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105 戦闘は突然に

 理性を総動員して、エリテガはギルドを出るまで平静を装っていた。しかし、扉を出た瞬間、通りの向こう側でニヤニヤと笑う男――メギドスの顔を見た瞬間、理性が吹き飛んだ。


 ――二十二年前。

 エルテガの父は身寄りを亡くした黒犬族の少年を保護し、自らの家に迎え入れた。

 少年の名はメギドス。エルテガより二つ上の十二歳だった。

 父がメギドスを迎えたのは、数年前に母を病で亡くし、兄弟もいないエルテガが寂しくないように、との配慮からだったかもしれない。


 村で一番腕の立つ冒険者だった父は、エルテガ同様メギドスにも戦う術を教え込んだ。その訓練は非常に厳しいものであったが、訓練以外の時は優しく温かい父で、これでもかというくらい愛情を注ぎ込まれた。それは途中で加わったメギドスに対しても同じだった。


 二年前から槍の訓練を始めたエルテガに、メギドスはあっという間に追いつき、追い越して見せた。

 この年代の二歳差は大きい。体の大きさ、腕力、持久力、敏捷性、どれを取ってもメギドスの方が上回っていた。それに加え、彼は天才肌と言うのか、教えられたことはすぐに吸収して自分のものに出来た。

 一方のエルテガは努力型で、同じことを何百何千と繰り返さなければ憶えることが出来なかった。そんなエルテガを置き去りにして、メギドスはどんどん高度な技を習得していく。それでもエルテガは愚直にコツコツと鍛錬を欠かさなかった。


 メギドスがやってきて三年経つ頃には、エルテガと彼の間には看過しがたい差が生じていた。メギドスの槍の腕は、最早父と遜色ないまでになっていた。それに対してエルテガはまだ基礎から抜け出せず、相変わらず同じことを繰り返していた。

 父はメギドスを連れて狩りに出ることが増えた。つまり、父はメギドスが一人前になったと認めたのだ。


 メギドスはその頃から傲慢になり始めた。エルテガを明らかに見下すようになり、父が見ていない所で罵詈雑言を浴びせ、優越感に浸るようになった。

 それでもエルテガが反発したり、父に言いつけたりするようなことはなかった。メギドスより自分の槍が劣っていることは事実だったし、親を亡くした彼には同情すべき所があると思っていたから。


 槍の腕に歴然とした差が出来ても、エルテガの父は二人を差別するようなことはなかった。メギドスだけを狩りに連れて行くのは、単にエルテガにはまだ危険だと考えたからであった。訓練以外の時も二人平等に愛情を注いでくれたとエルテガは思う。


 更に三年が経ち、エルテガが十六歳、メギドスが十八歳になった頃。


 二人の槍は拮抗するようになっていた。コツコツと鍛錬を続けた結果が天才肌の技に追い付いたのである。

 これにメギドスは焦り始めた。槍で何歩も上にいたから、今までエルテガと同等に扱ってもらえていると思っていたのだ。槍で追い付かれたら、自分は捨てられる。


 だからメギドスは、エルテガを殺そうとした。父の愛情を独り占めしたいが為に。

 三人で狩りに出かけた時、父の目が離れた隙を見計らって、メギドスはエルテガを攻撃した。しかし、その攻撃は父が受けることになった。メギドスの様子がおかしいことに気付いた父は、目を離すと見せかけてこっそり二人の後ろに回り込んでいたのだ。そして、攻撃を打ち払うのではなく、その身でエルテガを庇ったのだった。


 父の腕なら、メギドスを返り討ちに出来たかもしれない。だが父はそうしなかった。ただ自分の体でメギドスの槍を受け、悲しい目を彼に向けただけだった。そして、父はその場で息を引き取った。


 メギドスは逃走し、消息を絶った。

 エルテガは父の仇を討つため、メギドスの行方を追った。


 エルテガの心は荒み、憔悴していった。黒犬族は同胞殺しを許さない。エルテガ自身もメギドスを許すことは到底出来なかった。


 復讐に取り憑かれたエルテガを変えたのは、キリシュの母、ミリシュである。

 彼を宥め、慈しみ、優しさで包んだ。次第にエルテガは元の温厚な男へと戻っていった。そして父が殺されて二年後、結ばれたエルテガとミリシュの間にキリシュが生まれたのである。


 メギドスの顔を通りの向こうに見付けた瞬間、エルテガの心に復讐の昏い炎が再び燃え上がった。

 父を殺したメギドスがのうのうと生きているのは許し難い。育てられ、愛された恩を仇で返したメギドスは、相応の報いを受けて然るべきだ。


「メギドス! 覚悟は出来ちょったろなぁ(ているんだろうな)!?」

「クックック! お前程度の腕で俺に勝てるとでも?」


 エルテガが一直線に通りの向こう側へ走る。そこにはニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたメギドスが槍を携えて立っていた。


――ガギン!


