101 ブラウの能力
リオンはイータにやり方を聞いて第七生産施設を待機モードにした。
と言うのも、大気中の魔素を魔力に変換する「ジェネレータ」は一度稼働を停止すると再稼働に膨大な魔力と数か月という時間が必要らしいのだ。だからジェネレータは出力を最小にしてそのまま稼働しておく方が良い、とイータに言われた。それが待機モードなのだと教えられた。
ジェネレータが生み出した魔力はある程度貯蔵出来るし、貯蔵出来ない分は魔素になって大気に拡散していくそうだ。
お掃除ゴーレムたちもたまには動かした方が良いそうなので、一週間に一度、掃除をしてもらう設定にした。それ以外は最低限の光源、施設内の換気、ドアの開け閉めだけに魔力が使われる。
ちなみに、リオンたちが最初に見た壁際に並んだゴーレム、あれは「警備ゴーレム」だと教えられた。別にこの施設を警備しているわけではなく、ここで製造して各地に送られていたらしい。
最初の格納庫のような場所にポータルがあり、そこからカルダック・ポータル・ハブに転移させ、各地に供給されていたようだ。もちろんそのポータルは現在稼働していない。
『そこが元々ポータルだった場所です、マスター・リオン』
「へぇ、全然分からないね」
それはちょうどリオンたちがイータと出会った辺りだった。ポータルは壁や床に囲まれた場所で、魔法陣がこれでもかと刻んでいる所だと思っていたのだが、そうではないポータルもあるらしい。
『短距離の転移なので複雑な術式は要らないようです』
「へぇ……え、ちょっと待って! イータは転移のこと分かるの?」
『いいえ。仕組み自体は存じません』
「そっかぁ、そうだよねぇ」
来た時よりかなり暗くなった広大な空間を通り、階段を上る。イータを抱え上げようとしたら『自分で上れます』と言うので見ていると、腰の下についているローラーが交互に伸びて器用に階段を上っていった。
「マスター。私、階段を上るのは苦手です」
「あー、アンドロイドって言っても生まれたてだもんね」
「お姫様抱っこを所望します」
「え? いや、無理でしょ。見た目よりずっと重いでしょ?」
「マスター。レディーに体重のことを言うのはマナー違反です」
「<エア・ムーブ>!」
「マスター、これじゃありません」
「ああもう!」
リオンはブラウを浮遊させ、階段をふよふよと上らせるが文句を言われてしまった。このアンドロイド、面倒臭い。リオンはそう思いながら、全員に<エア・ムーブ>を掛けて浮き上がった。もちろん健気に階段を上っていたイータも一緒だ。一応ブラウの背と膝の裏に腕を回し、お姫様抱っこの体を装えば、彼女はちょっと満足そうな顔をした。地表近くの踊り場へ全員で着地し、イータが壁のスイッチを操作して扉を開く。
「あたいの出番が……」
「まぁまぁ。この施設のことはイータが一番知ってるから」
肩を落とすキリシュをリオンが慰める。
地表に出ると、サボテ〇ダー型の岩がまた頭を下にして地面に突き刺さっていた。
「どうなってんのこれ」
リオンは思考を放棄した。考えたら負けのような気がする。
「リオン。こっからやれば、西の沿岸沿いを北上すっとがよかど」
「なるほど」
エルテガの言葉を受け、リオンは背嚢から一冊目のリンゲルの手記を取り出す。そこに簡易的とはいえエバンシア島の地図が書かれているからだ。
「カルダック遺跡は山岳地帯のほぼ中央で、今は少し北西にいるんですよね?」
「じゃっど。このまま北西に進んで、海せ突き当たったら北へ向かえば迷うこっはなか」
「途中で街にも寄りたいですね」
「沿岸部には街がずんばいあっど。適当に休み休みいっが」
エバンシア島は内陸部より沿岸部に街が偏っているのだ。
「じゃあその方針で行きましょう。キリシュもそれでいい?」
「もちろん!」
「えーと、その前に……ブラウ、君のエネルギー源は?」
「魔力です。超小型ジェネレータを搭載しています」
「じゃあ食事とかは摂らないんだ」
「いえ、食事からもエネルギーを補充できます。味覚は鋭いと自負します」
グルメなアンドロイドかぁ、そうかぁ……。リオンは遠い目になった。
「えっと、イータは?」
『私は魔力を供給していただく必要があります。マスター・リオンの直接供給が望ましいです』
「あ、私も! 私もマスターから直接魔力を注ぎ込まれたいです!」
「おい、超小型ジェネレータはどこ行った」
「あ、ちょっと、調子が悪い、みたい……?」
ブラウと話していると、彼女がアンドロイドであることを忘れそうになる。何とも人間臭い。
「ブラウ、一応確認したいんだけど」
「何でしょうか、マスター」
