100 アンドロイドとゴーレム
リオンはそこまで読んで、いったん手記から目を離した。
一つ疑問に思ったのは、マギアム大国が滅んだのが五千年前ということ。五千年前と言えば日本は縄文時代で、狩猟採集生活を行っていた時代である。
世界に目を向けても、メソポタミアやエジプトで都市が形成され始めた頃だ。アンドロイドなど人々の想像にものぼらない時代であろう。
(地球とこの世界は時間軸が違うのか)
そう考えなければ辻褄が合わない。現代の日本から五千年前のこの世界に転生した、と。四百年間という期間も、地球では数年間なのだろう。現代を基準に四百年前だと、日本は江戸時代なのだから。
いや実際のところ、リオンにも今の地球がどうなっているのか分からない。リオンは二十一世紀の日本の知識があり、前世を生きていたのはその頃だろうと考えているが、今の地球は二十五世紀とか三十世紀であってもおかしくないのだ。
時間軸について考え始めると眩暈を覚えそうになるので、リオンは考えるのを止め、再び手記に目を落とす。
『その結果、私が所属していた研究チームが生み出した……生み出してしまったのが「ウラーノス」だ。
「ウラーノス」とは、簡単に説明すると次元を超えることの出来る兵器である。
元々「ウラーノス」は兵器ではなく乗り物として開発されていた。我々三次元で生きる者が、それより高次元に存在する者とコンタクトを取るためのものだった。
この、四次元を超えた五次元に至る理論は私の専門外である。残念ながら説明することは出来ない。
私たちのチームは、物理学者や他の専門家たちの作った設計図通りにそれを作るのが仕事だった。
八年の歳月をかけて完成した「ウラーノス」は、マギアム大国の首脳陣の愚策によって爆弾を搭載することになった。
ただの爆弾ではない。惑星を丸ごと消滅させる程の威力を持った爆弾だ。
そして「ウラーノス」の試験航行が行われたその日。マギアム大国は「天使の軍勢」に襲撃された。
それが本当に天使だったのか、私には分からない。だが、純白の翼を持った百万に及ぶ軍勢が天から舞い降りてきたのを私は見た。それは天罰としか言いようのない光景だった。
マギアム人としての記憶はここで途絶える。ここからは銀狐族の私が集めた資料と推測による話になる。
マギアム大国は、首都や大きな街、主要な施設を僅か七日間で壊滅させられた。残ったのは地下に造られた堅牢な施設や、軍事的に重要ではない拠点のみである。
マギアム人も、その七日間で九十九パーセントが死亡したと見られる。僅かな生き残りはグレンドラン大陸の北へ逃げ延びたらしい。
マギアム大国が併呑した国々にとってはとばっちりもいい所だっただろう。結果的にこの星の六割を支配していた大国が消え、そこに生きていた人間も消えたわけで、この星は急激に人口を減らしたことになる。
ここからは完全に私の推測だ。
恐らく、アル・ソマル神以外の神々が介入したのだと思う。グレンドラン大陸の南側に新たな人類を入植させた。この星の別の場所からか、それともこの星以外かは分からない。
そして、大陸中央部に大森林を形成し、北に逃げ延びたマギアム人の生き残りを隔離した。また北部にも環境に適応できる種族を入植させた。
大森林にはいくつかの種族を住まわせ、森の南北で交流が生まれないよう措置を講じた。それが現在まで続いている、私はそんな風に考えている。
さて、話を「ウラーノス」に戻そう。
試験航行に出た「ウラーノス」は消息不明で、その後どうなったのか観測することも出来なかった。
問題は、「ウラーノス」が二機造られたことである。そして、もう一機の「ウラーノス」にも、惑星破壊級の爆弾が搭載されている。
これも推測になってしまうが、「天使の軍勢」が差し向けられたのは、マギアム人が神の領域を侵したからだと思う。我々は高位次元に手出しすべきではなかったのだ。
マギアム大国が滅亡してから五千年が経過している。この年月で「ウラーノス」が稼働不能になっていることを望むが、ここ第七生産施設の状態を見ると楽観するのは危険だ。
誰かが誤って「ウラーノス」を稼働させる前に、完全に破壊するべきだと考える。
しかし、残された「ウラーノス」がどこにあるかが分からない。首脳陣がポータルを使ってどこかへ移送させてしまったからだ。
あの「天使の軍勢」による襲撃で、もう一機の「ウラーノス」も破壊されていることを切に願っているが……そうではない可能性が高い。
そもそも試験航行の前にもう一機を移動させる必要などなかった筈なのだ。それなのに、まるで襲撃のことを知っていたかのように、首脳陣は「ウラーノス」を移動させた。それは切り札をどこかへ隠す為だったのだと思える。
カルダック・ポータル・ハブから転移出来るどこか。そこに「ウラーノス」が隠されているか、またはその在り処の手掛かりがある筈だ。
私が調べられたのはここまでだった。種族特性で魔力を体外に放出するのが困難な私に、ポータルを起動することは出来なかった。
これを読んだ君が善なる者であることを祈る。そして可能ならば「ウラーノス」を破壊して欲しい。
同胞の君に幸多からんことを』
「天使の軍勢」という言葉で、リオンが思い浮かべたのはベルケエルとフェリエクスだ。
ベルケエルは自分のことを「天使」と言った。フェリエクスはベルケエルのような存在を「神使」と呼んだ。そして自らのことを「堕天使」と説明した。
フェリエクスは「ある神」に歯向かった結果、天界を追われたと口にした。これは完全にリオンの想像に過ぎないが、フェリエクスはマギアム大国を襲撃することに反対したのではないだろうか? ひょっとしたら、人類側に立って守ろうとさえしてくれたのかもしれない。
