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104 悪巧み

 ルイードの酒場に入った赤猫族の冒険者は店内をぐるりと見回し、隅の席に座る男に目を留め、スタスタとそこに歩み寄る。

 真っ黒な頭髪に三角の犬耳。広い肩幅、無駄な脂肪が一切ない血管の浮き出た腕。その男が淀んだグレーの瞳を冒険者に向けた。


「……何だ、お前か」

「メギドス。仕事を頼みたい」


 メギドスと呼ばれた男はグラスに残っていた酒を一気に呷った。


「話を聞かせろ」

「……付いて来てくれ」










 冒険者とメギドスは一軒の空き家に入った。そこでは二人の衛兵が酒を飲んでいた。


「よお、メギドス」

「悪ぃな、こんな場所で」


 空き家にはそぐわない立派な机と椅子。メギドスが椅子に腰を下ろすと、衛兵がグラスに酒を注いでメギドスの前に滑らせる。


「いい儲け話があるんだが、ちょいと面倒な奴がいてな」

「詳しく聞かせろ」


 衛兵は、この街を訪れている冒険者が一億フロレンという大金をギルド口座に持っていることを明かした。子供を二人連れており、どちらかを誘拐して人質にし、金を奪う計画だったと説明する。


「だがもう一人腕の立つ奴がいる。青い髪の若い女だ。そいつに邪魔された」

「……その冒険者の名は?」

「確か、エル……エルトガ?」

「エルテガか?」

「そう、エルテガ! 知ってんのか?」


 衛兵の問いに答えず、メギドスは机に目を伏せ、肩を震わせ始めた。


「お、おい……」

「クックック……ハッハッハ! こいつぁいい!」

「「はぁ?」」


 突然笑い始めたメギドスを、二人の衛兵が怪訝な顔で見つめる。


「あいつはなぁ、俺のことを殺したいくらい憎んでやがる。まぁ、あいつの親父を殺したんだからそれも当然だな。俺の顔を見たら冷静ではいられんだろう。エルテガは俺が惹き付けてやる。何なら殺して冒険者証を奪ってもいい。冒険者証と指があれば、別の街のギルドで金を引き出せるだろう?」


 二人の衛兵と赤猫族の冒険者は小悪党だが、エルテガを殺すことまでは考えていなかった。だがメギドスの話を聞けば、その方が確実に金を手に入れられそうだと思えた。しかも汚れ仕事はメギドスがやってくれるのだ。


「いい考えに思える。だが、もう一人の女はどうする?」

「問題ねぇ。俺よりもヤバい奴を知ってる。最近この街に来た奴で、レーシュラっていうんだがな……とにかくぶっ飛んだ野郎だ」


 メギドスは元Aランク冒険者で、その強さは折り紙つき。そのメギドスがぶっ飛んだ野郎と呼ぶヤバい奴なんて、そんなのを引き込んで大丈夫だろうか、と三人は不安になる。


「な、なあ。そのレーシュラ? そんな奴に任せて大丈夫なのか?」

「金が必要らしいからな。きちんと分け前を払えば問題ねぇだろう」

「そ、そうか……メギドスがそう言うなら大丈夫、なんだろうな」


 一抹の不安は拭えないものの、金は欲しい。人数が増えればそれだけ分け前が減ってしまうが、五人で割っても二千万フロレンという大金だ。一生は無理かもしれないが、少なくとも数年は遊んで暮らせる。


「で? エルテガはどこにいるんだ?」

「すまねぇ、今はまだ分からない」

「そうか……まぁ、ギルドを張っとけばそのうち現れるだろうさ」

「そうだな! さすがはメギドスだ。……おい! ギルドを見張っとけ!」


 衛兵の一人が、扉の近くで立ったままだった冒険者にそう命令した。


「……分かったよ」


 冒険者はまたトボトボとした足取りでギルドへ向かった。金が手に入ったら、もう絶対にあいつらとは縁を切る、そう誓いながら。









*****









 たっぷり昼寝をしたリオンが目を覚ました時、窓から差し込む光はオレンジ色になっていた。

 ふと視線を感じてそちらに目を遣れば、ブラウが部屋の隅に立ったままリオンをじっと見つめていた。暗い所だとブラウの瞳は薄っすらと青く光る。ホラーである。


「お、おはよう、ブラウ」

「おはようございます、マスター。寝返りは六回、寝言は『ルーシアの髪はサラサラしてる』です」

「ちょっと!? ずっと観察してたの!?」

「マスターの安眠を守るのも私の役目です」

「安眠できないよ!?」


 裸で抱き着かれるよりはマシか……。ブラウが横になったらベッドが壊れるかもしれないので、彼女は立ったままであった。これはリオンがそう指示したのではなく、彼女が自発的にやっていることである。


