106 マギアムの末裔
「素直に冒険者証を渡せば、命までは取らないでやるぜ? 指は貰うが」
メギドスは下卑た笑いを顔に貼り付けたまま、エルテガにそう言い放つ。
メギドスの槍は、エルテガの左の脇腹を貫通していた。じわじわと血が広がり、槍の穂先からボタボタと血が垂れている。
「フン。わいはしらんどが。おいの息子は、格上相手に腕を犠牲にして勝った」
半ば崩壊したギルドが気にならないと言えば噓になる。だが、娘は必ずリオンが守ってくれると信じていた。
だからエルテガは、渾身の力を込めてメギドスの槍を握りしめた。そしてそのまま前に一歩踏み出す。
「なっ!? お前、死ぬ気か!?」
「けしんとはわいじゃ」
エルテガの予想外の挙動、そして武器である槍を封じられたメギドスが大きな隙を見せる。エルテガが右手一本だけで放った刺突はメギドスの喉を捉え、頚椎を切断しながら首の裏から刃を露出させた。
「ごふっ」
口から盛大に血を吐き出したメギドスは、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
「エルテガさん!」
「おやっどん!」
娘と息子が駆け寄ってくる……。
薄れゆく意識の中で、エルテガはようやく肩の荷を下ろした気分になった。力ない笑みを娘に向けてその頬に手を添えると、温かい涙が手を濡らす。
「エルテガさん、取り敢えず腰を下ろして! 槍を抜きますよ! <レトログレイド>!」
背中を支える息子の手は思いのほか力強い。優しい緑色の光に包まれるのを感じながら、エルテガは「娘を頼む」と譫言のように繰り返す。瞼が重くて開けていられなくなり、意識が闇へと引き摺り込まれ――
「エルテガさん、遺言にはまだ早いです。もう傷も塞がりました。大丈夫ですよ」
縋り付いて号泣する娘の温かさを感じながら、エルテガは意識を手放すのだった。
「おやっどん!?」
「大丈夫、気絶しただけだよ」
「ほんと?」
「うん」
エルテガを横たえて、その頭をキリシュの膝に乗せたリオンは冒険者ギルドを振り返った。キリシュは抱いていたイータを地面に置き、エルテガの頭を撫でている。
「あいつ……一体何者なんだ?」
――ズゴォォオオオン!
隕石が落ちてきたような轟音がして、ブラウが後ろ向きにギルドから飛んできた。
「ブラウ!」
ブラウは何度か地面を転がってすっくと立ち上がる。
「問題ありません、マスター」
なお、コスプレメイド服はボロボロだった。つまり、ブラウの皮膚がボロボロになっているということだ。
「皮膚……服は復元しますので」
「そ、そうなんだ。それで、あいつ何者?」
「どうやらマギアム人の血が流れているようです。プログラムにより、私はマギアム人を傷付けることが出来ません」
「さっき思い切り蹴ってたよね!?」
「あれくらいでどうこうなるタマではないと判断しました」
リオンは瞬時に考えを巡らせた。マギアム人……マギアム大国は五千年前に滅びたわけだから、僅かな生き残りの末裔か。高度な魔法科学を発達させた人々、その末裔ならば、魔法に関する知見が豊富でも納得はいく。だからと言って常人より素の身体能力が何倍も優れているわけではない筈だ。
それなのに、ブラウの蹴りを受けて平然としているのは……「タクティクス・クラス」のおかげだろうか?
「僕の攻撃をこれだけ凌ぐって……お前、普通の人間じゃないな?」
金髪の男が悠々と崩れかけたギルドから出てきた。服はブラウ同様ボロボロだが、掠り傷程度しか負っていない。
そこへブラウが矢のように迫る。顔に放った正拳突きを、男は頭を傾けて躱し、ブラウの腹に光る左拳を叩き込もうとする。ブラウは男の肩に手を置いて空中に飛び上がり、前方宙返りしながら男の後頭部に鋭い蹴りを見舞う。男は右手を頭の後ろへ回し、その甲で蹴りを弾いた。
一瞬の攻防。ブラウがこれだけ戦えるというのも驚きだが、そのブラウと互角以上に渡り合っている金髪男は脅威だった。
ブラウはまだ「フォトン・ブレード」を使っていない。しかしマギアム人を傷付けられないならどの道使えないだろう。
あの男の興味はイータのようだった。ゴーレムに興味があるということか。今自分が戦っているのがアンドロイドだと気付いているようには見えない。
目の前で繰り広げられる化け物じみた攻防を他所に、リオンは分析と対策に頭を使う。
ブラウではあの男は倒せない。
男の目的はイータ。
時折姿が消えるのは、恐らく「転移」。それもあの手甲の能力だろうか?
