10 魔法革命
デルード領魔法士団を指導することになった初日である。
早朝の走り込みを終え、付き添いの騎士たちに見送られ、リオンは三日連続で魔法士団の訓練所を訪れた。
「ケイラン兄さま! おはようございます」
「おはよう、リオン」
朝日に照らされ、白と見紛うような輝きを放つ砂色の髪。全てを包み込むような慈愛に満ちた深い青色の瞳。温かみのある笑みを口元に浮かべた、引き締まった長身の男性。
誰あろう、兄である。同じ両親から生まれ、髪と瞳の色は同じなのに、そのあまりの色気美男子ぶりに、リオンは軽く眩暈を感じた。
「どうかしたかい?」
「い、いえ」
兄をじっと見ながら遺伝子の不思議について考察していたところ、現実に引き戻される。
ケイランの向こうには、ざっと二十名の魔法士団員が整列していた。ライカ副団長も当然の顔をしてそこに混ざっているし、リオンに<ストーンランス>を見せ続けてくれたカイネンもいた。魔法士団には約百五十名の団員が在籍しているが、いきなりそんな大人数の指導はできない。そこで定期討伐に参加する団員に絞って指導することになった。
「じゃあリオン、頼んだよ」
「は、はい」
ケイランにそっと肩を押されたリオンが団員たちの前に立つ。ライカ副団長から話を聞いたのだろう、皆一様に期待のこもった眼差しを向けている。ここには十一歳の子供から教わることなどないと考える普通の大人はいないようである。
「えーと、みなさんには、まず魔法の常識をいったん忘れていただこうと思います」
そう告げて、リオンは昨日穴を開けた的の方を向いた。距離は約五十メートル。魔法の有効射程は三十メートルなので、この距離から<ストーンガトリング>を放っても大したダメージはない筈。リオンはただ「無詠唱」でも魔法を行使できることを示したかった。
「<ストーンガトリング>」
魔法名を述べる必要もないのだが、一応小声で呟いた。今から魔法を撃ちますよという合図である。
直後、ガガガガガと削岩機のような音がして、的である大岩の上半分が吹き飛んだ。
「「「「「…………」」」」」
それを見た全員が絶句する。その中にはリオンも含まれた。
<ストーンガトリング>の元になったイメージはGAU-19。その有効射程は一・八キロメートル。もちろん、リオンは有効射程も覚えていた。覚えていたが、この世界の魔法は三十メートルを超えたら急激に減衰すると教わったし、これまで見た他者の魔法も実際にそうであった。
(イメージ次第で有効射程も伸びるのか!?)
「「「「「う、うぉぉおおおおおーーー!!」」」」」
野太い歓声に意識を引き戻される。兄の顔を覗うと「しょうがないやつだ」とでも言いたそうな顔で苦笑いしていた。
「えーと……このようにですね、詠唱は必要ないし、有効射程だって伸びます」
団員たちは興奮を隠しきれない様子でお互い何かを言い合っている。ライカ副団長が「静粛に!」と声を上げると、話声がピタリとおさまった。
「まずみなさんに習得していただきたいのは“障壁魔法”です!」
防御馬鹿として名高いリオンだから、このように言われるのは予測していたのだろう。だが明らかに団員たちのテンションが下がった。しかしリオンだってそのくらい予想済み。
「みなさんが知っている障壁とは全く異なります。今から実際に見てもらいますね。ケイラン兄さま、<アイシクル・ジャベリン>を僕に撃ってください」
「本当に? 大丈夫なのかい?」
「はい。シャロンのお墨付きです」
ケイランの放つ<アイシクル・ジャベリン>がどれだけ強力か、団員のほとんどが実際に自分の目で見て知っている。大抵の魔物は一撃で消し飛ぶ威力だ。
これまでの常識では、魔法は誰が放ってもほとんど同じである。ただ、<アイシクル・ランス>の上位魔法である<アイシクル・ジャベリン>を放てるのが、この場にはケイランとライカ副団長しかいないのだ。
兄としては、強力な魔法を末の弟に向かって撃つのは物凄く抵抗がある。万が一障壁が耐えられなければ命に関わるから。しかしだからこそ、これをライカ副団長に任せるわけにもいかなかった。
弟と、その侍女シャロンを信頼しているのも事実。そして今ここで、障壁魔法の重要性を理解させるには最も有効な手段であることも事実である。
「<コンプレックス・シールド>!」
リオンの前に薄ピンクの障壁が展開される。ケイランは障壁の真ん中ではなく、敢えて左端を狙った。そこならもし貫通してもリオンが死ぬようなことにはならないであろうから。
「我が魔力を糧に先鋭なる氷柱を成し、疾く奔りて的を貫け、<アイシクル・ジャベリン>!」
ランスもジャベリンも槍だけどなぁ、などとどうでも良いことをリオンは思った。厳密にはランスは騎兵が持つ槍で、ジャベリンは投げ槍ではあるが。
空中に、先の尖った大きな氷柱が出現する。リオンの背丈くらいあるのではないか。それを見て、少し腰が引けるリオン。
そして、それが音も無く射出される。
ズガン!