「ブラウは何が出来るのかな?」
「そうですね。まず飛べます」
ブラウはそう言って、リオンにくるりと背を向ける。背中のメイド服が溶けるように消えて素肌が露出し、間髪入れず背中の中心が開いて何か出てきた。アンドロイドと言うよりも変形ロボだ。
それは大きく横に展開し、飛行機のような翼に変化した。翼の真ん中辺りに二機のジェットエンジンのようなものが付いている。
ゴォォオオオ! と空気を盛大に吸い込む音がし始め、エンジンの下から勢いよく排出され、ブラウの体が浮いた。
と思ったら、弾丸のような速度で上空へ消えていく。何となく、空から『ヒャッハー!』とはしゃぐ声が聞こえた気がした。
一分ほど飛び回ると満足したようで、ブラウはゆっくりと降下して着地した。
「いかがですか? マスター一人くらいなら抱えて飛ぶことも可能です」
「……めちゃくちゃ速そうだったけど?」
「最高速度はマッハ2です」
「凄いね……人を抱えて飛ぶ時は時速二百キロ以下に抑えてね? じゃないと死んじゃうから」
「っ!?」
最高速度は凄いと思うが、リオンには<エア・ムーブ>があり、これまで六人同時に飛んだ実績がある。移動手段としてはこれで十分に思える。
「<エア・ムーブ>で移動する時、ブラウには自分で飛んでもらおう」
「あ、あいたたた……左の翼に痛みが」
アンドロイドに痛覚があるのだろうか? リオンはジト目でブラウを見る。左の翼と言いながら、彼女は左手で右肩を押さえていた。嘘が下手である。自分で飛ぶよりリオンに運んで欲しいらしい。
「……まぁ一緒に<エア・ムーブ>で飛ぶのは別に構わないよ。他には何が出来るの?」
「それでしたら、私はマスターを守る盾になりましょう」
「物理的に盾に変形できるとか?」
「いえ、この身を盾に――」
「却下で」
<コンプレックス・シールド>をはじめ、防御手段ならいくつかある。
「他には?」
「こ、こう見えて、一キロメートル先まで攻撃できます!」
ブラウはそう言って、またリオンに背を向けた。左手が手首の部分から折れて、腕の内部から銃身のようなものが出現する。まるでサイコなガンのようだ。「シュバッ」という音ともに閃光が奔り、かなり遠くで小さな爆発音がした。
「勝手に撃っちゃ駄目! 誰かいたらどうすんの!?」
「問題ありません。何もいないことは確認済みです」
「そっちの能力の方が凄いよ!?」
リオンの<ストーンガトリング>や<ストーンライフル>は射程距離一・八キロメートル、<アクセルバレット>に至っては最大二百キロである。長距離攻撃には今のところ困っていない。だが、一キロメートル先まで索敵出来るというのはとんでもない能力だ。
「一キロメートル先までの熱反応と魔力反応を感知できます」
ブラウがドヤ顔で宣言した。
「そう! そういうのが欲しかった! 凄いよ、ブラウ! 他にもまだある?」
「あとは……お料理やお掃除、お洗濯、亜空間収納、施設感知くらいで、特筆すべきものは何も……」
「今、さらっと聞き捨てならないこと言ったよね!? 亜空間収納って何!?」
「固有の亜空間を作り出し、そこに物品を収納する機能です。『ATA-FT5』は標準装備ですが、容量も千立方メートルとそれほど多くありません」
ブラウがしょんぼりと肩を落としてそう説明する。
「いやいやいや、それって凄いことだよ!? ねぇエルテガさん!」
「おう? いや、『アクウカン』っちなん?」
「えーと、疑似的な空間を作り出して、そこに物をしまっておけるんです。重量関係なし、時間経過なし、いつでも好きな時に好きなだけ物を出し入れ出来るんですよ! それも、小さな家一軒分くらい! ね、ブラウ?」
「そ、それで概ね合っています」
「そんたわぜな!」
興奮したリオンがキリシュの方を見ると、彼女は何やら難しい顔をしていた。
「ど、どうしたの、キリシュ?」
「そん『アクウカン』があれば、ワイバーンのお肉を腐らせずにいっぱい持ち運べる……?」
キリシュは早速「亜空間収納」の活用方法を考えていたようだ。
「そう! そうだよね、ブラウ?」
「はいそうです、マスター」
その言葉を聞いたキリシュは決意のこもった目でリオンを見つめた。
「リオン」
「は、はい」
「ワイバーン、いっぱい狩ろう?」
「う、うん。そうだね」
キリシュはワイバーン肉の虜になったようだ。リオンも似たようなものなので、ワイバーンをたくさん狩るのは賛成である。
ブラウには亜空間収納を実演してもらい、取り敢えずヘル・マンティスの巨大な鎌二本を収納してもらうことにした。エルテガの背嚢に括りつけていたのだが、非常に邪魔そうだったのだ。ブラウは嬉々としてそれらを亜空間に入れてくれた。運用に問題ないことがはっきりしたら、荷物の殆どを収納してもらうつもりだ。