いくら転移出来ても、イータが欲しければそこに必ず現れる。
リオンは地面に置かれていたイータを拾い上げ、キリシュとエルテガを十重の<コンプレックス・シールド>で囲み、更にその周りに<リポルション>を複数配置した。
そしてリオンはイータを抱いたまま、自分の体をギリギリ覆う大きさで<コンプレックス・シールド>を発動し、四方を囲む。そして自分を中心にして<マジック・トラップ>を全方位に展開。
トラップは<アイシクル・ジャベリン>ではない。<コンプレックス・シールド>の少し前方に<ウンターアウム>が発動するようにした。
障壁は全て透明。ついでに罠の<ウンターアウム>も透明にしている。リオンはじっとその時を待った。ブラウがリオンに視線を向けたので、軽く頷きを返す。「準備が出来た」と知らせたつもりだ。
果たしてブラウはリオンの意を正確に汲み取り、男と拳で打ち合ってから大きく後ろに跳び退った。
「はぁ~、疲れる。もう、お前面倒だからいいや」
金髪男はそう言って、リオンが抱いたイータに目を留め、その姿を消した。
「う……うぁぁあああ!?」
背後から突然絶叫が上がりリオンが振り向くと、案の定そこに金髪男がいた。右腕の肘から先が無くなり、切断面から激しく血が噴き出している。
「お、お前ぇええ! 何をしたっ!?」
「それはこっちの台詞。背後から僕を殺そうとしたでしょ? 自業自得ですよ」
ブラウは非常に優秀な魔力感知と熱感知を持つ上、アンドロイドの反射速度で男の転移に対応出来ていたのだ。
もちろんリオンはそんな便利な能力を持ち合わせていない。他人の魔力だって最近少し分かるようになった程度。
それでも、男はブラウとの戦いで転移を見せ過ぎた。あの動きは転移しか考えられないと結論付けられる程度に。
そして、男がイータに興味があることも分かっていた。
ならば作戦は簡単。転移に反応することは出来なくても、転移先が分かっていればそこに罠を張っておけば良い。
だからリオンは、イータを胸に抱いて転移先を示し、<ウンターアウム>が自分の四方で発動するよう<マジック・トラップ>を設置した。自分を閉じ込めるように<コンプレックス・シールド>で覆ったのは罠が通用しなかった時に自分を守るためだ。キリシュとエルテガを囲んだのも彼女たちに危害が及ばないようにするためである。
そして予想通り、金髪男はリオンの背後に転移し、手刀でリオンの心臓を背中から貫こうとして、勢いよく右手を<ウンターアウム>に突っ込んだ、という次第である。
「許さん、絶対に許さん! 仲間を呼んで、お前も、黒犬も、その女も、全員八つ裂きにしてやる!」
捨て台詞を吐いた後、また男の姿が消える。
「ブラウ!」
「はい、マスター」
「どこに転移したか分かる?」
「……見付けました。あそこです」
ブラウが腕を伸ばし、人差し指でビシッと示す先には、右腕を左手で押さえながら走る金髪男の姿があった。
「えぇ……思ったより近い」
「近距離転移に特化しているようです。しかも片方失って本来の半分程度の能力になっていると推察します」
「なるほど、やっぱりあの武器の能力か……。キリシュ、ちょっと待っててね。ブラウ、キリシュを守ってくれる?」
「承知しました」
リオンはギルド前に目を向け、両脚を失った男を見る。先にこっちを処置した方が良さそうだ。切り離された脚を近付けて魔法を発動する。
「<レトログレイド>」
完全に元通りにならなくても、取り敢えず命の危険がなくなれば良い。適当な所で切り上げ、<エア・ムーブ>で上空に浮き上がる。
金髪男は短距離転移を繰り返し、オリアルトの北門の方へ移動しているようだ。一度に転移出来るのは百~百五十メートルくらいだろうか。リオンは約五十メートルの上空から追い掛け、奴が街の外に出るのを待つことにした。
