9話「約束」
僕「……で、特訓と言っても何をすればいいのか…」
愛華「私はまず体を鍛えようと思います。基礎の筋トレと体力づくりですね」
僕「そうだな…僕もやることは決まってるよ」
愛華「やること、とは?」
僕「……そうだな、実戦経験を積む、とかな」
愛華「しかし…わたしたちはまだ実力不足じゃないですか!他の評価Fの人たちにも負けているほどです!」
………まあ、三条にはバレてもいいだろう。
僕がつけた実力をFクラスの中で見せびらかさなかったのには理由がある。それはいつか戦うかもしれないときに不利になる可能性があるからだ。
相手が僕を弱者だと完全に思っている時。すなわち油断している時だ。
もしそれが格上だったとしても、不意を付くことさえできれば倒すことができるかもしれない。
その、いざというときのために僕は必要がない場合は実力を隠している。
…だが、三条とは長い間戦わないし、ここで僕の現在の実力を共有していたほうがいいだろう。そして、記憶がないということも。
不思議と、彼女は信頼できる。本当になぜかはわからないがきっと、この秘密を共有しても大丈夫だろうという確信が持てた。
僕「…三条、実はさ」
愛華「はい?」
僕「僕は君に隠し事をしていたんだ」
愛華「隠し事………ですか」
三条は少し寂しそうな顔をしたが、すぐに元の様子に戻って、
愛華「でも、それを私に打ち明けたってことは、秘密を共有してくれるってことですよね?」
僕「あぁ、そのつもりだ」
首を縦に振る。
僕「僕は……いわゆる、記憶喪失ってやつなんだ」
愛華「え………………」
三条は、その場で固まった。唖然。信じられない、といった様子だった。
驚く気持ちはわかるが、あまりのオーバーリアクションに僕のほうも驚いてしまった。
僕「えっと……三条?」
愛華「いえ、すみません、あまりにも想定外過ぎて…」
僕「想定外?僕は今まで頑なに名前を名乗っていなかったし、常識だって一部抜けていたりしたし…予想はできてたんじゃないか?」
愛華「予想なんてできないですよ……自分と同じ境遇の人がいたなんて……」
そう口にした数秒後、三条はあ、と声を漏らし、こちらを見つめた。
愛華「その……えっと……私も、打ち明けるつもりでしたよ?貴方が言ってくれたんですし……あれ?」
三条も、記憶喪失。
僕は、先程の三条と同じような状態になっていた。驚きすぎて、言葉が出てこない。
僕「ああ、ごめん……さっきの三条の気持ちがわかったよ、入学時、数千人いた生徒の中から記憶がない二人が出会うなんて…どんな確率だよって話だ」
愛華「少し、外で話しませんか?」
三条の提案を飲み、学園の敷地内の空がよく見える草原に二人でやってきた。
愛華「綺麗ですね……星空がよく見えます」
僕「この前、見つけたんだ」
この顔が見れたなら……三条をここに連れてきて良かったな。
………さて、本題だ。空を見つめて笑みをこぼす三条に声かける。
僕「…何を話したかったんだ?」
愛華「目的の、共有です」
僕「僕の目的は記憶を取り戻すこと…」
愛華「私もです、この学園の卒業特典で記憶を取り戻すことが最大の目的ですが、もしそれが叶わなかったとしても、この学園なら…いつか記憶の復活にたどり着けると思ったんです、なんというか、直感で」
僕「一緒だ……なんとしてでも記憶を取り戻したい…この学園なら、それができる気がした…なぜかはわからないけど」
愛華「私たち、共通点が多いですね」
僕「それが、謎なんだけどな……」
そうだ、僕と三条には、共通点が多すぎる。
記憶喪失であること。この学園に、可能性を感じていること。
……そして、入学初日から、お互いに何かを感じて、まだ会ってから全然時間が経っていないのにお互いをほぼ完全に信頼してしまっていること。
どう考えても、記憶を失う前の僕とこの娘には関わりがあったとしか思えない。
まぁ……今考えても、何も出ない、か。引き続き、この学園を通して探っていくしかないだろう。僕達の、失われた記憶を。
そこで僕は思い出したことを口にする。
僕「そういえば三条、君は自分の名前を言っていたよな?君の記憶はどの程度失われているんだ?」
愛華「そうですね……自分の名前や、ある程度の常識は覚えているんですが、一部抜けているところがある、といった感じですね…ですが、それだけです、記憶を失う前の私が何をやっていたのか、どんな人物なのか…全く覚えていません」
僕「そっか…僕は、それに加えて、自分の名前も失っているって現状だ…」
愛華「……名前も、ですか」
そう小さく呟いた三条は、静かにこの満天の星空を見上げ、笑顔を作る。
愛華「なんだか、本当に不思議な感じです…………少なくとも今の私と貴方は、会って間もないただの協力関係にあるだけの他人です。でも、心の奥底で、つながっている感覚が剥がれないんです……だから、ここからは協力関係じゃなくて、『仲間』になっていただけませんか?」
迷うことなんてなかった。
力強く頷いて、彼女の目を見て言葉を発す。
僕「もちろんだ、これからは君に隠し事は一切しないとここに誓う…よろしく……………愛華」
愛華「…!………はいっ!!!」
グータッチを交わし、僕と愛華は、同じ目標を掲げる仲間となった。
愛華「それと…一つ、約束してほしいことがあるんです」
僕「約束?」
愛華「はい、もしも貴方の記憶が戻っていって、その名前を思い出すことができたら、一番に私に教えてほしいんです」
僕「………ははっ」
つい笑みがこぼれる。
僕「当たり前じゃないか、僕達は仲間なんだ……約束するよ、絶対記憶を取り戻して、いち早く君に教えると」
その言葉を聞いた愛華は心底嬉しそうな表情を浮かべた。
そうして、僕達は解散した。愛華も僕と同じような状況だったというのは、現在の僕にとって大変ありがたいことだった。
心から信頼できる相手ができた安心感が、今の僕に溢れている。
そんな穏やかな気持ちで自室の小さなベッドに寝転び、目を瞑ると、先程まで訪れなかった眠気が襲いかかってきて………………