もしそうだとしたら、彼女が「デーモン属」などと呼ばれるのはあまりにも不憫だ。守ろうとした人類から忌み嫌われ恐れられるのは理不尽が過ぎる。
だが、これはリオンの憶測によるもの。真相は全く異なるのかもしれない。
天使と実際に遭遇したことのあるリオンにとって、リンゲルの手記は単なる妄想の産物と切り捨てるには危険な代物だった。
リオンはエルテガとキリシュに手記の内容をかいつまんで説明した。
「どこにあるか分からない、あるかどうかも分からない。ただし、もし存在して、誰かがそれを稼働させたら、取り返しのつかないことが起こるかもしれない。そういう話ですね」
自分で説明しておいて、何とも掴みどころのない話だな、とリオンは思った。
神の怒りを買い、百万に及ぶ天使の軍勢が攻め込んでくる確率は限りなくゼロに近いだろう。ただ、完全にゼロではないのが悩ましいところである。
「リオン個人がどうこうでくっ話じゃなかどなぁ」
「リオンは信用でくっ偉い人の知り合いはおっと?」
エルテガの言う通りだとリオンも思う。そしてキリシュの言葉には思い切り心当たりがある。
「そうだなぁ。帰ったら陛下に相談してみようかな」
「「陛下!?」」
二人が素っ頓狂な声を上げた。
「そう言えば、僕が国王陛下と面識があること、言ってなかったっけ?」
「「聞いちょらん!!」」
さすがは父娘、息がぴったりだ。
「ちょ、ちょっと待って! リオンってそげん偉か人じゃっと!?」
「偉くない、偉くない! 色々あって良くしていただいているって言うか、上手く利用されてるって言うか」
「こ、国王に良くしてもらって……」
キリシュの目がグルグルし始めた。リオンは慌ててキリシュの体を支え、椅子に座らせる。
「すごか魔法使いじゃとおもちょったどん……そうか、国王と……」
エルテガは全て合点がいったと言わんばかりに頷いている。色々と誤解がありそうだ。
「凄くないですよ!? 単に巡り合わせと言うか、タイミングの問題で……たぶん、陛下は僕のことを問題児だと持て余してると思います!」
銀翼勲章を授かったのはリオンが確かな功績を挙げたからなので、巡り合わせやタイミングの問題ではない。ただ、ベルトラム王がリオンのことを問題児と思っているのは当たらずとも遠からずである。
とにかく、このリンゲルの手記に書いてある内容はベルトラム王に伝えなければならない。その過程でリオンが転生者であることも明かさなければならないだろう。何せ手記は日本語で書かれているのだから。
何となく気が重くなったリオンを、ちょんちょんと何かが突いた。
「ん? イータ、どうしたの?」
『マスター・リオン、こちらに手を』
イータの三本指がリオンの手を握り、操作盤に導く。そこにはまるで掌紋を読み取るような装置があった。一瞬それが光る。
『マスター・リオンの登録が完了しました。第七生産施設の管理権限はマスター・リオンが有します』
僕の意向は? 勝手にマスターにされたリオンは困惑する。ここの管理権限があっても、リオンはすぐにここから離れなければならない。
「イータ、僕はずっとここには――」
『前任者からの指示を遂行します。アンドロイドの製造を開始』
「ちょ、ちょっと待っ――」
仮にもマスターになったのに、このゴーレム、全然人の話を聞いてくれない。
操作盤の横にあった透明の筒で動きがあった。その中に浮いていた――実際には太いケーブルが数本繋がっている等身大のデッサン人形がゆっくりと動く。体に幾何学模様の光が浮き上がり、目の辺りに二つの青い光が灯る。
今更ながら、この筒の前に木の板が置いてあることに気付いた。
『このATA-FT5は必ずや同胞の君の役に立つだろう』
またもや日本語。リンゲルの書き置きか。
筒の中で、ピンク色の液体が激しく渦を巻き始めた。デッサン人形――恐らくアンドロイドの素体が肉を纏っていく。
液体のピンクがどんどん薄れ完全な透明になると、そこには一糸纏わぬ女性の姿があった。
調子を取り戻したキリシュが、背後からリオンの両目を手で覆った。
筒の中の液体が排出され繋がっていたケーブルが外れると、筒が下方に収納されて素っ裸の女性だけが残された……が、リオンには見えていない。
「おやっどん、そん人にないか掛けて!」
娘の声にエルテガが素早く反応し、背嚢から野営で使う上掛けを出してアンドロイドに巻き付けた。キリシュがリオンの顔から手を離す。
「はじめまして、マスター・リオン。私は自律思考型アンドロイド女性タイプ五型、通称『ATA-FT5』です。個体名を付けてください」
「個体名……え、僕が付けるの? えぇ、マジかぁ……」
リオンは目の前のそれをまじまじと見つめる。真っ白な肌、秋の空のような長い空色の髪、氷のような冷たく青い目。どことなく、先程思い出したフェリエクスを幼くしたような雰囲気。
「……ブラウ、でどうかな」
オランダ語で「青」を意味する言葉である。
「個体名『ブラウ』、認識しました。これから末永くよろしくお願いします、マスター」
下から突風が吹いたかのように、巻かれていた上掛けが宙を舞う。ブラウの体が発光し、瞬時に服を纏った。
「いや、服着れるなら最初から着ておいてよ!」
「サービスです」
「え?」
「サービスです、マスター。それとも裸の方がよろしいですか?」
「いや、今のままで!」
「かしこまりました」
それはコスプレのようなメイド服だった。やけに短いスカート丈、ニーハイソックスに革靴。半袖シャツの胸元にはフリルが盛られている。頭にはホワイトブリム、ついでにいつの間にか髪はツインテールに結ばれていた。
「変わった服だね?」
「本当にね!」
キリシュの感想に、リオンは頭を抱えたくなった。これ絶対、元日本人が自分の趣味でデザインしただろう!?
