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103 オリアルトの街

 亜空間を使った障壁は<ウンターアウム>と名付けた。亜空間を意味するドイツ語である。<リフリジレイション>は長くて言い難いし、物を凍らせる魔法だとリオンは認識しているので、別の名称の方が良かったのだ。ドイツ語にしたのは何となく特別感を出したかったからという単純な理由だ。


 空間の一定の範囲で分子の運動エネルギーを奪うと、その範囲の時間を停止させたことになり、時間を止めると、そこが固定化されて周囲とは別空間となる。<ウンターアウム>とはそれだけの魔法に過ぎない。偶然の産物というか、アンドロイドのブラウが指摘しなければずっと気付かなかったかもしれない。その点、リオンはブラウに大変感謝している。


 それから一日半、リオンは<ウンターアウム>の訓練をしながら移動した。<エア・ムーブ>で飛んでいる間も、地上で休憩している間も、ずっと。<コンプレックス・シールド>も、そうやってずっと訓練していたことで反射的に使えるようになったのだ。だからリオンは愚直に訓練を続けたし、これからも続けるつもりだ。


「海がみえっきたど(見えてきたぞ)!」


 リオンはエルテガの言葉で意識を前方に戻した。遠くで陽の光を反射する海面が見える。遂にエバンシア島の西沿岸に到着したのだ。少し北に目を遣れば、防壁に囲まれた大きな街も見えた。


「あそこの街に行きましょう!」


 思えばメイローの町で宿に泊まって以来二十日ほど、ちゃんとしたベッドで眠っていない。普通の野営に比べたら遥かに快適だったとはいえ、やはり疲労は蓄積される。偶にはベッドで眠りたいと思っても罰は当たらないだろう。街まで目測で約一キロメートル、街道に近い森の中に着地した。その場で三十分ほど休憩して街道に向かう。


「エルテガさん。街に入る時、イータは大丈夫ですかね?」


 今、イータはキリシュに抱かれている。均されているといっても街道は凹凸しているので、イータは移動し難いのだ。飛行中もずっとキリシュが彼を抱っこしていた。彼女はかなりイータのことが気に入ったようだ。


「う~ん……分からん」

「ですよねぇ。背嚢に入ってもらって、もし荷物検査されたら遺跡で見付けたことにします? 嘘ではないですし」

「マスター。それでしたら私が亜空間に隠しておきましょう」


 リオンとエルテガが悩んでいるとブラウが提案してきた。


「え? それって大丈夫なの?」

「イータはゴーレムですから。問題ありません」


 アイテムボックスやマジックバッグでは定番の制約で「生物は入れることが出来ない」というものがある。亜空間収納も同様なのだが、ゴーレムは生物ではないので入れられるらしい。


「イータはそれで大丈夫?」

『はい、マスター・リオン。亜空間収納で機能が損なわれることはありません』

「機能はいいとして、その、辛いとか寂しいとか、そういうのは大丈夫なの?」

『一時的にシャットダウンします。必要になったらブートしていただければ』

「うん、宿の部屋に入ったらすぐブートする」


 ということで、ブラウが亜空間収納を発動し、シャットダウンしたイータをその中に入れてもらった。なお終始キリシュがハラハラと心配そうに見ていた。昨日、リオンの<ウンターアウム>でブラウの手首が切り落とされるのを目の当たりにしたのだから、仕方のないことである。


「えーと、ブラウは……普通にしていれば人間に見えるから大丈夫、だよね?」

「マスター、それは騒ぎを起こせという『フリ』ですね?」


 押すなよ押すなよ、の文化をどこで知った? いや、マギアム大国に転生した元日本人だろうなぁ……。リオンはブラウにジト目を向けた。


「違うからね? 自分や仲間の身に危険が及ばない限り、フォトンなんちゃらを出したりマッハ2で飛んだりしちゃ駄目だからね?」

「……善処します」


 嫌な予感がする。リオンは不安になった。エルテガとキリシュも不安そうな顔をしている。「善処する」というのは、「出来なかったらごめんね」というのと殆ど同義である。不安になるのも仕方ないというものだ。