 交差する二本の槍。力任せの横薙ぎから、急所を狙う刺突の連撃。メギドスはエルテガの力強い刺突に対し、穂先を細かく動かすことで軌道を変えて躱す。


「おらぁっ!」


 メギドスが裂帛の気合を上げ、右腕一本の突きを繰り出した。両手持ちよりグンと伸びてくる突きを、エルテガは上体を捩じって躱し、相手の前に出た足に向けて斜め下へ突きを放つ。メギドスは素早く足を入れ替え、伸びた右腕を引きながらエルテガの首筋を狙う。槍を立ててその穂先をずらし、立てた自分の槍をメギドスの脳天に打ち下ろす。だがそれは引き戻した槍で容易に防がれた。


「エルテガぁ! お前の攻撃はなあ! 昔っから分かりやすいんだよっ!」


 エルテガは基本通り、左手と左足が前の構え。一方でメギドスは槍を左右に持ち替え、踊るようにステップを踏む。そして突然槍が消えた――と思ったら、背中の後ろを回して大きく横薙ぎに振ってきた。


「くっ!?」


 横薙ぎと見せかけ、更に足を踏み込んで刺突に変わる。エルテガの防御が僅かに遅れ、左腕をメギドスの穂先が掠る。


「まだまだ行くぜえ!」


――ドゴォォオオオン!!


 メギドスがこちらへ踏み込もうとした瞬間、冒険者ギルドの正面が爆発したように崩れた。エルテガは一瞬だけそれに気を取られた。ギルドには娘と未来の息子がいるからだ。

 その一瞬の隙を突かれ、メギドスの槍がエルテガの脇腹を貫いた。









*****









 白い肌、背中の半ばまで伸ばした艶やかな黒髪。高貴と言っても差し支えない端正な顔立ち。男性にしては華奢な体格の男、レーシュラ――リオンと二度に渡って戦った骨鬼族の男は、黒犬族の男がギルドの扉から飛び出した後、青髪の女が続くのをじっと待っていた。


 約二か月前、レーシュラはポータルの暴走に巻き込まれ、ここエバンシア島の中部付近に転移させられた。右も左も分からないまま北西へと移動し、つい十日ほど前にここオリアルトの街に辿り着いた。それから目に付く奴を痛めつけて金を奪っていたところ、メギドスと知り合い、ここがエバンシア島で、グレンドラン大陸には船で渡る必要があると教えられた。


 最初は街に火球を撃ち込んでやろうかと考えていたレーシュラだが、あまり派手なことをすれば国が動くと窘められた。レーシュラは別にこの島を支配したい訳ではない。自由に動けなくなるなど真っ平だった。


 しばらくここで生活するにしても北へ戻るにしても、とにかく金が必要だ。


 骨鬼族の特徴である額の角は認識阻害の魔法で隠している。メギドスが割の良い仕事を紹介してくれることから、あと数か月もすればグレンドラン大陸へ戻る資金も貯まりそうだった。


 今回の仕事を首尾よく完遂すれば、それだけで数年遊んで暮らせるだけの大金が手に入る。渡航資金だけでなく、しばらく金のことを考えずに済む。

 しかも仕事の内容は、メギドスが男を一人殺す間、女を抑えておくだけ、という簡単なもの。殺しても構わないと言う。それならさっさと殺して仕事は終わりだ。


 青髪の女が中々出てこない為、レーシュラは焦れてきた。それならいっそのこと、ギルドの中に入るか――


「おお。こんな所にいるとはね。困るなぁ、仕事が増える」


 ギルドの扉に手を掛けようとしたレーシュラだったが、背後から話し掛けられて振り返った。


 身長百七十五センチくらいの痩せ型。おかっぱの白っぽい金髪に細目。二十代半ばくらいだろう。


「俺に用か?」

「ああ。お前に用だよ、残念なことに。二か月前、ポータルで何があったか話してもらおうか、骨鬼」


 「骨鬼」と呼ばれ、レーシュラは目を細めた。認識阻害は完璧な筈。それをこの男は簡単に見破った。男に対する警戒度がぐんぐん上がる。


「……会ったことはないと思うが?」

「その通りだけど、連絡が来てね。骨鬼を見かけたら事情を聞いて報告しろって。こっちは旅行気分で楽しんでるっていうのに、迷惑な話だよね?」

「……名前も知らない相手に話す気はないな」

「ロクラード。マギアムの末裔。これでいい?」


 マギアムの末裔。その言葉に、レーシュラは目を見開いた。

 骨鬼族に大森林の南側について情報を齎した者。人間を強化して従属させる術式と、それを魔石に刻む技術を伝えた者。直接会ったことはないが、レーシュラはそのように聞いていた。


「それで、どうして俺があんたに説明しなきゃならないんだ?」

「ああもう! 面倒だなっ!」


 ロクラードと名乗った男の姿が消えた。レーシュラは悪寒がして、勘だけでその場から飛び退いた。


――ドゴォォオオオン!!