『マスター・リオン、前任者の指示はこれで全てです。何か新しい指示がありますか?』
イータがリオンを見上げて尋ねる。まるで主に忠実な飼い犬のようだ。
「う~ん……さっきも言いかけたんだけど、僕はずっとここには居られないんだ。そんな僕がマスターになるのは不都合があるんじゃない?」
『特に不都合はありません。現在稼働しているのはお掃除ゴーレムと私だけなので、動力は十分足りています』
「動力……?」
『大気中の魔素を取り込み魔力に変換するジェネレータは正常に稼働中。施設の光源にも使用されています』
「ジェネレータ……大気中の魔素……そんなのがあるんだ」
『魔力が供給される限り、我々はこの施設を綺麗に保ちます』
五千年もの間、この施設内にいるイータ。ずっと稼働していたわけではないが、前任のリンゲルが命を落とし、誰も訪れない施設を綺麗にし続けてきたイータとお掃除ゴーレムたち。
リオンが立ち去っても、イータたちはこの施設を掃除し続ける。リオンがここを二度と訪れないとしても。
そう考えると、リオンは少しやりきれない気持ちになってきた。
そのために造られたというのは理解している。だが、イータとは会話が成り立つのだ。ゴーレムには心などない……本当にそうだろうか? 人間の心とは違う形かもしれないが、会話出来る相手には心があるのではないだろうか。
「……ねぇ、イータ」
『何でしょう、マスター・リオン?』
「イータは、外の世界を見てみたいと思う?」
小さなゴーレムの前に屈み、リオンはそんなことを尋ねる。
「私は外の世界を見たいです。むしろ外の世界しか見たくありません!!」
「いや、ブラウには聞いてないけど……ん? ブラウは僕たちに付いてくるの?」
「個体名まで付けておいて、何故私が付いて行かないと思ったのですか?」
「あ、うん……そうなんだね。そっかぁ……」
「マスター? 迷惑そうな雰囲気を感じますが気のせいですよね?」
このアンドロイド、付いてくる気満々だ。ほぼ強制的に作らされ、勢いで名付けさせられたわけだが、リンゲルが「役に立つ」と言うのだから連れて行った方が良いのだろう、たぶん……。エルテガとキリシュに助けを求める視線を送るが、彼らはスッと視線を逸らした。関わると面倒だ、ということを本能的に察しているらしい。
「じゃあブラウは付いてくるとして」
「マスター、私の扱いが雑な気がします」
「う、うん、その話はまた後で。イータ、君が望むなら僕たちと一緒にここから出てもいいんだよ?」
ブラウがぐいぐい来る間、イータは黙って話の成り行きを見守っていた。アンドロイドよりメンテナンス・ゴーレムの方が賢いかもしれない。
『……私にはこの施設を維持する役目が――』
「役目のことはこの際置いておこう。君がどうしたいか教えてくれないか?」
『役目を放棄……そんなことが許されるのでしょうか?』
「許す。だって僕がマスターなんだから」
イータは鳩が豆鉄砲を食ったような――表情は変わらないのだが、そんな雰囲気を醸し出した。
『……マスター・リオンがお許しになるのなら、私は……外の世界というものを、見てみたいです』
ゴーレムには心がない? いや、そんなことはない。少なくともイータにはある。だって自分の望みを言えるのだから。
「よし、決まりだ。イータ、僕たちと一緒に行こう」
『はい』
「よろしく、イータ」
返事と共にイータの体がビヨンと伸び、リオンが差し出した手を三本指で握り返した。
『よろしくお願いします、マスターリオン』
「私ももちろん行きますよ、マスター」
「あ、うん、そうだね……ブラウもよろしくね」
こうしてリオンたち一行に、アンドロイドとゴーレムが加わることになった。




