表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/49

11 シャロン

 リオンが障壁魔法を何度も飛ばし、その度に首を傾げ、しまいには腕組みをしてうんうん唸っているところを、シャロンは少し離れた場所から微笑ましく見ていた。


 あの時のあの子が、もうこんなに大きくなったなんて……。


 シャロンは胸に込み上げてくるものをグッと飲み込んで無表情を保った。

 シャロンがリオンと出会ったのは、彼が四歳の頃――もう七年以上前のことである。あれは冷たい雨が降る夜だった――。









 ウルシア大森林は未知の領域。大森林の南側にある国々からはそう思われている。大森林を踏破してその先を見た者はいない、とも。


 それは何故か。


 そうなるように意図する者たちがいるからだ。


 その「意図する者たち」は人族の守護者を自任している複数の種族である。

 一体何から人族を守護しているのか。それは、ウルシア大森林の北に存在する様々な脅威からだ。

 守護種族は――

 人が使う魔法とは異なる体系の魔法を操る種族。

 人を遥かに凌駕する身体能力を誇る種族。

 人が思いもつかない戦術を駆使する種族。

 そんな彼らが、何故脆弱な人族を守るのか。それは偏に彼らに与えられた使命だから。全てを司る存在によって、そのように作られたから、である。


 人族が大森林の向こう側へ行けないのは、森のあちらこちらに「結界」が張られていることが理由だ。そうと気付かずに方向感覚を狂わせ、同じ所をぐるぐる回る羽目になる。運良くそこを突破しても、また似たような結界がある。人が運べる物資には限界があるから、ずっと森にいるわけにはいかない。食料が半分になれば引き返すのが常道である。

 そんなわけで、ウルシア大森林を抜けてその向こう側へ到達し、再び大森林を抜けて戻って来た者はこれまで皆無であった。


 余談だが、長い歴史の中で、単に大森林を抜けただけの者は少なからず存在する。ただ無事に帰ってきた者がいないだけだ。


 話を戻そう。


 ウルシア大森林では複数の種族が今も生活している。国、という明確な区分はなく、各種族が何となく集まって相当な数の集落を形成し、それらが森に点在しているのである。


 そんな集落のひとつに、シャロンが生まれ育った村がある。


 シャロナーレ・フラクタローアン・ダガスマイア・シシリクロア。それがシャロンの本当の名だ。

 エルフの女性は、自分の名、母の名、祖母の名、曾祖母の名を連ねる。そうやって自分の出自を明らかにしているわけだが、普段からそんな長い名で呼び合うわけではない。普通は最初の名、または愛称で呼び合う。この場合はシャロナーレ、またはシャロンである。


 そう。シャロンはエルフだ。

 エルフと言えば容姿端麗で長命、笹の葉のように長い耳が特徴。シャロンもその例にもれず、美しい銀髪、切れ長の目、晴れた空色の瞳の美人である。当然耳も長い。しかしながら、エルフはその優れた魔法の能力で自らの見た目を変えることができる。厳密に言えば誤認させるのだ。現在のシャロンは、この力でもってエルフであると分からないようにしている。また、突然リオンの傍に現れたように見えるのも同じ力である。そこにいないと誤認させているだけで、実はだいたいいつもリオンの近くにいるのだ。

 もしリオンがそれを知ったら卒倒するかもしれない。夜、自室で一人になったと思って魔法のことを考えたりするのが常であるが、実際のところ、シャロンは部屋の隅にこっそり控えていたりする。それどころか、リオンが完全に眠ったと見るや、気配を消して同じ寝台に潜り込んだりもしている。


 そう。シャロンはストーカー…………かもしれない。

 ただ、それには理由がある。また、シャロンはリオンのことを年の離れた弟のように見ている。世話が焼けて目を離せない、愛する弟のように。


 そうなった理由は、九年以上前に遡る。


 シャロンが暮らしていた集落は、ユードレシア王国から見て北西部に位置していた。南下すればキーレライト王国である。とは言ってもキーレライト王国の領土ではない。ウルシア大森林に入っておよそ二十キロメートル辺りの場所で、人族は結界に阻まれて辿り着けない領域であった。


 大森林の結界は、人族の侵入を阻むが森に住む守護種族たちに関してはその限りではない。

 実際、守護種族からは一定数が人族の領域と行ったり来たり、または現地で暮らしたりしている。その目的は情報収集であったり、監視であったり、単に興味本位や娯楽であったりと様々だ。