「あ、そうだ。イータを出してくれる?」

「かしこまりました」


 亜空間収納から出したイータの後頭部にあるスイッチを長押しする。


『マスター・リオン。ご用件を伺います』

「あー、宿に入ったらブートするって言ってたのに、遅くなってごめんね?」

『問題ありません』

「今のうちに魔力充填しとく?」

『お願いします、マスター・リオン』


 イータの胸に当たる部分が開き、引き出しのようにボードがせり出てきた。リオンはそこにある水滴のような青い部分に手を乗せ、自分の魔力を押し出すことをイメージする。

 <身体強化>の前段階として体内で魔力を動かすのはまだ不慣れであるが、集めた魔力を魔法に変換せず「純粋な魔力」として放出するのもコツが要った。魔力の充填はこれで三回目だが、まだ集中する必要がある。


「ふぅ。こんなもんでいいかな?」

『はい。ありがとうございます、マスター・リオン』

「ところで、何でブラウは前をはだけているの?」

「次は私の番です、マスター」

「超小型ジェネレータはどこいった」

「マ・ス・ターの、魔力がいいのです」

「はいはい」


 ブラウの服は皮膚だから前をはだける必要はない筈だが、「見えそうで見えないのが様式美というものです」と彼女は言う。ブラウが何を言っているのか、リオンにはさっぱり理解できない。リオンにとっては目の毒である。

 傷一つない胸から、イータと同じようなボードがスライドする。また青い部分に手を乗せ、リオンは集中した。


「ふぅ。これでいいかな?」

「ごちそうさまです、マスター」

「言い方!」


 ほぅ、と色っぽい溜息を吐き、頬さえ少し上気させながら「ごちそうさま」と宣うブラウ。人が見たら勘違いすること請け合いである。


「ところでマスター?」

「はい?」

「この“試作品”、どうするのですか?」


 試作品? 何か試しに作ったっけ? とリオンが首を傾げると、ブラウが亜空間収納から「クロウズ・オブ・アンガー」を取り出した。


「……試作品? それって試作品なの?」

「はい。失敗作、と言うべきでしょうか」

「失敗? 凄く強かったけど」

「魔力増幅の過程で装着者の精神に影響を来します。明らかに失敗作でしょう」


 ミシカル(神話級)・ウエポンと呼ばれているものが、ブラウから見れば失敗作なのだと言う。


「あのー、因みに、成功作もあるの……?」

「はい。私は軍事用ではないので詳細は分かりませんが、“タクティクス・クラス”、“ストラテジー・クラス”があったようです。ただ、個を強くするよりも軍全体を強くする研究に重きが置かれ、積極的な開発はされなかったと記録にあります」


 ブラウが教えてくれた個人用武器は、当時もそれ程造られた訳ではないようだ。もちろん現存するかどうかは分からない。五千年の間に全部朽ち果てていればいいのに、とリオンは思うが、「クロウズ・オブ・アンガー」が残っている以上、楽観も出来ない。


 こうしてイータとブラウの魔力充填を行い、衝撃的な話を聞き終えた頃、キリシュが呼びにきたので夕食を食べに行くことになった。イータをまた亜空間収納に入れようとしたら、キリシュが抱きしめて離さない。


「喋ったり動いたりしなければ怪しまれないって!」

「ま、まぁ、それもそっか」


 変わった人形を抱いてるな、とは思われるかもしれないが、逆に言えばそれだけである。


「イータ、外にいる間はじっとしててくれる?」

『了解しました、マスター・リオン』


 ということで、イータはキリシュが抱いたまま夕食へ向かった。エルテガも合流して宿の人に聞いた食事処へ向かう。海が近いことから、オリアルトの街では海鮮料理を出す店が多いらしい。

 魚はポワンカ村で食べて以来ご無沙汰のリオンは楽しみで仕方がない。ユードレシア王国でも南部では海魚が流通しているが、王都以北は川魚ばかりだった。ここに来るまでの道中では肉オンリー。それは魚介類が食べたくもなると言うものだ。