氷柱の先端は表層十枚の<マルチプル・シールド>を粉砕するが、中間層のTSAMもどきがそれを受け止めた。その裏側にある十枚の<マルチプル・シールド>が衝撃の伝播を許さない。
「「「「「おおっ!!!」」」」」
それを見ていた団員たちから、思わずと言った体で声が上がる。自分たちがその威力をよく知るケイランの<アイシクル・ジャベリン>、それを目の前で受け止めて見せたのだ。感嘆の声も自然と出るというものであろう。
ケイランが放った<アイシクル・ジャベリン>は二秒ほど<コンプレックス・シールド>に突き刺さった形で静止した後、数千万の氷の粒となって拡散し、すぐに消えた。
(<ストーンランス>の石は砕けても残っていたのに、氷は消えるのか……。何が違うのだろう?)
いっそ幻想的と言っても過言ではない光景を目にしても、リオンは石と氷の違いに思いを馳せていた。実は現実逃避しているのである。兄の<アイシクル・ジャベリン>が思った以上に強力で、本当に障壁がもつか冷や冷やしたのだ。
「……と、このように攻撃を防ぐことができれば、痛い思いをしなくて済むでしょう?」
内心の冷や冷やを隠しながら、さも余裕で防いだ風を装うリオンである。
<コンプレックス・シールド>をここにいる二十人が習得すれば、魔法士団員と騎士団員の損耗は相当程度減らせるだろう。何もリオン一人で全員を防御しなくても良いのだ。一人頭五~六人を守れば、二十人で百~百二十人を守れる。「障壁を飛ばす」というトンチンカンな方法よりもよほど現実的であろう。
それからリオンは、<コンプレックス・シールド>のイメージを懇切丁寧に伝える。ポリカーボネートやTSAM(Talin Shock Absorbing Material)なんて誰も知らないので、実際に具現化して触れてもらい、各々の映像記憶に焼き付ける。感触、見た目、そして実際の効果。何度も見せ、好きなだけ触らせて、イメージだけで再現できるよう導く。
定期討伐まであと十二日。これまで染みついた常識という名の枷から抜け出すにはあまりにも短い時間。おそらく、<コンプレックス・シールド>を習得するには三か月程度はかかるのではないか。王立学院入学まで二か月もないから、中途半端で指導を中断することになる……どうしよう、やはり攻撃魔法について伝えた方が良いのだろうか?
