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107 きっと間違わない

このお話で第五章は終わりになります。

 ブラウはオリアルトの上空を旋回し、着陸出来る場所を探していた。

 最初は街の外に下りるつもりだったのだが、ふと入街税のことを思い出した。ブランは今、一フロレンたりとも持っていない。入街税が払えなければ街に入れない。だから直接街に下りることにしたのだ。


 冒険者ギルドの建物から少し離れた通りに人気のないことが分かるとすぐさまそこに降り立つ。きょろきょろと辺りを見回して誰にも見られていないことを確認した。


「にゃぁー」


 ……子猫に見られていた。


「今見たことは誰にも話さないでくださいね? そうでなければあなたを消さなければなりませんから」

「にゃあ」


 子猫から同意が得られたことにして、ブラウはキリシュたちの所へ走る。もう既にコスプレメイド服は復元済みだ。


 槍に寄り掛かるように地面に座るエルテガと、その体を支えるキリシュが見えた。


「ブラウ! リオンはっ!?」

「マスターなら問題ありません。少ししたら戻って来ます」

「そ、そう……良かった」


 キリシュの肩から力が抜けたのが分かった。心配で仕方なかったのだろう。


「エルテガさんの具合はどうですか?」

「ああ、もうだいじょっじゃ(大丈夫だ)ちぃとだれた(少し疲れた)


 ブラウはじっとエルテガを観察する。呼吸、脈拍、共に正常。出血の影響も見られない。本人が言う通り疲労しただけだろうと判断した。


「さて。マスターが脚を治した男を拘束してきます」


 ブラウは一度冒険者ギルドの建物に入り、置き去りにしていたリオンたちの背嚢を手に戻ってきて宣言した。


「それならこい(これ)を使ってくれ」


 エルテガが自分の背嚢から冒険者の必需品、ロープを取り出す。ブラウはそれを受け取って黒い長髪の男を縛り上げた。男はまだ気を失ったままだ。


 ギルドの周りに人が集まりつつあった。ブラウはエルテガに手を貸して立たせ、少し離れた所に移動する。その後縛った男を小脇に抱えて戻ってきた。なお、イータはまたキリシュが抱えているが、彼はリオンの言いつけを守り、ずっと沈黙したままだ。


「素材の買い取り、どげんなっとかいね(どうなるんだろうね)?」

「あー、今日は無理じゃろ(だろう)なぁ」


 キリシュはリオンがしたであろうことが分かっているようだ。敢えてそのことから話題を逸らそうとしていることにエルテガは気付いた。


「キリシュ」

「ん?」

「リオンがない()をしたとしても、そい(それ)わい(お前)まもっ(守る)ためやっど(だぞ)

「うん。分かってる」


 父娘は、リオンがあの金髪男を殺しただろうと確信していた。そして、彼のその判断が間違っていないことも同じく確信している。

 ブラウはリオンがしたことを口にしなかった。いつものように冗談めかして話しても良さそうなものだったが、リオンの様子から、自分が二人に伝えるべきではないと自重したのである。


 このアンドロイド、優秀なのかポンコツなのかイマイチ分からない。


 リオンがなかなか戻って来ないので、ブラウはもう一度様子を見に行くべきかと迷った。


「ん……」


 その時、黒髪の男が目を覚ました。


「お目覚めですか? マスターがあなたの両脚を繋ぎました。マスターに心から感謝してください」

「……マスター? ……おい、何で俺は縛られている?」


 縛られていることに今気づいたようだ。


「マギア――あの金髪の男と関係がありそうだったので、念の為です」

「ああ、思い出した! あの野郎……ロクラードって言ったか、あいつは!?」

「ここにはいません」

「どこへ行った!?」


 ブラウは徐に空を見上げて遠い目をした。


「遠い所、でしょうか」

「……? とにかくどこかへ行ったんだな? よし、じゃあ縄を解け」

「この方、面倒なので排除してよろしいでしょうか?」


 ブラウはエルテガを振り向いて真顔で尋ねた。


「まぁ、いっと(ちょっと)待て。リオンが戻ってきてからでも遅くなか(ない)

「それもそうですね」

「おい! いいから解けって!」


 ブラウが片手で男の喉を掴み、そのまま持ち上げる。


「黙らないと、このまま握りつぶしますよ?」


 手を離し、男が落ちるのに任せた。地面に転がった男が激しく咳き込む。


「くそ、こいつも化け物かよ……」


 ブラウがギロリと睨み付けると男は口を閉ざした。


「みんなー、お待たせー」


 そこへリオンが空中から降りてくる。


「リオン!」

「お帰りなさい、マスター」

よう(よく)戻ったな、リオン」


 キリシュがリオンに飛びつき、ブラウが丁寧に腰を折り、エルテガが笑顔で迎える。

 そして――


「お、お、お、お前!? 何でお前がここに!?」


 地面に長い黒髪の男が、ロープで縛られて転がされている。リオンはその男を見て首を傾げた。何でこの人縛られてんの?