奴はリオンを脅した。仲間を呼び、リオンと、リオンの大切な人たちを殺すと。
それは到底見過ごせることではない。負け惜しみや冗談だとしても、笑って済ませられるほどリオンは楽観的な人間ではなくなった。
エバンシア島に飛ばされる以前であれば、こんな考え方はしなかっただろう。完全な防御を生み出せば誰も傷付けることなく勝てる筈。そう思っていたのだから。
骨鬼族との戦闘、マサークとの戦闘を経て、リオンは何度も覚悟を決めてきた。殺すことを躊躇する自分の甘えや弱さが、結果的に大切な人の命を危険に晒すことを知った。
もちろん絶対的な防御を生み出すことは諦めていないが、殺さずに済まそうとは思えなくなったのである。
これは心が荒んだとか善性が損なわれたとかではなく、過酷な環境に適応したということだ。相当な力量差があるならともかく、同格や格上の相手が殺しにかかって来るなら、殺される前に殺すべきと単に割り切ったのだと言える。
金髪男は街門を通ることなく、転移で街の外に出た。
可能なら、「仲間」とやらの居場所も知りたいところだ。だが森にでも入られたら見失ってしまう。
「こんなことならブラウを連れてくれば良かったかなぁ」
いや、キリシュたちを守るためにはブラウを置いてくるのが正しかったのだ。そうなると男を見失う前に狙撃するのが最善か。
姿を現し、次の転移で消えるまで一秒程度しかない。その短い時間で男を見付け、狙いを定め、<ストーンライフル>を放つ。
……改めて考えたら、これ、難しくない?
その難易度にリオンは怯んだ。動いている標的に当てるだけでも難しいのに、転移の距離が一定ではないため転移先を予想するのが困難だ。
「ああ、拙い!」
街道の先に現れると思ってそちらを見ていたリオンだが、男が現れずに焦って左右に目を遣ると、右の草原で一瞬姿が見えた。やはり森の方へ向かっている。
「ブラウがいてくれたら!」
「お呼びですか、マスター?」
すぐ隣から声がして、リオンは思わず<エア・ムーブ>の制御を失って墜落しそうになった。ブラウがリオンの両脇に手を差し入れてくれたので事なきを得た。
「びっくりしたぁ……どうしてここに? キリシュたちは?」
「エルテガさんが目覚め、マスターのサポートをするように、と」
「あ、なるほど」
ぶらーんとぶら下がった状態でリオンは納得した。エルテガが復活したのなら大丈夫だろう、きっと。
リオンは気を取り直して<エア・ムーブ>を発動し、ブラウに狙いを付ける手伝いを頼んだ。
「転移先が分かればよろしいので?」
「そう出来たら最高だね」
「では……このような体勢が良いと思われます」
リオンの背中にブラウが密着し、頬を寄せるように右肩に顎を乗せた。背中に柔らかいものが押し付けられるが、「これは作り物、これは作り物……」とリオンは気にしないように努めた。
「マスター、こちらを直視しないよう気を付けてください」
「あ、はい」
「次は……あそこです」
ブラウがそういった瞬間、彼女の両目から赤いレーザーが伸びる。丁度リオンの顔の右からレーザーが照射された形だ。空気中の埃に反応して一直線に伸びた赤い光線が示す場所に、今金髪男が出現した。
「うわ、ほんとに出た!」
リオンが驚きの声を上げているうちに男が消えた。
「……真面目にやってください、マスター」
「ごめんなさい」
「次は……あそこです」
「……<ストーンライフル>」
出現する場所さえ分かっていれば何とかなる。<テレスコープ>を併用したリオンは、金髪男の右太腿を撃ち抜くつもりで魔法を放ち……男の右脚が吹き飛んだ。