 シャロンは大森林の集落を出て、単身キーレライト王国内で活動していた。表向き、その目的はキーレライト王国内の情勢を探ることだった。

 シャロンはエルフの中でもかなり優秀な部類に入る。徒手・槍・剣・弓などを使った武技は一流、誤認をはじめとした特殊な魔法を使わせても一流。そんな彼女は、隠れ住むような狭い集落で一生を結界の維持で終わらせるのが嫌だった。色んな世界を見たいと思っていた。だから自ら志願して人族の世界に赴いた。村の長もシャロンなら大丈夫だろうと止めなかったし、両親も快く送り出してくれた。


 最初のうち、見るもの全てが新鮮で珍しく、シャロンは森を出て良かったと心底思った。シャロンが当面の住処と定めたのは王国中西部のロレイア領の領都デクシーであった。そこは自然こそ少ないが良く整備された大きな街で、ロレイア領には鉄鉱石が採掘できる鉱山があり、精錬した粗鉄をキーレライト王国各地、および西方諸国に輸出して潤っていた。


 民の間でお金が循環すれば街は活気が出る。そういう街には商人が集い、様々な商品が商店の軒先を飾る。訪れる商人を目当てに宿や飲食店が増え、サービスや味を競う。領都デクシーに住む人々は概ね善良で、何より美人であるシャロンに優しかった。言い寄ってくる男どもは鬱陶しかったが、「夫がいる」と嘘をつけば大抵諦めるし、それで諦めない男は体で分からせてやれば良かった。その程度は造作もないので、シャロンはデクシーでの生活を大いに楽しんだ。


 それが変わってしまったのは、デクシーに住んで一年半が経った頃である。


『人身売買……それもエルフを主な商品にしている、ですって!?』


 キーレライト王国にもそれなりの数エルフが住んでいる。しかし、その情報をシャロンにもたらした情報屋によると、どうやら定住しているエルフを攫っているわけではなく、ウルシア大森林の集落から年端のいかない少女を中心に攫っているらしかった。

 その悪行を、ここロレイア領を統治するミッシュバーン伯爵家が主導しているというのだ。


 シャロンの同胞たちは、キーレライト王国よりも更に西方に位置する諸国に売られているらしい。粗鉄の輸出に紛れて、エルフの少女たちを運んでいたのである。


 事実なら絶対に許せない行いだった。そしてシャロンの誤認魔法にかかれば例え領主の城であっても侵入するのは容易い。怪しい者に当りを付け、その者を尾行して拠点らしき場所を見付け、そこからまた別の者を尾行する。

 そんな調査を一か月ほど続けたところ、エルフの少女たちが一時的に囚われている場所を見付けた。そして人攫いの実行集団とその頭目、運び屋、護衛、指示役などを全て把握した。さらにウルシア大森林からどうやってエルフの少女たちを攫ってくるのかも判明した。案内役のエルフ男性が存在したのだ。彼はどうも家族を人質に取られ、仕方なく森を案内しているらしかった。


 人身売買全体を纏めていたのは、ミッシュバーン伯爵家次男のクラート・ミッシュバーンであった。


 全貌を明らかにしたところで、シャロンはまず森の村へ向けた報告書を書き上げた。これは定期的に送っているもので、デクシーの街のとある場所に隠しておくと、別のエルフが回収してくれるものだ。そして村からの指示がそこに置かれている場合もある。


 本来は村から何らかの指示があるまで待つべきだったのだろう。だがシャロンは待てなかった。実際に自分の目で囚われている少女たちを見たのだから。

 そこからの行動は早かった。まず人質になっているエルフ男性の家族を救出。監視をしていた破落戸(ごろつき)八人は何が起きたか気付く前に命を絶たれた。情報屋の伝手を頼り、その家族を領外の安全な町へ逃がす。エルフ男性にそれを伝え、後を追わせる。


 次は少女たちの救出。収容施設を急襲して関係者を皆殺しにした。囚われていた少女は七人。信頼できる冒険者を雇い、エルフ男性とその家族とはまた別の町へと逃がした。


 ここまで僅か四時間。憂いがなくなった時点で、次の標的をクラート・ミッシュバーンに定めた。


 彼は、ミッシュバーン伯爵邸とは別に屋敷を構えていた。人身売買で余程儲けたのか、伯爵邸に迫る豪奢な屋敷。その庭には百人を超える護衛が犇めいていた。少女たちの収容施設が襲撃されたことが伝わり、急遽守りを固めたのだった。