 まだ夕飯には少し早い時間だが、店はかなり混んでいた。何とか四人席を確保する。


「ブラウ、ここの椅子は大丈夫そうだよ?」

「それは“壊せ”というフリですね?」

「違うからね?」


 頑丈そうな椅子に感謝しつつブラウにも着席を勧める。今回はリオンの隣にイータを抱えたキリシュが座ったので、自動的にブラウはエルテガの隣である。

 メニューから気になるものを選んで注文すると、次々に料理が運ばれてきた。


 マグロとアボカドのサラダ。鯛のカルパッチョ。生岩ガキ。海老の塩焼き。白身魚と貝のアクアパッツァ。海老と貝のパエリア。

 流石に刺身盛り合わせはないが、生食の習慣があるらしい。海が近い街ならではであろうか。


 海に近い街の西側には魚市場があるらしく、毎朝獲れたての魚介類が並ぶと言う。この店は朝仕入れた食材をその日のうちに提供するのがウリだそうだ。

 リオンにとって、今世で初めて食べる食材が多かった。そもそも生食など聞いたこともない。と思っていると――。


おやっどん(お父さん)、これ、こん(この)まま食べてよかとじゃろか(いいのかな)?」


 キリシュが生岩ガキを指で差してエルテガに尋ねていた。彼女も生のカキは初めてらしい。エルテガは慣れた様子で殻に乗った岩ガキを口に運び、そのままズルっと吸い込む。


「新鮮なやつは生でくがなっと(食べられるんだ)

「ほぇ~」


 リオンも、キリシュを安心させるように岩ガキを口に運ぶ。磯の香り、海水の塩味、そして濃厚でクリーミーな旨味。


「これ美味しいよ、キリシュ!」

「……よし!」


 キリシュが覚悟を決めたような目で岩ガキに挑み、咀嚼した途端に目を見開いた。それを飲み込んでからキラキラした笑顔になる。


「美味しいね!」


 ということで岩ガキを追加注文。たっぷりと塩をまぶして殻ごと焼かれた海老はプリプリの触感で、海老の旨味が口に溢れる。他の料理も文句のつけようがない美味しさ。

 リオンたちは十分に海鮮料理を堪能し、宿に戻った。









 翌朝リオンが目覚めた時、ブラウが上から覗き込んでいた。


「うわぁっ!?」

「おはようございます、マスター」

「……おはよう、ブラウ。あ、寝てる間の僕の様子は報告しなくていいから」


 ドキドキする胸を押さえながら、リオンはブラウに釘を刺した。寝ている間に自分が何回寝返りをうったとか、どんな寝言を口にしたとか、全然知りたくない。

 リオンはベッドから降りて着替えながらブラウに確認する。


「今日は少し遅めに朝ごはんを食べに行くって言ってたよね?」

「その通りです、マスター」


 朝食の後は冒険者ギルドへ行ってこれまでの道中で貯まった魔物の素材を買い取ってもらう。早朝のギルドは人が多くて忙しいため、朝食を遅めに摂って昼前にギルドを訪れるという算段だ。


「えーと……今のうちに物資の補充でも行こうかな」

「マスターは真面目ですか? せっかくですから私とイチャイチャすることを提案します」

「……今更だけど、ブラウはどんな目的で造られたアンドロイドなの?」


 イチャイチャについては聞き流してリオンは尋ねた。


「『ATA-FT5』は多目的アンドロイドとして開発されました。護衛・攻撃・家事全般・健康管理・癒し・暇潰し・性的欲求の解消など何でもござれです」

「…………」


 リオンはベッドの端に腰掛けた状態で頭を抱えた。


「……えーと、性的欲求の解消は忘れようか」

「…………もしかして、マスターの性的興味は男性――」

「女性だよ! ……僕には婚約者がいるんだ。不誠実なことはしたくない」

「……マスターは真面目ですか?」

「う~ん……真面目、というのはちょっと違うかな? 罪悪感を抱えるのが嫌なんだと思う」


 ブラウは小首を傾げていたが、ポンと手を打って納得した顔になった。


「後腐れのない関係がお望みと?」

「ちげーよ! 何でそうなるの!?」

「アンドロイドに恋愛感情はありません。あるのはマスターに尽くしたいという願望です。そういう風にプログラムされているのです」


 ブラウの言葉に、リオンは思わず言葉に詰まった。

 リオンから見て、ブラウは非常に人間臭い。面倒な部分まで人間っぽいと思う。自分の思い通りにならないし、困らせる言動もある。

 だが、だからこそ人間味を感じる。こちらの言うことを全て聞いて、こちらの望むことしかしないのならば、それは単なる機械ではないだろうか。ならば「人間のような」という語源そのままのアンドロイドは、ブラウのようであって然るべきなのかもしれない。