「あら……脚が取れましたね」
「あー……最近ワイバーンとか固い魔物ばっかり撃ってたから、威力を忘れてた」
元々<ストーンライフル>は五十口径の対物ライフルがモデルなのだ。生身の人間がその弾丸に当たったらどうなるか……こうなるのである。
リオンたちは素早く男の近くへ降り立った。男は地面に倒れ、激痛に悶え苦しんでいる。ブラウが気を利かせて吹き飛ばされた脚を持って来てくれた。
「あー、脚を繋げましょうか?」
「……お前かぁぁあああっ!」
細い目を血走らせ、男がリオンに食ってかかる。ブラウがその肩を地面に押さえつけた。
「質問に答えてくれたら脚を元通りにしますよ?」
「くっ……何が知りたいっ!?」
「さっき“仲間”って言ってましたけど、その仲間ってどこにいるんですか?」
「仲間は方々に散らばってる! この島には僕しかいない!」
「どうやって連絡を取るつもりでした?」
「“コミュニケーター”っていう魔導具だよっ! 早くしてくれ! 失血死しちまう!」
「それはどこにありますか?」
「こっから北のパルノアって町の隠れ家だ! なあ、頼む!!」
リオンは男の左手から手甲を抜き取って<レトログレイド>を掛けた。緑色の優しい光が男を包み込む。千切れた右脚がくっつくと、今度は右腕に光が集まって無くなった腕を形作ろうとする。そこで一旦魔法を切り上げた。腕を治すなんて一言も約束していないからだ。
脚が戻り、男は落ち着きを取り戻した。
「マギアム人の末裔が何か企んでます?」
リオンの言葉に、男は細い目を見開いた。
「……何故マギアム人を知ってる?」
「簡単に言えば、マギアム大国について書かれた手記を見付けたからですかね? それで、あなたたちは何を企んでいるんですか?」
「それをお前が知ってどうすんの? 手伝う? 邪魔する?」
「それは内容次第ですよ」
「どっちにしろ、お前に教えることは出来ない」
「ですよね」
リオンは<ストーンライフル>を男の眉間に放った。ズドン、と腹に響く音がして地面が抉れ、男の頭上半分が消失した。凄惨な状態にリオンの顔が青くなる。それから男の遺体を<ハイドロ・フレイム>で燃やし尽くした。
この男を追った時点で、殺すことは決めていたのだ。
いきなり殺そうとしてきた男の命より、キリシュやエルテガの命の方が大切なんて言うまでもないことである。
恨みを抱かせたまま逃走を許したら後々必ず禍根になる。リオンはそう判断した。
殺すと決めていたのに、何故脚を治したのか? それは少しでも情報を引き出すためだ。おかげでエバンシア島にマギアム人の血を引く者は奴しかいないと分かった。まぁ、それも奴の言葉を信じるなら、ということだが。
騙したようで後味が悪い。控えめに言って最悪の気分だ。
「うぷっ…………おえぇぇええ!」
吐き気が込み上げてきて、リオンは少し離れた木の陰で胃の中のものをぶちまける。ブラウが背中を擦ってくれた。少し落ち着いたので、魔法で生み出した水で口の中をゆすぐ。
「大丈夫ですか、マスター?」
「…………ブラウ、悪いんだけど先に街へ戻ってくれる? 僕はもう少し落ち着いたら戻る」
「……承知しました」
背中からジェット機の翼を生やしたブラウが飛んでいく。それを見送ったリオンは一人きりで涙を流した。
「本当、最低の気分だ……」
これまでも、元人間である魔人を殺し、骨鬼族を大勢狙撃したのだから今更かもしれない。ただ、間近で人の命を自分の手で刈り取ったのが初めてだったというだけだ。
そう自分に言い聞かせるが、鉛を飲み込んだように胸が重い。
リオンは気持ちの折り合いがつくまで、その場に寝転んで三十分ほど空を眺め続けるのだった。