「まだまだ入りますよ? 他に収納するものはありませんか?」
彼女は自分が役に立てそうだと分かり、自己肯定感が持ち直したようでリオンはひと安心した。
それから「施設感知」なるものについて尋ねた。ブラウによれば、マギアム大国が造った施設のうち、ジェネレータが稼働、または稼働可能な状態の施設が半径五十キロメートル以内にあれば感知出来ると言う。
「何それ凄い!」
「フフン! マスター、もっと褒めていいのですよ?」
「ウラーノス」の在り処を探す上で有用そうな能力だ。もういっそのこと、ブラウは探索や感知の担当にして良いのではないか、とリオンは思った。
ちなみに、今キリシュが膝に乗せて抱えているイータには特殊な能力はなかった。ただしマギアム大国の施設なら、初見でもある程度のことが分かるらしい。これも有用である。性別があるのか聞いてみると、一応男性寄りに造られているそうだ。
イータは見た目が愛らしいので癒し枠である。そう言うと彼を傷付けそうなので言わないが、別に役に立たなくても気にしない、とリオンは考えている。
新しい仲間の能力を一通り確認したところで、リオンたちは<エア・ムーブ>で北西に向かった。高度は約二百メートル、時速約八十キロメートルである。ブラウが増えたことで三人の時より少し速度が落ちた。イータは軽いので誤差の範囲だ。
ブラウの見た目は二十歳前の女性で、キリシュより少し背が高い。リオンの感覚だと、体重はキリシュの五倍くらいだ。つまりキリシュ五人分を余計に飛ばしているわけで、速度が落ちるのも仕方のないことであろう。
時速八十キロの速度で進む場合、ブラウが一キロ先まで索敵すると会敵するまで最大四十五秒ほどの余裕がある。まぁ、大型の鳥の魔物などはその前に目視出来るし、高度二百メートルだと地上や樹上からの攻撃は無視出来る。だから、彼女の索敵が必要かと言われればそうでもないのだが、本人は大変やる気であった。
「八百メートル先、十時方向、鳥型六体です、マスター」
「あ、はい」
「五百メートル先、三時方向、樹上に豹型一体です、マスター」
「あ、はい」
ブラウは索敵に引っ掛かったものを逐一リオンに報告してくれる。リオンはこちらに接近しそうなものだけを先んじて<ストーンライフル>で倒すということを繰り返していた。
「マスター、およそ百キロ先、巨大な飛行物体が一体です」
「あ、はい……え、百キロ? 巨大?」
「リオン、あっち!」
キリシュが斜めに腕を伸ばしてそれを教えてくれた。
「何だあれ」
かなり上空に島が浮いている……ように見える。
「プロトゥニィシか……珍しかなぁ」
「ぷろとにし?」
「リオン、プロトゥニィシじゃっど! あいを見た日は運がよかたっち!」
「パワースポット的な? 何たるファンタジー」
ギザギザした岩山を引っ繰り返したような形状で、上部は緑色に見える。緑の部分は恐らく木々が生い茂っているのだろう。
「ブラウ、あれって高度どれくらいか分かる?」
「正確には不明ですが、約十キロメートルほどかと」
高度十キロメートルだと気温はマイナス五十℃以下になる筈。普通に考えて木が生えているのはおかしい。<テレスコープ>で出来るだけ拡大してみると、やはり森のようだ。
行って確かめてみたい、とリオンの冒険心が非常に擽られた。しかし、今の服装では自殺行為だ。あれだけの高度になると気圧も0・25気圧と人間が耐えられるギリギリのラインである。低温と低気圧に耐えられる装備か魔法がないと無理だろう。
リオンはちらりとブラウを見る。
「撃墜しますか、マスター?」
「やめて! 仮に出来るとしてもみんなのパワースポットを壊すのはやめて!」
「かしこまりました」
ブラウの攻撃力ではプロトゥニィシを撃墜するのは不可能だ。と言うか、あんなものを撃墜できる者がいるとは思えない。
……いや。ベルケエルやフェリエクスなら可能かもしれないな、とリオンは考える。
「エルテガさん、あのプロ、プロト、プロトゥ……ニィシ、でしたっけ? あれは滅多に見れないものなんですか?」
「う~ん、世界中の空を飛び回っちょっち話じゃっどん、年に二~三回は見かける気がすっどな」
「へぇ……」
今まで全く気付かなかったが、ユードレシア王国の上空も飛んでいたのだろうか? たまたま気付かなかったのか、王国上空はあれの軌道から外れているのか。
いずれにせよ、機会があったらあそこに行ってみたいものだ、とリオンは思った。