 でも……そういった言動が「プログラム」されたものなら、少し寂しい気もする。


「ごめん、ブラウ。僕はマスターとして君を幸せに出来ないかもしれない」

「……マスターは私が不要ですか?」

「違う違う! そうじゃないんだ。尽くしてくれようとするのは有難い。でも、僕がブラウに望む関係は……頼れる相棒、って感じかな?」

「頼れる相棒…………分かりました、マスター」

「ほんと?」

「性交渉は一旦棚上げし、頼れる所をマスターにお見せします」

「棚上げじゃなくて永久に封印して」

「同意できません」

「何でだよ!?」


 そんなやり取りをしているとキリシュが呼びに来た。多目的アンドロイドの役割の一つ、「暇潰し」に関して、ブラウは十分に役立っているようだ。

 ……一方のリオンは朝からドッと疲れを感じているが。









 遅めの朝食を終え、一行は冒険者ギルドへやって来た。イータは相変わらずキリシュに抱えられている。リオンの言いつけ通り、彼は一言も喋らず微動だにしない。これがアンドロイドとゴーレムの差か、とリオンは思った。


 ギルドの入口でエルテガが足を止め、通りの一画を目にして眉をひそめた。リオンとキリシュはその様子に首を傾げるが、エルテガがそのままギルドへ入るので付いていく。


 亜空間収納をギルドで使うと目立つ怖れがあったので、魔物素材はリオンたちの背嚢に入れたり外側に括り付けたりしている。

 エルテガが窓口で冒険者証を提示して素材の買い取りを頼んだ。


わいたっ(お前たち)も冒険者証を出さんか(出しなさい)


 そう言われてリオンとキリシュも慌ててFランク冒険者証を提示する。


「魔物の討伐数でランクがあがっと(上がるんだよ)


 エルテガがそう教えてくれて、リオンはなるほど、と思った。ギルド職員が素材の鑑定を始めたのを確認し、エルテガはリオンに聞こえない囁き声でキリシュに話し掛けた。キリシュが目を見開いて何か言おうとするが、エルテガが娘の肩に手を置いて黙らせた。それからリオンに向かって告げる。


「すぐ出発できるように準備しちょっくいやい(といてくれ)おい()は野暮用を済ましっくっで(せてくるから)


 自分の背嚢をリオンに預けたエルテガは、愛用の槍だけを持って外へ向かった。

 一見して普段通りの様子。だがこの二か月間、リオンはずっと彼を見てきた。だからこそ分かる。


 エルテガの目には殺意が漲っていた。


「キリシュ、エルテガさんは――」

「……お祖父ちゃんの仇を見つけたって」


 キリシュの握りしめた拳は小さく震えている。


「お祖父ちゃんは殺されたの。同じ黒犬族の、メギドスって奴に」

「そいつをエルテガさんが見つけたってこと?」


 キリシュは小さく頷いた。


「どうしても片を付けないといけないって。それがおやっどん(お父さん)の使命だって」


 最早、キリシュの声は震えていた。目には今にも零れそうなほど涙が貯まっている。


「……そいつ、強いの?」


 キリシュがまた小さく頷く。それを見たリオンがすぐに駆け出そうとするが、キリシュに腕を掴まれた。


「手を出したら駄目! 黒犬族の問題じゃっで(だから)!」

「そんな……エルテガさんに万一のことがあったら――」

「それでも駄目やっと(なの)!」


 キリシュが首を振りながらリオンを止める。

 リオンには理解出来なかった。大切な人が傷付く怖れがあるなら、手を貸すのが当たり前だと彼は思っているからだ。


「ね、リオン……お願い。黒犬族の誇りじゃっと(なの)

「命より誇りの方が大事なの!?」


 リオンが強く言うと、キリシュは遂に泣き出してしまった。


「キリシュ……僕はエルテガさんが大切だ。傷付いて欲しくないし、死んで欲しくない。もちろんキリシュだってそうだよ」


 リオンは優しく諭すように言葉にする。キリシュの瞳が迷うように揺れた。


「ごめん、キリシュ。エルテガさんに怒られても、嫌われても、僕は行く」


 腕を掴むキリシュの手から力が抜ける。リオンはブラウに目配せしてキリシュを彼女に任せた。そしてギルドの扉に手を掛けた瞬間――


 轟音と共に扉が内側へと爆ぜた。

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