 大きな魔法一発で殲滅できないこともないが、周辺の被害と、標的を間違いなく抹殺したかの確認が難しい。狙われていると知っている人間を取り逃がすと次に狙う難易度が格段に増す。

 そこでシャロンは一人ひとり始末することを選択した。誤認魔法で自分の姿を認識しづらくし、身体強化と風魔法を併用して速度を上げる。巨大な鉄製の門扉を飛び越えて護衛たちの間に降り立ったシャロンは、短剣を片手に彼らの間を風のように通り過ぎていく。


 護衛たちからすれば悪夢のようだったであろう。仲間たちの首から次々と血飛沫が上がり、辺りに生臭い錆の臭いが充満し始める。つい今しがたまで会話していた相手がいきなり絶命して倒れ伏す。何が起きたか分からず、それでも次は自分の番かもしれないと思えば、人はパニックに陥る。シャロンが降り立って二分も経つ頃には庭は阿鼻叫喚の有り様で、護衛たちは我先に逃げ出し始めた。


 そんな彼らを後目に、シャロンは悠々と屋敷に侵入する。当然屋敷の中にも護衛がいるが一対一でシャロンに敵うような強者はいない。一際豪奢な扉の前には五人もの護衛がいたが、鎧袖一触で斬り捨てる。


 扉を開くと、案の定毒を塗ったナイフが飛んできて、それを短剣で弾き部屋に踏み入る。


『くそっ、何者だ!? 私が誰か分かっているのか!!』


 装飾の多い上質な服を纏った細身の男。金色の髪を振り乱し、目は血走っていた。まだシャロンは誤認を解いていないので、彼はあらぬ方に向かって吠えている。


『エルフの少女たちを売ったわね? これはその報いよ』


 クラート・ミッシュバーンは背後、それも想像以上に近い所から掛けられた声に振り向こうとしたが、それは叶わず。振り向く前に彼の頭と胴体は永遠の別れを告げた。









 シャロンの計算違いは、屑の次男をサフォール・ミッシュバーン伯爵が溺愛していたことだろう。サフォールは息子の悪行を知りつつ黙認していたようだった。クラートが殺害されたことが伝わると、彼はロレイア領全軍を動員し、シャロンの捜索と生死を問わない捕縛を命じた。


 シャロンは早々に領都デクシーを脱出したが、この時点で行動開始から十時間が経過していた。ずっと誤認魔法を行使し、戦闘では身体強化と風魔法を併用。つまり、魔力が枯渇寸前で、肉体も疲労困憊だった。

 普段なら街道を避けて移動したことだろうが、疲労から頭も回らず、普通に街道を歩いていたところを馬に乗った領軍の兵士に発見される。時間は夜が明けきらない早朝。こんな時間にフードを目深に被った者が街道を歩いていれば「怪しんでください」と言わんばかりである。そして間近に寄れば、漂ってくる血の臭い。マントは黒っぽい染みだらけ。


 シャロンは既に誤認魔法を使えるほど魔力が残っていなかった。

 騎馬の兵士は三人。


『止まれっ! フードを取って身分証を出せ!』


 疲れ切っていたシャロンは、ただただ「面倒臭い」と思った。その手は勝手に腰の短剣に伸び、それを見た兵士たちも下馬して抜剣する。疲労の極みにおいてもシャロンの体は勝手に動き、三人を斬り伏せる。

 彼女はここでも間違いを犯した。一人だけ、殺し損ねていたのに気付かなかったのだ。


 兵士が乗ってきた馬を拝借し、一路東を目指すシャロン。これほど疲れていなければ、他のエルフに助けを求めるか、北の森を目指しただろう。だが彼女の頭は「同胞に迷惑をかけたくない」という思いでいっぱいだった。


 生き残った兵士により、シャロンがエルフであることとその容姿がロレイア領軍に伝わった。


 そこからの逃避行は死の物狂いであった。途中で休むこともできず、彼女はひたすら戦い、ひたすら逃げた。領都を出てから四度目の戦闘で短剣が折れた。傷を負いつつ敵の剣を奪って殺し、また逃げた。