「……ああ! 脚を切られた人ですね!」

「違う! いや違わないがそうじゃない! お前、俺を憶えてないのかっ!?


 憶えていないのかと言われ、リオンはもう一度首を傾げた。どこかで見たような気はするのだが……。


「こ、これでどうだ!? ほら、この角に見覚えがあるだろう!?」

「……あーっ! あの時の骨鬼族の人!」

「そう、その通り! いやぁ、忘れられたかと思って冷や冷やしたぞ」


 男が認識阻害していた額の角を見せると、リオンはようやく思い出すことが出来た。二人とも、モヤモヤがスッキリしたような表情になる。


「……って、そうじゃないっ! お前がしたことの報いを今ここで受けさせて――」

「マスターへの口の利き方がなっていません」


 ブラウがまた男の喉を片手で掴み持ち上げる。


「ブラウ、やめたげて」

「承知しました」


 ドサッと地面に落ちた男が、また激しく咳き込む。その顔を上から覗き込み、ブラウが言い放つ。


「あなたの脚を繋げ、失血死を防いだのはマスターなのです。まずは感謝するのが先ではないでしょうか?」

「まぁまぁ、ブラウ。それは僕が勝手にやったことだから。それに、感謝っていうのは強要するものじゃないからね?」

「承知しました」


 リオンは男の傍らにしゃがみ、なるべく穏やかに話しかける。


「僕の連れが失礼しました。僕の名はリオン。あなたのお名前は?」

「…………レーシュラ」

「レーシュラさん。確かに僕はあなたの同胞をたくさん殺しましたし、あなたも殺そうとしました。それは骨鬼族が魔人を作り出して国の安全が脅かされたことが理由です。要はあなた方の侵略を防ぐことが目的でした」

「……だから何だ?」

「だから、僕は自分のしたことを間違っていたとは思わないし、謝るつもりもありません。そして、あなたに個人的な恨みはありませんけど、あなたが僕や、僕の大切な人を殺そうとするのなら、今あなたを殺すしかありません」


 リオンはそう言って、悲しげに目を伏せる。キリシュがリオンと並んでしゃがみ、背中に手を置いて優しく擦ってくれた。

 先程マギアム人の末裔をその手で殺し、最悪の気分を味わったばかりだ。出来ればもう、あんな気分はご免だった。


「……分かった。お前やお前の関係者に報復しないと誓う」


 レーシュラの言葉を聞いて、リオンはホッと安堵した。


「ブラウ、ロープを解いてあげてくれる?」

「承知しました、マスター」

「ところでレーシュラさん。あの金髪の男は知り合いですか?」

「いや、今日初めて会った。……そうだな、お前には話しても良いかもしれん」


 ロープの拘束を解かれたレーシュラは、その場で胡坐をかいてリオンに向き直った。


「人族を強化して隷属させる術式を作り、それを魔石に刻んで摂取させる技術を提供したのは、奴ら――マギアムの末裔だと聞いている」


 自分は直接会ったことはないが、と前置きしてレーシュラは話し始めた。

 骨鬼族が暮らす場所は寒冷地で、大森林の南側と比べれば確かに過酷な土地と言える。ただし、それはあくまでも「比べたら」の話。マギアムの末裔がその地を訪れるまで、骨鬼族たちは他の土地を知らず、そこで暮らすのが当たり前だと思っていた。


 八年程前、マギアムの末裔がポータルを起動させ、数人の骨鬼族に大森林の南側を見せた。

 そして彼は、力のない人族が実り豊かな土地を独占し、骨鬼族のように力のある種族は北の過酷な土地に追いやられていると告げた。このような恵まれた土地は、力のある種族が治めるべきではないか。マギアムの末裔はそんな風に骨鬼族を焚きつけたらしい。