 轟音と共に細かい石が飛散し、土煙が舞い上がる。ギルド正面、つまり一瞬前までレーシュラが立っていた場所が崩壊していた。

 何が起こったのか分からない。だが、ロクラードが何かしたことだけは分かった。レーシュラの勘が告げる。この男はヤバい、と。


「へぇー、いい勘してるね。……僕は面倒なことが嫌いなんだよ。一応丁寧に頼んでるつもりなんだけど、教えてくれないのなら、殺してお前を見なかったことに――」


 その時、ロクラードの視線がギルド内に向けられ、何かに気を取られたように見えた。千載一遇のチャンス。レーシュラは迷わず逃走を選択した。飛翔の魔法でその場から飛び去ろうとして――


「おっと、話はまだ終わっちゃいない」


 空中でロクラードに掴まれ、地面に叩き付けられた。


「ちょっと待ってろ」


 ロクラードの両手――何の変哲もない手甲を嵌めた両手が青白く光り、手刀の形にしたかと思った次の瞬間、レーシュラの両脚が膝の上で切断された。


「ぐあぁぁあああっ!?」

「あーうるせぇ」


 ロクラードがレーシュラの顎を無造作に蹴ると、叫び声が止まった。


「あれ、死んだ? ……ああ、まだ死んでないな」


 そう言って、ロクラードは前面が崩壊したギルドの中へと踏み出す。


「あー、黒犬のお嬢さん。それちょっと見せてくれない?」









*****









 ギルドの扉が爆ぜた瞬間、リオンは反射的に<コンプレックス・シールド>を発動した。背後全てを守れるよう、縦四メートル、横八メートルと建物の前面と同じだけの広さだ。

 爆散した瓦礫が障壁に当たって大きな音が響く。


「キリシュ、大丈夫!?」

あたい()は大丈夫!」

「ブラウ、キリシュを守って!」

「承知しました、マスター」


 ギルド内は騒然とし、中にいた人々は裏口から逃げ出し始めた。

 壁と扉が無くなった建物の前面、そこに白っぽい金髪の男と、長い黒髪の男が立っていて、何か喋っている。

 と思ったら、金髪の男がこちらに視線を向けて、細い目を見開いた。

 次の瞬間、二人の男が消え、続いて黒髪の男が地面に叩き付けられた。金髪の男が突然その横に現れ、手が光ったかと思えば黒髪の男の両脚が切断された。


「マスター! あの男、()()()()()()()()()()を持っています!」


 タクティクス・クラス……「クロウズ・オブ・アンガー」が失敗作なら、タクティクス・クラスは成功作。個人で戦術を引っ繰り返す力を持つ武器。


 土煙が完全に晴れると、通りの向こう側でエルテガが槍に脇腹を貫かれているのが見えた。


「エルテガさん!」

「あー、黒犬のお嬢さん。それちょっと見せてくれない?」


 金髪の男が、何事もなかったかのようにギルド内に入ってきた。リオンはキリシュと男の間に立ち塞がる。

 ほんの僅か見えただけだが、男が危険なことは十分分かった。顔色一つ変えずに脚を切断するような奴だ。とても仲良くなれるとは思えない。


(<マジック・トラップ>)


 男の前に<マジック・トラップ>を発動。あと二歩進めば<アイシクル・ジャベリン>が男を串刺しにする――


 男の姿が眼前で消えた。


「ちょっと見るだけだから。ね?」


 男の声が背後から聞こえ、リオンは驚きと共に振り返る。

 <マジック・トラップ>は発動していない。つまり、奴はここを通っていない。それなのに後ろに回り込まれた。


 一体何をした?


「い、いや……」


 金髪の男は、キリシュが胸に抱くイータに手を伸ばした。

 その時、激しい打撃音がして男が吹っ飛ばされ、ギルド横の壁を突き崩してその向こうへ抜けていった。


「マスターの大切な人にセクハラしようとは、いい根性していますね?」


 ブラウが上段蹴りの姿勢のまま言い放った。なお、丈の短いインナーパンツを履いているためパンツは見えない。リオンは何故かホッとした。


「ほぉ~。僕を吹っ飛ばすとはね。やるじゃない、お前」


 壁の穴から、男が平然とした顔で戻ってきた。


「マスター、私が時間を稼ぎます。エルテガさんの治療を」

「頼んだ、ブラウ! キリシュ、こっちへ!」


 キリシュの手を握り、リオンは通りの向こう側へ走った。

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