぅーっと背筋が冷える。グリフォンに触れていた手を体の横にピタッと付けて姿勢を正し、顔もきりっと引き締めた。


「ケイラン兄さま、クオン兄さま。それにシャロンも。心配をかけるような、勝手なことをしてしまい、大変申し訳ございませんでした」


 リオンは深々と腰を折って謝罪する。叱られるなら、反省しているところを真摯に見せて先に謝ってしまうに限る。


「全く……そんな風に謝られてしまったら、怒るに怒れないじゃないか」

「まぁまぁ、兄上。リオンは無事だし、誰も怪我することなくバジリスクを討伐できたんだ。その成果を素直に喜びましょう!」

「あー、うん、そうだね。リオン、独断で危険に飛び込めば、他の人間も巻き込むことになりかねない。それは肝に銘じるように」

「はい」


 本当にこの子は分かっているのだろうか、とケイランは口を引き結んで真面目な顔をしているリオンを見て苦笑する。取り敢えずケイランの怒りは収まったようだ。リオンの作戦勝ちである。


「ところで、それは……グリフォンかな? 随分とリオンに懐いているように見えるけれど」

「あー、多分、僕に助けられたと思っているのでしょう」


 馬よりも遥かに大きな黒いグリフォンが、末弟にすりすりと身を寄せているところを見ていると冷や冷やする。人懐っこく見えても魔物なのだ。いつ人に牙を向けるか分からない。

 一方で初めてのファンタジー生物を見るだけでなく触れることまでできたリオンは大層ご満悦である。しかし、今は叱られた直後なので神妙な顔を無理して作っている。


 そんなやり取りをしているうちに、戦闘音が止んだため騎士団員がちらほらと様子を見にきていた。「おい、バジリスクが死んでるぞ!」「シャロンさんがやったのか!?」「いや、ケイラン様だろう?」「何であんなところにリオン様が?」と、彼らは勝手なことを喋って仲間を呼びに戻っていった。


 結局、バジリスクの横顔に開いた穴を見たライカ副団長が「バジリスクを倒したのはリオンくんだね!?」と大声で指摘したため、討伐団全員がそれを知ることになり、団全体が大いに盛り上がった。

 バジリスクは輜重隊と従士たちによって解体され、皮と牙はここから近くにあるバスートの町へ運ばれることになった。魔力がこもった巨大な魔石は領主の元へ、肉は大半をケイランとライカ副団長が氷漬けにして皮などと同じくバスートへ。荷運びだけで荷馬車十二台分になった。


 そして始まるバジリスク・バーベキュー。団員たちは滅多に食べられない高級食材に目の色を変えた。


 黒いグリフォンは、一応は森へ帰そうとしてみたのだが全く帰る素振りを見せず、焼く前のバジリスクの肉を与えたところ、ますますリオンに懐いてしまった。


「リオン……それ、どうするつもりかな?」

「連れて帰ります!」


 隣に座ったケイランが尋ねると、リオンが自信満々に宣言する。魔物を初めて見たリオンにとってはちょっと大きなペット感覚である。それに「グリフォンライダー」の存在を聞いたので、うまくすれば乗せてもらえるのではないかと期待しているのだ。

 グリフォンに乗って大空を自由に駆け回るなんて、ファンタジーの極み!


「名前、どうしようかな……」


 黒いから……ノワール(フランス語)、ネーロ(イタリア語)、シュバルツ(ドイツ語)……なんか「普通」だな……。


「アスワド! お前の名前はアスワドだ!」

「きゅっきゅー!」


 嗚呼、名前まで付けてしまって……と周囲の大人たちは頭を抱える。長兄ケイランは、危険な魔物であるグリフォンを野に放つよりは身近で管理した方がマシか、と無理矢理自分を納得させた。


 ちなみに「アスワド」とはアラビア語で「黒」のことである。


 バジリスクの肉は鶏肉に似ていて脂が多い。しつこいかと聞かれればそんなことはなく、変な癖や臭みもなくて旨味が強い。

 香辛料を振りかけ串に刺して焼いただけだが、それが野趣溢れていて美味いのだ。結構大きな肉が刺さった串焼きを、リオンは三本平らげた。その間、黒いグリフォンことアスワドは十キログラムを超える生の塊肉を平らげていた。


 やっぱりお腹が空いていたんだなぁ、とまるで子犬でも見るような優しい目をアスワドに向けるリオン。団員たちはさすがに酒こそ飲んでいないが、バジリスクの串焼きに舌鼓を打って大いに盛り上がっていた。


 うんうん、誰も怪我しなくて良かった。とリオンが満足の笑みを浮かべている時。シャロンがこそっと耳元に伝えた言葉に、リオンは今度こそ背筋が凍りそうになった。


 それはルーシアがミガント領へ帰る別れ際、彼女から言われた言葉である。


『定期討伐、くれぐれもお気を付けください。無茶をしたら承知しませんことよ?』


 バジリスクを自分一人で倒したことは、ルーシアには絶対秘密にしよう。リオンは固く決意するのだった。

皆様、良いお年を!

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