 そんなやり取りをしていたら、いつの間にか防壁の前に着いていた。門に並んでいるのは八人、グランドリザードが曳く荷車が一台。その後ろにリオンたちも並ぶ。


「ブラウも冒険者登録した方がいいですかね?」

「いや、入街税をその都度払う方がよか(いい)気がすっど(するぞ)?」


 冒険者登録の際、子供の場合は試験がある。リオンとキリシュの時はギルド職員と模擬戦を行った。

 ブラウにもその試験が課されるかは分からない。ブラウの見た目は十七~十八歳だが、一見して戦闘力は無さそうに見える。実際はかなり物騒な代物ではあるが。見た目だけは華奢で可憐に見えるのだ。詐欺のようなものである。

 戦闘力が無いと見做されれば試験を課される可能性がある、とエルテガは言う。模擬戦になれば、ブラウがどんな暴挙に出るか予測出来ない。

 だから、最初から冒険者登録はしない方が良いだろう、とエルテガは判断したのだ。


 街に入る時に支払う税は、三百~五百フロレン。今のリオンたちにとっては大した金額ではない。リスクを冒すより、必要経費として割り切ろうという話だった。リオンは全面的に賛同した。


 街に入る列はスムーズに進み、リオンたちの番になった。


「オリアルトにようこそ。身分証を見せてください」


 この街はオリアルト、というらしい。

 門兵は革と金属が組み合わさった軽鎧を着用し、長槍を携え、腰には剣を佩いている。話しかけてきた兵は女性で、事務的だが居丈高なところはなく好印象だ。

 リオン、エルテガ、キリシュが冒険者証を提示するのを見て、ブラウがオロオロし始めた。


「マスター、私は身分証を持っていません」

「うん、大丈夫。税を払えば街に入れるから」


 挙動不審一歩手前のブラウを、リオンが背中をぽんぽんと叩き、キリシュが手を握って宥めた。世話の焼けるアンドロイドである。

 一人分の入街税三百フロレンを納め、リオンたちはオリアルトの街に入った。


「お腹、空いたねぇ」

「マスター。露店で買い食いを提案します」


 キリシュがぽつりと呟き、ブラウがそれに乗る。時刻は午後一時過ぎで、昼食を摂っていないので空腹なのは頷ける。アンドロイドが空腹を覚えるかはさておき。


「エルテガさん、いいですか?」

「おお、よかど(いいぞ)! くう(食っ)てから宿を探すか」

「ということで、キリシュ、出番だ! 美味しいお店を見つけて!」

「任せて!」


 美味しい料理に関して、黒犬族の嗅覚は裏切らない。リオンは身をもってそれを知っている。

 キリシュが先頭に立ち、少し顎を上げて匂いに集中し始めた。街中とは言え、リオンたちは警戒を怠らない。むしろ知恵の回る人間相手だからこそ、より警戒する。リオンはエルテガがそうするのを見て、自然とそれが身についた。

 キリシュを左右から挟むようにして歩く。ブラウは少し後ろを付いてきた。彼女の索敵能力は非常に優秀ではあるが、人の多い場所ではあまり役立つとは言えない。相手の害意が分かるわけではないからだ。


「こっち!」


 門から真っ直ぐ伸びる大通りから、一本西にある筋へ。何と、そこには大通りよりも多くの露店が犇めいていた。リオンは人が増えたので更に警戒度を上げた。

 そんな中、キリシュは迷いなく進んでいく。


「ぎゃっ!?」


 突然背後で男の悲鳴が上がりリオンが振り向くと、ブラウが若い男の腕を捻り上げていた。


「何すんだこのアマ! 放しやが――いでででで!」

「この男がマスターの背嚢に手を伸ばしましたので拘束しました。腕をもぎ取りますか?」


 ブラウの言葉に男の顔が青褪めた。


「いや、もぎ取っちゃ駄目でしょ。えーと……あ、衛兵さーん! この人です!」


 リオンは一瞬どうしようか迷ったが、門兵と同じ格好をした二人組の衛兵がいたので、そちらに男を引き渡した。未遂だから放免しても良かったのだが、多少はお灸を据えてもらうべきだろう。