 国境の町フェリードに到着したのは、クラート・ミッシュバーンを殺してから二週間経った時だった。

 美しかった銀髪は血と汗と埃で黒っぽくボサボサ。透き通るようだった肌は艶を失い、桜色の唇はひび割れてガサガサ。着ている服はもちろん、体中傷だらけで生きているのが不思議なくらい。


 それでも、ユードレシア王国へ向かう商人の一団に紛れ込めたのは僥倖だった。シャロンは生きて、キーレライト王国を脱したのだ。


 その後、どうやって自分がデルード領まで移動したのか今でも記憶が曖昧だ。何度か馬車を乗り換えたような気がする。そして気がつけば、デルード領の領都デンにいた。


 冬の終わり。冷たい雨が降る夜。道の真ん中に突っ立って濡れそぼっていたシャロンの傍で、一台の馬車が停まった。

 シャロンは覚えていないが、その時彼女は護衛騎士に囲まれていた。馬車はシルバーフェン伯爵家のものであった。


 馬車から降りてきたのは侍女と妙齢の美しい女性。その女性がカレン・シルバーフェンであることは後に知った。


『こんな雨の中、どうしたのですか?』


 カレンの声は温かく、本当に心配していることが伝わった。だが、シャロンはあまりにも過酷な状況を潜り抜けてきたばかりだった。カレンが近付いた時、反射的に腰の剣に手を伸ばしてしまった。


 護衛騎士がシャロンを斬り伏せようと剣を振り上げる。


 その時、小さな男の子が騎士とシャロンの間に立ち塞がった。


『ダメっ!!』


 男の子は、信じられないことに、「障壁魔法」を発現させた。騎士の剣は既に振り下ろされ、このままでは障壁を砕いて男の子が斬られてしまう。

 シャロンは思わず、男の子を抱くようにして庇った。


 ガシャン!


 障壁が砕ける音がして、シャロンは痛みがくることを予測して身を縮こまらせる。自分を守ろうとしてくれた小さな男の子。彼を守って死ぬなら、最後としては悪くない。そんなことを考えていたが、いつまで経っても剣が背中を切り裂く痛みは訪れない。


『もう大丈夫だよ!』


 男の子の声に、瞑っていた目を開いた。ゆっくり振り返ると、剣は障壁に阻まれているではないか。


 障壁は割れたのでは? 確かに音が聞こえたのに。


『お腹空いてない? これ食べて?』


 男の子はポケットからクッキーを取り出し、シャロンに差し出した。シャロンはそれを無言で受け取り、クッキーと男の子を交互に見て、遠慮がちに一口齧る。


『……おいしい』


 思わず零した言葉に、男の子が満面の笑みを見せる。


『良かった! ねぇお母さま、この人をお風呂に入れてあげて?』

『そうね。体が冷えてしまっているでしょう。さ、馬車に乗って』


 一体これは何なのだ? 見ず知らずの怪しい女を馬車に乗せるなんて、とんだお人好しではないか。

 しかし、シャロンには抵抗する力が残っていなかった。そのまま、半ば強引に馬車に乗せられて、着いた先はシルバーフェン伯爵家だったのである。









「シャーローン!」

「お呼びでしょうか?」


 障壁魔法を幾度も飛ばして満足したのか、リオンはとても良い笑顔だった。


「うん、障壁は飛ばさない方が良いことが分かったよ」

「左様ですか」

「うん!」


 シャロンが持っていたタオルをそっと差し出すと、リオンは「いつもありがとう」と言ってそれを受け取った。


 自分を守ってくれた小さな男の子は、自分も知らない魔法をいくつも生み出している。あの日シャロンを守ったのは二重の障壁魔法だった。リオンは四歳という幼さで、障壁魔法を無詠唱で、二重に発現していたのだ。


 その天賦の才にも驚くばかりであるが、シャロンがリオンを愛するのは彼が心底優しいからである。母カレンの血を色濃く受け継いだのか、底なしのお人好しでもある。

 一度は捨てたと思った命だ。それを、自分を守ってくれた男の子のために使うことに何の躊躇いもない。


 そこに異性に対するような恋愛感情はない。シャロンはただ、リオンを自分の命に代えても守り通すと決めただけだった。


「さ、戻ろうか」

「はい」


 足取りも軽く屋敷へ戻るリオンの後ろを、シャロンはほんの少しだけ口角を上げてついて行くのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