 今思えば、それは誘導、或いは煽動だったのだろう。


「しかし、我々が行ったことは最終的に我々自身で決めたことだ。お前から見ればそれは侵略行為だったのだろう」


 恐らく、骨鬼族が大森林の南側を知らないままだったら、魔人騒動もポータルの襲撃も起きなかった。つまり、マギアムの末裔が元凶だったと言える。


「……だいたい理解しました。それで、あの金髪の男は何故レーシュラさんを攻撃したんでしょう?」

「正直、俺にも分からん。ポータルで何があったのか知りたいようだったな」

「ふむ……どうして知りたかったんでしょうねぇ?」

「さあ? 大方、あのポータルが大事だったとか、そんな所じゃないか?」


 う~ん、とリオンは首を捻った。

 ポータルの側で大爆発が起きた時、光の柱が立ち昇り、その光が周囲に広がったように見えた。リオンが憶えているのはそこまでで、気が付いたらエバンシア島の上空にいた。


「まぁ、分からないことを考えても仕方ないですね。あの金髪の男は殺しました。一応、この島にあいつの仲間はいないと言っていましたけど、本当かどうかは分かりません」

「殺したのか? お前が? あの化け物を?」

「あ、はい。そうですね」

「そ、そうか……」


 リオンが金髪男に勝てたのは<マジック・トラップ>に上手く嵌めることが出来たからだ。もし遠距離攻撃を中心にする相手だったら苦戦を強いられただろう。


「他に聞きたいことがあるか?」

「あ~……骨鬼族は、また侵略してきますかね?」

「分からん。ポータルに異常があれば物理的に無理だろうし……今は何とも言えん」

「ですよね。変なこと聞いてすみません」

「じゃあ俺は行く。……脚のこと、感謝する」


 そう言ってレーシュラは背を向け、その場から歩き去った。


 最後に感謝の言葉が聞けて、リオンは荒んだ気持ちが幾分マシになった気がした。

 こんな風に話が出来るのなら、最初から争わずに済んだのでは、と考えてしまう。しかし、地球の歴史でもそうであるように、言葉が通じるからと言って全ての争いがなくなるわけではない。

 人と人、国と国との殺し合い。自分の命、主義、立場、利益を守るため、人は人を殺す。誰かが奪おうとするから、奪われまいと争いが生じる。

 そんなもの、一切なければいいのに、とリオンは思う。だが、それは恵まれた者の理想論かもしれない。現実として、奪わなければ生きていけない者もいるのだ。


 全ての人を守ることは出来ないし、全ての争いを無くすことも出来ない。

 それなら、自分の手の届く範囲で、自分が守りたいものを守るしかない。


 そんなことをリオンが考えていると、すぐ隣で何やらもじもじしているキリシュから呼び掛けられた。


「リ、リオン?」

「ん? キリシュ、どうしたの?」

あたい()のために、リオンはしたくなかこっ(ないこと)をしたでしょ?」

「えーと、キリシュのためって言うより自分のためかな? キリシュとエルテガさんを傷付けようとする奴は放っておけなくて」

「だとしても……ありがとね、リオン」


 ちゅっ、と小さな音と擽ったい感触を右の頬に感じる。キリシュがリオンの頬に軽く口づけしたのだ。


「こ、こんなのじゃ足りないと思うけど」

「いやいやいや。嬉しいよ、凄く」


 顔を真っ赤にして言うキリシュに、リオンは素直な感想を述べる。

 レーシュラとの会話で、リオンがエバンシア島に来る前に多くの骨鬼族を殺したこと、先程の金髪男も殺したことを明かした。金髪男を無残に殺したことで、リオンは最低の極悪人のような気分になっていた。

 それが、頬への軽い口づけだけで随分と和らいだのである。


 人殺しの誹りを受けてもおかしくなかった。

 危険人物として自分から離れて行ってもおかしくなかった。

 それなのに、キリシュは今まで以上に踏み込んで、リオンに好意を示してくれた。


「嬉しいよ、本当に。物凄く嬉しい」

「もうっ!」


 キリシュにとって、リオンは今まで通りのリオンなのだと、彼女は身を以て教えてくれたのだ。それはリオンにとって何よりも必要で嬉しいことだった。

 だからもう一度気持ちを伝えたリオンだったが、キリシュは恥ずかしがって背中を向けてしまった。どうしよう、とオロオロするリオンだが、そこにブラウが近付いてくる。


「マスター。私は頼れる相棒だったでしょうか?」


 頼れる相棒。それは、リオンがブラウにそういう関係を望む、と伝えたことだ。


「うん、凄く助かった。これからも頼れる相棒でいて欲しい」


 リオンがそう答えると、ブラウはにっこりと輝くような笑顔になった。


「もちろんです、マスター。ついでに性的欲求の解消もごごごご」

「余計なことを言うんじゃありません!」


 リオンは慌ててブラウの口を手で塞いだ。全く、油断も隙も無い。と思ったら、キリシュがまだ赤い顔でこちらを見ていた。


「も、もし、リオンが困ってるなら、あたい()も手伝うよ?」

「わー! わー! 困ってない、困ってないから!」


 三人のわちゃわちゃしたやり取りを、エルテガは少し離れた所から微笑ましく眺めていた。その足元にはイータがいる。彼は相変わらずリオンの言い付け通り人形のフリを続けている。


 この人たちといれば、僕はきっと間違わない。

 キリシュの誤解を解く言い訳をしながら、リオンはそう確信するのだった。

いつもお読みくださりありがとうございます。

大変心苦しいのですが、六章がまだ書き上がっておりません。

筆が遅くて申し訳ないです。

お話自体は七章で完結する予定です。

終盤なので完結まで書き上げてから連続で投稿しようと思っています。

そのため一か月半~二か月ほど投稿をお休みさせていただきます。

楽しみにお待ちいただいている読者様、本当にごめんなさい。

再開を気長にお待ちいただけたら幸いです。

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