「で、できた!!」
リオンが逡巡していた時に、そんな声が上がった。「え、嘘でしょ?」と思いながら声の主の元へ。それは魔力が枯渇するほど<ストーンランス>を見せてくれたカイネンだった。
果たしてそこには、リオンの<コンプレックス・シールド>と見た目そっくりな障壁が出現していたのである。
ちょんちょん、と指先で突いてみると、感触もほとんど同じ。
「ど、どうですか、リオン様?」
「同じ、に見えますね……」
本当にこれが<コンプレックス・シールド>になっているのかどうか、確かめるには実際に攻撃してみるしかない。しかし、いきなり<アイシクル・ジャベリン>を撃ち込むのは早計過ぎるだろう。下手すれば死人が出る。
こういう時は……。
「シャーローン!!」
「お呼びですか、リオン様」
え、嘘だろ? とその場にいるケイラン以外の者が目を丸くした。絶対にさっきまでいなかった。凛とした美しさの彼女を見落とすなんて考えられない。
だが、シャロンはいつの間にかリオンの隣に立っていた。どこから湧いたの? 魔法? 何かの魔法なの? とその場がざわつく。ケイランだけは皆から顔を隠すように背を向けて、小さく肩を震わせている。どうやら笑いを堪えているらしい。
リオンにとって、これは不思議なことでも何でもない。シャロンは、呼べばいつだってこうして姿を現すのだ。すぐ隣にいたのには少々ビビったが。しかも、リオンの考えを読んでいたかのように、その右手には棒を握っている。
「ん、んっ! シャロン、少し手を貸して欲しいんだけど」
「仰せのままに。この障壁を突けば良いのですね?」
「さすが、話が早くて助かるよ」
「ちょ、ちょっとリオン様? いきなりシャロンさんはあんまりじゃない――」
「参ります」
「え、ちょ」
カイネンが障壁を発現させたままワタワタするが、シャロンは有無を言わさずそこに棒を突き込んだ。
パキキ、と薄い陶器が割れる音がして表層が砕ける。だが、中間層であるTSAMもどきが棒の先端をしっかりと受け止め、それ以上進ませなかった。カイネンは滝のような汗を流して青い顔をしていた。
「どうだった、シャロン?」
「はい。リオン様の障壁よりは脆いかと。しかしレスト中隊長クラスの斬撃でしたらきっちり防げるでしょう」
シャロンの評価に、「「「「「おおっ!!」」」」」と歓声が上がった。当のカイネンはその場にへたり込んでいるが。
まさか一日、いやたった二時間程度で再現できてしまうとは。一生懸命考えて試行錯誤したリオンとしては少々複雑な気持ちである。しかし、これでリオンの考案した魔法理論は他の者にも適用できることが分かった。
この瞬間、この世界の魔法に革命が起きたと言えよう。
その事実に身震いするのは、兄のケイランとライカ副団長の二人のみ。他の者たちはカイネンにライバル心を燃やし、より真剣に新たな障壁魔法を発現させようとしている。リオンはその様子をニコニコしながら見つめ、そんなリオンをシャロンがいつもの無表情で見ている。
シャロンの口角がいつもよりほんの少しだけ上がっていることには、誰も気付かなかった。
しばらくしてから休憩を言い渡し、リオンは一人、訓練所の端っこにいた。彼はまだ、障壁を飛ばすことを目論んでいた。思い付いたらやってみないと気が済まない性分なので。
飛ぶ障壁。イメージの元は、米国のキャプテンな人が映画で使っていた派手な円盾である。
(<フライング・シールド>)
真円の<コンプレックス・シールド>が現れ、果たしてそれは勢いよく飛んだ。そういう風にイメージしたのだから飛ぶのは当然である。
(ここから思い通りに動かし……うご……かない!)
スポーンと飛んでいった丸い障壁は、放物線を描いて地面にポスッと落ちた。
距離は……三十メートルを優に超えていたようだ。この点は良かった。しかし、飛んだ後のコントロールについては一切効かない。
それから何度か同じように障壁を飛ばしてみたが、飛んでいる障壁を止めたり途中で軌道を変えたりすることはできなかった。
最初から曲がる軌道をイメージすれば曲がるが、ボーリングの球のように、手から離れた後は軌道を変えられないことが分かった。そして、思った所にピタリと止めることはいくらイメージしてもできない。つまり、自分の手から離れた魔法は通常の物理法則に従うということだとリオンは考えた。曲がるのは、障壁が回転することと形を微妙に変えることで可能なのだと思う。止められないのは慣性力が働くからだろう。
「これじゃあ役に立たないよなぁ。よし、<フライング・シールド>は封印しよう」
下手に使用して怪我人が出るより封印した方が良い。リオンはそう決めた。やってみないと気が済まないが、やってみて思い通りにいかないことが分かったら諦めることも肝心なのである。