 こんな騒動が起きているにも関わらず、キリシュは美味しい店を探り当てるのに集中していた。彼女の食に対する執念はなかなかのものである。


「ブラウ。守ってくれてありがとう」

「……当然のことをしたまでです」


 リオンが礼を言うと、ブラウは少し照れたような素振りを見せた。

 そうしているうちに、キリシュの嗅覚に適う店が見つかったようだ。


「ここが美味しいと思う!」


 良い香りの肉串を売る店が多い中、キリシュが見付けたのはバゲットサンドの露店であった。

 リオンはキリシュの嗅覚に全幅の信頼を置いているので、迷うことは一切なかった。


「すみません! 四つください!」

「あいよ! ちょっと待ってね!」


 店主らしき恰幅の良い中年女性が威勢の良い声を返した。

 店先に置いてあったものは見本らしく、今から作るらしい。一・五センチ厚のバゲットを一人前につき二枚、バターを溶かした熱い鉄板の上に置いた。その横にある網の上に、薄切りにしてタレに漬け込んだ肉をどっさり広げて焼き始める。

 薄く焼き目のついたバゲットにレタスとトマトの輪切りを乗せ、白いソースをかけた。その上に焼けた薄切り肉をたっぷり乗せ、鍋で溶かしていたチーズをとろりとかける。もう一枚のバゲットで挟んだら完成だ。


「ほい、四つで二百フロリンだよ!」

「はい二百フロリン。ありがとう!」

「まいどー!」


 一つ一つ紙袋に入れてくれたバゲットサンドをそれぞれ手に持ち、落ち着いて食べられそうな場所を探す。少し進んだ所に椅子やテーブルが置かれたスペースが用意されていて、丁度一つ空いた所だった。

 ブラウ以外の三人が椅子に腰を下ろす。ブラウだけは立ったままである。何故なら、彼女はキリシュ五人分くらいの重量があり、普通の椅子では壊れてしまう恐れがあるからだ。本人も他の三人もそれが分かっているので何も言わない。


「おお! 美味い!」


 バゲットサンドをひと口齧ったリオンが思わずそう言葉にした。

 表面がカリッ、中がしっとりとなったバゲットはバターの芳醇な香りと小麦の甘味を感じる。野菜は新鮮、タレ漬けの薄切り肉はタレの味が絶妙。醤油に香辛料やすりおろした果物を混ぜたような、辛味と甘味、酸味がバランスよく合わさったタレだ。そこに絡むチーズが旨味と風味を更に足している。

 ひと言で言って「至福」。具材とバゲットが完全な調和を見せている。立ったまま食べているブラウが虚空を見つめているのは、味を分析しているのだろう。


「キリシュ、めちゃくちゃ美味しいよ、これ!」

「フフフ! よかったぁ」

「マスター、材料さえ揃えば再現可能です」

「それは凄い。時間があったら市場を覗いてみようね」

「はい!」


 ブラウの能力は素晴らしいが、料理人が苦労して生み出したレシピを食べただけで再現するというのは、何だか申し訳ないような気分にもなる。

 が、リオンだって美味しい料理を食べたい。ブラウの能力を使って店を出すとかしなければOKだろうと思っている。


 食事を終えたリオンたちは宿を取ることにした。近くにいた地元の人に宿が多い通りを聞いてそこへ向かう。冒険者ギルドにも行きたいが、それは明日でも良い。今必要なのはちゃんと眠れるベッドである。

 教えてもらった通りで、エルテガが三軒ほど宿に入って確認し、三軒目に決めた。二人部屋を二つ。リオンとブラウ、エルテガとキリシュがそれぞれ使う。宿代は素泊まりで一泊一人五百五十フロレンだった。男女別の共同浴場があったのでリオンが早速向かおうとすると、ブラウも付いて来ようとする。


「ブラウは女湯だからね。……そんなびっくりする?」


 ブラウが物凄く衝撃を受けた顔をしたので、リオンは苦笑いしながらそんな風に言った。野営で風呂を作って入ったが、一度たりとも一緒に入ったことなどないと言うのに。

 彼女はアンドロイドだから風呂に入る必要はないと思うのだが、リオンたちが野営中に入るのを見て真似していた。ちなみに最初はキリシュが一緒に入って色々と教えてくれたようだ。


 男湯には既にエルテガが入っていた。キリシュも入浴中だと言う。リオンも、久しぶりに自作ではない広い風呂で汗を流した。

 風呂から上がったリオンは、夕食までひと眠りすることにした。ベッドに体を横たえると、すぐに眠りに落ちた。









*****









「まったく、何でこんな簡単な仕事もできねぇんだ?」

「この役立たずがっ!」

「ひぐっ! がっ!」


 露店の並ぶ通りからずっと奥まった路地裏。その暗がりで、男が二人組から暴行を受けていた。


 地面に這いつくばっているのは赤猫族の男。耳が良いのだけが取り柄のFランク冒険者である。二人組はオリアルトの衛兵だ。

 先程ブラウに腕をもぎ取られそうになっていたのが赤猫族の冒険者で、衛兵たちはリオンが彼を引き渡した二人であった。


 冒険者は、今朝ギルドで職員が話しているのを偶然耳にした。普通なら聞き取れないような小声の会話だが、男は聞き取ることが出来たのだった。


『ねぇ、凄い金額が入金されてるわよ』

『あー、ラルグリアの第二王子からでしょ? 王子が功績を挙げるのに貢献した冒険者だって噂になってるわ』

『へぇー、さすがAランク。独身かしら』

『子供が二人いるらしいけど……でも一人はどうも人族っぽいのよねぇ』

『じゃあ奥さんは人族なの?』

『そんなこと知らないわよ! とにかく、黒犬族の女の子と人族の男の子を連れてるらしいわ』

『はぁ……一億フロリンも持ってるなら二番目の妻でもいいわよぉ』

『あんたねぇ……お金持ってたら誰でもいいの?』

『お金があればだいたい我慢できるわ!』


 男は驚きを顔に出さないよう懸命に堪えた。そして今の情報が利用出来ないか思案した末、衛兵をやっている幼馴染に話を持ち掛けたのであった。

 計画では、冒険者が連れている子供のどちらかを誘拐し、身代金を要求する予定だった。誘拐の実行役を赤猫族の冒険者が、衛兵は善人を装ってAランク冒険者に近付き、子供を無事に取り返すために要求を飲むよう唆すつもりだった。


 ギルドで聞いた特徴に合致する冒険者を見かけ、その後を追って機会を窺った。そして後ろから少年を攫おうとして、青髪の女に腕を掴まれたのである。


 非常に杜撰な計画であった。特に、相手の強さを考慮していない点が頭の悪さを露呈している。


 ただ、この三人はこれまでも悪事を働いて小金を稼いできた実績があった。衛兵の二人は金遣いが荒く借金を抱えている。冒険者は実力がないため依頼をこなすより衛兵の悪事に加担した方が稼げた。たちが悪いことに、衛兵たちは悪事を揉み消すことに精通していた。このオリアルトの街でなら、自分たちの悪事は明るみに出ないという妙な自信があった。


「あの青髪のアマも奴らの仲間か……」

「助っ人呼ぶか?」

「ああ、分け前が減っちまうが、仕方ねぇな……おい! いつまで寝てんだよ? ルイードの酒場に行ってメギドス呼んで来い!」

「くっ……分かったよ」


 冒険者は口の端の血を拭い、トボトボと歩き出した。この件が片付いて金が手に入ったら、もうこの街から出よう、と思いながら。

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